13.簡単な答えが欲しいわけではなく/神685-5(Imt)-2

 監視団での初日が無事終わり、今は日付が変わって朝の食事時間。

 私のために用意されたパンとスープを食べながら美味しい朝食を頂く最中だ。


 確か、中世時代には硬いパンをスープで濡らしながら食事をしたと覚えている。

 恐らくこれが、この世界の人間たちが食べる一般的な食事だと思う。

 エルフたちの食事は基本草食だし、村の教会でも食事は野菜や果物だった。

 その意味でもこの気配りはかなり嬉しい。


 パンはバゲットパンよりも少し硬かったし、スープも好みとは離れている。

 でも、久しぶりに味わう麦の味は堪らなく美味しく感じた。

 ここ最近、草食ばっかりで物足りなかったが、久しぶりに満足した食事が出来た。


「アユムって……そんなにパンが好きだったの?」


 未だ食事中のエレミアは、私の前にある空っぽの皿を見てそう聞いてきた。

 フリュード村ではここまで美味しく食べてはいなかったしな。

 そう聞かれるのもしょうがない気はする。


「どちらかというと、好きというより懐かしいという感じだよ。

 まあ、野菜と果物だけでは物足りなく感じてたのも事実だけどね」


「なるほど、異世界でもパンを食べてたのか」


「正確にはパン食べてた。まあ、要は美味しかったってこと」


 元の世界では朝食代わりにパンにジャムとかを塗って食べる時もあった。

 一人暮らしだと、いちいち食事を用意するのも面倒くさい。

 良い思い出じゃないけど、何故か随分と懐かしく思えてきた。

 まだ一ヶ月くらいしか経ってないというのに。


 ――切り替えよう。

 私に気を使ってこんな食事を用意してくれたんだ。

 それで憂鬱になってしまったらそれも失礼だ。


「そういやレイン、昨日のやつなんだが」


「昨日――ああ、覚えていたのか」


「そりゃ、そこまで真剣に聞かれればな」


 切り替える話題として出したのはインルーに着く前に交わした会話。

 私が答えそこねた、《エルフと人間の現状》に対する感想だった。

 昨日と言っただけで通じたというのは、レインも気にしていたのだろう。

 もちろん私も気にはしていたのだが――


「でも、どう考えても情報が足りないし、考えも憶測の域を超えない。

 だから、レインが欲しがってるのとは少し違うかもしれないけど……」


「それでも良いさ。今の君の意見を聞かせてくれ」


 そんな私に、今の意見を聞かせてほしいと言ってくるレイン。

 実際に私一人で考えても埒が明かないのは確かだ。

 私はあくまでも意見を提案するだけで、決めるのはレインたちという点をみても。

 そう思って、私はゆっくりと今の自分の考えを解きはじめた。


「ではまず、この状況をどう思うのかの結論から言うとだな……。

 まあ人間だし十分にありえるんじゃないかと思っている」


「――それだけか?」


「感想としてはそうだけど――いや、もちろん続きはあるぞ?」


 やばい。

 一瞬だが、レインの表情が物凄く剣呑なものに見えた。

 流石にこんな真面目な場面でふざけるほどの芸人魂は持ち合わせてない。

 待たせるだけ待たせといて結論としてもあんまりだ。


「そもそもの話になるけど、レインは人間という種族をどう思っている?」


「そうだな……約束一つもまともに護れない獣以下の存在が多いとは思ってた。

 今もそんなに変わらないが、まあお前のような代わり種もいるのはわかったか」


「団長、流石にそれは――」


 歯に衣を着せない言い方は不味いと思ったのか、ジャスティンさんが止めてきた。

 まあ、ある意味それも事実だし、何とも思わなかったので気にせず続く。


「ということは、私と会って少しは認識が変わったってことでしょ?」


「ああ、少しはな」


「そこだよそこ、そもそも人間を一つの定義で表そうというのが駄目なんだ」


 そう、人間はその一人ひとりが違う。

 その自由奔放さこそが人間の長所でもあり、短所でもある。

 他の種族のように決められた特徴がないのが特徴の種族だ。

 それこそ人間であり、人間という種族だ。

 その特徴を言葉で表すとするなら――――


「人間の一番の特徴はその多様性にある。

 十人十色、一人ひとりがそれぞれ違う。

 良い人がいれば悪い人がいるし、その善悪の基準すらも人によって違ってくる。

 だからこそ、エルフ奴隷の件は二つの中のどっちかだと思う」


「――その二つとは?」


「一つは上の連中もエルフとの関係なんてどうでも良いと思ってる線。

 もう一つは、そもそも今の現状を上の連中が知らないという線だ」


「バカな! 私達はちゃんと告発もしたし、嘆願も挙げたんだぞ!?」


「それが上に届く前に潰されてる可能性があるということ。

 個人的にはこっちであってほしいなとも思っている。

 こっちならまだ救いがあるしね」


 上が腐っているのか、下が腐っているのか。

 どちらに原因があるかによって、この問題の見方が変わってくる。

 でも、今のままでは極端な選択しかできない。


 情報がほしい。

 でも、監視団のエルフ達ではこれ以上の情報を得るのは厳しいと思う。

 監視団が悪いわけではないが、またしても種族が邪魔になるはずだ。

 だったら――――


「そこで提案なんだけど、私が情報を集めてみるよ。

 私は一応人間だし、エルフよりは情報を集めやすいと思う」


「それは……」


「――駄目ですよ、アユムさん」


 私の提案にレインが答えるよりも早く、エリアの方から駄目だしが出た。

 その横に座っているエレミアも同じ意見か、心配そうな顔でエリアの後に続く。


「アユムが情報を集めるというのは、人間だから得られる情報を得るためでしょう?

 つまりエルフ、私達とは別行動をするということだよね?」


「そう、なるけど」


「アユム様、自分の身に何かあった時、護身は出来るのでしょうか」


「そ、それは――」


「出来ないな。稽古の時に確認したけど、体力も筋力も全然なってない」


 レインの言葉に先日の記憶が蘇り、恥ずかしい気持ちで少し顔が赤くなる。

 確か二日前、村から出る前の話だ。

 有言実行ゆうげんじっこうと言わんばかりに、レインはその日、私が目覚めた当日に言っていた稽古を始めようとした。


 そしてその稽古は、初めてから十分もしないで終わりを告げた。

 本当にただのイジメになってしまうということで、レインが中止したのだ。

 正直、物凄く恥ずかしかった。


「なのに、アユムさん一人で動くというのですか?

 私達がそれを許容するとでも?」


「で、でも人間は私一人だし、タダ飯をいただくのも性に合わないから――」


「それでもです、何の対策もせず一人で動かれるのは困ります」


「そう、そして私はもう二度と、アユムを一人にしないって決めたんだから」


 エリアにレミア、エレミアがそれぞれ反対意見を出し、私は何も言えなくなる。

 気持ちは凄くありがたいけど……しかし、この問題は解決しないと駄目だ。

 何より、ここまで歓迎されたのだ。

 聞き込みくらいならそんなに難しくないし、これくらいは協力したい。

 本当に、こういう時は我が身の無力さが身にしみる。

 そう思ってると、横からパシッと手を叩き、ジャスティンさんが話を切り上げた。


「――よし、話はわかった! アユムもありがとう!」


「ジャスティン?」


「団長、とりあえず今はここまでにしましょう。

 今回はあくまでも彼の話を聞くのが目的だったんでしょう?」


「確かに、そうだな。ここからは監視団の仕事だ」


 レインは食べ終わった自分の食器を手で持ちながら立ち上がった。

 そして私に向けて感謝のお礼を言った。


「考えを聞かせてくれてありがとう、いい話を聞けた。

 ――とりあえず君は、君の目的を優先してほしい」


「でも、良いのですか?」


「良いんだ。こちらの問題は君の方が片付いてからでも遅くない。

 ――とにかく、今日は都市内に入ってみよう。

 監視団の一員ということにすれば怪しまれることもないだろうから」


 レインは多少、強引に話を切り上げては席を立った。

 また私が渋るだろうと判断したからだろうか。

 もちろん、それも当たっている。


 あの処刑の件はエルフたちが人間に持っていた認識を変化させた。

 全てのエルフが人間を再認識した結果になったのだ。

 良くも悪くも、私が狙ったかどうかは関係なくだ。

 そしてエレミアも、レミアも、エリアも。

 傷つけたくなかった人たちを傷つけてしまった。


 そこで一番傷ついたのは――いや、変化せざるを得なかったのは誰だろう。

 私はレインだと思っている。

 監視団の目的を考えても、村での一件は他人事ではなかったはず。

 結局は全て、人間を知らなかったために起こったものだから。


 だからこそレインは、監視団は変化を欲しがっているのだと思う。

 エリアと同じく、私の一件はあくまでもきっかけでしかないのだろうけど。

 それでも傷つけたくなかった人を傷つけた罪悪感は消えない。


「そう気を病むな。人間の意見を聞けてよかったと思ってるから」


「ジャスティンさん……」


「都市内で人を探すんだろう? それはこちらでも調べよう。

 ――レミアさんもいますし、先ずは教会からですよね?」


「そうなります。

 元々、教会の方に色々助言をもらうつもりでもありましたし」


 教会、か。

 ――そうか、人間の都市だから、教会を担当している神職の方も人間だよな。

 その神職の人がどんな人かはわからないけど、神が絡むんだ。

 もしものことがあっても、右手に挟まれている腕輪が役に立つかもしれない。


「――なら急ぎましょう、いつから行くのですか?

 私たちが都市内に入る時はどうすれば?」


「私はこれから支度してすぐにでも出る予定だ。

 監視団の服は用意しておいたから用意ができ次第、監視団の誰かに頼めば――」


「すぐに着替えてついていきます――良いよね、エレミア」


「答えてから聞かないでよ、元からそうしようとは思ってたし良いけどね」


 口から出る言葉には少し不満が混ざってたけど、実際に見ると普通に笑っていた。

 レミアとエリアも異議はないように見えたし、大丈夫そうだ。


 私も食べ終わった自分の食器を持って席を立つ。

 考えるのはこれから訪れることになる国境都市インルーのこと。


 要塞と呼ぶのが正しく見えたその都市内は、果たしてどんな姿をしているのか。

 何でそこまで高い城壁を築く必要があったのか。

 そのあたりを考えれば、あまり良い予感はしなかった。

 でも、あくまでも予感でしかない。

 何の根拠もない今、そこまでは流石に言えなかったけど。


 ――いや、よそう。

 自分の目で直接確かめてから判断をする。

 フリュードの村とは違って、今は自分で動けるんだ。

 判断を下すのは全て見てからでも遅くない。


 今度こそ、間違いたくない。

 そう思い判断を保留した。

 胸の中から得体の知れない不安感が顔をあげるのを敢えて無視しながら。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Interude


「今日、フォレストから伝言が来たよ。

 《例の人間が行くからよろしく》と言ってるけど」


「例の人間――ああ、オーワンお母さまが招いたあの異世界人ね。

 でも、なんでプリエに伝言を送ったのかしら」


「あんたがまた自分の妄想に集中しすぎてるかもだからでしょう?

 あの人間が来ても気づかずに無視すると思ったからじゃないかしら。

 最近は他の子達も私かウンデ宛にあんたへの伝言が送くってくるんだから」


「それはないわね。

 だって、今回は私も興味あるから。

 それと、これは妄想ではなく歴とした模索もさく、研究の一環だから。

 伝言の件は、《大変ね……》としか言いようがないわ」


「私からしたら似たようなものよ、考えだけで穀物は育たないの。

 それと他人事ではないわよ、言っても聞かないでしょうけど。

 ――とにかく、あの人間が来たときには私も出るからそこはよろしくね」


「はいはい、じゃあ私は自分の仕事に戻ってもいいよね?」


「戻らせないわよ、今日来るって言ったでしょう!

 あんた妄想し始めたら一週間はそれで潰すじゃない!

 お茶は私が出すから、あんたはさっさとお菓子とかお菓子とか色々出しなさい!」


「面倒くさいわ……」



「うう、面倒くさいわ……」


Interude Out

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る