まとめ30 冒険者・5

 モンスターたちがわたしたちに向ける視線、それは肉欲でした。

 全身を舐め回すかのようなねっとりとした視線を向けながら、モンスターたちはわたしたちを組み伏せるべく襲いかかります。


「ふたりとも、気を付けてください!」

「わかってる。捕まらないから」

「捕まって、たまるかよーっ!!」


 2人に注意を促しながら、わたしはコボルトだけではなくココアが相手をしているゴブリンへも対処することにしました。

 弓を構えながらココアのほうを見ると、無数のゴブリンがココアを押し倒すべく群がっているのが見えました。


「っ!? コ、ココア! いま助けます!!」


 慌てながらココアに群がるゴブリン目掛けてわたしは風の魔力を込めた矢を放ちました。

 放った緑色の矢はココアへと群がるゴブリンたち……の近くの地面に突き刺さると周囲に激しい突風を巻き起こし、その小さな体を吹き飛ばしました。


「ココア、大丈夫ですかっ!!」

「あ、ああ、ありがとう……」


 ココアを引っ張りこちらへと寄せると、モンスターに群がられた恐怖からか顔を蒼ざめさせながら震えていました。

 肉欲に満たされた視線に晒されるのが人一倍苦手な彼女には、あのゴブリンの密集は恐怖しかなかったでしょう。

 ちゃんと見ておくべきでした……。


「仕方ありません……ミルク!」

「大丈夫、無事だよ」

「それはわかっています。ですから一旦後ろに下がりますよ!」

「ん、わかった」


 ミルクの返事を聞きながら、わたしは弓を構えると先ほどと同じように風の魔力を込めた矢をミルクの周囲のモンスターに向けて放ちます。

 先ほどのよりも強いからか、ごうと音が響きました。

 矢がコボルトの体に突き刺さった瞬間、激しい暴風を周囲に撒き散らしながら矢が突き刺さったコボルトは砲弾のように一直線に吹き飛んで行きました。

 ゴキベキという音が聞こえますが、あえて無視をします。

 そして空いた空間を利用して、ミルクがこちらへと戻って来ました。

 それを確認して、わたしたちは後ろへと下がります。

 けれどゴブリンもコボルトも後ろに下がったわたしたちを追いかけるように駆けて来ました。


「しつこいですね。やはり全部倒さないといけませんか……」

「でも数が多い」

「しかも、ヤバイくらいにしつこい……」

「……逃げましょうか」


 わたしの言葉に、2人も頷きました。

 それをどこかで見ているであろうサンズに向けて叫びます。


「サンズ! わたしたちは一度逃げます! この状態でも助けないって言うことは何とか出来るって思ってるからですよね!? でしたら、危険と判断したら手助けお願いします!!」


 ……返事はありません。

 ですが聞いているはずです。

 そう考えながらわたしたちは全力でその場から離れました。


 それからしばらく、わたしたちは森の中を逃げ惑いながら最終的にある場所で隠れていました。

 そこは……、


  →森の外でした。

   洞窟の中でした。

   小川の岸辺でした。

   木の上でした。


 必死に走り続けたわたしたちは気がつくと森の外へと出ていました。

 はあはあと息が荒く、胸がバクバクと跳ねる中、周囲を見渡すと……少し離れた場所に先ほどわたしたちが入った森の入口が見えました。


「ふ、ふたりとも……大丈夫、ですか?」

「な……なんとか……」

「しんぞう、ばくばく……」


 わたしが声をかけると2人の返事があり、ホッとしつつも周囲にモンスターの気配が無いかを探ります。

 ……森の中から複数の気配を感じますが、警戒しているかのように跳び出してくる様子はありません。

 どういうことでしょうか?

 首を傾げていると、2人も理解出来ないのか同じく首を傾げます。


「襲って、こない?」

「たまにチラチラ見られてるけど……、さっきみたいに襲いかかって来ないな」

「きっと何か理由があるんですよね?」


 疑問を口にしながらわたしたちは首を捻りますが、答えは出ません。

 まあ、襲ってこないなら襲って来ないで構いませんか……。

 そう思いながら2人を見ます。

 2人とも、一生懸命走り続けていたからか肩で息をしています。

 当然わたしもですが……言えることは一つだけありますね。


「毎朝、走ってて良かったですね……」

「うん、よかった」

「サボらなくて、ほんとーよかった……」


 わたしたちは追いかけられたことを思い出して、体を震わせました。

 それから少し歩き続けて森の入口から少し離れた場所にある休憩所へと向かい、私たちは地面にめり込んだ丸太へと座ります。

 そこでようやく落ち着いたのか、一斉に「はぁ~~……」と息を漏らしました。


「フィンねー、水持ってないかー?」

「お水ですか? ちょっと待ってくださ……あれ?」


 へばっているココアへと水が入った水筒を渡すために皮袋を漁ろうとしました。

 ですが、腰に掛けていた皮袋が無くなっていることに気づきます。

 多分ですけど、モンスターから逃げている最中に落としたのかも知れません。


「すみませんココア、水筒やツインテールが入った袋……落としたみたいです」

「ぅえー……、ってことは水の飲めねーのかよー」

「ココア、自分の袋は?」

「落とした!」

「……それ、文句言ったらいけないと思うよ」


 ココア、自信満々に落としたことを言わないでくださいよ……。

 胸を張るココアを見ながら苦笑しつつ、ミルクを見ると……彼女も落としたようですね。


「……サンズはまだ戻っていないようですが、一度町まで戻りますか?」

「戻ってグッタリやすみてーよー!」

「ちょっと、疲れた……」


 わたしの提案に2人は賛成するように手を上げます。

 そうですね、ここは戻るべきでしょう。

 そう思いながらわたしは立ち上がり、その場を離れようとします。


「わー、予想通り酷いことになっているのです」

「え――ご、ご主人様っ!? それとセイン様っ!!」


 不意に声がして、そちらを見るとそこには背嚢を担いだご主人様とセイン様が立っていました。

 何でいきなりどうしてここに居るのか、それがわからずわたしは固まります。

 そんなわたしの心境に気づいていないのか、ご主人様はベルトに引っ掛けていた水筒をココアに差し出します。


「飲んで良いのか? ありがと、ごしゅじん!! んぐんぐんぐ……ぷはーーっ!!」

「ココア、あたしも……こくこく……ふぅ……」


 差し出された水筒の中の水を2人は美味しそうに飲みます。

 2人が飲んでる姿を見ていると、わたしも喉が乾いているのを体が思い出し……ゴクリと喉が鳴ります。

 それに気づいているのかご主人様は水筒を差し出してくれました。


「い、いただきます……」


 水筒を受け取ると、中の水をこくりこくりと飲みます。

 乾いた喉に水が染み渡り、とても美味しい……。


「……ふぅ、ありがとうございました。ご主人様。……あの、ところでどうして此処に……?」


 ご主人様に水筒を返しながら、わたしは何故ここにご主人様たちが居るのか尋ねます。

 すると、セイン様が理由を口にしました。


「サンズに任せると嫌な予感がして来たから様子を見に来たのです」


 セイン様はそう言ってから、詳しく説明をしました。

 初めはわたしたちが無事に依頼をこなすことが出来るだろうと思っていたようです。ですが、1時間ほどすると来客が会ったそうです。


「いきなりこの町のギルドマスターが現れて、文句を言って来たのです」

「あー……文句、言いたくなると思います」


 セイン様の言葉にわたしは返事を返します。

 というか、ギルドの受付の女性を脅したりしていましたし……そのことの文句でしょうね。

 そう思っていると、セイン様曰くご主人様が嫌な予感がすると言って背嚢にある程度の荷物を詰め込んで森へと向かったそうです。

 それを聞き終え、わたしは喜びます。

 ただし心の中でですよ?

 そんなわたしの様子に気づいているのかわかりませんが、ご主人様がどう言う状況なのか尋ねてきます。

 なのでわたしは何が起きていたのかを説明しました。

 ですが、わたしが説明をするに連れてご主人様は徐々に顔を顰めていきます。


「ご、ご主人様、何か問題がありましたか?」


 不安そうにわたしが尋ねると、ご主人様が先輩冒険者が新人である初級冒険者へと教えるべき注意すべきことがあることを教えてくれました。

 その注意すべきこと。それを聞いてわたしは頬を引き攣らせてしまいました。

 何故ならその注意すべきこととは……、


   ハンゲショウは冒険の最後に狩ること。

  →発情期の森には入ってはいけないこと。

   先輩も手を貸さなければいけないこと。


 モンスターが発情期のときに森に入っては行けないということでした。

 発情期、その言葉を聞いてわたしは最初キョトンとしながら、首を傾げました。

 わたしの動作を真似るようにミルクとココアも同じように首を傾げます。

 ……が、ようやくわたしもご主人様の言ってる意味を理解し顔を赤くしました。


「は、はは、発情期!? 発情期ってあれですよねっ!? あの、子作り期間とかそう言う感じのあれですよね!?」

「こづくり……ごくり」

「はつじょーきってそういうもんなんだ……」


 慌てながら言うわたしの言葉を聞いて、ご主人様は恥かしそうに頷きます。

 2人の様子は見る暇がありません。

 けれど聞こえてくる言葉から、驚いている様子が伝わります。……あの、ミルク? 凄く羨ましそうに聞こえるのは何故でしょうか?

 そんなことを思いつつも、ご主人様に尋ねます。


「あの、ご主人様……わたしたちはどうしましょうか?」


 依頼を達成したい。とわたしは思います。

 ですが……。

 ミルクを見ると、平気そうに見えますが……やる気を失いかけているように見えます。

 ココアは……落ち着いてるように見えますけれど、ゴブリンに引っ掛かれたのか少し傷が見えました。

 ……って、あれ?


「あの、ココア……大盾はどうしたのですか?」

「へ? 盾ならちゃんと手に持って……ない!?」


 わたしの質問にココアは自分の手に持っている大盾を見ます。

 ですが、持ち手から先にあった大盾は何処にもありませんでした。


「え、な、なんで? なんでだっ!? あ、もしかしてさっき逃げる途中で落としたのかっ!? どーりで、さっき軽くなったわけだよ!!」


 戸惑いつつも原因に気づきます。

 多分ですけれど、サンズとの模擬戦のときに歪んでいたのですね……。

 それで必死に逃げた結果途中で固定が緩んで、持ち手以外は完全に落ちてしまったのでしょう。


「うぅ……オ、オレの盾ぇ~~……」

「ココア、泣かない」


 目尻に涙を浮かべるココアをミルクが慰めます。

 当然わたしも慰めます。


「な、泣いてねーよぉーー! うぅぅ~~……」


 慰めますけれど、ココアは硬くなに泣いていないと言います。

 ココアらしいですね。

 そう思いつつ、彼女を見ているとご主人様が頭に手を置いて、慰めながら優しく撫でていきます。


「わ……わふぅ…………」


 撫でられる度にココアの頬が緩みます。

 それをミルクは羨ましそうに見ていますが、彼女は自分は何も落としていないからか何時もみたいに撫でて欲しいと言い出しません。

 ですが、ご主人様はミルクへ視線を送ると彼女にも来るように手招きをします。


「あるじ、いいの?」


 少し不安そうにミルクが尋ねますが、ご主人様は頷きます。

 ココアもミルクを見ながら、頷くのが見えました。

 ふたりでひとり、まるでそう言ってるように見えるとミルクは彼女の隣にしゃがんでご主人様に撫で撫でされ始めました。

 2人は凄く気持ち良さそうです。


「むー……、羨ましいのです。羨ましいのです」

「セ、セイン様、少し落ち着きましょうよ……」


 撫でられる2人を見ながら、セイン様は羨ましそうにしています。

 そんな聖女様を見つつ、わたしは落ち着くように言います。……ですが、効果はあまりないようです。

 というか、ご主人様は本当に罪作りなお人ですね……。

 母に、ミルクとココアに、勇者様がた……わたし。

 他にも居るかも知れませんね。

 そんなことを思っていると、ガサリという音がしてそちらを見ると顔を顰めたサンズが立っていました。


「ぅえー……、何でおっさんとセインがいるんだよー?」

「サンズ、貴女なにを考えているのです! 教えるならちゃんと教えて上げるのです! 色々と処理が大変だったのですよ!!」


 近付いてくるサンズへとセイン様はプンプンと怒りながら彼女へと詰め寄ります。

 セイン様本人は凄く怒っているのでしょうが、その見た目のためか子供が怒っているようにしか見えません。

 そう思いますが、わたしは言いませんよ。


「いやー、セインが怒ってるの見てるけど本当怖くないなー。あはは」


 わたしは言いませんが……、サンズはキッパリと言いました。

 それを言われて、セインは怒る……ことはありませんが、溜息を吐いています。

 あ、これって諦めている様子ですか?

 そう思っていると、正しかったようです。


「サンズ……、せめて他人を思いやってほしいのです」

「何でだよ! ボクはちゃんと考えてるよ? 今だって、フィンたちを強くするために見守ってたんだし。その前にちゃんとハンゲショウ倒させてたし!」

「……サ、サンズ、発情期のモンスター相手にする前にハンゲショウ倒させたのです?」


 怒られて怒るサンズの声を聞いた瞬間、空気が凍りました。

 ど、どうしたのでしょうか……。

 そう思っていると、唇を振るわせながらセイン様がギンッとサンズを睨みつけました。


「サンズ! ハンゲショウは冒険の最後に倒すべしって話だったのを忘れてたのですかっ!?」

「知ってるよ。でもね、一気に強くしたいから先に狩ってもらったんだよ」

「あ、ああぁ……。ここまでサンズが馬鹿だったことをセインは忘れてたのです、ごめんなさいなのです小父さま……」


 頭を抱えながら、セイン様はご主人様へと謝ります。

 えっと、本当にどういうことでしょうか?

 理由がわからずわたしたちは首を傾げます。

 そこでようやくご主人様から説明が来ました。


「……え? ハンゲショウのツインテールを持っていると、普通よりモンスターが襲いかかり易くなる……ですか?」


 ご主人様の言葉を聞き、わたしは返事を返します。

 そしてご主人様が去年のハンゲショウ騒動で考えた可能性をわたしたちに語りました。


「えっと、ツインテール持っていると危険ですか」


 頷き、ハンゲショウのツインテールには催淫作用が含まれているため、そのにおいに釣られてモンスターは襲いかかって来るとのことです。

 そして、発情期であればその作用は危険なまでに高まり、一歩間違えたら森から溢れ出す可能性もあるとのことでした。

 それを聞き、わたしは理解しました。


「つ、つまり、順序的に言うならば先に森に行って、薬草を探してゴブリンやコボルトを退治してから、帰り際にハンゲショウを狩れば良かったということでしょうか?」


 わたしの問い掛けにご主人様は頷きます。

 ……つまりはサンズが行ったことは、危険な行為もしくは一歩手前だったということですね。

 そう思いながらサンズを見ると、不貞腐れているのかプイッとわたしたちから視線を逸らしました。

 そしてそんな彼女の頭をご主人様は穏やかな笑みで掴むとギリギリと力を込めます。


「あ、あいたぁぁぁぁ~~~~っ!! 痛い痛い、悪かったってばぁ~~~~っ!!」


 サンズの悲鳴が木霊します。

 ジタバタとするサンズですが……自業自得だと思うので、助けたいと思えません。

 ちゃんと教えてくれていたならば、危険な目に遭うことはなかったのですからね?

 そう思っていると、森のほうから雄叫びが響きました。


「な、なんですかっ!?」

「わふっ!?」

「にゅっ!?」


 雄叫びに驚きながらわたしは森を見ると同時に、ミルクとココアの尻尾がピンと立つのが見えました。

 わたしも警戒していると……突然弾けたように森の外へと大量のゴブリンとコボルトが姿を現しました。

 良く見ると他のモンスターも幾つか見えます。


「あの、サンズ……なにしたんですか?」


 わたしはこの現象を起こしたであろう犯人へと尋ねます。

 するとサンズは自信満々に答えました。


「うん、ちょっとハンゲショウのツインテールを撒き散らしておいたんだよね。だから、興奮してるんだと思うよ――って、痛い痛い!!」

「サ、サンズはやっぱりすごくアホなのです……」


 ご主人様に頭を掴まれてジタバタするサンズと、それを見ながらガクリと項垂れるセイン様。

 ……な、なんでしょう。勇者パーティの理想がぐらぐらと崩れて行きます。

 そう思っていると、上空に何かが迫ってきているのか黒い影が翳りました。

 いったい何かと思いながら、上空を見ます。

 するとそこには、


  →金属で造られた竜がいました。

   船が飛んでいました。

   カゴが飛んでいました。

   良く分からない物が空にいました。

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