まとめ25 一年経過・5

 君は何も言えなかった。

 彼女たちはきっとついて行きたいと言うだろう。けれど君としてはついて来て欲しくない。

 ここで自分たちの帰りを待っていて欲しい。そう思ってしまう。

 それが彼女たちに伝わったのか、今にも泣きそうな表情でココアとミルクが君を見ているのが分かった。


「……やです」


 心を鬼にして君はついて来て欲しくないと言おうとした。

 だがそれよりも先に、君の言葉を遮るようにフィンが呟いた。

 見ると彼女は目から涙を零しながら、子供のようにギュッとスカートを掴んでいた。


「いや……です。わたしは……わた、しは、ご主人様と……いっしょが……いいですっ!!」

「はぁ、またそれ? ボクたちは君の我が侭に付き合うつもりはないんだよ? 弱いんだからさ、ボクらとおっさんが帰ってくるのを待ってれば良いじゃん」

「よわ、いです……。けど、けどぉ……!」

「あた、しも……あるじと、いっしょがいい……」

「オ、オレも、オレもごしゅじんといっしょがいい」


 泣きながら叫び続けるフィンに感化されたのか、ミルクとココアもそれを口にし始める。

 君はそんな彼女たちに駆け寄りそうになった。けれど必死に堪える。

 何故なら、ここで優しく彼女たちをともに連れていったとして……無事に生き残れる可能性は無いのだから。

 連れて行ったら、彼女たちは殺される。

 サンズは言わなかっただろうが、きっと彼女が3人と対峙したときの強さはルーナそっくりのゴーレムと同じ位の強さにしていたはずだ。

 ……何故なら、彼女が本気で棒を振り下ろしたら君の手が弾けていたはずなのだから。

 この近辺のモンスターと戦ったり、チンピラになら対処出来るほどの強さ。

 それが今の彼女たち3人の実力だった。

 こんなことになるのが分かっていたら、もっと鍛えておくべきだったと君は後悔する。けれどもう遅いのだ。


「あー、もう! 煩い! 何度も言ってるけど、実力ない君たちを連れてったら、おっさんが気にしてしまうんだよ! それで怪我したらどうすんだよ!!」


 必死について行きたいと叫ぶ3人に対して、遂にサンズは怒ったのか怒鳴り声を上げながら叫ぶ。

 そして彼女たちに自身が感じている不安を口にした。


「君たちは見たいの!? 自分たちのせいでおっさんが怪我よりも酷いことになるのをさ!!」

「「「っっ!!?」」」


 怪我よりも酷い、それは……死だ。

 それに気づいたのか、3人の体がビクリと震えるのを見た。

 彼女たちとを見ると……どれもが顔面蒼白となっており、自分たちが言った事の重大さに気づいたようだった。


「……わかったみたいだね?」

「は……い……」


 サンズが尋ねると、フィンが震えながら唇を動かし言う。

 2人もしゅんとしている。


「わか、りました……。わたしたちは、この家で……ご主人様を、待ってます……」

「そう、それで良いんだよ。それで――「ちょっと待って欲しいのです、サンズ」――あ? なんだよセイン」


 頷くサンズに対し、突然セインが遮る。

 どうしたのかと首を傾げつつ、彼女を見るとジロジロとフィンを見ていた。

 唐突に向けられた視線に、フィンは体を捩らせる。

 何というか体をすべて覗かれているようで恥かしいのだ。

 しばらくそれが続き……、セインは離れた。

 そして……。


「サンズ、このエルフの子は連れて行かないとダメなのです」

「はあ!? どういうことだよ!! って、何か見たのか?」


 突然のセインの言葉に目をキョトンとさせるフィンと、驚きの声をあげるサンズ。

 同時に君は気づいた。セインがフィンの中の何かを視たことに。

 天使の血がなせるものなのか、彼女はその人に宿る加護や祝福を視ることが出来る。

 きっとそれでフィンに宿る加護か祝福を視たのだろう。


「サンズ、この子は鍵なのです。この子が居なければ、セインたちは森の奥へは入れないのです」

「どういうことだよ?! 詳しく説明しろよ!」

「分かってるのです。この子には産まれた森の森精霊の加護が付いているのです。森精霊の居る森には、その加護を持つ者が居ないと奥に進めないのです」

「……つまりは、こいつが居なけりゃ手がかりも何にも手に入らない。ってことか? おっさん、そうなのか?」


 尋ねるようにサンズが君に聞いてきた。君は分からないと言うが……ある事を思い出す。

 昔、君の育った町の森……つまりはルーナと出会った森の奥は迷いの森であることを……。

 そのことを君が告げると、サンズとセインは頷く。


「あー……。セインが言ってるのは嘘じゃないみたいだな……。そっちもお覚えはあるのか?」

「え?! あ、その……は、はい。エルフは、森の中を自由に移動できるのは森に住む精霊の加護を受けているからだって言われてます……」


 サンズに話しかけられたフィンは怯えながら彼女の言葉に頷く。

 察するに彼女自身は理解出来ていないようだ。

 けれど、森の中に入るには自分がいなければいけない。それは理解出来ていた。

 だからフィンは不安そうに君を見つめる。


「あの……ご主人様。わたし、ついて行っても、良いのですか?」


 自分の弱さを理解した。それなのについて行っても、本当について行っても良いのだろうかと分からずに彼女は不安そうに尋ねる。

 ……いや、君から聞きたいのだろう。

 彼女が求める言葉を……。

 だから君は……、


   ついてきてくれ、と言った。

   自分の身は自分で護れ、と言った。

   死ぬかも知れないんだぞ、と言った。

  →ミルクとココアはどうするつもりだ、と言った。


 ……ミルクと、ココアをどうするつもりだ?

 不安に揺れるフィンへと君は告げた。

 するとビクリ、と当のふたりの体が跳ねるのを君は見た。


「あ……」


 そして、必要と言われて気が急いていたのだろう。君にそう言われたフィンはふたりのことが頭になかったことに気づき、顔を蒼ざめさせる。

 そんな彼女へとふたりが近付く。


「フィンねー」

「コ、ココア……。すみません、わたし……あなたたちのことを考えてませんでした……」

「フィンねぇ、気にしないで。あたしたちは弱いし、何の役にも立てない。けど、あるじとフィンねぇが帰ってくるのを待つことは出来るから」

「ミルク……」

「だから気にしないでごしゅじん一緒に行ってきてくれよ。オレたち、待ってるからさ」

「ココア……。お……お願いします。ご主人様、ふたりも、ふたりもわたしたちと一緒に連れていってください!」


 フィンが君を見て、突然そう言う。

 その言葉に君は口を詰まらせる。

 ついて来て欲しくない。そう君は思った。

 なのに、一人だけついてくることになったら、他の二人はどうなる?

 彼女たちには料理は教えたつもりだ。

 自分たちの帰りを待っていると言ったのだから、きっと待っているに違いないだろう。

 だけど彼女たちを置いてなんて行けないと思う自分も居た。

 どうすることが正解なのだろう。

 その答えが出ず、君は助けを求めるようにサンズを見た。


「……うわー、おっさんが助けを求めるのって初めて見たかも」

「それを言っては失礼なのですサンズ。小父さまだって、人の子なのです」

「それもそうだよなー。……じゃあ、こうするか」


 サンズとセインがうんうん頷きながら、君の珍しい姿を見ていたが手助けをする方法を考え……チラリと君を見てから、フィンたち3人に向けて指を1本立てた。

 その仕草に彼女たちは首を傾げる。


「一週間、その間にギルドでモンスター討伐依頼とか、ボクが特訓をつける」

「え……」

「セイン、クラフとスミスの2人ってどれぐらい仕事溜まってるか知らない?」

「多分、一月分は溜まってると思うのです。けど、そろそろ限界が来て小父さまの所に向かう可能性が高いと思うのです」

「マジックは……フラッと現れると思うから、やっぱり一週間だね」


 サンズの言葉に戸惑うフィンを他所に、彼女はセインと話していく。

 彼女たちの言葉を聞く限り、残りの3人は一週間以内にこの家にやってくることが確定しているのだろう。

 これはある意味、長年一緒に過ごしていた仲間たちの絆なのだろう。そう君は思うことにする。


「さて、それじゃあ善は急げってことで、ギルドに行こうか」

「え、あ……あの、わたしたち、ギルドに入ったことがなくて……」

「はい? ……おっさん、どういうことか説明しろよ」


 フィンの言葉にぽかんとしていたサンズだったが、ゆっくりと君を見た。

 なので君はキッパリと言う。

 あんな最低野郎どもが居る場所に、可愛い3人を連れて行くわけがないだろう。と。


「ふんっ!!」


 それを言った瞬間、君の腹へとサンズの拳が飛んだ。

 突然のそれに君はギョッとしたが、素早く肉体を強化させて腹に力を入れる。

 ドゴッという音ともに、君の腹に強烈な痛みが走った。

 だが君の腹は貫かれることなく無事であった。

 君はサンズに何をするのかと尋ねた。すると……。


「おっさん過保護にもほどがあるだろ! おっさんと訓練だけしかしてなかったから微妙な強さになってるんだろーが!!」


 どうやらサンズはかなり怒っているようだ。

 ……過保護はいけなかっただろうか?


「小父さま、小父さまに甘やかせていただくならば、セインは最高なのです。ですが、心配し過ぎても強くなれないものなのです」


 セインの言葉に君はうっ、と呻き声を上げる。

 彼女の言葉で君は彼女たちを甘やかし過ぎたことを理解した。

 そういえば、この一年間は体力作りと組み手だけだった。

 それを思い出し、君は顔を顰める。

 彼女たちとの一年は無駄であったのだろうかと……?

 いや、違う、無駄ではない。そう君は思いながら彼女たちを見る。

 きっと彼女たちも、そう思ってくれているに違いない。

 そう思いながら君は3人を見る。


「あの、ご主人様……ギルドに行きたいです」

「あるじ、強くなりたいから、ギルド行きたい」

「ごしゅじん、今は強くなりてーんだ!」


 3人が君に向けてギルドに行きたいと言った。

 その言葉を聞いて君は崩れ落ちた。

 そして君は……、


   ギルドへと連れて行く(泣きながら)

   ギルドへと連れて行く(燃え尽きながら)

   連れて行きたくないと駄々をこねる。

  →サンズに3人を任せる。

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