まとめ34 出立・1

 冒険者ギルドから出た君は空を見上げる。

 数時間前まで見えていた青空は既になく、あるのは茜色の空だけだった。

 数時間も説教及び始末書を書かされることになるなんて、そう思いつつ君は小さく息を吐く。


「その……申し訳ありませんご主人様……」


 そんな君へと、斜め後ろに立っていたフィンが謝る。

 君は気にしなくても良いと言うが、責任感が強い彼女は物凄く申し訳なさそうにしながら眉をハの字にしている。

 君はフィンへと向き直り、優しくその頭を撫でる。

 彼女のサラサラとした髪が指に伝わり、心地良さを感じるがそれ以上に嬉しそうな笑顔が見れたので君は満足した。


「は~あ、でも依頼未達成になっちゃったね~……。本当ギルドってケチだよね!」


 そう言いながら君の隣を歩くサンズがぶーぶーと文句を言う。

 なので優しく、頭に手を置くと……一気に力を込めた。


「ふんぎゃあ!? ちょ、おっさん! 痛い、痛いってば~~!!」


 当たり前だ痛くしているのだから。


「サンズ……、悪いことをしたって自覚を持つべきなのです。何年経っても小父さまに苦労をかけるのは失礼なのですよ?」


 呆れたように息を吐きつつ、セインはサンズをジトッと睨む。

 だがサンズは気にしていないとでも言うように、実は痛くない締め付けをさも痛そうに叫び続ける。

 正直もっと力を込めてやろうかとも君は思ってしまったが、君は堪える。

 力を込めたら込めたで、自分の手にもダメージが来てしまうのだから……。

 そう思っていると、ぐうという音が聞こえた。


「「「あ……」」」


 腹の虫、それに気づき……つい彼女たちを見てしまうと、全員恥かしそうにしていた。

 どうやら全員同時に鳴ってしまったようだ。

 君はとりあえず何も言わずに向こうを見る。優しい気遣いのつもりだ。

 だがそれは地味に辛いものだろう。

 そう思っていると頭を捕まれたままのサンズが君に声をかけてきた。


「なーおっさん、何か買って帰らない? ボク腹減っちゃったんだけど」


 ……どちらにしろ帰り道に買い物は必須である。

 何故なら、いま君が頭を掴んでる人物に家の食べ物は殆ど食べられたのだから……。

 君がそう言うと、サンズはプーピピープーとヘタクソな口笛を吹く。

 君はそんなサンズの頭を掴んでいる手についキュッと力を込めてしまう。


「あっ、痛、痛い!」


 サンズは叫ぶ。けれどこちらもチクチクとした髪が物凄く痛かった。

 なので仕方なくだがサンズの頭から手を放し、フィンとセインを見ると……気まずそうな顔をしていた。

 君はそんな彼女たちへと、食材を買い込むことを告げる。

 それと同時に……、


  買い食いしていくか?と尋ねた。

  急いで帰るか、と言った。

  スミスたちがどうしているか心配になった。

(ゼロ票でした! どうすれば投票アップするかなぁ?)


 君たちは市場へと辿り着いた。

 夕暮れ時の市場は朝の市場とは違った顔を見せており、売られている物の種類も様変わりしていた。

 肉を売っている店ではその日に賞味期限となってしまう肉や腸詰めをそのままやミンチにして成形した物を焼いて売っており、肉の香りが食欲をそそっていた。

 魚を売っている店では新鮮な魚も翌日には腐ってしまうために、開いて干物にしたら美味しい物は干物にしており、焼いたほうが上手い物は網の上で焼いていた。

 魚の脂が火の上に落ち、パチパチと爆ぜる音を立てる。

 焼き魚以外にも漬け込んだ魚も焼いているのか、独特の香りがする。

 野菜を売っている店では根菜類などの大地の中で育つ物は萎びることはない。

 けれど、葉物や瑞々しい野菜はその日一日で萎びてしまうからか、店を切り盛りする女性が豪快に包丁を下ろし、ざく切りにするとツボの中へと入れてビネガーを注ぎ込んでいたり、塩を混ぜ込んでいたりするのが見えた。

 ピクルスや塩漬け以外にも、煮込んだほうが美味しい物は煮込んでるのが見えた。

 その様々な香りに、君の周りの3人の腹の虫がまたも『ぐう』と鳴ってしまった。


「え、えっと、は……早く食材を買って帰りましょうか!」

「そ、そうなのです。セインも早く帰ることを勧めるのです!」


 セインとフィンが慌てながら食材を買い込むように君に言う、サンズは……ふらふらと肉屋に移動していた。

 とりあえず金はあるはずだからそっちは放っておくことにしよう。

 そう思いながら君はフィンとセインの2人にお金を数枚差し出し、少し食べるように言った。

 2人は驚き、君とお金を交互に見る。


「あ、あの、ご主人様! ほ、本当に……本当に良いんですよ?!」

「お、小父さま。セインは我慢するのです! だから、誘惑しないで欲しいのです!」


 2人は君へと慌てながら言う。

 けれど君はお腹が空いているほうがいけないと言って、無理矢理に握らせた。

 2人は握らされたお金を暫く見て……。


「分かりました……。で、ですが、ミルクとココアの分も一緒に買わせて頂きますからね!」

「セ、セインもクラフとスミスの分を買わせていただくのです」


 そう言って、君に頭を下げてから手早くすぐに食べれる料理を作っている店へと向かっていった。

 君はそれを見届けてから、食材を買い始める。


「あ、おっさーん。会計よろしくー!」


 ……お金を持っている、そう思っていたが持っていなかったようだ。

 君はサンズの頭を掴みながら、店員へと一緒に謝りお金を払った。

 野性に帰りすぎてたのだろう。自給自足の生活をし過ぎて金銭感覚が来ていたようだ。

 そう思いながら君は小さく息を吐く。

 それから暫く、迷惑をかけさせたサンズを荷物持ちにし君は食材を買い込んで行く。

 フィン、ミルク、ココア。そこにサンズ、セイン、スミス、クラフが増えたのだ。

 何時も以上の食品を買い込まないといけない。

 そう思いながら君は次々と肉、魚、パン、調味料などを買い込んで行く。


「おっさん、重いんだけどー?」


 迷惑をかけた罰だ。そう君はサンズに言いつつ、買い込みつつ……マジックが居たら便利だっただろうと思ってしまう。

 魔法使いマジック、あの子は魔法の達人であるため希少魔法である収納魔法も平然と使えるのだ。

 君とサンズの持っている食材も保存出来てしまう。

 まあ、いないのは仕方ない。多分近いうちに来るだろう。

 そう考えながら君はなおも食材を買いこみ続け、持つのも大変な量になっていた。


「ご、ごふひんはま!? だ、だいほぶでふか!?」


 声がし、そちらを見るとフィンが野菜を挟んだパンを食べていた途中だったようで口に咥えていた。

 隣を見るとセインが幸せそうに、君の存在に気づいていないほど幸せそうにふわふわのパンを食べている。

 良く見ると、パンの間には甘いクリームとジャムが挟まっているようで、口の中が甘くて幸せになるように感じられた。

 事実、セインは幸せすぎてパタパタと翼を動かしている。


「あぁ、甘い物なのです……。教会では食べれない甘い食べ物なのです……♥」

「幸せそう……ですよね」


 フィンの言葉に君は頷き、暫く見続けながら休憩をし……家へと帰ることにした。

 少し前に上空をメタルドラゴンが通過していたから、4人は帰っているだろう。

 そう思いながら君たちは歩く。

 家が見え始め、後ろのほうではメタルドラゴンの姿が少しだけ確認できる。

 改めて思うけれど、なんという威圧感だろうか。

 そんなことを思っていると、フィンが家の前に誰かが居るのに気がついた。


「あれ? あれって……どなたでしょうか?」


 彼女の言葉に君は家の入口を見た。

 黒に近い濃い紫色のローブを纏い、唾が広い三角帽を被った長いピンク髪の少し幼さを残した人物が立っていた。

 その人物に気づいたサンズとセインが小さく呻き声を上げる。

 その声に気づいたのか、その人物は君たち……いや、主に君を見て独特な笑顔を向けた。


「ふふふ、ようやく帰ってきたか小父殿」


 口元をにやり、とするような笑みであるが本人いわくこれは物凄く嬉しいときの表情らしい。

 その笑顔を向けたまま、その人物は君へと近付く。

 ピンク色の髪がフワフワと揺れ、眠っているかのように半開きとなった目蓋から紫色の瞳が君をジッと見つめる。

 そして、クラリとする甘い匂いがした。

 君は目を閉じ心を落ち着かせてから、その人物へと目線を合わせて久しぶりだと声をかける。


「マジック、久しぶりだねー」

「マジック久しぶりなのです。元気してたですか?」


 君が声をかけるとサンズとセインも落ち着くことが出来たのか笑みを向ける。

 ただし笑顔と裏腹に緊張が感じられた。

 当たり前だ、今のマジックに気を緩ませてしまえばあっさり魅了されてしまうのだから。

 現にフィンは魅了されており、ポーッと茹った様に虚ろな表情だ。


 魔法使いマジック、勇者パーティの最後の一人で魔法の天才。

 そして淫魔と人との間に出来た――サキュバスハーフである。

 外見もとても女らしい、


  →だが男だ。

   だが男だ。

   だが男だ。

   だが男だ。

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