1万PV記念.交わらない空虚な環の中で

 ※CAUTION

 この話は本編とは関係ないIF物語です。

 本編のストーリーと事実関係が異なる可能性がございます。

 それでも良いという方のみ、お進みください。





 二月十四日、バレンタインデー。

 恋人の女性から男性がチョコレートをもらう日。

 確か本来はローマの司祭が殉職した日だと聞いたことがある。

 キリスト教でない人たちにとっては、ただのカップル記念日なのだが。


 因みに、今では私とも縁のない記念日だ。

 付き合ってたのは昔の出来事であり、この世界では言うまでもない。

 いや、そもそもの話、この世界にバレンタインデーってあるのか?


『心配しなくても、今日は恋人の日です。この世界にもちゃんとありますとも』


 そこで普通に入ってくるのは、脳内彼女化しているフォレスト。

 心配なんかしてないのだが、どうやらそうらしい。

 しかし恋人の日と来たか、独身にはますます厳しいネーミングになっているな。

 

『独身でも、今は彼女たちがいるじゃないですか。

 それと、私は脳内彼女ではありませんよ、だって空想の存在ではありませんから』


 空想って、想像の中の存在という意味ではあるけど、現実にないという意味合いが強いけどな。

 おまえ、実体を持ってこっちに顕現出来るのか?


『出来るか、と聞かれれば不可能ではないとお答えしましょう。

 まあ、時と場合によりますし、そう簡単にできるものではありませんが』


 それだったら確かに空想の存在ではないな。

 といっても何も変わらないのだが。

 エレミアたちもここ最近、なんか忙しそうに見えたし。

 おかげで最近は読書と魔法陣の勉強に割いてる時間が増えてる。


 まあ、充実はしている。

 もう急ぐようなことは何もないのだから。

 元の世界が懐かしくもあり、両親にも挨拶できてないのは気がかりだが……。

 それと、エレミアとレミアをここで生活させてるのには少し罪悪感も感じる。


『まあ、まだそう長い時間は過ぎてません。

 とりあえずは腰を落ち着かせて、後でインルーに屋敷を建てるのもいいでしょう。

 そこなら、彼女らも気軽に村へ戻れますから』


「……もう、私なんか気にしなければいいだろうに」


『声に出てますよ、それにあなたもいい加減、彼女らの思いを受け取ってください』


「どうせ誰も聞いていない。それに、受け取れるはずないじゃないか」


『あなたがあなた自身を認めてあげれば、自ずと出来るでしょうに』


「はっ、今更か? それが出来てたらもう少しマシになってるよ」


 私が私を認めてあげれば、何かが変わる。

 変わるだろうな、自分を認めるというのは認識を変えるということだ。

 私が今まで否定してきた自分を肯定してあげるということだ。

 他人の認識を変えるよりはマシかもしれないが、決して簡単ではない。

 そもそもそれが出来てたら、私は今ここにいないだろう。


 感情がいらついて、読んでいた本を閉じてはテーブルの上に荒っぽく置く。

 そして、興奮している自分の感情に気づいては深呼吸をした。

 しかし、一度乱された感情は簡単には戻らない。

 座って読んでる気にもなれず、結局は重い腰を上げることにした。

 少し歩けば、またいつもの自分に戻るだろう。

 そう思い部屋の外へと出てみると、狙ったかのようにロゼさんと会ってしまう。


「おはようございます、アユム様。今から外出ですか?」


「おはようございます。ただ、どうしてこちらに?

 今はもう賢者さんのところに戻ってましたよね?」


「少しの野暮用です、お気になさらず。エレミア様は外でお待ちですか?」


「いいえ、今日は一人です」


「今日に一人ですか」


「ですね」


「……また何かあったのですか?」


 心から心配そうに聞いてくるロゼさんに、つい戸惑う。

 私とエレミアたちの関係をどう思ってるのか。

 外から見たらやはりそういう関係に見えてしまうのだろうか。


――――両者ともども、一方通行なんだけどな


「何もありません、まあ、最近は二人とも忙しいのか、一緒に動いてはいません」


「最近ですか?」


「最近ですね」


「なるほど――それでしたら、この後、少し付き合ってくださいますか?

 お茶にしようと思ってるのですが、一人で飲むのも寂しいので」


 何か合点がいったように、一つ頷いてからの誘い。

 それまで少し間があったのはなぜだろう。

 いやまあ、別に後ろを探る必要は皆無ではあるのだが。


「良いですよ、どうせ暇なんで」


「わかりました、すぐ終わりますので正門前でお待ちください」


 それだけ言って、ロゼさんは急ぎ足でどこかへと向かい始めた。

 あの方向なら――上のほうか。

 確かにあいつの執務室がそこにあったはず。

 そもそもここに彼女が用事で来たのなら、そっち絡みしかないわけだが。


「……まあ、言われた通りに待つとしますか」


 深くは考えず、なるべく頭を空っぽにしながら、こちらも正門前に向かう。

 考えるために出たのではなく、考えないために出たんだから。

 あいつのことも、私のことも忘れて、怠惰に過ごそうと何度も銘じながら。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 お茶を飲みましょうと誘われて、本当にお茶だけして帰るわけもない。

 ロゼさんの性格上、外でお茶をするというのは外でやることが残ってるということだからだ。

 私が忙しかったならまだしも、暇だったのもあり、目的もある。

 だから、お茶の途中にこちらから助けを申し出た。


 それからロゼさんの買い物を手伝い、荷物を持ち図書館まで迎えて戻ってきた。

 特筆することもない、どうってことのない買い物。

 ただ、本来ならロゼさんの方から断りを入れそうなのに、今回はすんなりと受けいれてくれたのは、少しだけ違和感を感じていた。

 おかげさまで発端となったイラつきは既に収まったのだが。


 そして、戻ってみると正門前にはエレミアがうろうろしていた。

 落ち着かない様子で周りを見渡す彼女は、私を見ては一息で走ってくる。


「もう、アユム! どこに行ってたのよ!」


「どこって……その辺?」


「出る時に一声かけてくれてもいいじゃない、心配したんだから!」


 怒りながら私を叱ってくるエレミア。

 まるで母に叱られる子供みたいな絵図になっている気がする。

 確かに時間としては遅い、心配するのは無理もないだろう。

 でも、そう言われたら私にも言い分がある。


「悪い……けど、君も最近は何も言わずにふらっと消えるじゃないか」


「そ、それはそうだけど……」


「いや、悪いとは言わないが、私も君がどこにいるかわからないんだ。

 あえて言わずに行ったんだから、こちらが探すのも迷惑だろうし」


「そ、そんなことないもん! ちゃんと探してくれたら嬉しいもん!」


 ちゃんと探してくれないと嬉しくない、と聞こえるのは気のせいだろうか。

 さすがの私も何も言わず一日以上開けていたら探すだろうが……。

 それは果たして遅いのか、それともちょうどいいのかわからないな。


 まあ、それはいい。

 しかし、遅いとは言ってもちょうど夕食の時間になったくらいだ。

 私を基準にするのはどうかと思うが、ここまで心配することじゃないだろう。

 それとも、私を探すような理由が別にあったのだろうか。


「それに、そんな遅くもないでしょう、もしかして、なんか私に用事でもあるの?」


「そう、今日はとっておきを用意したんだよ!

 なのにアユムったらいつの間に部屋から消えてるんだから……」


「とっておき、ねぇ……」


「とにかく一緒に行こう、アユムもお腹すいてるでしょう?

 感想はそれから聞いてあげるね!」


「えっ、いや、ちょっと、引っ張るな……!」


 引っ張るなとか言いながらも引かれるまま足を動かす私。

 近年稀に見るエレミアの強気な態度に、言葉通り引きづられていた。

 いや、私が彼女の頼みやお願いを拒めるわけはないのだが。

 わかっていてもこう強く出れる彼女は、やはり輝いていた。


 最初の頃は――最初の頃も結構なわがままだったよな。

 レインは止めてるのに、私を救い出しては村まで連れて行って。

 あそこではもどかしくしていたけど、その反響でかインルーに着いた頃からどんどん彼女も積極的になっていた。

 これが私に毒されたのか、もともとの気質なのかは、わからない。

 ただ、こうも引きづられるのは少々……いや、かなりきつい。

 運動不足だと、こういう時に損をするものだ。


 そんなことを考えながら引きづられて行ったのは、屋敷の食堂。

 そこにある少人数用の食卓の方に、いろどりみどりの料理が飾られていて、席は三つ用意されていた。

 そして、起きたまま私を待っていたレミアは、私を見ては自然と挨拶をする。


「こんばんは、アユム様。

 見たところ、扉からここまで一気にきたようですね、息が少し荒くなってます」


「はは、は、まあ、必要経費でしょう」


「わわっ、ごめんアユム! アユムが体力ないのをすっかり忘れていた!」


「本当のことだけど、そう確認してくるのやめてくれないかな……」


 苦笑いを浮かべながら食卓の上の料理を一通り確認する。

 鶏肉のバーベキューやお肉はもちろんのことで、野菜やパンまでたくさん。

 三人で食べる分には多く、彼女らの普段の姿を考えると絶対食いきれない量だ。

 エレミアがここまではしゃいでるということは、そういうことだろうとは思うが。


「これ全部をエレミアが作ったのか?」


「うん、一部はお姉ちゃんに手伝ってもらいながら、ここの料理人さんたちに教えてもらったの!」


「色々と作ってますが、全部を食べきる必要はありません。

 残りは後で料理人の方々がいただいて、感想をもらうことになってます」


「もう、そんなことは良いから、食べてみて!」


 半強制的に座らせられて、目の前に美味しく焼かれているバーベキューが見える。

 彼女らはふたりともお肉を好まない。

 食べれないというわけではないが、基本的に野菜や果物しか食べないんだ。

 そんな彼女らがお肉の料理をしたというのは、相当頑張ったということになる。

 その頑張りは全て私に向けられたことだという事実が、重くのしかかっていた。


 しかし、場所が場所だ。

 私はそういう感情を全部奥の方に押し込んで、バーベキューを一口食べてみる。

 ちゃんと全面が隈なく焼かれていて、外に付けてあるソースもまた抜群だ。


 美味しい、そう思ってると不安そうにこちらを覗くエレミアの姿が見える。

 そして気づいてみると、今座ってるのは自分しかいないということに気づいた。


「アユム、どう?」


「美味しい、美味しいけど……これだと百点満点の五十点かな」


「えっ、なんかまずかったの!? ごめんアユム、あんなに確認したのに」


 本当に申し訳無さそうに頭を下げる彼女を見て、つい頬が緩んだ。

 ここまで不安がるのをみると、お肉周りの味見はしてないのかもしれない。

 それとも彼女らの好みと私が違うことを想像したのか。

 どちらも不正解だが、微笑ましくなるのは仕方ない。


「いや、食べ物ではなく、ふたりとも今座ってないじゃないか」


「ふえ?」


「食事なんでしょう、だったらみんな食べないと美味しくならないって」


 そこでやっと表情が明るくなるエレミア。

 私はそんな彼女と、横で何も言わず見守っているレミアを見ながら、両方の椅子を出した。


「ほら座って、一緒に食べよう。レミアも見守ってばかりいないで座って」


「じゃあ、失礼します!」


「失礼します」


「じゃあ、今回はみんなでいただこうか」


――――いただきます


 そこから、楽しい夕食が始まる。

 お互いしょうもない雑談をしながら、美味しい食事をいただき、あっという間に時間は流れていった。


 そして、食事の最後。

 お茶とともに出されたのは、ハート形のチョコレート。

 チョコレートの上には、ちゃんと三人の名前と似顔絵が描かれていた。

 もちろん、似顔絵の表情は三人とも笑顔である。

 こんなのもらったのは元の世界にもなかった。


「へへっ、どうよ頑張ったでしょう!」


「うん、とってもかわいいよ、私の顔かと思うぐらいに可愛く出来上がってるね」


「心配しなくてもちゃんと可愛いから大丈夫だよ、アユム。

 味も甘さ控えめにしてるから、お茶と一緒に食べてみて!」


「こういうのって、食べる時にもったいなくてさ……」


「ふふっ、また作れば良いのですから、気にせず召し上がってください」


 二人に言われるがまま、ハート型の下の方を少し削って食べる。

 因みに私の顔が真ん中にいるため、必然的に私の名前と一番近い位置の部位だ。

 深い意味合いはない。


 口にしたチョコレートは確かに甘さは控えめであった。

 だからといって甘くないというわけでもない。

 少しだけだが果物の味も感じられて、独特の彼女だけの味になっている。

 既製品っぽくないというのも、バレンタインデーのチョコレートとしては高得点だろう。


「美味しいよ、本当にもらうのがもったいないくらいに」


「へへっ、良かった」


「ここ最近、忙しかったのはこのせいだったの?」


「そうなんだ、びっくりさせたかったけど、嘘を付くわけにもいかないから……。

 そのせいで避けるようになっちゃったけど、ごめんね?」


「大丈夫、そんなに気にしてないから」


「それはそれで、少しクルのがあるのだけど」


 そうやって頬を膨らますエレミアは、可愛かった。

 何も不自由ない空間で、今まで一度もされたことのない贅沢ぜいたくを噛みしめる。

 そしてこれが、これからも恐らく続いていく。

 

 ああ、なんて幸せな異世界人生か。

 私は何のために、あの世界でそんなに気張りながら生きていたのか。

 全てを諦めて惰性に生きれば、こんなにも楽になれるというのに。


 もし遠い未来、何か起こったとしても、側には彼女らがいるだろう。

 その事実だけで、私の心は軽くなる。

 しかし、その事実は別のところで私の心を重くのしかかる。


 始まりと終わりの繰り返し。

 終わりの見えない無限ループ。

 全ての終わりが来るまで、この気持ちに答えが出ることはないのだろう。


 たとえ、私が彼女の気持ちを気づいているとしても。

 たとえ、彼女が私に気持ちを顕にしていたとしても。

 進まない惰性に、苦しみも絶望もないのだから。


 だから私は、笑ってみせる。

 その表情は一片の曇りのない、平面の笑顔であった。

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