異世界人として生きるのは

４．それでも光を見出すために ②／神685-4(Pri)-3

　流石ファンタジー、こういうところを見ると改めて実感する。

　いくらでかいと言っても、木の葉の上に何事も無く立っているのだ。

　もしかしたらと思い、足踏みをしてみたがびくともしない。

　自分の目の前にあった祭壇だけが、ここがどこなのかを示してくれていた。

「ということは、ここはまだ降神の場なのか？」

「そういうことになります。異世界の人よ」

　これはまた、穏やかな声。

　振り向いてみると、そこには蔓と木の葉で身を包んだ女性がそこにあった。

　どこか哀しさを感じさせる潤った青い目と、緑の髪……。

　いや、植物のような髪と言ったほうが良いのかもしれない。

　見た瞬間、最初に思いついた存在が一つだけある。

　樹木の精霊として知らされているドライアド。

　でも、恐らく違うのだろう。

　多分こいつが私をここに呼んだという神、フォレストだ。

「お察しの通り、自分がエルフの神、フォレストになります。アユム様」

「あなたも様付けですか……というか、なぜ膝を曲げてらっしゃるので？」

「あの、見上げさせるなとおっしゃっていたので」

「――――すみません、普段通りにしていても大丈夫です」

　一瞬で熱が冷めてしまった。

　これがブラフだとするのなら大したものだけど、そうは見えなかった。

　ただ、これがブラフではないとするなら、

　先程のあの罵声の数々は流石に悪かったなー、と思う。

「い、いいえ、気になさらないでください。

　それで気が晴れるのでしたらいくらでも……」

「あ、いいえ、申し訳ありません。

　とんだ勘違いだっと少し思っている――え？」

　私、先程口に出して喋ってたっけ？

　いや、そんなはずはない。

　――もしかして、いや、もしかしなくとも……。

「あっ、ごめんなさい。神は人の心の中を読めます。

　あくまでも表面的なところだけですが――

　でも、オーワン様は別かも知りませんね」

「オーワン様？」

「はい、全ての神の母であり、この世界を創造した方でもある。

　絶対神オーワン様です」

　そ・い・つ・が・黒・幕・か。

　そっかぁ、そうだよなぁ。

　神が実在するわけだし、エルフの神とかレミアさんが言った時点で気づかないと。

　他の神がいる可能性は十分にあったよなぁ。

　ストレスの溜まりすぎか、気が立っていたからか。

　どちらにしろ早とちり――いや、でも呼ばれたのは事実だ。

　何かしら知っていると思ったほうが良いかもしれない。

「えっと、はい、確かに貴方様を呼んだのは自分です」

「なるほど、そういや先程も異世界の人って言ってましたよね。

　ということは自分の事情は――」

「存じております。ただ……話す前に一つ、謝らせてください」

「何を？」

「確かに、自分はあなた様よりは詳しい事情を知っております。

　ですが、その全てを明かすことは許可されていません」

「――それは、まあ、なんとも大胆な告白ですね」

　詳しい事情を知ってるけど許可されてない。

　許可、誰かから話して良いと言われてないから話せないということだ。

　――これはもう、黒幕は確定しても良さそうだな。

「その言葉だけでも十分な情報ではありますが……。

　とりあえず話していただけますか？　色々と」

「はい、ただ、えっと、貴方様がここに呼ばれた理由。

　また、それらに関わる話は明かすことを禁じられてまして」

「――ほぼ喋れないのでは？」

「す、すみません。ですが二つだけ、明かすことを許されてます」

「ほう」

　正直、《明かせない》と言ってくれただけでも結構助かっている。

　裏を返せばそれは、何かしら理由はあるということだから。

　それが何なのかに対しては、流石に検討もつかないが。

「まず一つ目として、あなた様が呼ばれた場所は偶然ではないということです」

「――それは、また」

　一番気にしてるところをあっさり答えられちゃった。

　ただ、そうか。

　やっぱり、偶然ではないのだな。

「で？　次は？」

「ふ、二つ目ですが……何か怒ってませんか？」

「ああ、すみません。最近鬱憤（うっぷん）が――いいえ、なんでもないので進めてください」

「は、はい。二つ目は貴方様の帰還に関してになります」

「――戻れるのですか？」

「はい、流石に自分も詳細まではわかりませんが可能ということでした」

「そう、ですか」

　帰れる、のか。

　可能であるのなら方法は何とか見つけられるだろう。

　手っ取り早いのは黒幕を引きずり降ろして聞くのが一番だろうけど、

　まあ、良い。

　そもそもそこまで考えてもいないし、今帰れるとも思ってない。

「まあ、帰れるとわかっただけでも良かったです。

　ありがとうございました」

「はい……。

　ただ最後に、自分から一つだけ言っておきたいことがあります」

「はい、何でしょうか」

「――神は、多くを語るのも、現実に大きく干渉するべきでもありません」

　――空気が変わった。

　先程までのどこか頼りない、ぎこちない雰囲気はまるでない。

　背筋を伸ばして、まっすぐこっちを見る姿には威厳すら感じられた。

　ただ、それでも威圧感は少しも感じられなかった。

　どちらかというと慈しみというか、慈愛というか、そういう感じがした。

「本当は、干渉しないのが一番だと思います。

　神の言葉にはそれほどの重さがある。

　――客人であるあなたにも、誤解を生ませてしまった。

　本当に、申し訳ありませんでした」

「――誤解、と」

「レミアに関しては、確かに自分からあなたを招くよう頼みました。

　そんな気はなかったにしても、多少はそれが影響してるでしょう。

　ただの人間にしか見えない初対面のあなたを招いたのは

　確かに自分の言葉が裏にありました、しかし――」

　エレミアは違う。

　私がエレミアと引き合わせられたのは思惑あってのことかもしれない。

　だけど、エレミアが私を助けようと思ったのにそんなものは存在しない。

　彼女の純粋な気持ちだったのだと、神（フォレスト）はそう言った。

「生まれてまだ日が浅い彼女は、聡明ながら好奇心が強く。

　人間に対してそこまでの嫌悪感を持っておりません。

　個は個として見るべきと思ってるのでしょう、正しい判断です。

　新しい世代のエルフには人間との間を改善して欲しかった。

　そう思って、自分がそういう風に宿せたのもありますが……」

「つまり、彼女とは何の関係もないということ、ですね」

「はい、自分の名を掛けて誓いましょう」

「――本当に、ありがとうございます、その言葉に助かりました。

　そして申し訳ありません。貴女様は真に神たる神でした」

　言葉は、時として人を殺める凶器ともなり、

　力を持つに存在は自分の言葉の重さを常に注意しなければならない。

　それを知っていて、行動として示している彼女（神）は信頼出来る。

　そう思った。

「いいえ――貴方様は、厳密に言えばこの世界の人間ではありません。

　それでもこの世界の人間の責は貴方様に対しても例外にはならないでしょう。

　貴方様が思っている以上に、選ばれた種族と他の種族の関係は破綻しています」

「選ばれた……種族？」

「ここから先は、更に厳しい未来が待ってることでしょう。

　ですが、どうか、光を見失わないでください」

　そう言いながら彼女は私の右手首を両手で包んだ。

　包んだ両手から温かい緑の光が生まれる。

　両手が離れたそこには、蔓の腕輪が挟まれていた。

「そう大したものではありませんが、身体の自然治癒力が向上する腕輪です。

　心身の疲れを癒やしたり、荒れた心を落ち着かせる機能があります。

　それと、神職やそれに関係する人には身分証明の代わりにもなるはずです」

「何から何まで……ありがとうございます」

「いいえ、多分、ほんの気休めにしかならないと思います。

　――とりあえず、レミアにはそれを見せてください。

　それだけでも察してくれるはずです。

　……教会の外までは無理でしょうが、せめて今暫しはここで休んでください」

　そう言って、彼女は自分から距離を取って一礼した。

　まだ聞きたいこともあったが、多分もう話せないということだろう。

　あるいは自分で探さないと駄目と言いたいのかもしれない。

「――感謝します。フォレスト様。

　繰り返しになりますが、最初の自分の無礼は後ほどお返しできればと存じます」

「いいえ、お気になさらず。

　それと、やっぱり様付けは止めてください」

「――だから、貴女までそれを言うんですか」

「貴方様が様付けして呼ぶのは、何か似合わないと思うんです。

　それに、常に猫かぶってらっしゃるから、様付けなんて平気ですよね？」

　《本当は貴女様と呼ばれた時も背中が痒くなったんですよ》

　そう言い終えてから、世界はうっすらと光を見失っていく。

　やがては最初の何もない真っ暗な闇の中に一人取り残されたのだった。

「別に、猫かぶっていると言うほどかぶってもないけどな……」

　まあ良い、心の中ではフォレストに戻すか。

　神相手に敬称なしというのもあれだけど、別に信仰しているわけではない。

　さん付けもおかしいしな。

　とにかく、フォレストのお蔭で色々見えてきた。

　まだわからないことがもっと多いけど、今のところ一番の問題は解決された。

　やるべきこと、考えるべきこと、色々あるけど、まずは――

「この階段を降りて、レミアさんと色々話すか」

　誰かの思惑でここに呼ばれたのは気に食わない。

　だが、もしも今戻れると言っても戻れないし戻らない。

　戻れたタイミングと言えば最初の日の夜くらいだ。

　今では、救ってくれたエレミアとの関係をこんな形で終わらせるのはできない。

　チートもなく、武力もない。

　持ってるものはこの身一つと、頭の中の知識だけ。

　仕事関係なら専門知識も持ってるけど、異世界では使えない技術だ。

　学ぶべきことも、知るべきことも多い。

　でも、そんなことより、今は信用できる人とちゃんと向き合おう。

　やることも多いけど、優先順位を付けて、一つずつ。

　結局やれること精一杯やる以外に、出来ることなんてない。

　だから先ずは、この一歩を踏み出すとしよう。

　絶望の中から微かな光を辿り希望を見出すのは、

　足掻いた末だって相場が決まってるから。

　まずは、そうだな。

　この真っ暗な階段をどう降りるかから考えようか。

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Side By エレミア

「いつまで彼に会うのを禁じるおつもりですか、お父様！？」

　森の奥にあるエルフの村。

　フリュードと呼ばれる村の会議室で、私は自分の父である

　エルド・フリュードに怒鳴りかけた。

　理由は一つ。

　私が招待した彼、アユムと私を会うことを父が禁じたから。

　昨日戻ってからずっと言ってるのに、首を縦に振ってくれない。

「昨日から何度も言ったはずだ、許す気などないと」

「私が招待した私の客人です！　それを教会に閉じ込めるなんて！」

「お前こそどういうつもりだエレミア、勝手に人間なぞ連れてきて。

　次代の村長になるかもしれないお前がそれでは他に示しがつかん」

「《人間》という種族で個人を評価するのはあまりに狭い認識です！

　何より約束をしました、私はそれに伴う責任を負う義務があります」

　彼は確かに警告していた。

　自分は帰る場所もなく、生きていく術も持たないと。

　私はそれを覚悟の上で彼を救い出すことを決めた。

　そう、それを覚悟の上で彼を村に招待したのだ。

　帰る場所として、生きていく術を学べる場所として、

　自分の自慢の村へと。

　その自慢だった村が彼をどう扱うかを考えないで。

　レインさんの警告に彼もまた言っていた、《予想はしている》と。

　多分彼はこういう状況に陥ることを想定していた。

　なのにも私に黙って付いてきた。

　ならその信頼に応えてこそ私（エルフ）だ。

　しかし、父である村長が中々折れてくれない。

「その約束がなかったら既にあの人間はこの村から放り出していた。

　――――これには本当に失望したエレミア、我が娘よ」

「失望したのは自分の方です、我が父よ」

　父の非難する視線を避けずに正面から向かい合う。

　そのまま沈黙がその場を支配していく。

　暫くの時間が経ち、父の方が先に背を向けた。

「あの人間のことは教会にいるレミアに判断を任せた。

　レミアからの報告次第ではこのまま村から追放する。

　せめての慈悲として命までは取らないようにしよう」

「まるで追放するのが確定したかのような言い草ですね」

「――話すことはもうない、救われてからまだ間もないお前だ。

　本件に対する罰は後ほど負わせる、今は休むが良い」

「――わかりました。では失礼します」

　口から出ようとする数々の言葉を全部飲み込む。

　これ以上は声を荒らげまいと、それだけ言って会議室を後にする。

　腹は立つ。

　だけど、あそこで怒鳴ったところで何も変わらない。

　怒鳴って変わるならいくらでも怒鳴るのに。

　もどかしさでどうにかなっちゃいそう。

　でも、レミアお姉ちゃんなら。

　神官でもあるお姉ちゃんなら、きっと彼とちゃんと向き合ってくれる。

　そこは何も心配していなかった。

「でも、流石に何もしないで待つのは嫌ね……」

　お姉ちゃんは信じている。

　でも、もしものことはあるかもしれない。

　なら、そのもしものための準備をしよう。

　これは多分、今回上手くいったとしても必要になるはずだ。

「そうと決まれば早めに準備しよう。

　不本意だけど、時間はたっぷりあるのだし」

　とりあえずは自分の部屋から。

　ただ戻る前に一度だけ教会方向を振り返る。

　教会は村でも少し込み入ったところにあるのでここで建物までは確認できない。

　彼は今どうしているのだろうか、少しの心配が胸に残る。

　でも、今は待つことにしよう。

　自分がやれることをやりながら。

　結局、私たちに出来るのはそれぐらいしかない。

――――そうだよね？　アユム。