5.小さな一歩を積み重ねる/神685-4(Pri)-9

 神暦685年4月9日、第三曜日。

 先週の神暦685年4月3日からちょうど一週間が過ぎた。

 最近知ったのだが、どうやらこの世界は六日で一週間らしい。

 第一と第六曜日は休日だ。


 先週、降神の場から出た後。

 レミアさんと話しをするために、来た道を辿って彼女を探した。

 そして彼女に諸々を謝ろうとしたとしたのだが、彼女に先を越されてしまった。

 私が降神の場に向かう時の態度が気になってた様で、逆に色々謝られたのだ。


 《確かに神の言葉ではあったけど言葉が足りなかった》と。

 誤解を招くような態度を取ったことに対する謝罪だった。

 それに対する私の反応は言うまでもない。

 お互いに謝りパーティーだ。


 それからはまあ、腕輪のこととかも話して、その話をこの村の村長。

 エレミアだけでなくレミアさんにも父らしいが、とにかくその人にも話した。

 こうなってしまっては村側でも無闇に手は付けられない。

 教会から出ない限りは放置だ。

 そしてその放置された私は現在、文字を勉強している真っ最中である。


「大体は書けるようになったけど、慣れるには時間が要るな……」


 ずっと不思議と考えてはいたのだ。

 何で私は普通に日本語で会話してるんだ、と。

 異世界やらファンタジー世界やらに実際に行くことになったと考える場合、一番引っかかる問題はコミュニケーション方法だ。


 普通、ラノベとかでは何の不自由なく会話する。

 日本語はいつから万国共通語になったのかと読みながらいつも思っていた。

 なのに実際の異世界でも会話出来てしまう。

 助かりはしたが疑問は残ってた。


 その答えが、絶対神の祝福というもの。

 神により文化を成すように作られた種族に限るが、それらには絶対神の祝福として《統一言語》というものが宿るらしい。

 つまり種族関係なく何語で喋っても会話が出来るという素敵な祝福だ。

 文字に関してが全ての文字を勉強しなくも普通に読めるらしい。

 私が会話に苦労しなかったのはこれが原因だ。


 なのに何で私は文字を勉強しているのか?

 簡単なことだ――当然ながらそんな祝福、私には無いからだ。


 どうやら統一言語の祝福は聞く・喋る・書くことにだけ影響するものの様だ。

 それが何語であっても相手からの言葉は勝手に翻訳されるし、喋るときも相手にわかるような内容として伝えられるもの。

 なので例え祝福がなくても会話に問題はない。


 ただ、文字に関しては書く時にのみ祝福が宿るようだ。

 これは私という例外が存在したからわかったことになる。

 実際に私が平仮名やカタカナを書いてみてもレミアさんには伝わらなかった。

 多分これを書いてみせるだけでも異世界人という証拠になりえるのだろう。

 まあ、だからといってこの村のエルフ達が態度を変えるとは思わないが。


 ともかく、文字を書けないのは流石に不便ということで、この地域で一般的に使われる文字を学ぶことにしたのだ。

 それがこの、イートス語になる。


 文字としては英語に、文法や単語は日本語と似ている言語で、ほぼ一対一で変換が可能のように見えた。

 似ているというか日本語の英文字文章のアナグラムのような感じか。

 なので、書くのはさほど難しくないけど、一文字書くたびに何十秒もかかる。

 慣れないせいではあるけれど、もどかしいのは仕方がない。


「でも、この短期間でここまで書けるようになったのは凄いと思いますよ?」


「基本はもともと使ってたのと似てますからね、そんな大したものではありません」


 横ではレミアさんが自分の勉強を見てくれていた。

 この一週間の間、文字以外にもこの世界の常識について色々教えてもらってる。

 ここに来る途中にエレミアに語った教育や種族、文化などの常識を、今度は私の方が学んでいる形だ。


 内容については真新しいものもあれば、ここでもか、というのもある。

 間違い探しみたいな気分で、筆記もしながら勉強している。

 もちろん、この時の筆記は日本語だ。


 レミアさん経緯ではあるがエレミアの近況も知った。

 どうやら私を連れてきた件で暫くの間は謹慎処分で家の外には出られないようだ。


 私の境遇に関してはレミアさんからも村長に抗議したらしい。

 《神が認めた人を連れてきたことで罪を問われるのはおかしい》と。

 でも《認められたのはこの村に来てからだ》ということで、連れてきた当時とは関係ないと却下されたとか。

 中々の俺ルールだ、中途半端に筋が通ってる分、タチが悪い。


 ただ、これが教会と村の関係性なのだろう。

 近い位置でも決して近くない、尊重はするがそれだけ。

 エルフで神を信じているのなら信仰心も高いと思ったけど、そうでもないようだ。


「まあ、正直それ以外にも思うところはあるけど」


「何がですか?」


「この世界の事を考えていました、正確に言うと種族に関してですが」


「ああ――まあ、確かにそうですね。

 今となってはどうしてこうなったのか、理由すらはっきりとしていませんが」


 この世界は一般的なファンタジー世界の常識が通用するが、違うところも多い。

 種族に関わらず村には必ず教会が存在するというのも大きな違いと言える。

 しかし、それよりも大きいのは種族同士の関係だ。


 人間とそれ以外の種族に関しては言うまでもない。

 しかし、人間以外の他の種族同士でも仲が良いとは言えない状況だ。

 人間ほど嫌悪してるのではないが、交流は皆無と言っていいほどない。

 住む地域も東西南北でバラバラであり真ん中に人間が住んでるため交流も難しい。


 それでも交流をするために自分たちの領域を出れば、最初に会うのは人間だ。

 それもこの関係に多大な影響を与えてるのではないかと推測してる。


 ① 異種族と交流がしたい

 ② 最初に人間と出会い失望する。

 ③ 異種族なんかと交流するか!


 こんな順番になって、他の種族との交流を諦めたのではないだろうか。

 あくまでも可能性の一つだが、説得力はあると思う。


 実際にこういう状態だと距離的にも現実的ではないし、難しいところだ。

 少数だけを引き連れて、人間の領域を通らず異種族の村に着いても問題は残る。

 今の私のような状況になる可能性だってゼロではないんだから。

 それなら生活は自分たちだけでも賄っているし、必死になる理由も感じられない。


「せっかく良い祝福があるというのに、寂しいものですね」


「そう、ですね。本当にそう思います」


 選ばれた種族、人間。

 この呼び名が決して良い意味ではないというのはよくわかった。

 思うところがないわけでもない。

 ――ただ、今はおいておこう。

 どのみち、今の私がどうにか出来るような問題でもない。


 その後、話題を変えて私への勉強などに適当に話しながら、それぞれがやっていることに専念した。

 因みにレミアさんは縫い物をしている、マフラーを編んでいるようだった。


 それから暫くして、外からノックの音が聞こえた。

 因みにこの教会に住んでいるのはレミアさん一人だけ。

 ここ最近私が住むようになったから二人になったけど、その二人がここに居る。

 なのにノックの音が聞こえるというのは、外からのお客様ということになる。


「――隠れましょうか?」


「いいえ、多分大丈夫です。入ってきてください」

 

『失礼するね!』


「……この声は」


 もしものことがあるかもしれない。

 そう思い緊張したのが、向こうから聞こえる声で一気に溶けた。

 何とも馴染みがある声。

 ドア越しだから顔は見えないけど、おかげでもっとわかりやすい声が聞こえた。

 そして入ってきたのは予想通り――いや、来れないと思ってた人物だった。


「久しぶりお姉ちゃん! アユムも元気そうで何よりね!」


「ふふ、おかえりなさいエレミア」


「そっちこそ何も無さそうでよかった。

 とりあえず久しぶり……だけど良いのか? こっちに来て」


「毎週の物資寄付のために来たんだから大丈夫!

 まだ謹慎中だから自由には行き来できないけど仕事だから!

 暫くは私が来ることになったし」


「毎週――ってそうか、先週は私が降神の場にいた時に来たのか」


「ええ、流石に前回はエレミアではなく別の方――レインさんだったのですが」


「あーそういうことですね」


 団長さんなら確かに、良い顔はしないだろうけどそれまでだろう。

 もしかしたらエレミアのため、私の状況を確認しようと来たのかもしれないが。


「普通は一度変わったら暫く変わらないので、私も驚きました」


「うん! レインさんに頼んで変わってもらったの。

 それとごめんねアユム、折角来てもらったのにこんな閉じ込めるような真似をしちゃって」


「いや、エレミアは悪くないよ。

 それにここでの生活もそう悪いものではない。

 もともと外に出歩くタイプでもないからね、今の生活はそれなりに満足してるよ」


 元の世界でも実質、半分ひきこもりのような生活を送ってはいた。

 仕事はしてたから平日は早起きしてたけど、週末はいつも家でゲームか勉強。

 友達もあまりいなかったから呼ばれることもない。

 ――思い出して少し悲しくなってきた。


「……本当に?」


「本当。それに、レミアさんも親切だしね」


「アユムさんが良い人だからですよ。

 他人というのは本来、己を移す鏡のようなものです。

 私が親切に感じられたのなら、それはアユムさんが親切ということです」


「ははは、お世辞でも嬉しいです」


「もう、二人ともすっかり仲良しになったね。

 お父様も――いや、村のみんなもだけど。

 アユムがどういう人かわかればこういう扱いはしないはずなのに」


「まあ、難しいだろうね」


 この世界の状況とかを顧みた時、思うところは色々ある。

 当面の課題はこの村で自分の評価を何とか並以上に持っていくところだ。

 何だけど、今の状態ではどうしようもない。

 そもそも接点がなければ何のアクションも取れないし、向こうから会いに来るという選択肢も考えづらいからだ。


「何とかお父様だけでもこっち側に引き込めれば……」


「お父様も固いところがあるから、厳しいと思うけどね」


「ふぅ、今のところは地道にやれることをやるしかないのかな」


「そうだな、まあ、少しは今後のことも考える必要がありそうだけど」


「今後――ああ、そうだった。

 そういえばアユムってフォレスト様と会ったんでしょう?

 どういう話をしたの?」


「フォレスト――様からは、まあ、色々と。

 暫くはここで休むように言われたけど」


 フォレスト、と普通に話そうとして急遽修正する。

 流石に本人たちの神をタメ口の敬称なしで話すのは不味いだろう。

 本人からは様付しないようにとお願いされたが、今考えても納得いかない。


「つまりはフォレスト様も認めたんだね! よし、これで何とか説得できれば!」


「一応、お父様には私からも話は通したのだけど――まあ、頑張って。

 教会の私よりは貴女が言ったほうが良いかもしれないし」


「――やっぱり、教会と村の関係はあんまりよろしく無いのですか?」


「悪くは、無いのですが……」


「村の経営には首を突っ込めないのよ。

 フォレスト様からの神託なら従わざるを得ないけど、

 それ以外に関しては互いに不干渉というのが決まりだね」


「フォレスト様から直々に客人としてもてなすよう神託が下されればお父様――

 村長も考え直すとは思うのですが」


「それは、あまり意味がありませんね」


 フォレストもその手段は取りたくないだろう。

 確か、フォレストは言ってた。

 《新しい世代のエルフは人間との間を改善できるように宿せた》と。

 つまり本人たちの意思でやるのではなく、神の神託や神の言葉で動かされてはその後がないということだ。


――――ちょっと待て。新しい……世代?


「――エレミア。

 そういや、君の同世代のエルフはこの村にいないのか?」


「私と? ええっと、いない、かな。

 下に一人、妹のような子は居るけど」


「この際、年下でもいい、紹介してくれないか?

 別に教会が立ち入り禁止になったわけではないのだろ?」


「本人も気にしてたし、教会も別に立ち入り禁止とかでは無いよ。

 うん、大丈夫だと思うけど、もしかしてアユムってそういう趣味だったの?」


 いきなり少し引いた感じで私から距離を置き始めた。

 ――いや、違うっての。

 俺は至ってノーマルだ、ロリコンでもなんでもない。

 そもそも彼女とか今の所いらないし作る気もない。


「んなわけあるか、味方を増やしたかっただけだ」


「味方か――そういうことね。

 確かにエリアなら人間に対して嫌悪感は無いだろうけど、大丈夫かな?」


「エリアちゃんね、案外気が合うかもよ?」


 どうやらレミアさんも知ってる様子。

 私と気が合うというのはどういう意味なのか少し気になる。

 ただ、エレミアより幼い妹と言ったからまだ成年していない子かもしれない。

 エルフは寿命も長いという話だったし。

 ――そういや、こっちのエルフも寿命が長いのかは聞いてなかったか。


「まあでも、確かに良い方法かもね。

 わかった、人間に対しては元から興味を持ってる子たし、今日会ってみるね」


「ああ、よろしく頼む」


 それから少しの雑談をした後、エレミアが持ってきた物資を倉庫に運んだ。

 一人暮らしのところでこれが一週分というのは、流石に多すぎる気がしたけど。

 もしもの時のための保険なのかもしれない。


 そして物資も運び終わり、エレミアは名残惜しそうに帰っていった。

 いつものように、教会には私とレミアさんだけが残ったのであった。


「途端に寂しくなりましたね」


「ここはそういうところです。

 本来は神職の人以外は泊まることも出来ないのですから」


「寂しく――いいえ、愚問でした」


「ふふ、良いのですよ。それに、今は貴方様がいてくれますし」


「……そうですか」


 神に仕える神職の人。

 志願する場合もあるが、殆どは神によって一方的に定められるらしい。

 志願した場合も、神が認めなかったら神職に就くことは許されないとか。


 レミアさんがいつからこの教会に住んでいたのかはわからない。

 その前に住んでいた方が誰でどうなったのかもわからない。

 ただ、こういう場所でどこにも行けずに閉じこもっているのは、寂しいと思った。


 でも、そこで気を使うのはまた違うのだろう。

 多分だけど、そういうのは彼女も望んでいないように思えた。

 だから――――


「さて、そのエリアという子が来る前に、予め予習をしておきたいのですが」


「予習、ですか?」


「まあ、この世界の種族のことをもう少し詳しく知りたいなと思いまして。

 ――付き合っていただけますか?」


「ええ、私でよければ喜んで」


 とりあえず今日寝るまでは、彼女を一人にしないことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る