まとめ16 三日目・5

 君がすべてを話し終えると、彼女たちは静かに黙っていた。

 ミルクとココアは良くわかっていないようだけれど、フィンと君の表情で暗い雰囲気となっている。

 そんな彼女たちを見ながら、君はお茶を口に含む。

 だが温かかったお茶はすでに冷たくなっており、口を潤すだけだった。

 君はお茶を淹れなおすべく立ち上がろうとした。

 だが、そんな君をフィンが呼びとめた。


「ご主人様……、最後に……最後に聞かせてください」


 君が彼女を見ると、フィンは不安そうな表情を見せながら君を見ていた。

 君はどうしたのかと尋ねると、彼女は自身が抱いている不安を口にする。


「わたしは、わたしはご主人様にとって……母の代わりなのですか? 傷ついたわたしを助けたのは、母の代わりにするためだったのですか? 答えてください、お願いします……お願いします。ご主人、さま……」


 すべてを言い終わるよりも前に、フィンの言葉に嗚咽が交じり始め涙が流れる。

 それに君は、


   「そうだ」と言った。

  →「ちがう」と言った。


「――ちがう」


 君はフィンへとそう言う。

 心が込められたその一言に、彼女は驚きの表情を浮かべながら君を見る。

 そんな彼女へと、君は近付き流れる涙を指で拭う。

 確かにフィンはルーナの娘だ。けれど彼女は彼女だし、フィンはフィンだ。

 君はそう彼女へと言う。


「ごしゅじん、さま……嬉しい、です……」


 すると君の言葉にフィンはまたも涙をボロボロ零し出す。

 それに対し君は戸惑い、慌てながら泣くのを止めるように言う。だが彼女は泣き止むことはない。それどころか泣きながら彼女は君へと抱きついてきた。


「ちがうん、です……。悲しいんじゃ、ないん……です。わたしは、うれしい……んです。だって、ご主人様が……わたしを見てくれてるってわかったからっ!」


 彼女の泣きながら語られる言葉で君は出会ってから数日間、彼女を見てやさしく話しているつもりだったけれども……時折、いや、いつも彼女のルーナの面影を見ていたことに気づいた。

 彼女には『娘に出会ったら優しくしてあげて欲しい』と言われていた。

 だから彼女を見つけた瞬間、君は彼女を買ったし、前の主人につけられたという傷を治したし、血や垢やホコリで汚くなった体を綺麗にし、メイド服だけれど上質な服を与えた。

 けれど、それはルーナが自分へと頼んだからだったのだ。

 それに気づき、君はフィンにこれまでのことを謝る。


「いえ、謝らないでくださいご主人様。ご主人様がわたしを居なくなった母の代わりにしようとしていたわけでない。それがわかっただけで、わたしは嬉しいんです……。でも、しばらくはこうさせてください……。泣き顔を、みられたくないんです……」


 フィンは君の胸に顔を埋めたまま、動かない。時折、シャクリ声が君の耳に届いた。

 君はそんな彼女の体へと腕を回して寄せ付けながら頭を優しく撫でる……。そんなきみの背中へと不意に腕が伸びてきて、君の腰に抱きつく。

 そして直後に腰辺りに感じるやわらかい感触。……すばらしいぷにょんぷにょんだ。


「あるじ、あたしもあるじに抱きつく。あるじはやさしいから、すごく好き♥」


 その声にミルクだと気づき、君はありがとうと返事を返すが、今はフィンを撫でているので撫でることが出来ない。

 ……と、くいと服の裾が引かれるのを感じた。

 見るとココアが君の服の裾を指でだが摘むように握っていた。


「その、オ、オレもす……わ、わふぅぅ~~……」


 君を見て、何かを言おうとしていたようだけれどすぐに恥かしくなったのか君から視線を逸らして顔を赤くし、モジモジしていた。

 そんな彼女たちに、君はあとで撫でて上げることを告げる。すると……。


「ん、ありがと。あるじ……♥ あるじのなでなで、キュンってする……♥」

「その、べべ、べつに……その、ごしゅじんに撫でられてオレは嬉しくなんてないから……!」

「ココア、だったらあたしがいっぱい撫で撫でしてもらう……♪」

「なっ!? オ、オレもして欲しい! ……あ」


 ピトッと背中に顔を当てながら相棒をからかうミルクと、恥ずかしくなってそっぽを向きながらも喜びに尻尾をブンブン振るココアを見ながら、君はしばらくフィンの頭を撫で続ける。

 そしてしばらくして、フィンは落ち着いたのか「もういいです」と言って君から離れ……泣いて赤くした目を君に向けて頭を下げた。


「ご主人様、ありがとうございます……。本当に……ありがとうございます」


 君はフィンが頭を下げる理由がわからず、首を傾げる。

 そんな君へと、彼女は言う。


「わたしは母との記憶がまったくありませんでした……。

 今はもう無くなったけれど、わたしが育ったエルフの里では他の子供たちには両親がいるのに、わたしには何故居ないのかがずっと疑問でした。ですがわたしにも両親が居たことがわかって嬉しいんです」


 フィンの言葉に、君は彼女のエルフの里での暮らしはが幸せなものだったのか不安に感じ始める。

 君の表情を見て、それを理解したのかフィンは慌てながら首を横に振った。


「わ、わたしは寂しくなんてありませんでしたよ? だって、里の皆も優しくしてくれましたし……、友達だっていましたから! ……ですが、一部のエルフが向けてた視線の意味が……」


 ポツリと呟きながら、フィンは表情を徐々に暗くする。

 どうしたのかと尋ねると、彼女は一瞬躊躇ったようだが知る権利があると思ったのか君へと言う。


「その、一部のエルフは……わたしに向けて憎しみが込められた怖い瞳で睨み付けていました。なんでこんなにわたしは怨まれてるんだってまったく分からなくて、本当に怖かったのですが……父があんなことをしたというのならばあの人たちの視線の理由はわかります……」


 そうフィンは小さく言う。

 きっと彼女を怨んでいたのは、命からがら逃げ延びた者の一部か彼女が産まれた里に居たであろう友が殺されたか奴隷として売られたと聞いた者なのだろう。

 元凶は彼女の父親であり彼女に罪はない、それは理解出来ていただろうが……誰かを、フィンを怨まないとやっていけなかったに違いない。

 そう思いながら、君は彼女へと笑いかけながら……これから幸せになっていこう。と言う。


「あ……。は、はい、ありがとうございますご主人様っ」


 フィンは君の言葉に呆気にとられたが、すぐに君へと礼を言って微笑んだ。

 その笑顔を見てから、君はようやく武器を使った練習を再開しようとした……が窓から見える空は何時の間にか暗くなっていた。

 どうやら君は昔話をしすぎたようだ。

 今日はもう練習を行うのは無理だと君は判断し、食事にしようと言うとココアは喜び、ミルクは頷いた。


「ご主人様、その……わたしにも料理を作るのを手伝わせてくださいっ!」


 フィンがそう君に言って来たので、君は頷く。

 正直、市場で買ったハンゲショウのツインテールの味も気になっていたのでそれは彼女に任せることにして、君は他の料理を作り始める。

 手早く包丁を動かし、野菜や鳥肉を均等に切って塩と調味料を使って炒めて行く。

 一方でフィンのほうは水を張った寸胴鍋を火にかけ、水が沸騰したら鍋の中へとハンゲショウのツインテールを散らせながら放り込んでいった。

 ハンゲショウのツインテールはバラバラと湯の中へと落ちていく。

 すると湯に入れられたツインテールから赤い汁が滲み出たのか、鍋のお湯は赤く染まり始め、ツインテールを上げると赤い半透明だった色が更に透明感を増しているのが見えた。

 それを面白いと思いながら見つつ、君は早々に創り上げた料理を皿に盛り付けてテーブルへと置いて行く。

 テーブルの上に置かれる香ばしい香りを立てる料理の数々に、ココアのお腹はぐうぐうと鳴っているのが聞こえ、見ると口から涎がタラタラと垂れているのが見えた。


「わぅぅ、ま……まだかぁ?」

「ココア、落ち着く。がまんする、すてい」

「わ、わかってるよ!」


 そんな2人のやり取りを見ながら君は笑いつつ、彼女たちに近づきその頭を撫でる。

 フワフワとサラサラの手触りが心地良い。

 突然撫でられた彼女たちだったが、すぐに目を細め気持ち良さそうにした。


「ん……♥ あるじのなでなで、好き」

「わふぅぅ~……♪ その……な、撫でるならさ、もっといっぱいなでろよ?」


 2人の反応を見ながら、君はしばらく彼女たちの頭を撫で続ける。

 心地良いのか椅子に座った君の太ももへと彼女たちは顎を乗せる。……本当に犬猫のようである。

 そうしているとフィンは茹で上がったのか寸胴鍋を持ち上げ、水場に置かれたザルへと中身を開けた。

 そしてすぐにザルの中のハンゲショウツインテールを冷たい水で洗い、手早く冷ましていく。

 ざっざっと熱を逃がすように手櫛でかき上げるように水洗いしていくのを見ていると、透き通るような赤い透明な物体が見えた。

 フィンは熱とぬめりを取り除いたそれを深皿へと盛り付けていき……君にお願いして作ってもらった塩味のスープをかけた。

 出来上がったそれを前にフィンは頷いてから、上機嫌で君たちの元へと持っていき、それぞれの席の前へと置く。

 ……それは何というか独特な見た目だった。

 透明な塩味のスープの中に赤みがかった半透明で細長い物体が浮かんでる……。これは汁物なのか麺類と呼ぶのか分からない代物だった。


「さ、どうぞ食べてみてください!」


 ウキウキとした表情で君たちへとフィンは両手を向けながら言う。

 その言葉を聞きながら、君は撫でられているミルクとココアを見たが……彼女たちは初めて見る物に危機感を抱いているのか、何時の間にか君の太ももから移動して離れてジッと君を見ていた。

 これを調理したフィンを見ると、君に美味しいと言って褒めて欲しいという表情がありありと浮かべているのが見えた。

 君は彼女たちの視線に何も言えない。

 だから君は、深皿を取り……ハンゲショウのツインテールを食べることにした。

 ……フォークに引っ掛けて食べようとするのは難しいと判断したので、パスタのようにクルクルとフォークを回して巻いたそれを口に含む。

 塩スープの味とともに……ハンゲショウ独特の弾力性は大分失われているけれど、その代わりにぷつぷつと口の中でツインテールが切れる独特な食感が口の中に広がった。

 初めて食べる食感だが、君はそれを噛み締めてから……呑み込んだ。

 ……何というか不思議な食感だった。

 だが、これがあの雑魚モンスターの代名詞であるハンゲショウなのかという驚きもあった。


「あ、あの……ご主人様、どう……でしょうか? もしかして、美味しくなかったのでしょうか……」


 フィンは味の感想を不安そうに尋ねてくる。

 それに対して君は、どう返事を返すべきか悩んだ。

 君は……、


  →「美味しいよ」と言う。

   「お……美味しいよ」と言う。

   「面白い食感だ」と言う。


(一部加筆修正あり)

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