まとめ2 一日目・2

 秘密だよ。

 君は優しくエルフに微笑みながら言う。

 その言葉にきょとん、とした表情を彼女は浮かべた……。そんな彼女へと君は続けて言う。

 自分は今、君に優しくしている。けれど、突然酷いことをしたりいやらしいことをするだろう。

 だけど今は君に優しくしたい。……それだけで十分だろう?

 君はそう言い終わると、彼女は押し黙った。

 そんな彼女へと君は、浴槽から出るように言う。

 それに従ってエルフは浴槽から出るのを見て、君も浴槽から出るともう一度髪を洗うから床に座るように促す。

 君はもう一度液体状の髪用石鹸を手に取ると、彼女の髪へと触れると優しく揉み込む様に洗う。

 お湯の温かさで固まっていた脂と血が浮いていたようで、君の手が彼女のくすんだ金色の髪を揉みこむ度に泡が立ち始め、白い泡が黒く汚れて行くのが見て分かった。

 一度お湯をかけると君が言うと、コクンとエルフは頷いたので君は桶にお湯を掬い……彼女の頭から掛ける。

 ざぁ、と頭からかけられたお湯とともに汚れを含んだ黒い泡がともに流れていく。

 すると先程よりもくすんだ金が明るく見えたので、もう一度洗うよと言うとエルフは頷く。

 揉みこむように洗う度に白い泡が立ち、それが汚れを吸い取り黒くなっていく。

 優しく丁寧に髪を洗い、ピンと彼女の耳に触れた。


「――ひんっ!?」


 瞬間、彼女の口から声が洩れ、ビクンと体が震えた。

 その声に大丈夫かと尋ねると彼女は……。


「そ、その、わたし……耳が敏感、なんです……」


 と、恥かしそうに君に言った。

 申し訳ないと謝りつつ、君は髪を満遍なく丁寧に洗っていき……最後にお湯をかけた。

 するとそこにはくすんだ金色は無く、輝かんばかりの金色の髪が見えた。

 君は綺麗になった髪に満足すると、タオルへと石鹸を乗せて泡立て始める。

 エルフは君の行動を見て、何をするのか理解したようだ。


「そ、その……あの、その……」


 前は自分で出来る? 君が尋ねると彼女は首を縦に必死に振った。

 君は泡立てたタオルを差し出すと、エルフはおずおずとそれを受け取り……胸元を洗い始める。

 それを見ながら君はもう一本タオルを取り、泡立てながら背中を洗うことを彼女に告げるとビクッと跳ねるように肩を揺らしつつも、「はぃ……」と小さく呟くように言った。

 ビクビクと子犬のように怯えるエルフの様子を見ていると、彼女の洗い始めた胸元から泡が立ち始める。

 それを見てから君も彼女の背中へとタオルを当てる。


「ん……っ」


 タオルが当てられた瞬間、彼女の体が震え……恥かしいのか声が洩れる。

 我慢してて、君はそう言いながら背中を優しく洗う。

 タオル越しに触れる背中は傷なども無く毛が引っ掛かるなども無い。

 スベスベとした背中を洗っていくと油脂と汚れを含んだ泡が汚くなっていくのが見えた。

 ……が、彼女の手が止まっていることに気づく。

 洗わないのかと君が尋ねると、彼女は顔を赤くしながらゆっくりと体を洗っていく。

 そんな彼女の背中から肩、腰を丁寧に洗いつつ、時折聞こえる声と震えを気にしないようにする。

 ……正直、美しいエルフの艶があるかは分からないけれど、耐えるような声はクるものがある。

 君はそんな気配を気づかれまいと、話し掛けることを考えた。

 まずは無難に名前を聞くべきだろう。……というよりも、彼女とかエルフとか言い続けるのも可哀想だろうし。

 そう思いながら君は彼女に名前を尋ねる。


「名前、ですか……? 名前は……ご主人様が決めてください。わたしは奴隷ですから……」


 悲しそうに彼女は自分の立場を思い出しつつ言う。

 君はそんな彼女に、奴隷になる前の名前を聞く。

 彼女は言いたくないのだろうか、口篭る。……が、君のことを少しだけ信用出来ると感じているのか、昔を懐かしむように口を開いた。


「奴隷になる前、わたしは……フィン、と呼ばれていました」


 フィン、その名前を聞き君は頷き、君は言う。

 なら今日から君はフィンだ。と……。

 その言葉を聞き、彼女――フィンはバッと顔を君へと向けた。

 フィンの表情は本当に戸惑いに満ちていた。

 当たり前だ。

 君は彼女を買ったご主人様なのだか、それなのに傷つけること無く大事に扱うことが本当に理解出来ないようだった。

 そんな彼女に、君の名前は誰から付けてもらったのかと尋ねる。


「それは、死んだ母に……名付けて頂きました」


 母親のことを思い出しているのか、フィンの肩が震えるのが見えた。

 そんな彼女に君は笑みを向けながら、母親から貰った名前なら大事にしないとと言う。

 その言葉を聞き、フィンは君を見る。


「ほん、とうに……わたしは、名乗っても……良いのですか? フィン、と」


 彼女の問い掛けに君が頷くと、まるで大事な物を抱くようにしながら彼女は蹲る。

 そして、か細い声で……「ありがとう、ございます……」と君に言った。

 そのまま君は彼女の体を丁寧に洗っていく。

 名前を付けたからか、フィンは君に抵抗することは無いが……恥かしそうに頬を染めている。

 何度か石鹸の泡を洗い流し、汚れを洗い流していく。

 その際、彼女の薄い膨らみといった体を見たが君は我慢する。

 汚れが流されたのを見て、君はフィンと温まる。

 温もりを体に満たしながら、君とフィンは脱衣所に上がり……バスタオルで体を拭いていく。

 流石に体を拭くことは出来るのか、フィンは君からバスタオルを受け取ると体の水気を拭き取っていき、君はそれを見届け着替えを置いた。


「え? あの、わたしはあの布で構いませんが……」


 差し出された着替えを見ながら、フィンは君に申し訳なさそうに言う。

 君はこれは余っている物だから気にしないでくれと言うと、主の命令に逆らえないフィンは何も言えずに受け取り、着替える。

 ……とはいっても、これは間に合わせの服なので明日はフィンに服を買って上げるべきだと君は考える。

 ブカブカとした無地のワンピースを着用したフィンを見ながら、君はどんな服が彼女に似合うかを考える。

 ……ああ、下着も選ばせないといけないな。と同時に考えた。

 そしてザッと考えて彼女に似合うであろう服を君は頭の中で考える。

 とりあえず服は……。


  →メイド服。

   普通の服。

   裸首輪。


 下着は……。


  →普通の純白下着

   セクシーな黒色

  →お子様なボーダー

   着せない。


 よし、服は……メイド服。メイド服にしよう。

 奴隷として購入したと言うのに、突然普通の服を着せられたらきっとフィンは困惑するだろう。

 君はそう考えつつ、下着がどんなものが似合うかを風呂場で見た彼女の裸体を思い出しながら考える。

 ……正直、フィンの傷ひとつない体は綺麗だった。

 月の光を浴びれば黄金のように光り輝くであろう金色の髪。

 白く滑らかな肌は、真珠のように美しいが温かく柔らかい。

 薄くなだらかな二つの丘は、君の手に収まるほど慎ましやかだがその代わり、触れたら君を感じてくれることだろう。

 そして彼女の大事なところは、薄かった。

 肉付きのある体ではない、けれど妖精ように美しいフィンの体は本当に綺麗だった。

 それを思い出しながら、彼女に似合う下着は……綺麗な純白だろうと君は考える。

 それと……換えの下着も必要だろう。彼女に似合う緑色……だが白も捨てがたい。

 そうだ、ボーダーだ! 君はそう確信する。

 翌日購入すべきフィンの服と下着を決めながら、うんうんと納得している君をフィンは小首を傾げる。

 当たり前の如く分かっていないだろう。

 君はそんな視線に気づき、彼女に謝りつつ彼女とともに食事を取った部屋へと戻る。

 部屋に戻ると、フィンは部屋の隅でポツンと静かに立った。

 君は彼女に座らないのかと尋ねると、フィンは頭を下げる。


「ご主人様、あなた様は食事も食べさせてくれて、お風呂にも入れてくださいました……。ですが、わたしは奴隷です。ですから、これが当たり前なんです」


 フィンは君にそう言う。

 だが君は、他所は他所。家は家と言って彼女の手を掴む。

 そしてフィンを対面の椅子に座らせると、風呂上りのお茶が入ったカップを前に置いた。

 そんな君の行動に物凄く心苦しそうにしながら、彼女は自身の胸元をキュッと握る。

 どうやら君の言葉に納得が行かないようだ。

 仕方ない、それじゃあそこに座るかそれともこっちか……と君はフィンを見ながら言う。

 こっち、そう言って君が示した場所。それは君の膝の上だった。

 妖精のように軽いフィンの体はきっと重くはないだろうし、柔らかくぷにぷにとした体の温かさとお尻の感触はとても素晴らしいことだろう。

 そう思いながら、君はフィンに尋ねる。

 どっちが良いんだい? と。

 するとフィンは主人である君の言葉をようやく理解し、恥かしいのか顔を赤く染め、いま自分の座っている椅子と君を見てから……。


「す、座っています……」


 そう恥かしそうに言いながら、カップに口を付ける。

 そんな彼女を見ながら、何時でも膝の上は空いているからと君はジョークを飛ばす。


「ご、ご主人様は……本当に、変な人……です」


 もごもごとフィンは恥かしそうに呟きながら、お茶を飲んでいく。

 そんな彼女を見ながら君は笑みを浮かべて、彼女と向き合うようにお茶を飲む。

 だが静かな夜も終わりは来るものである。


「ぁふ…………――ぁ、す、すみませんっ」


 冷え始めたカップを両手で掴んでるフィンが小さな欠伸をし、すぐに自分の失態に気づき、君に謝る。

 君に謝るフィンを見て君は気づいた。

 奴隷だったのだから、安心して眠れなかっただろう。

 それに傷が痛くて眠りも浅かったに違いない。

 酷いものだと、商人に眠りを阻害されていたかも知れない。

 今日はもう寝ようか。君がそう言うと、フィンは不安そうに尋ねる。


「あの、ご主人様……、馬小屋か倉庫は何処でしょう。その、すみで良いのでそこで眠ってもよろしいでしょうか? 無ければ、軒先でも構いませんので」


 ……どうやら彼女の頭の中ではそこで寝るのが確定のようだ。

 君は彼女を……。


   客室に連れて行く。

  →自室に連れて行く。

   使用人部屋に連れて行く。

   倉庫に連れて行く。


 分かった。それじゃあ、君の眠るところに案内しよう。

 君がそう言うと、フィンは「はい」と言って頷き返事を返す。

 きっと彼女の頭の中では馬小屋か倉庫が当たり前なのだろう。

 だが君は彼女の予想を裏切った。

 何故なら君は、家の二階へと上がり始めたのだから。

 階段を上がり始めるのを見たフィンは、倉庫に行くものと考えたのだろう。

 寒い馬小屋よりは温かいと考えて、ホッと息を吐くのが君の耳に聞こえたのだが、叱るつもりは無い。

 そんなフィンを連れながら君はある部屋の前に辿り着いた。


「ここが倉庫、でしょうか?」


 フィンが君に尋ねる。

 それを聞きながら君は扉を開けた。


「……え?」


 部屋の中を見た瞬間、フィンの口から戸惑う声が聞こえた。

 当たり前だ。

 彼女の目に飛び込んだのは薄汚い倉庫などではなく、柔らかそうな……いや、間違いなく柔らかいベッドや、化粧台、衣装ダンス、丸いテーブルに椅子だったからだ。

 これはどう見ても客室。

 ゲストを持て成すための部屋だった。

 何故ここに案内したのか戸惑うフィンへと君は優しく告げる。


 ――今日からこの部屋がきみに部屋だよ。と。


 その言葉を聞いて、彼女は部屋と君を何度か往復して見返す。

 どう見ても混乱している。


「あの、冗談……ですよね? ご主人様。奴隷のわたしが、このような綺麗な部屋を与えられるだなんて……」


 もしかして迷惑だったか? 君が尋ねると、フィンはブンブンと首を横に振るう。


「め、迷惑なんかじゃないです! で、ですが、わたしなんかがこの部屋に住むだなんて……」


 そう言って、フィンは視線を下に俯かせる。

 どうやら少し早すぎたのだろう。仕方ない。

 この部屋は明日から使うとして、別の部屋なら良いか?

 君がフィンに尋ねると、彼女は何度言っても君は自分を倉庫などに押し込めるつもりは無いと理解したようだ。


「お願いします……」


 諦めたであろう彼女は力なく頷く。それを見てから君は彼女の体を……抱き上げた。


「っ!? ご、ご主人様……!? あ、え、なっ!?」


 突然のお姫様抱っこ、それに驚きと戸惑いながらフィンは君に声をかける。

 それじゃあ、案内するよ。

 君はそう言うと、客室から移動して……部屋の前で止まった。

 扉を開け中へと入ると、客室の物と同等のベッドだが使い古された感があり、机には紙が幾つか置かれている。

 丸テーブルの上には飲みかけのお酒の瓶。

 少し酒臭いけれど、生活感が感じられた部屋。

 その様子を見て、フィンは理解した。この部屋が君の部屋であるということを。


「あ、あの、ご主人……様?」


 自室に連れ込む、その意味を彼女は理解しているのだろう。

 何処か怯えつつもフィンは君を見る。

 そんな彼女へと君は優しく微笑む。

 その微笑みに緊張で強張っていた体が腕の中で少しだけ緩むのを君は感じた。


「あの……ご主人様は、酷いことをしないって解っています」


 その……と、恥かしそうに一拍置いて、決意するようにフィンは自身の胸元をもう一度掴んだ。


「出来ればその……や、優しくして、ください……」


 精一杯の懇願、とでも言うようにフィンは瞳を潤ませながら君を見る。

 その儚くも美しい姿に君はゴクリと唾を呑み込んでしまう。

 そして君はフィンをベッドに優しく下ろす。


「あ…………、ご主人様の、におい……ですね」


 するとベッドの柔らかさに感動し、枕やシーツからする君のにおいを感じ取る。

 そして、ゆっくりと目を閉じ……君が行為に及ぶのを静かに待っていた。

 だが来ない。

 決意し緊張していた彼女は目を開ける。

 すると君と目が合った。


「え……? あの、ご主人……さま?」


 疲れているだろうから、今日はもう眠れ。

 君はフィンにそう言うと、彼女は戸惑う。


「ご、ご主人様……、あの……しないの、ですか?」


 したいのか? 君が尋ねると、フィンは首を横に振る。

 なら眠るように。そう君は言う。


「で、ですが……、わたしは奴隷で…………あ」


 君はフィンの頭に手を乗せる。

 洗って綺麗になった金色の髪は柔らかく、金糸のように滑らかな手触りだった。

 そんな柔らかく美しい髪をゆっくりと撫でていく。

 撫でられ、フィンは気持ち良さそうに目を細める。


「ごしゅじ……さ…………す、ぅ……」


 何度か撫でて行くに連れて、フィンの目はとろんとし始め……ゆっくりと閉じられて行く。

 そしてしばらくすると、寝息が聞こえてきた。

 君はそれを優しく見守りながら、離れようとする……がフィンはまるで子供のように君の手を取ると放そうとはしない。


「おかあ、さん…………」


 寝言だろう、君の耳にフィンの声が届き、彼女を見るとつぅ……と涙が零れているのが見えた。


「いか、ないで……おかぁ、さん……」


 彼女はもう一度呟くように言う。

 それを見ながら、君は彼女を安心させるように……何処にも行かないよ。と優しく言った。

 その言葉に安心したのか、フィンは笑う。

 彼女の笑顔を見ながら、君は思う。

 君のほうがどこにも行かないでくれよ。と……。

 そして君は彼女を優しく見続けながら、思う。

 彼女がもう奴隷ではないと気づいてくれることを。

 何故なら君が彼女にエリクサーを与えたとき、彼女の奴隷契約は解除されているのだから……。

 けれど君は言うつもりは無い、君は彼女を手放したくないからだ。

 そう思いながら、君は空いた手でもう一度フィンの頭を優しく撫でた。

 こうして初めての夜は更けていった。

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