26.二律背反だろうと進むためには ①/神685-6(Und)-2
まともに服も着替えずに倒れるように眠りこけた夜が過ぎ去る。
朝になった途端、ベルジュに呼ばれては本日の予定を聞かされた。
その予定とは先日ロゼさんが語った通り、例の沈黙の賢者に会ってほしいということである。
そこはすでに聞いていた話でもあったため、適当に話を合わせてから了承した。
しかし、話はそれだけでは終わらない。
『それと戻ってからの夜、二人っきりで少し話しませんか?』
という、全く別の話題もあった。
こちらは――というか、こちらも公爵との
私たちとは別途で公爵に呼ばれてたし、今後のこともある。
何を聞かされるか考えると
そして今はまたしても馬車の中で、王立図書館に向かっているところだ。
それもロゼさんと二人っきりという状況である。
エレミアとレミアはというと、屋敷で休むことになった。
表向きの理由は王立図書館という公共の場にエルフが入るのは、いくらなんでもまずいだろうという理由だ。
護衛という意味ではロゼさん一人で充分だろうから、今回はあえて控えると。
しかし昨日の件もある、こちらとしては無駄な勘ぐりが働いてしまう。
直接聞いてみても、答えを回避するだけだった。
「はぁ……」
「お二人のことがそんなに気がかりですか」
「――知っていて聞くのはやめていただけますか?」
「失礼しました」
私の中のロゼさんの扱いが段々雑になっていくのも感じられた。
これに関してはロゼさん本人の態度にも問題があるのだが、それを狙ってやってる節すらある。
怒りたくてもその一歩手前で引いてしまうから、毎回タイミングを逃していた。
そして、ロゼさんを見るとどうしても昨日のその後が気になってしまう。
三人で帰って何を話したのか、どんな会話が行き渡ったのか。
ただ、聞いたところでまともな答えは返ってこないだろうし、返ってきたとしても私がそれを信じきれるかは、また別問題だ。
断言してもいい、今の私は、ロゼさんから何を聞かれても疑うだろう。
だからこそ、何も言わずに窓の外を眺める。
私の心を察したのかはわからないが、ロゼさんからも特に何も言われなかった。
短くも退屈な移動時間が過ぎて、到着したそこはまず、人に溢れていた。
インルーでバーストたちが勧めただけある、と言えるのだろうか。
王国の首都なだけあり道の途中も人に溢れていたが、特定の場所に複数の人が集まっているせいか、こっちのほうが多い気がする。
人がギュウギュウと詰めているその王立図書館もまた、相当な大きさだった。
とりあえず比較対象がないのだが、今の仮住まいの屋敷よりは大きい。
無料公開に、身分に関係なく誰でも入れる図書館。
文字を読めるかという疑問もあるのだが、そこはおめでたい祝福の出番だ。
統一言語があるから、読めないという前提は考えなくても良いのだろう。
そしてこの図書館の主であるのが、ロゼさんの主人でもある沈黙の賢者。
「……沈黙の賢者は、どんな人物ですか?」
「この図書館を前にして、第一声がそれでは感受性を疑われますよアユム様」
「残念ながらそういう機能は持ち合わせておりませんので」
「そうやって、ぶれずに返してくるのが、私の御主人様でございます」
「それは……会う気が失せていきますね」
何となく気づいてはいたのだが、やはり私はその賢者とやらに似てるようだ。
私に似てる人を知ってるというのも、その賢者の件だろう。
そして今までの彼女の言動を振り返ってみると、私に相当似ていると見た。
――――冗談抜きで今すぐ帰りたくなる。
「ここまで来て、帰るとは仰っしゃりませんよね、アユム様?」
「はぁ、わかりました、会います。約束もしてるから逃げたりはしません」
「もちろん、信じております」
答えを返しながらも手のひらで踊っている感を拭えない。
一番癪なのはそれが悪い気持ちでもないことだ。
憎むに憎めないと言うか、ちょうどいい距離感での引き合いというか。
この世界に来て初めての、懐かしい感覚でもあった。
ただ、いじられてると知っていて笑ってやる気にはなれない。
さっさと中に入ろうとしたら、向こうから一人の女性がこちらを見つめているのに気づく。
「――あっ、ロゼさん! おかえりなさいませ!」
両手に本を持ったまま、早足で図書館の外まで出ては挨拶する黄金色の女性。
その表情も髪の色に負けないくらいに輝いていた。
ロゼさんもまたそんな女性を微笑ましく見つめ、彼女が持ってる本を半分ほど持ちながら返礼する。
「これはアーニスさん、お久しぶりです。それと、こんなに本を持ったまま激しく動いてしまったら、またミケさんに怒られますよ?」
「大丈夫ですよ! ロゼさんの出迎えだから大目に見てくれますって!」
「そこまで評価していただけて光栄です。ご主人さまはいらっしゃいますか?」
「多分、いつもの場所にいらっしゃると思いますよ?」
「了解しました、それじゃあ、まずはこの本を一緒に運びましょうか」
「はい! わっかりました!
しかし、先程から気になったのですが……隣のお方はどなたですか?」
そこでやっと、彼女の視線は私の方へと向けられた。
髪と同じく黄金色の目には好奇心だけが写っている。
ここで神の使徒だなんて明かしたら多分、大変なことになるだろう。
――まあ、この場にエレミアたちはいないから、悩む必要はないのだが。
「アユムと申します。今回は賢者殿にお招きされて、ロゼさんに案内を頼んでます」
「ご丁寧にどうも! この図書館で司書をやってるアーニス・ヴィヴリオです!
よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします――よっと」
そう挨拶をしながら、ロゼさんが取ってから残っている本の残り半分を持つ。
本来持っていた四分の一まで荷物を減らされた彼女は、流石に慌て始めた。
「あ、あのあの、いくらなんでもお客様にはお願いできません、戻してください!」
「これからお二人はこの本を運ぶのでしょう?
男の自分だけ手ぶらなのは気が引けます、これくらいは持たせてください」
「おっしゃることはもっともなのですが……ああ、どうしよう、お客様に運ばせたってバレたらミケも怒るんじゃ――」
「――それ以前に、こんなところ油を売ってる時点で赤点です、お姉さま」
「きゃああああああ!!!!」
悲鳴をあげる黄金色――アーニスの後ろには、同じ服装をしている黒茶色の女性。
お姉さまと来たってことは恐らく、先程の話に出たミケなのだろう。
そのミケと思わしき黒茶色の女性は、慌てるアーニスを無視してはこちらに視線を向けた。
「ケイジ王立図書館へようこそいらっしゃいました。
私は司書のミケ・ヴィヴリオと申します」
「ご丁寧にどうも、アユムと申します。
噂に名高い王立図書館をこんなに間近で見られて、私も胸が踊ってます。
「そう言っていただけて嬉しい限りです。
それとロゼさん、おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました、ミケ」
社交辞令的な会話を交わしてからの、ロゼさんとの会話。
おかえりなさいからただいままで、自然な会話。
その会話に胸がもやもやする理由はわかっている。
本当に、ホームシークだなんてらしくもない。
気をそらすために深呼吸をして、話を進めさせるために二人の間に割り込んだ。
「まずは、この本を運びましょうか。確かに仕事の途中でしたよね?」
「そう、ですね。わかりました、こちらです」
それからはミケの案内で本を運んでいく。
因みにミケ本人もロゼさんの持ち分から半分を自分が持っていった。
まあ、私とロゼさんが持ち運んだ本も、アニースへの説教も取りやめにはならなかったのだが。
図書館の中に入った瞬間、目の前には本の広いホールとシャンドリエ。
そして視野の端から端まで、隈なく視界を覆っている本の波。
階段や柱の配置まで合わさって、幻想世界に入り込んだかのような感じまでした。
やはり図書館は外観より内観、その本の多さに圧倒されてこそだろう。
その意味でも、ここは確かに充分な観光名所ではある。
実際は、やはり本を読んでみないとわからないだろうが。
――読んでみたいな、本。
ただ、始めてこの図書館の内観を見た時、妙な既視感を覚えた。
どこかで、それもごく最近見たような気がするのだが、どうも思い出せない。
結局は手から本を降ろすまで、その答えはついぞ見つけられなかった。
本を運んでいった場所は二階の隅にあった空いているテーブルの上。
私が持っている分までテーブルの上に置かれたのを確認して、ミケは私とロゼさんを賢者の方に行くように促した。
半ば強引ではあったが、横でぶるぶると震えるアーニスを確認して、遠慮なくそうさせてもらった。
《うえぇぇん! アユムさんの人でなしぃぃ!》とか、きっと気のせいだろう。
「……アユム様って、そういうことも出来たんですね」
「はい? 何のことでしょう、アーニスさんのことならこれが正しい気がしますが」
「そうではなく……いえ、それも含めたあなた様の態度のことですよ。
今までは何というか、己を曲げず、ただひたすら貫く人に見えたのですが」
ああ、なんだそのことか。
そういや、こうやって演じて見せたのは久しぶりかもしれない。
ここに来てからの二日の間と……それっきりか。
相手に合わせるためのコレを出したのは、エレミアたちと行動をともにしてからはなかったはずだ。
まあ、どうでもいい。
今のこの場所に、エレミアたちはいないのだから。
「ああ、まあ、でしょうね。今のこの姿はあれと比べて、まともでしょう?」
「まとも、ですか」
「細かいことでぐずぐず悩まず、自分が気に入らないからって相手を貶して。
すぐ喧嘩腰になるような痛いやつじゃないですか、普段の私って」
「――アユム様、いくら自分のこととはいえ、それは言いすぎです」
「良いですよ、どうせ自分です。
すくなくとも、人付き合いに向いてないというのは否定できないでしょう?」
「……それは」
ロゼさんが前を先導してくれているため、こちらから彼女の顔は見えない。
でもまあ、良い顔はしていないだろうな。
こんなことを聞かされて嬉しがるやつは、どう転んでも変態以外にない。
「すみません、しょうもないことを。
こんなところで話すような内容ではありませんね」
「いいえ……ですが、何となくわかりました」
「何となく、何を?」
「――そこから先は、御主人様に直接聞いてください。
恐らくは私なんかよりも直接的に、あなた様の心に響くでしょうから」
そういって彼女は口を閉じて黙々と、狭い本棚の間をくぐっていく。
賢者に会うために何でこう回るのか、気にはなったけど聞きはしなかった。
なにか理由があるのだろうと、適当に考えてただ彼女を追うことに専念する。
この態度で行動する時は深い思考はしないで、色んなことが適当になる。
軽いだけの付き合いにはもってこいの態度。
安っぽくベタだが、本性をさらけ出すよりはこちらの消耗が少ない。
まあ、おかげさまでこれだと本当の味方なんてできやしないだろうが。
――――ああ、やっぱり俺って、本当に救えない野郎だな。
どんな態度で、どんなことを喋っても。
どんな短所があって、何が問題なのかも。
行動として示さないと、直されないし、変わらない。
そんなことしかやらない私が、俺は心底、大っ嫌いだ。
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