まとめ14 過去・2
君は彼女の提案を受けることにした。
その旨を彼女へと伝えると、笑顔を浮かべた。
「そう、良かったわ。……まあ断ったとしても無理矢理押し倒してから言うこと聞かせたけどね」
……なんだか恐ろしいことを言っている。
君は女性の提案を受けて良かったと心から思った。
「そういえば自己紹介がまだだったわね、私はルーナ。見ての通りエルフで……ちょっと旅の途中ってところかしら。きみは?」
君は自分の名前を言い、町のスラムで暮らしていることを言う。
それを聞きつつ、彼女は提案をする。
「ね、もし良かったらだけどさ、しばらくはここで暮らさない?」
ここ、つまりは泉で暮らさないかとルーナは君に言っているのだ。
それを聞きながら君は彼女が生活をしている拠点をチラリと見る。
簡易的なテントと焚き火がある普通の拠点。
けれど君が雨風を凌ぐ廃屋よりは少しだけ過ごし易そうにも見える。
そして君は人と接することに餓えていたのだろう。
気がつくと君はルーナの言葉に頷いて返事をしていた。
「そっか。それじゃあ今日からよろしくね。あ、私のことは先生でも師匠でも……マ、ママでも好きに呼んでいいからね?」
……師匠で。
それから君とルーナ師匠との生活は始まった。
薬草の適切な採取方法、使える素材の剥ぎ取りかたから始まり。
モンスターとの戦いかたとして、剣を基本に剣を失ったときの無手、剣が振れない狭い場所での短剣、遠くから射抜くための弓矢の扱いを教わり、毎日同じように繰り返していった。
けれど脅威なのはモンスターだけではない、山賊や荒くれ冒険者という厄介な者たちもいる。
そんな奴らの対処法も君は学ぶ。
話せる相手との交渉の方法を、話を聞かない相手の黙らせかたを、ルーナ師匠の経験で出会った者たちの話を。
更には冒険者だとしても、文字の読み書きはまともに出来なければ行けない。
君は大体は読むことは出来たけれど、書くのはまったくだった。
それを日々の生活の中で彼女は知り、君に教えた。
森の中だとしても文字を書く方法は幾つもある。
枝や小石を使って地面に書いても良いし、木を削ってそこに書くのも良い。
様々な方法で君は言葉を書けるようになっていき、難しい言葉も読めるようになっていった。
それらは初めのころは難しく、慣れたと思ったらまた難しくなった。
けれど彼女が課した課題を達成するたびに、ルーナ師匠は君のことを嬉しそうにしながら褒めた。
「すごいすごい! 頑張ったねー♥」
「うんうん、そうだよそうだよ。せーいかーい!」
「良く出来ました。いい子いい子ー♪」
それに対し君は恥かしくはあった。
けれど、褒められて嬉しかった。
けれど自給自足を行っていたとしても時折甘味も欲しくなるし、保存食以外の物も欲しくなる。
だから君はルーナ師匠とともに偶にだが町へも赴いたりもしていた。
「あ、アレは美味しそうだね。きみも食べよう!」
そう言って、彼女は君の手を引っ張って幾つも屋台を梯子していた。
その度に君はお金を出し、食べ物を受け取り2人で仲良く食べていく。
「ん~、美味しい~~♪」
美味しそうに食べるルーナ師匠は口の周りを汁でベタベタにしながらも、子供みたいな笑顔を浮かべながら料理を食べた。
……ちなみにお金のほうは屋台を梯子する余裕が十分にあった。
何故なら、特訓の際に採取している薬草やモンスターの素材を冒険者ギルドに売り払ってその報酬を貰っているからだ。
当然やっかみはないかというと、あった。
君に対して不良冒険者がギルド内で絡んできたのだ。
「おいガキ、そんな大量に金持ってたら大変だろ? 俺に寄越せよ」
どう考えても馬鹿な脅しに、君ははあと呆れた息を吐いた。
それを挑発と受けた不良冒険者はすぐにキレた。
「ガキ、何だその態度はぁ! ざっけんじゃねーぞ!!」
怒り心頭の不良冒険者は君に向けて拳を振るう。
それを見て君は思った。
遅すぎると。
簡単に拳を避けると、君は反射的に殴り返した。
「おごっ!? な……が――――」
君の拳は不良冒険者の顎を的確に殴り、頭が揺れたのかバタンと倒れた。
そのお陰で君が絡まれることは無くなった。
それから少しして森の中で特訓をしているときに師匠が席を外して、何かを射抜いたが……何を射抜いたかは聞かないことにした。
そんな日々が、一月、二月、半年と過ぎていくと泉での生活も難しくなり、君たちは手に入れたお金を使って一軒の家を購入した。
オンボロだけれど、住むには十分な家だ。
「きみへの師事はせめて少しの間だけって思ってたけど、こうなるなんてねー……あはは」
ルーナ師匠は家を見ながら、君へと笑う。
それからも君は変わらずルーナ師匠に師事を受けて、段々と強くなっていった。
そして君は少年から青年になったころには、冒険者ギルドでも一目置かれる存在になった。
剣の腕も確かな上に色んな武器を使いこなせる。更に素材も高品質で採取してくる。交渉もしっかり行う。
そんな君をルーナは優しい瞳で見守り、時には厳しく教えていく。
そして青年になってしばらくしたころになると、彼女は君に酒の飲みかたを教え……自らの手で女も教えた。
「そう……こうやると、ね? わかるでしょ?」
そのときの彼女は美しく、それでいて妖艶に感じられた。
忘れられない思い出だ。
それから数度の夜の教育が行われ、君は何時ものベッドに眠りにつくのだがルーナは開かれた窓から見える夜空を悲しそうに見ていた。
だから君は聞いた。
どうしてそんなに悲しい顔をするのかと……。
彼女は困った顔をしながら君へとその表情の理由を口にした。
それは……。
「故郷を思っていたの……」と言った。
→「娘のことを考えてたの……」と言った。
「何時までこうしてられるかな……」と言った。
「ちょっとね、娘のことを考えてたの……」
むすめ、ムスメ、むす……娘ッ!?
君は初め彼女が言った言葉を理解できず、ポカンとしていたが段々と理解していき、君は驚きの声を上げた。
そして改めてルーナを見る。
あのとき会ってから、まったく変わることのない彼女の美しい姿を。
どう見ても20代にしか見えないけれど、エルフなのだから年齢がそれ以上だと言うのは当たり前か。
君はそう理解しつつも、娘がいることに驚きを隠せなかった。
「一応里ではちゃんと結婚をしてたし、夫も居たわ」
その言葉と懐かしむ表情に、君の知らない彼女の思い出が感じられ、モヤモヤする。
君の表情に気づいたのか、ルーナはニヤニヤ笑いつつ君を見る。
「おやおや~? もしかして、妬いてくれちゃってるー?」
茶化すように彼女が言うので、君は首を縦に振って妬いていると言った。
すると、先ほどまでの行為と酒があってか彼女は顔を赤くする。
「え、あ……そ、そっか? うん、そっか」
彼女の表情は気恥ずかしさと嬉しさを混ぜた様な表情であり、君はその表情に満足した。
けれど、この機会だから彼女のことをもっと知りたいと君は思い、彼女にエルフの里の話を聞いてみたいと言う。
君の言葉にルーナは悲しみが混ざった悲しげな顔をしたけれど、口を開く。
「少し、長くなるわよ?」
彼女の言葉に君は頷き、月の光で輝く彼女を見る。
「こう見えて私はね、エルフの里にいた時は結構重要な地位に居たの」
それは分かる。何故なら、君へと教えてくれたことは決して普通の暮らしをしていた者には無理な知識だったりするのだから。
そして彼女の持つ弓は魔力を矢にして放つ特級品だ。
そんな武器を持っているエルフがただのエルフなわけがない。
それを告げると、ルーナは苦笑する。
「あちゃー、外の生活で気を付けてるつもりだけど……きみへの教育に緩んじゃってたのねー……。まあ良いわ。それで里では真面目に生きて、真面目に生活をして、普通に結婚したわ、子供も産まれた」
昔を懐かしむようにルーナは君に言う。
「旦那は私が暮らすエルフの里で祭司をしていたんだけど、ある日を境に人が変わったみたいになったの。
爽やかな感じが、こう……ねとっとした感じになったって言ったほうが良いかしら? 周りは悪魔に取り憑かれたとか真剣に言ったわ」
変わり果てた夫の姿を思い出したのか、悲しげに……そして体をギュッと抱き締める。
夫が何かをしたのか……いや、多分夫なのに夫でないそれに抱かれた嫌悪感が体を苛んでいるのかも知れない。
「周りがそう言い続けていたけれど、旦那は君の悪い笑いを浮かべながら話し合いをしたの。……でも」
彼女は顔を暗くし、言う。
「それを言い続けていた周りの者たちは、夫と戻ってくると人形のように淡々としていたわ……。周りも怪しいと思ったんでしょうけど、彼に何か言うと自分たちも……って思ったみたいで何も言わなかったわ。
けれど、段々と他のエルフたちが人形のようになっていったわ」
キュッと唇を噛み締めながら、ルーナは震える。
そんな彼女の肩を君は抱き、胸元に近づける。……やわらかい香りが君の鼻をくすぐる。
「ん……っ。ごめんね、もうすぎたことなのにね……」
君に謝り、彼女は話を続ける。
「段々と狂い始めていくエルフの里に恐怖を正常な者たちは恐怖したわ。
私もその異常さに逃げたいと思ったけれど、娘も居たし……逃げるわけにはいかなかったの。けど、その迷いがダメだった。
ある日、目を放した隙に夫は娘を連れ出したの。娘もあんな風になるなんて嫌だと思って気がつけば私は弓を手に駆け出していたわ。そして見たの……その光景を」
悔しさと動くべきだったという後悔を思い出しているのか、彼女の目には涙が浮かんでいる。
「夫に何が起きたのかは分からない。けれど、娘を抱いた夫はエルフの里の境界で抱き上げた娘を人間に渡そうとしているのが見えたわ。
そして、夫は娘を渡すと土で娘と同じようなものを創り出したの。
それで理解したわ……。人形となってしまった里の者たちの理由に。本物は人間に連れて行かれて、そっくりなものと入れ替えられていたんだって……!」
気づくことが出来なかった。それに彼女は怒り狂い、娘を助けるべく人間が乗った馬車を追いかけたらしい。
「馬車には簡単に追い付けたわ。
護衛も簡単に始末した。そして動けなくした人間に何故こんなことをしたのかと眠る娘を抱き上げながら尋ねたわ……そうしたらね、夫が持ち掛けたらしいの。エルフを買わないかって……」
それを聞き、彼女は人間――奴隷商人を永遠に黙らせたらしい。
そして急いで里に戻ると夫を呼びとめたと言う。
「夫はさも仲のいい家族みたいな感じに、娘そっくりの土くれと手を繋ぎながら私を見て、腕の中に眠る娘を見て顔を顰めたわ。そのときに言った言葉はね……『なんだ、見つかったか』なのよ」
彼女は問い詰めたらしい、その声を聞いて無事だったエルフたちも顔を出していった。
「自分が不利だって分かってるはずなのに、彼は嗤ったの。
『エルフはみな奴隷になればいい!』ってね……。それを皮切りに人形みたいなエルフ……土くれが襲いかかってきたわ」
それに彼女を始め残ったエルフたちは対処したらしい。
けれど多勢に無勢で、捕まった者は手足を潰されたと言う。
「手足が潰れて、商品価値が無くなったとしても繁殖用の胎は残ってるから問題はないって言ってたわ。……酷いわよね、私たちは物じゃないのよ?」
そう言いながらルーナは君の胸に手を当てる。……その手は温かい。
君は自らの手を彼女の手へと重ねる。
それが嬉しいのか彼女は微笑む。
「このままではどうにもならない、そう考えて私は無事な仲間に娘をお願いしてこれらが外に出ないようにするために里の神殿へと走ったわ」
神殿、といっても木で彫られた神の像が置かれた場所らしい。
「娘を連れて逃げていく仲間を見ながら、私は神殿に辿り着くと神に祈ったのどうか里の封印を……と」
普段は神の声なんて聞こえないはずなのに、状況を察したのか神の声が彼女に届き、神はこう言ったらしい。
『汝、我に何を与える?』――と。
「私は言ったわ。永遠に娘に会わないと。彼女に会った場合、自分はこの世界から消える……と」
そして彼女の覚悟は本当だったらしい。
『契約は成立した。我が力をもって、この里を力続く限り封じる』
「そして神像を中心に光が里を包んだわ。光の中で夫の笑い声が聞こえたけれど……気づけば私は里のある森の外に飛ばされていたわ。
夢かと初めは思ったけれど、遠くに感じる気配があってそれが娘だって分かったの。だから……」
気がつくと彼女は、娘と仲間たちから離れるようにして駆けていたらしい。
「それからずっと旅をしていて、4年ほど経ったわ。あの子も今は6つくらいかしらね……」
話し終えてすっきりしたのか、彼女は先程よりもリラックスしている。
そんな彼女へと君は尋ねようとした。……が言うよりも先に。
「ダメよ。何を言いたいのか分かってるけど、彼女が幸せならそれで良いの。だから聞かないでちょうだい」
彼女の言葉に君は黙ることしか出来なかった……。
「さ、今日はもう寝ましょうか。明日はちょっと遠出の依頼をしてみましょう」
と言って、彼女はベッドに入り君も入る。
彼女の温かさが心地良く、君の意識は簡単に落ち始め……目は閉じられる。
「……ねえ、君がもしも、私の娘に会ったなら……どんな形でも良いから、すくってちょうだい」
耳元で囁くようにルーナが君へと言う。
君はその言葉に、半分眠りながらだけれども……。
→頷いた。
→頷いた。
→頷いた。
→頷いた。
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