12.禍福とはいつの時代も定まらない ②/神685-5(Imt)-1

 インルーの城門近くで、そのまま城壁に沿い左に曲がる。

 都市から離れて人の往来が少ない獣道。

 その先にある小さな森と、それに付き添うようにポツンと建てられている建物。

 私たちの目的地が、そこにあった。


 この森が何なのかはわからないが、人が多く入り込む場所ではなさそうだ。

 それならもう少し道が整備されてると思うし。

 そもそも、この建物の存在を都市の一般人が知ってるのかが疑問だ。

 こんなに近くまで来たのに、誰か住んでるとは思えないほど静かだ。

 周りの雰囲気まで合わせて、お化け屋敷にしか見えない。

 何も知らなければ、ここがエルフの監視団の拠点だとは思わないだろう。


「本当に、ここが?」


「ここだ、心配するな。人払いの結界みたいなものだと思え」


「――みたいなもの?」


「大したものではない、気になるのならそれは後で説明しよう」


 不気味なほどに静かなその建物は、人を拒むような陰湿さがあった。

 雰囲気で言うのなら、あの会議の場を思い出させるほどに。

 あくまでも雰囲気の話だが、ただただ暗く感じた。

 そこで、胸の中に潜んでいた不安感が顔を上げる。


 監視団とは言っても、結局監視するのは人間だ。

 何よりこの中にいるのはあの村と同じエルフだ。

 それも常に人間の汚いところを見ているはずである監視団のエルフなんだ。

 あの警備隊長もそうだったんだ。

 いくらレインがいるとしても敵意がないとは言い切れない。


――――また、あの視線を感じないと駄目なのか。


 無意識のうちに体が震えるのを感じ、拳を握る。

 今更だ、今更そんな視線を恐れてどうするってんだ。

 あの時、全ての悪意を飲み込んで動いたのはどこのどいつだ。


 そんなの慣れている。

 大丈夫だ。

 いつものことだ。

 心を落ち着かせながら、それでもと思いレインに聞き直す。


「なあ、レイン。そう言えばこの監視団のエルフたちには――」


「ああ、お前のことは既に伝えている。

 それに私も居るんだ、そう邪険にはしないさ」


「そう、なのか」


「――まあ、私は先に入る。お前も早く入ってこい」


 そう言っては迷わずにドアを開いては中に入るレイン。

 エレミアたちは一瞬、私を見てはそれに続いて入っていき、あっという間に私だけがドア前に残されていた。


「まあ、死にやしないだろ」


 死んでもそれまで。

 既に自分で通った道だ。

 余計なことを考えるな。

 覚悟を決めて、深呼吸をしながら中に入る。


「――それで、私がいない間に何もなかったか?」


「特にはありませんでした。何もかもですよ」


 入った途端、聞こえてくるレインと男性の声。

 何故かいつも通りと答える声には皮肉が混じっている気がした。

 それと、普通に生活音が聞こえてくる。

 ドアの外で聞こえなかったのが不思議なくらいに。


「お、やっと入ったか、遅かったな」


「団長、こいつが例の?」


「ああ、異世界人のアユムだ。当分の間は顔を合わせることになるだろう」


 例の男の視線が私に向かう。

 いや、この男だけではない。

 それ以外にも、この場に集まっている数人のエルフたちの視線までも私に集まる。


 ――息が詰まる。

 普段ならば何の問題もなく反応しただろうに、上手く動いてくれない。


 俺がここまで弱いとは。

 いや、最初から俺は弱い人間だ。

 そんなことは知ってるけど、耐性くらいはあると思ってた。

 あの処刑の時は何ともなかったのに、何で今更こんなに恐れてるんだ。


 こんな姿を外に出したら駄目だ。

 体面だけでも虚勢を張らないと、は簡単にそこをついてくる。

 何とか心を落ち着かせ――


――――パン!


「っ!?」


「しっかりしろ! 男ならきっちり前を向いて堂々としないと!」


 いきなり打たれた背中に痛みが走る。

 でも、この痛みは悪いものではない。

 逆に痛みで目が覚めて、視野が晴れた気がする。


 そこでやっと、私はこの中のエルフたちの顔をまともに見ることができた。

 誰も私を蔑んだ目で見てないことを、ようやく気づいたのだ。


 その状況に戸惑い、普段ならば絶対に言わないであろう質問よわみを、

 後ろで自分の背中を叩いたエルフに聞いてしまうのであった。


「あの、その、良いん、ですか?」


「何がだ――と、聞き返すところだが、大体の事情は聞いている。

 この監視団はある意味、一番人間を知っているエルフたちが集う場所だ。

 何の理由もなくお前を責めたりはしないさ、村の連中とは違ってな」


「そうそう、あんな怯えてる人をいじめるとか、村のやつらも何考えてるのかしら」


「団長、やっぱり今からでも少しずつ体験入団っぽいのをやってくべきでは?

 エルフを見てこんなに怯えている人間なんて、見たことないですよ?」


 一人ひとり、それぞれが私に対する感想を口にする。

 ここまで弱く見られた、いや、弱い人間として扱われたことがあっただろうか。

 涙が出そうなところを我慢して、代わりに恨めしい視線をレインに向ける。

 何で予め言ってくれなかったかに対する恨みだ。


 私の状況を知らないレインではない。

 それに、これくらいの気配りは出来る人だと知っている。

 監視団と村でこんなに認識が違うのなら予め言ってくれても良かったのでは?

 その視線を受けたレインは後ろ頭をかきながら、照れくさそうに答えた


「いや、実はわざと言わなかったんだ。

 お前を除いた他の三人には既にこの話を通してある」


「何で……?」


「だって、お前が不自然なほど平気そうにしてたからな」


 ――――は?

 今回こそ完全に裏をかかれた。

 予想すらしなかった答えが当たり前のように返されて、一瞬答えが出せなくなる。

 そんな私を置いてけぼりに、レインは話を続けた。


「あの一件以来、誰もが少なからずの傷を負った。

 それも心の傷なんていう、絶対に治らない傷を。

 なのにお前がそこまで普通にしていられるのが不思議だったんだ」


「それは……単にいつも顔を合わせるのが、レイン達だけだったからだ。

 あの時、自分に手を貸してくれた存在を恐れる必要はないだろ」


「それもあるだろう、でも私たちはフォレスト様ではない。

 お前の心なんて読めないし、お前もそういうことを口にしない人間だ。

 それはあの短い間でよーくわかった。

 なら、無理矢理にでも確認する必要があるだろう」


「普通に聞けば――」


「アユム、それ、私の前でも言えるのかな?」


「……言えません」


 エレミアの問いかけに対し、私は何も言い返せなかった。

 フリュード村で私の行動を一番知ってたのは、同じ場所で生活したレミアだろう。

 そのレミアにすら面と向かって明かしてないのがある。

 誰にも言うことの出来なかった孤独は、そのまま処刑の日の叫びに繋がった。

 それにエレミアにはわざと言葉をそらした傾向もある。

 反論できるわけがない。


「レインさんに言われた時も、ありえる話としか思わなかったのですが……。

 ここまでとは思いませんでした」


「私もです……。

 起き上がった頃から、既にいつものアユムさんにしか見えませんでしたけど」


 レミアとエリアは先程の私の反応を見てはそれぞれショックを受けていた。

 二人の反応からするに私は先程、相当情けない姿を晒したんだろう。


 ――言葉は悪いけど、今まで上手く誤魔化せたと自分を褒めるべきだろうか。

 弱い自分を見せたがる人間はどこにも居ないんだ。

 そんなことを思ってると、後ろから理解してる風に首を縦に振ってる男のエルフ。

 そのエルフは笑顔でレインに話しかけた。


「男は総じてそんなものですよ、そして状況をやっと正しく認識しました。

 ――今から村に戻りたいのですが、少し休暇をいただけますか団長?」


「来月にしろ、あの空気に今のお前が入ったら死体がもう一つ増えそうだ」


 例の男は爽やかな顔でそう言いのけたが、答えるレインはため息混じりだった。

 笑顔に違和感が全くないけど、どうやら笑顔で怒るタイプのようだ。

 アレが怒ってるというのは色んな意味で怖い人ということになる。

 レインにはわかってたようだが、私は表情から全然読めなかった。

 でも、そうやって私の代わりに怒ってくれた彼を見て、気持ちが少し楽になった。


「お、やっと笑ったか。

 そうそう、そうやって笑ってくれ。

 この拠点に初めて訪れた人間のお客様だ、折角なら笑ってほしい」


 そして、その笑顔のままこちらを気にしてくれている。

 この、一見したら何でもない普通のやり取りに、確実に救われている自分が居た。


「――あ、そう言えば名前を聞いてなかったな。

 私はジャスティンというこの監視団の副団長をしている、君は?」


「アユムと呼んでください。

 ――でも、名前は既に知ってらっしゃるのでは?」


「教えてもらってもないのに勝手に言うのは失礼なんだろう? もう聞いてるよ」


 そして、予め聞いていたと言いながら自分を気にしてくれている。

 その些細な気配りに、残っていた警戒心も解かれてゆくのがわかった。

 これがわざとならとんだ策士だ。

 どう悪く解釈しようとしても、自分がただ捻くれてるだけのようにしか思えない。


 まあ、どっちにしろ食えないところはありそうだ。

 笑顔の使い分けもそうだが、先程のやり取りもそうだ。

 私のことを聞いた上でそう話したということを隠しもしなかったし。


 でも、その意図には確かに私に対する心遣いがある。

 目的が何であれ、それに救われた気持ちになった自分がいる。

 まだ会って間もないけど、折角なら村に訪れる前に会っておきたかったくらいだ。

 それくらい私は彼のことを評価していた。


 もしそうだったら私にも、少しは選択の余地があっただろうに。

 選ぶことすら出来なかった後悔。

 場違いな裏切り感を胸にしまって、彼を見つめ直した。

 ――私からこれを言うのはこの世界で初めてか。


「名前で、呼んでも良いでしょうか?」


「当然だ、そのために教えたんだからな」


 恐る恐る聞いたその問いに迷いもなく答える彼。

 その彼に私は、自分の右手を差し出した。


「では、これからよろしくお願いします、ジャスティン」


「ああ、よろしく頼むぜ、アユム!」


 握り合ったジャスティンの手は温かく、力強かった。

 掴んだ手から伝わる、そのちょうど良い圧力から根拠のない安心感を得た。

 ここでなら、上手くやっていけるかも知れないと。

 そう思えるくらいに、フリュードの村とは違う暖かさが確かにそこにあった。


 だから私は、頭の片隅から顔を上げた根拠のない不安を無視した。

 今この瞬間だけは、久ぶりの安心感に浸っていたかったから。

 いつまでもこの幸せは続くだろうという、自分すら騙せない嘘を吐きながら。

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