21.因果は混ざり結果へと ③/神685-5(Imt)-9

Side By エレミア


 もどかしい。

 弓を構えながら目の前の状況を見ていることしかできない自分がもどかしい。

 どうしようもないイライラが心の奥につのっていく。

 でも仕方ないと自分をなだめる。

 これが正解、ただ黙ってみていることが今後のためだ。


――――本当にそれで良いの?


 今までとはわけが違う、今回は人間がエルフだけでなく人間も拉致った。

 首謀者は人間の国でも偉い身分の貴族。

 想定通りギルドの冒険者にまで味方になってくれるのなら誤魔化せない。

 人間とエルフの関係は確実に一歩を進みだす。


 ここで私がやれることはいつも通り、我慢するだけ。

 それが最善であるだろう。

 いつものように彼は、いつもと同じ方法で結果を出すはずだ。


――――本当に、それで良いの?


 個人の感情は問題にならない。

 これは種族の問題であり、個人の感情だけで動いて良いものではない。

 今までと同じく何もできずに我慢するだけでも、その結果は違う。

 私たちエルフは、今まで固着化していたもう一つの問題を前に進ませられる。

 彼の、犠牲によって。


――――本当に、それで納得できるの?


 そんなの決まっている。

 納得できるはずがないでしょ!

 何のために私は今弓を構えているの!?

 何のためにここに乗り込んで来たの!?

 何のために、私はあの日、彼と約束を交わしたの!?


 もう二度と、彼が自分を犠牲にするところを見たくないため。

 いや違う、彼を言い訳にするのはやめよう。

 そんな時に何もできないでいた自分を、私が許せなかったからだ。

 許せなかったから、今度こそと思って約束を再度交わしたんだ。

 なのにまた私は我慢することしかできないの!?


「――――っ」


 弓を握っている右手に力が入り、小さく声が漏れる。

 漏れた声は目の前でアユムと例の貴族が交わす会話でかき消された。

 片手に爆発のスクロールを持ち、自分の命を担保に脅している貴族。

 そんな相手にアユムはただ淡々と会話を交わしていた。


 いつも自分を犠牲にし、自分に価値を見出だせてないアユム。

 なのに目の前の貴族は彼を自分と似てるという。

 彼はそれに反論もせず、黙々と聞いている。


 気に入らない。

 あんな人間が彼と自分を同じだというのが気に入らない。

 そんな言葉をただ黙々と聞いている彼が気に入らない。

 でも、一番気に入らないのは――


――――こんな状況で、指をくわえてただ見ている自分だ。


 彼はきっと、何も言わない。

 あの言葉をそのまま飲み込んで、その上で言葉を交わすだろう。

 彼が自分のことをそう思っていることは、あの夜に知った。

 だから――――


「それがど――――」


「――いい加減にして!」


 気がついた時は既に叫んでいた。

 それと同時に、頭の中で何かがキレる。


 そうよ、そんなの見過ごせるわけがない!

 自分を顧みない彼の代わりに、彼を守るらめに私は約束を交わしたんだ。

 なのにまた彼が傷つくのを黙って見てろって言うの!?


 我慢したほうが良い?

 人間を傷つけたら戦争になる?

 魔法陣が発動すれば命が危ない?

 何でそれらのために彼が犠牲にならないといけないのよ!?


 彼を犠牲にしないと得られない利益なんて間違っている。

 そんなんでしか前に進めないのがエルフと人間なら、そんな関係必要ない。

 そんなんでしか守れない命なら、私は彼と一緒に散ってみせる。

 彼を――同胞を犠牲にして生き延びたいと思うエルフなんて、エルフじゃない!


「誰が、誰と似てるですって?

 あんたなんかとアユムを一緒にしないでちょうだい、不愉快よ。

 アユムがあんたのように自分勝手で浅はかな行動を取るはずないでしょ」


「エルフ、誰のゆる――」


――シュッ!


 迷わずに頬を掠るようにして弓を放ち、瞬時に矢をかける。

 貴族の頬には一筋の赤い血が流れた。

 本当ならもう少し深く傷がつくはずだったのに、少し照準が揺れたようだ。

 私は心の中で舌打ちをしながら言い放つ。


「誰が、喋っていいって言ったの?

 もう一度勝手に動いたら今度こそぶち抜くわよ。

 アユムも少しだけそのまま待って、今魔術を組んでるから」


「お、おい! 気持ちはわかるけどあれが発動したら――」


「気にしない、やりたければどうぞ。

 そんなんで脅したつもりでいるんなら、残念だったわね。

 あんたのその半端な脅しは効かないから」


「なっ――――」


 最初からこうすればよかった。

 守るための力はこの手にある。

 彼を守るために約束を交わしたのなら今こそ、その力を振るう時。


 彼の勝手には振り回されない。

 もう彼が自分を犠牲にする姿を黙って見ていられない。

 ここからは私の、私たちの出番だ。


「全くもってその通りです、お姉さん。

 それと拘束を解く魔術は大丈夫ですよ」


 今まで何も言わずにアユムの膝の上でうつ伏せていたエリア。

 その状態で魔術を使い、エリア自身とアユムの拘束を風の刃で切ってみせた。

 手足が自由になり体を起こし、アユムの脳天を押しながら立ち上がる。


「こんな救いようのないアユムさんが犠牲になる必要はありません。

 だから、アユムさんは黙って私たちに救われてください」


「エリア……」


「言っておきますが、怒ってますから。

 もう二度とそんなふざけた真似ができないように説教してやります。

 ――アユムさんを犠牲にしなきゃ前に進めないほど、私たちは弱くありません」


 それだけ言って、エリアは目の前の貴族を見据える。

 貴族は自分の頬に流れる血を感じてからブルブルと全身を震わせていた。


「高貴な私が、この私が、私の頬に、ち、血が――

 たかが、エルフごときにこんな、私のような選ばれた人間が――」


「衝撃を受けてるところ悪いのですがそれ、発動したければどうぞ。

 こちらの準備は済んでいます。

 無傷とはいかないでしょうが防いでみせましょう。

 もうあなたのその脅しは、何の役にも立ちません」


「――脅し、だと?」


「自爆特攻する人間はそんな提案しませんよ。

 このように防ぐ準備をされてしまえば効果が半減しますからね。

 余計な時間を置いた時点でハッタリにしか見えませんでした」


 淡々と貴族を追い詰めていく。

 最初はあの貴族に加担していた老いた冒険者は先程から貴族と距離をおいている。

 魔法陣で全部巻き込もうとした時からずっとそうだ。

 多分、隙があれば逃げるか、魔法陣を奪うかして助かろうとするはず。

 ――つまりあの行動で貴族は何も得ていない、失っただけだ。


 エリアから頭を押され、エリアと私の顔を確認しては目をつむるアユム。

 そしては一つ、ため息をついてから例の貴族に向けて言い放った。


「実際にお前、そんなのできないだろ?」


「な、に――?」


「お前のような中途半端なやつが一番駄目なんだよ。

 やるなら徹底的にやれ、そんなんで私と貴様が似ている?

 笑わせるんじゃね、私はお前のように感情に振り回されて動く人間じゃない」


 全てを失おうとしている貴族に、アユムが追い討ちを掛けた。

 その相手は怒りで頭が真っ赤になって言葉すらもまともに喋れずにいる。

 アユムはそこに、最後のトドメを刺す。


「もうちょっと狂ってから出直してこい、半端者」


「き、キィィィィ、きぃぃさま!

 私を、私を、私をそんな風に呼ぶなぁぁぁぁあ!!」


 怒り狂いながら貴族は手に持つスクロールを両手で掴もうとする。

 それを見て私はすぐさま先程狙った腕を狙い、例の老いた冒険者も舌打ちしながら残りの片腕を狙った。


 放たれた弓矢と短剣があたったのはほぼ同時だった。

 貫かれて切られて、衝撃で後ろに倒れる貴族。

 ――しかし、一足遅かった。


 封印が解かれて発動し始めた魔法陣は宙に浮いては周辺のマナーを集め始める。

 魔法陣からは禍々しい赤が溢れ出し、倒れた貴族は痛みも忘れて笑う。


「キッ、キキキッ、私を侮辱するやつらはいらない。

 全部、全部キエロ、この世界から消エテシマエェェェェ!」


「あの人間は無視してください! 今から障壁を張ります。

 エレミア姉さんは爆発による残骸と衝撃を防ぐための物理障壁をお願いします!

 そしてそこの人間、死にたくなかったら私の後ろへ!」


「うん、わかった!」


「悪いな、助かる!」


 急ぎ足で冒険者のほうがこちら側に入り、私は弓を戻して障壁を準備する。

 光を増していく魔法陣はいつ爆発してもおかしくない状況にまで達していた。

 冷静に魔術を準備しよと気持ちを落ち着かせようとするが上手くいかない。

 それでも何とか障壁を展開する準備を終えた頃、エリアが叫んだ。


「障壁、展開します! 姉さんも早く、もうすぐ爆発します!」


「うん、わかっ――」


 答えながら障壁を展開しようとするも、その答えは爆発に飲み込まれてしまう。

 目と耳が、真っ白な光と音が支配されてしまった。

 ただ何故か、アユムの叫び声が聞こえた気がした。


Side Out

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 爆発が迫り、目の前を白が支配する。

 音も消えて、自分の体に痛みが走らないことだけが自分の無事への証明だった。

 あるいはそれこそ自分が既におかしくなってるということかもしない。

 目を瞑ったまま衝撃に備えているのが馬鹿らしいと思える静寂が支配していた。


『そう思ってるのならいい加減、目を覚ましてくれない?

 そっちのほうが説明しやすいんだけど』


 そこに聞こえてきた頭の中の声はいつもの声とは違っていた。

 しかしながら初めて聞くわけでもない声の主を私は知っている。

 判断に戸惑うも指示された通り目を開けてみた。


「――――これは」


 最初、目に入ったのはエリアの後ろ姿と、彼女が展開した魔術障壁。

 そして私たちを囲む形で四角い箱状の障壁があった。

 未だ爆発は障壁に触れておらず、ただ今にも全てを飲み込む勢いであった。

 そう、つまるところ――私以外が全て停止した世界だった。


『状況は把握した? 私が誰かなんて、聞かなくてもいいよね?』


「……これはどういうことだ、イミテー」


『あなたの精神だけをこちらに引っ張って、体感時間を伸ばしただけよ。

 実際にそんな余裕はないわ、もうすぐ爆発は全てを飲み込むでしょうね』


 精神だけ――そう聞かれて私は体を起こしては先程座ってた場所を見る。

 するとそこには目の前の爆発で顔を歪めている自分の顔が見えた。

 ――無性に腹が立ってきた、何でこいつはこんな間抜けな顔をしているんだ。


「――殴っていいか?」


『やめなさい、殴れないし殴れたとしても虚しくなるだけよ』


 まあ、つまるところ現状は何も変わってないということか。

 このままだと想定通りの出来事が起こるだけになる。

 でも、なぜイミテーはこんなことをした?

 そもそもフォレストはどこに行ったんだ?


『フォレストは今、レミアっていう神官の娘の面倒を見てるわ。

 代わりに私が来てやった、その事実から導かれる結論は?』


「――私は、死ぬのか」


 簡単な結論だ。

 下の世界の出来事にはなるべく干渉しないのが基本のはず。

 にもかかわらず私を助けるような、意味深な行動を取る。

 死ぬか、それに近い状態になるかだろう。

 ――その裏にある本当の理由が気になるところだが今はおいておこう。


『そう、それが賢明だわ。

 それと今回の件だけど死にはしないわ、あの娘の魔術障壁は優秀だもの。

 流石に全ては防げないでしょうけど、威力は確実に落ちるでしょう。

 そもそもあの魔法陣は障壁で防ぎやすいようにしてるからね』


「なら、何が問題だ?」


『無事では済まない。

 魔術やフォレストの祝福を使ってでも治せない傷ができるでしょうね』


 治せない傷か。

 この世界で治せない傷といえば何だろうか。

 腹を貫通した私ですら助かったのに、それでも治せない傷。

 ――もしかして、治せないんじゃなくて、


『正解よ、賭けてもいいわ。

 あなたの足か、それとも手。どっちかは吹っ飛ぶのではないかしら』


「……そうか」


 覚悟はしていた。

 無傷では済まないだろうと。

 なぜそうなるのかはわからないが、信じない道理もない。

 むしろそれだけで済むのを感謝したいくらいだ。


『馬鹿ねあなた、それじゃあの娘たちがまた傷つくでしょうが』


 それを言われたら何も言えなくなる。

 確かに、彼女は私を救うためだけに敢えて打って出た。

 我慢するのが嫌で、我慢させるのが嫌で。

 刺激しないで待っていても良かっただろうに、そんなのは嫌だと。

 なのに結局、私が傷ついてしまったらきっと悲しむだろう。

 でも――――


「――それを私にどうしろと?」


 私には何の力もない。

 誰かを守れる体も、誰かを殺せる力も、奇跡を起こせる能力も。

 あるのはずる賢いだけの浅知恵と二束三文にもならぬ舌使いだけだ。


『そうね、そして私たちは直接あなたを助けることはできない。

 やれることといえばこうして考える時間を与えるのと知恵を貸すくらい。

 本当ならここまでのこともやらないけどね』


「知恵、か。

 この状況を頭だけでどうにかできるとは思えないんだが」


『だ・か・ら、ほんの少しだけ手を貸してあげる。

 細かい話は――――プリエ、お願いね』


『わかってるわよ、あんた聞こえてるんでしょ?』


「――聞こえませんよ」


『ふざけんじゃないわよ! 聞こえないはずないでしょ!?』


 ご丁寧に名前まで呼んだんだ、わからないはずがない。

 そして最後までこっちに突っかかってきた女神なのも覚えてる。

 理由こそわからないが、おとなしくする理由もない。


「それで、何であなたが出てきたのですか」


『あなたに知恵を与えるため、フォレストの頼みだから仕方なくやってあげる』


「別に頼んでな――」


『聞いてる? フォレストの頼みなの!

 何、あんたはせっかく私に頼んだフォレストの面子を潰す気?

 他人の気配りも無視するようなそんなクズだったの!?』


「――はあ、さっさと終わらせましょうか」


 どうもこの人……いや、神とは話が合わない。

 敢えて口を混ぜないようにしてる気さえある。

 最初の時も私の顔を確認するとか言って来てたし、本当に底が知れない。

 それに時間もないと来た、引っかかるけどとりあえず従おう。


『あんた、私の祝福は使ったことないでしょ?』


「……そりゃあ、使ってないが」


 光を作るだけである祝福の使い道はそういない。

 純粋な光として使うか、それとも目眩ましか。

 爆ぜるような光を作れるかによるだろうけど、それくらいしか思いつかなかった。


『細かい説明はしてあげるから、言う通り頭に浮かべなさい。

 描くのは大きな光の柱、その建物を覆いながら天を貫く巨大な光を。

 そして浮かべながら私の説明を適当に聞き流して』


「ああ……」


 巨大な光の柱。

 手元に収まるほどの光しか考えなかったけど、その大きさはどうでも良いのか。

 そんなことを考えながらも言われた通りに想像する。


『魔術の源はマナーであり、マナーは体内より体外に多く存在する。

 だから魔術を行使する際には周辺のマナーを集める作業をしたりするわ。

 そして行使された魔術もマナーにより形成されているもの』


 光の柱は天を貫き、それでも周辺にその光を発散する。

 眩いほどの明るいその光は朝も夜もその輝きを見失わないことだろう。


『外に出た魔術に干渉するのは困難なの。

 可能かどうかって聞かれたら理論上は可能だけど、時間が足りない。

 相手の魔術に干渉するためには自分のマナーを混ぜることから始めないとだから。

 行使された魔術を理解し、分析し、魔術が壊れないように流す必要がある。

 ――――でも、どんな魔術よりもマナーに対して優先権を持ってるものがあるわ』


 頭に光の柱をなるべく詳しく描きながら言葉を聞く。

 マナーの優先権と神の祝福、それだけ聞けば答えは自ずと出てきた。


『そう、他人の魔術に使われたマナーだろうと全てを奪い取り顕現する神の権能。

 魔術の上位に存在するのが神の権能であり、祝福はその一端を借りるもの。

 ――我が光は導きの灯台、迷える愛し子たちへの道しるべ。

 暗闇を照らし、恐怖を退ける暖かな母なる光こそ私の神光なり』


 プリエの言葉を聞きながら、描いた光のイメージを調整する。

 母なる光にして、闇を照らす大きで神聖なる光の柱を。


『大地に光を差し込め! それが仲間を助け、自分を救命する一歩になる!』


「はあぁぁぁぁっ!!」


 無我夢中になり、自然と手にもつ何かを地面に向けて力いっぱい投げる。

 それと共に時は動き出し、私の目と耳は白と爆音に支配される。

 しかし体を支配するのは不安ではなく、気持ちいい倦怠感。

 状況も忘れて私はその倦怠感を抗えずそのまま、意識を手放す。



――ただ意識を手放す直前に、誰かの優しい声を聞いたような気がした。

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