25.他人の気持ちは他人しか知らない ③/神685-6(Und)-1

 深夜とまでは行かずとも、時間としては遅い。

 そんな遅い時間、私の部屋には三人の女性がいる。

 三人とも美女であり、こんな時間にこんな女性が来ればひょっとしたらと思うのが男の悲しいさがである。

 だがしかし、三人ともそんな素振りは見せておらず、そういう空気でもない。

 そもそもの話、そんな雰囲気となるには私の性格へ難があるのだが。

 静かにお互いの顔色を窺っているなか、最初に沈黙を破ったのはロゼさんだった。


「どちらからされますか? 私は後でも構いませんが、お二人の話は自分が聞いても良い話でしょうか?」


「聞いても良いか、と聞かれたら問題はないですが……お姉ちゃん、どうしようか」


「そうだね――ロゼさんから先で構いません、ただ私たちの話にロゼさんも付き合っていただきたいです」


 その答えにロゼさんは驚いたように目を開くも、すぐさま平常を取り戻す。

 そしていつものような態度で、スカートを取り軽く会釈しながら答えた。


「了解しました、私めの意見が必要でしたら何なりと申し付けてください」


「よろしくお願いします」


 因みにこれには私も驚いている。

 レミアたちの方からロゼさんを引き込むとは思わなかったからだ。

 二人が私を訪れた理由に見当はつくものの、ロゼさんを入れる理由がわからない。

 少し乱れた私の心の中に関係なく時は進み、ロゼさんは言葉を続けた。


「ではお先に、とは言ってもすぐに終わることですが。

 ――それでアユム様、私のことは信じてもらえましたでしょうか」

 

「信じましょう。情報もそうですが、エレミアたちもあなたを信じたようですから」


「そうだね。少なくとも私たちに対する彼女の行動に、どこも嘘は見当たらなかったよ」


「そう評価していただけるとは、光栄に思います。では、こちらのお願いを聞いていいただけますでしょうか?」


 淡々と言葉を紡ぐ彼女は、さも当然だとでも言いたそうな態度だ。

 まあ、全然そんな素振りは見せていないが、そう感じられるほど堂々としている。

 この流れなら恐らく、頼まれごともそう大したものではないのだろう。


「約束ですから、できる限りのことはいたしましょう」


「そう畏まらずとも大丈夫です、お願いしたいのはただ一つ。

 明日、国立図書館でとある方に会ってほしいです。

 できるならアユム様一人で、私とその方を含め三人となるでしょう」


「そのとは、あなたの主人である沈黙の賢者ですか?」


「覚えていらっしゃったのですね、その通りです」


 沈黙の賢者と会うことが、情報の対価。

 彼女が職務に充実な人だとするなら、それは彼女の主人が望んだことだろう。

 つまり私に会いたがっているのは沈黙の賢者、本人である。


 一体、何のために?

 賢者も神の使徒という名前に惹かれた人間だろうか?

 ベルジュと一緒にロゼさんが行動してるから、政治的に同じ陣営の人間?


 そもそも、賢者とは何なんだ?

 爵位か、職業か、称号か、何を意味する符号なのかすらわからない。

 でも、エレミアたちの前であり、彼女がエレミアたちからしても正直な人間であるのなら――会ってから考えても遅くないかもしれない。

 そもそも二人の前なんだ、約束を軽々しく違えるわけにはいかないだろう。


「わかりました、予定がどうなるかはわかりませんが、そうするとしましょう」


「予定の件はご心配なく。

 そもそも私がこちらに赴く条件として、アユム様を御主人様と会わせることが含まれてますので。

 その意味でも、私の素性は明日にベルジュ様から皆さんに通達されたでしょう」


「……つまり、ここで同意しなくとも会うことになっていた、ということでは?」


「そうですが、万が一ということもありますので」


 理屈はわかるが、どうも納得できない。

 つまりこのお願いは無意味なお願い、つまりはだ。

 これで手に入れられるのは私たちからの好印象くらいしかない。

 全てを知った上でこのお願いというのは、どうも遊ばれてる感を拭えない。


 しかし、ロゼさんから悪意は感じられない。

 感じろと言うのが無理な行動を今まで見せてきた。

 それでもスッキリしないところがあるなら、これはロゼさんが問題ではない。

 問題となるのはその背後、彼女の主人である沈黙の賢者にほかならない。

 私はため息をつきながら、とりあえず話をまとめた。


「わかりました、とりあえずその沈黙の賢者という人には会いましょう。

 しかし、私はあなたの情報に対する対価が支払われたとは思ってません。

 だから何か他のお願いを考えてください」


「私はそれだけで十分なのですが……了解しました、考えてみます」


 私の言葉にロゼさんは困った笑顔を見せながらも、それを拒否しなかった。

 その視線はなぜか、別の誰かと私を被せているようにも見える。

 気にはなったが、それにはあえて首を突っ込まずに話題を変えた。


「ロゼさんの件はこれで終わりで良いですよね?」


「はい、こちらは大丈夫です。後は――」


「私たちの方ですね」


 エレミアが声を上げて私を見る。

 いつものように真っ直ぐなその瞳は、いつも以上に見向きができないでいた。

 見返しながらも、どうしても視線が泳いでいる。


「アユム、先程のことなんだけど……」


「……ああ」


「――っ、お姉ちゃん、私……」


「だめよエレミア。私たちから向き合わないと何も進まない」


 レミアの言葉に私はつい目を閉じてしまう。

 あの晩餐ばんさんの時、私はいつもの私を貫いた。

 しかしそれは、決して賢い行動ではない。

 私は一度、あの晩餐ばんさんの場でそれを悩んで、諦めたのだ。

 を演じて、本来の私の行動を取りやめた。


 今までもそんなことがなかったのか、と言われたら嘘になる。

 しかし迷うどころか、そうやって取り繕う寸前まで行ったのは今回が初めてだ。

 それに気づかない彼女たちではないだろう。


 目を開いて再び見たエレミアの姿は、相変わらず迷っていた。

 しかし彼女は、迷いながらもその一歩を踏み切った。


「あのね、アユム……。もしかして、私たちが、邪魔だったりするの?」


 そう聞いてくるエレミアはひどく苦しんでるように見えた。

 そういう質問が出るようにした自分自身に対し、またしても憎しみが募る。

 私はなるべく平常を装いながら答えようとした。


「そんなこと、あるはずがない」


「だったら、先程のあそこで何で私を見ては戸惑ったの?」


「……上手く相手の話に合わせたら、君たちにも嘘を強いることになるから」


「つまり、私たちのせいでアユムが行動を変えたってことでしょう?」


「否定はしない、しかしそれとこれは別問題だ」


 ここに来るまでの私の行動で、彼女たちに無理を強いていたのはここに来るときのレミアの言葉で思い知った。

 そして今回はエレミア、レミアは一言も言ってないが心情は同じだろう。

 答えは慎重に、言葉も選ぶ必要があり、嘘に思える言葉を吐いてもだめだ。


 私はあの時、確かにエレミアたちを考えて行動を変えた。

 現公爵に合わせるのではなく、この世界の私らしさ――本音を貫く道を選んだ。

 もしそこで迷わなかったのなら、こんな会話もしなかっただろう。

 後悔が脳裏の片隅によぎるも、それだけに留める。


 確かに、私は彼女らのためと思って自分らしさを貫いた。

 問題となるのは一瞬の迷い、原因は理性が考えた最適解とのミスマッチ。

 結局は私――俺という人間の汚いところに起因するもの。

 それでも俺にとって彼女らが邪魔になるということは、決してありえない。


「俺が君たちを……エレミアとレミアを邪魔だと思うことはないよ、誓っても良い」


「なら、先程の迷いは何だったの?」


「簡単なことだよ、俺が君に最初見せた態度は知ってるだろう?

 あそこではそうしたほうが、お互いに得になると思っただけだよ。

 でもそうした場合、二人はその空気を耐えられなかっただろうし、良い方向には転ばなかっただろう」


「それでアユムが行動を変えたのは、嘘を付かなかったのは私たちがいるからじゃないの?」


「それで得られる得が、君たちを苦しめるという損より勝るとは思わなかった」


 結局はそれが全ての結論だ。

 そんなので失う得なら、私は公爵家に何も求めないと思ったのだ。

 難しい理由付けではなく、ただの感情論である。

 親愛という感情が、損得という理性に勝ったという、それだけの結論だ。


「――結局、アユム様は本人よりも私たちのことを思っている、ということですね」


 今まで何も言わずに聞くだけだったレミアは静かにそう語った。

 それに私は悪びれることなく肯定する。


「ああ、そうだよ」


「つまり、言うべきことを言わなかったのは全て私たちのためであると?」


「……全て、ではない。似て非なるものだ」


 妙に刺々しいレミアの言葉に、一瞬考えてから否定する。

 レミアが言っているのは恐らく、ここに来るまで俺が一人で愚痴ってたことだ。

 正確にはそのという言葉に一人で浸っていただけともいえる。

 その悩みをぶちまけなかったのは、彼女らのため――まあ半分は合っている。

 これに対しては今回の件だって例外ではないのだが……。


 いい機会だ、ここいらではっきりと口に出したほうが良いかもしれない。

 あれこれの動機や理由よりも明白な、俺の根本の話を。


「二人が俺に良くしてもらってるのは知ってるし、感謝もしている。

 しかし、俺がどう頑張っても俺は人間で、人間でしかない。

 そして俺だって俺が殺した人間や、俺を騙した人間と何ら変わらない。

 世界が変わっても損得勘定は変わらず、人間という種も変わらないんだよ」


「それは……」


「俺という人間は人間であり、嘘もつく。

 嘘をつくだけには飽き足らず、勝手に自分だけの張り紙を相手にくっつける。

 そして私は、二人との関係を勝手に気に入っていて、崩したくない」


「でも、そこで問題が発生したのなら、一緒に解決していくべきでしょう?」


「両者に問題があるのならそうするが、今回は少し違う。

 片方が、俺一人が我慢すれば済む問題だ。

 それでこの関係が続いてくれるのなら、俺は構わない」


 喜びを求めなければ深い絶望はない。

 求めるからこそ苦しむというのなら俺は今のままでもいい。

 俺一人が苦しむだけなら、必要経費として割り切れる。

 だから俺は俺の周りが絡まなければ何だってするし、何だって耐える。


 しかし、それではレミアは満足しない。

 嘘の言葉が禁じられた以上、俺もこれ以外の答えは返せない。

 結果として、互いの平行線を確かめあっただけのことになってしまった。

 そこでレミアは、ため息をこぼしてからロゼさんに意見を聞いた。


「これが現状です、人間であるあなたから見て、どう思いますか?」


「なるほど、おおよその状況は把握いたしました。

 私を求めたのは、他の人間の意見が聞きたかったからですか」


「そうです、これがアユム様の本心であることはわかってます。

 その根本にある問題も、今まで何度も見てきました。

 しかし私は、私たちはこのままで良いとは到底思えないのです」


「当然のことかと、誰もこれが良いとは思ってないでしょう。

 そうではありませんか、アユム様?」


「そこで同意を求められても困ります」


 俺の考え方がいびつであることくらいは知っている。

 知っていても、こんな生き方しかできないと言ってるのだ。

 それを知っていて聞いてくる辺り、ロゼさんも人が悪い。

 俺の返答にロゼさんは肩を竦めてはレミアたちへと向き直った。


「このような方の根本的な問題は、自分自身に価値を見出だせてないところです。

 今回の一件だけでなく、これまでも似たような状況は幾度もあったでしょう。

 本人の価値を見出だせてないのですから、自分を捨てるのが一番簡単なんです。

 そこを何とかしない限り、ずっとこんなことが繰り返されます。

 本人はこれを自覚してやってるので、治すにはお二方が頑張るしかありません」


「私たちが、ですか?」


「正確には周りの人が、ですね。他人からでしか自分の価値を見出だせないのです。

 また、ちょっとした言葉にも傷つきやすいのに、大丈夫と言い張ります。

 このような方の大丈夫は嘘に見えなくても嘘なので、信じないでください」


「それは、何となくわかってましたが……」


「そこで慰めながら肯定してあげることが、一番大事です。

 中でまた色々こじらせるだろうから、困ったものですが――」


「――あの、それ以降の話は、私が聞かないところでやってくださいますか?」


 目の前で繰り広げられる言葉につい、言葉を出してしまった。

 何なんだこの恥ずかしさは、合ってる合ってない以前にもどかしい気持ちになる。

 私の言葉に話を止めて、こちらを見つめるロゼさん。

 薄っすらと浮かべている微笑みは堂々と、こちらをまっすぐ見つめていた。


「アユム様の過去はわかりませんが、アユム様の今はお二方がいらっしゃいます。

 難しいかもしれませんが、それを意識する努力をしてください。

 私から言えることはそれだけです。後は――そうですね。

 エレミア様、レミア様、アユム様の言う通り続きは場所を移しましょうか」


「えっ、でも、まだこちらの話は終わってないのですが……」


「良いのですよ、今はどこまで言っても平行線です。

 無意味な論争を広げるより、このような方を相手する方法をお教えしましょう。

 それに、アユム様にも考えを整理する時間が必要でしょうから」


 そう言っていきなり訪れた三人は、また嵐のように去っていく。

 エレミアたちは不満そうだったが、ロゼさんが半ば強引に彼女らを連れて行った。


 複雑に絡まった頭の中とは正反対で、一気に寂しくなった部屋の中。

 周りの明かりも鬱陶しくなり、全ての蝋燭を消し、部屋の中は一気に暗くなる。

 ほんのりと香る蝋燭の匂いを感じながら、ベッドの上に仰向けになった。


「……何も間違ってはないんだよな」


 ここまで真実でえぐられたことは久しぶり――いや、初めてだ。

 ののしるわけでもないのに、言ってること全てが胸に刺さっては痛い。

 痛すぎて反論など何もできないくらいに、本当のことすぎた。


「意識しろ、か」


 過去よりも今を見ろ、私がどう思うであれ彼女らは側にいる、か。

 気楽な言葉だ、赤の他人だったら普通に無視したくらいに在り来りな言葉だ。

 ただ、こちらを案じながら言ってるというのは、何となく伝わってしまった。


 赤の他人ではない他人の、こちらを案じながらの助言。

 この中途半端な距離感が、逆に私の心を揺さぶっていた。

 結論なんか出ないのをわかっていながらひたすら悩み、そのまま私の意識は眠りの中へと落ちていく。

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