6.急いでも周りを見渡して ①/神685-4(Pri)-10

 昨日から日が変わって、今日という今になった。

 遠回しな表現だが今の自分の感情を一番適切に表しているとも思う。

 何のことかというと《遠回りするべきだったかもしれない》ということだ。


 昨日訪ねてきたエレミアは確かに言ってた。

 エリアという子を教会に行ってみるよう説得してみると。

 正確に言うと提案になるだろうけど、細かい問題だ。

 どちらも決めるのは本人という点においては。


「昨日言ったからって今日来るという保証がどこにあるってんだ。

 考えが先走りすぎだバカ野郎……」


 ついつい出てしまう自責の言葉。

 もちろん、昨日のあれはレミアさんのためという理由も一応あった。

 あったけど、こっちの理由もそれに劣らないくらい大事なことだった。

 どうも私は、私が考えている以上に今の状況がもどかしかったようだ。


 いや、もどかしくて当然だろ!

 勉強をすると言っても、ここで今やっている勉強は今後のための勉強だ。

 つまるところ未来への投資だ。


 本来、勉強なんてものは全部そんな物。

 特に理論だけで学ぶ物は今の現在を生き抜くためには何の役にも立たない。

 小中高で国語や数学など、いろんな物を学ぶ。

 だけど現実でそれを実際に――いや、自分の現在の日常で活かせるのか?


 活かせない。

 自分の将来のための勉強でありその未来で使える知れないものが殆どだ。


 もちろん、そういった義務教育が必要ないとか言う気は毛ほどもな――いや、そんなんじゃない、一体お前は何を考えてるんだ!


「はぁ、落ち着け、落ち着けよ俺……いや、私」


 頭に血が回ると他が見えなくなるのは悪い癖だ。

 考えて喋って考えて行動しよう。

 本心は内に潜むもの。あくまで見せても良い自分を演じきれ。


「――よし、落ち着いた。

 落ち着いたけど、なにか特別な事があるわけでも無いんだよね」


 先程慌てといてなんだけど、問題らしい問題は今のところ何一つ起こってない。

 とりあえずこの教会は安全だと思っていいわけだし。

 今のところ心配なのは、ずっと繰り返して言っているもの。

 この町で自分という存在は目障りなものでしかないというその一点だ。


 昨日、種族周りの話を色々聞いた。

 そのエリアという子から聞かれそうな内容だとすれば種族周りしかいない。

 そう思っての行動だった。

 ただそのお蔭で――いや、その所為で自分の足元に見えない火が付いてしまった。


 色んな種族が……色んな種族居る。

 基本的なところは元の世界で言われている内容とそう変わらない。

 種族ごとの特性も似てるし、それベースで考えても何の問題もない。


 ただ聞くほど、その色んな種族が少し姿が違うだけの人間にしか思えない。

 文化や価値観に少し違うところはあるけど、その根本は同じではないかと。


 そこで、もしこの村のエルフをエルフではなく、ただの人間と仮定してみよう。

 人間は自分たちの中に異分子が混じっているのを黙って見てられない。

 必ず排除しようとする。

 それが例え全体の総意と違うものだとしても、時には己のルールを優先する。

 人間とはそういう生き物だ。


 いくら教会が盾になってくれるといっても結果は同じだ

 その思考に行き着いたならそんなのは頼りにならない。

 物理的、かつ現実的な手段がないと自分の身も守れない。

 ただ、その場合は自分の身は守ってもこの村にはいられなくなるだろう。

 それに《異分子を排除したい》というその考えは人間とかも関係ない。

 理性ある存在なら至極当然のものだ。


 もしかしたら私自身もエルフを異種族という色眼鏡で見てたのかもしれない。

 ……いや、未だに見ているか。

 私はエルフはもちろんで、この世界の人間たちもまた、私と違う存在で見ている。

 この感覚は、簡単には消えてくれないだろう。


 ――まあ、それは置いておこう。

 気になりだし始めたらやるべきことを放置して、気になった方からやろうとするのは悪い癖だ。


「要は、いつまでこの時間が続くのかだよな」


「それは、アユム様次第ではないかと」


「――聞きましたが」


 廊下で窓の外を見ていた視線を声がした方に向ける。

 そこにはコップを二つ持ったレミアさんが立っていた。

 うっすらと微笑んいる表情で、片方のコップを自分に差し出す。


「聞きましたよ。

 昨日も途中からすごく真剣というか切羽詰まった感じになってましたね。

 また余計な心配をしてらっしゃるのではないですか?」


「余計……なら、それに越したことはないのですが」


 差し出されたコップを取って、中身を確認する。

 ここでずっと飲んでいるお茶だ。

 苦くも酸っぱくもないが、草の香りはしっかりとにじみ出ている。

 でも外見は緑茶のそれとそんなに変わってない。

 ただお茶には興味がないもので、味とかさっぱりわからないのだが。


「教会の中に入った時点で既に聖域、神の領域になります。

 降神の場ほどではありませんが、この中は地上の法より神の法が優先されます。

 アユム様が望まれればいつまでもいられることでしょう。

 フォレスト様が許可なさらないとも思えませんから」


「そうですね、住む分には問題ないかも知れません。

 他の全てを無視するならですね」


「他の全て――ですか」


「――自分は牢の中でいつまでも住みたいとは思いません。

 ただ、それだけです」


「……それは」


 間違えば誤解を招く表現だ。

 ただレミアさんなら察してくれると信じている。

 この教会が牢の中、監獄のような場所だと言ったわけではない。

 村から見て今の教会は、私という異分子を閉じ込める牢獄と言ったのだ。

 牢獄の割には住みやすいから島流し、と言ったほうが良いかもしれない。


 実際に、もしこの後何があったとしてもとすれば。

 その全てを跳ね除けることが出来るだろう。

 私が守りに徹する限り、彼らは何もしてこないし何も出来ない。


 その状態になっても――この村から逃げ出すことくらいは出来るだろう。

 団長さんなら《村から即座に消える》という条件で協力してくれると思う。

 でも、それはエレミアを裏切ることになる。

 したくもないし、やる気もない。


「――止めましょう、こんな話は!

 こんな真昼からやるような会話でもないし」


「そうしましょう。では、何をなさいますか?」


「そうですね、昨日はエリア……さん? が来る前提でずっと座学でしたし。

 今日は体でも動かしますか」


「まあ、何か武術でもやってたのですか?」


 いきなり武術と来ましたか。

 もし武術をたしなんでいたのんなら、この一週間の内に何かやったと思うけど。

 一日空いたらそれを取り戻すのに三日かかるとか言われてるようだし。


「いいえ、全然。

 軽く身を動かしておきたくなっただけです。

 まあ、体を少しでも鍛えるべきかと思ったのもありますが」


「なるほど、確かにそうですね、それなら――――あら」


「どうかしましたか?」


「ふふ、昨日急いだのは無駄にならなさそうですね」


「――それって……!」


 レミアさんの視線の先。

 窓の外に目を向けると、確かに遠くから一人がこちらに向かって歩いていた。

 エレミアよりも少し幼く見える白い髪の女の子。

 まだはっきりとは見えないけど、どうやら眼鏡を掛けてるようだ。

 片手には何かの本を持っている。


「眼鏡と本、ですか。わかりやすい組み合わせではありますが」


「ふふ、お察しの通り、エリアちゃんは本の虫でもあります。

 この村で知識量を競うとなれば彼女の右に出るものはそういないでしょう」


「まだそう年も取ってないように見えますが……」


「はい、実際に人間の観点から見てもまだ幼いです。

 外見通りの認識で大丈夫かと。

 これはエレミアに対しても言えることですが」


「そう、ですか」


 幼い体に膨大な知識か――良い組み合わせではないな。

 良い方向でも悪い方向でも、突出してるというのはあまり良いことではない。

 遅すぎるのも早すぎるのも、良すぎるのも悪すぎるのも良くない。

 何事も過ぎたるは及ばざるが如しだ。


 まあ、詳しい判断は会ってからか。

 私とレミアさんは、訪れるであろう客を迎えるために、礼拝堂へと向かった。

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