28.静けさの中で濁流に包まれる ①/神685-6(Und)-6

 時は流れて、六月の一周目も最終日になった。

 そして私とエレミア、レミアは王城へと向かう馬車に乗っている。

 今週中に行くと急いでいたベルジュの発言を考えると、いささか遅いとも言える。

 恐らくだが、宴会に向けた水面下での準備が忙しかったのだろう。


 おかげで、この日が来るまで三日間の余裕ができた。

 といっても外を出歩くことはせずに、ずっと屋敷の中をゴロゴロしていたのだが。

 神の使徒だの言われるのも面倒だったし、何よりエレミアたちを置いていかないといけないのが嫌だったからだ。


 そうなると、室内でやれることといえば読書や勉強くらいだ。

 エリアから受け取った魔術関係の書籍を読んだり、これから会うことになる人物たちと現在の情勢などをベルジュとロゼさんの二人から教えてもらったり。

 それなりに充実な日々を過ごし、必要最低限の知識は得た。


 ケイジ王国のアシリア王家と二人の王子。

 第二王子派の筆頭であるエドウィン公爵家。

 この都市、首都ベルバについてと、第二王子派に協力しているとある団体まで。


「――本当に、こんなのはどこに行ってもあるんだな」


「うん? 何のこと?」


「いや、この前に説明した例の団体のことだよ、この世界にこういうのがあるとは予想出来なかったから」


「ああ……それは私も驚きました。

 アユム様を神の使徒として祭り上げたこととか、この都市から感じられる神力からしても、何かあるとは思ったのですが」


 苦笑いを浮かべながら同意を示すレミア。

 それに追従するように肩をすくめながら、例の宗教団体――ジェネシスの情報を思い浮かべた。


 この世界に実在し、時より祝福や啓示として世界に干渉する神々。

 遠い存在だが、元の世界と比べたらその差は天と地に例えられるだろう。

 そんな彼ら――いや、彼女らと同じものを感じ、その恩恵を近くで感じたい。

 そんな人間たちが集まってる場所こそ、そのジェネシスという団体らしい。


 大げさな名前の団体だが、その実態は謎に包まれているという。

 構成員も、その中身も、団体の長の正体すらも全てが隠されているらしい。

 自分をジェネシス所属と名乗る者と、それを協力する人物たちによって、実在することだけを知ってるのが現状だとか。

 例のエドウィン侯爵家も、その怪しい宗教団体の協力者の一人という。


 個人的な感想として、呆れるの一言に尽きる。

 実在する神を信じるとしても、そんなエセ宗教みたいなのを作るとは。

 関わりたくもないというのだが、私がこちらに付いた以上は嫌でも絡むだろう。

 神の使徒という肩書が必要な理由の九割以上はそれだろうから。

 つまり私に選択肢はないということだ、いつものことながら悲しくなる。


 何度考えても憂鬱ゆううつにしかならない思考を中断し、馬車の窓から外を眺める。

 ちょうど窓の外からはベルバの教会が見えていた。

 インルーと同じく広場と一つになっている教会。

 見た目だけは今まで見た他の教会と何ら変わりはない。

 しかし、あの教会には決定的に足りないものがある。


「予想はしていましたが、さすがに気持ちのいいものではありませんね」


「……無理は、しなくていいから」


「大丈夫です、少し、もどかしいだけです」


 そう言って、目を閉じ視線を逸らすレミア。

 見たくもないものを見たとでも言うようなそのしぐさに心が重くなる。

 教会と街が密接しているというこの世界の在り方からしたら、あれは一種の欺瞞でもあるから。


 教会として一番大事なものは何だろうか。

 一般人の感想からしたら、教会には特別な何かはいらない。

 神に祈りを捧げられる場所があるのなら、それは立派な教会と言えよう。


 しかし、この世界の祈りの対象は元の世界よりも具体的だ。

 それだけに、祈りそのものにも、それに相応しい格が必要になる。

 つまりは神が認めた場所という証明、教会全体に広がっている特有の雰囲気。

 神力が自然と漂う、こことは違う別世界のような空気。

 あの教会はその内側が揃っていない。

 私の目にもよく見える、あれが単なるでしかないということが。


 つまり、この首都ベルバの教会は、厳密に教会とはいえない。

 他の都市で教会が行っている役割自体は果たしてるだろうが、本物にできることができない。

 その最たるものが降神の儀式となると、誰も私に教会の話を出さないわけだ。


 ただ、これを問題視する人間はこの都市に存在しない。

 問題と認識はしても、正そうとする人間はいないのだ。

 いないというよりは、できないに近いらしいが。


 その理由というのも至ってシンプル。

 本物の教会を顕にできないから。

 ではその本物の教会とは、いったいどこにあるのか。

 聞くまでもない、ここまで来たら見ることしかできない私でもわかる。

 私はいつの間にか見えてきた、白い城を睨んだ。


 この王国で一番大事な建物。

 首都ベルバの王城、あそこから溢れてる真っ白な神力が、全てを物語っている。

 仕方のないこととはいえ、気楽になれるはずもなかった。

 だからだろう、私の中で不安が再び頭を上げたのは。


「――もう一度聞くが、本当にやめる気はないのか?」


「宴会の件ですよね、大丈夫です、何回も言っていますがこれも試練でしょう」


「私もやめるつもりはないよアユム、何回も言ってるけど」


「全然大丈夫そうに見えないから何回も聞いてるんだが……」


 不安感からの言葉、その返事にもどかしさは増していくばかり。

 私を助けたい気持ちもあるだろうが、意地を張る理由がそれだけではない。

 罪悪感や義務感といった、私たちの関係の根源にあるものは未だ残ってる。

 土台から間違った関係性は、決して望んだ方向には進ませてはくれない。


「君たちにこんな苦しみは、味あわせたくなかったのだが……」


 彼女らにこれを聞くのも、答えを聞いたのもこれが初めてではない。

 今回の件を話す以上、彼女らが断らないことは知っていた。

 言わないのが正解かもしれないが、これ以上彼女らに何かを隠したくはなかった。


 だから、全てを話してから彼女らの心が変わることを期待しながら聞いている。

 それこそ毎日、暇さえあれば何度でもだ。

 そしてその答えもまた、何度も聞いてきた。


「すでに決めたことだよ。

 それにアユムだって、自分のやりたいようにやらかしたでしょ」


「返す言葉もない、でも宴会が始まるまでは諦めないつもりだ」


「アユム様の気持ちは痛いほどわかります。

 でも、私たちがそれで止めるわけがないというのはご存じですよね?」


 ああ、知っている。

 でも頭で理解したからって心まで納得するのは簡単なことじゃない。

 私自身が彼女らに対する態度を改めた以上、なおさらだ。

 過保護に思えても、私は自分の身内に私と同じ苦しみを味あわせたくない。

 その行動がどれだけ無意味だとしても、やめられないのだ。


 でも、今回はこれで終わりにしよう。

 すでに馬車は王城内に入って、私たちも降りないといけない。

 残る時間は少ないが次回はもう少し前向きな回答を期待する。

 その不毛さには、あえて見ないふりをしながら。.


***


 馬車を停めて部屋を案内してもらってから、すぐさま部屋を出る。

 目的はこの城の主、王様に会うために謁見の間――ないし執務室に向かっている。

 案内はロゼさんとベルジュに案内されながら、私たちは王城内を歩いていた。


 入った瞬間、感じたのはやっぱり馴染みのある教会特有の雰囲気だ。

 その慣れた雰囲気に安心するも、その実態を考えると気が重い。

 信仰心ゼロの私がこれだと、後ろの二人の気持ちは聞くまでもないだろう。

 それを感づいだのか、先導しているロゼさんから詫びの言葉が紡がれる。


「申し訳ありません。数日の間、苦労をおかけしますが、全力で支援いたします」


「いいえ、大丈夫です。全てをわかった上で来てるのですから」


「公爵家としても、他の種族に申し訳ないとは思います。

 これを私たちだけで解決するのが無理なのが非常に残念です」


 ロゼさんはもちろんで、ベルジュも普段と比べて声のテンポが落ちている。

 それだけでも二人がこの事態を良くないと思っている反証となっていた。

 良い意味でも悪い意味でも、この王城は問題だらけである。


 王城内部に漂う神力は源は、ここより更に深いところへ存在する。

 この王城の心臓とも言える場所は別にあるということだ。

 つまりここはただの外側、しかし他の教会と比べても何ら違和感がない。

 その違和感のなさから逆に違和感を覚えるほど、いびつに感じられた。


 王城内のどこかに存在する、神力が溢れ出る場所。

 そして私がここに来た目的、絶対神オーワンのために作られた空間。

 疑わしいほどにわかりやすく、秘密と言うのも恥ずかしいぐらいだ。

 なのに王族や公爵家しか場所を知らないというのは、逆に怪しく感じられる。


 まあ、それはどうでも良いか。

 エレミアからも当時、嘘でないことは確認してるんだ。

 ここは疑うのではなく、なぜそうなっているかを悩むべきだ。


 なぜこんな風にしたのか。

 それになぜこの首都ベルバの王城だけ、溢れんばかりの神力を放つのか。

 選ばれた種族という呼び名もあるんだ、胡散臭い匂いは消える気がしない。

 先に私をここへ呼び出したオーワンの正気を疑うのが良いかもしれない。


 周りの状況がもたらした情報に悩みは深まっていく。

 そんな思考の流れを切ったのは、いきなり歩みを止めたロゼさんたちだった。


「おやおや、やっぱり出会ってしまいましたか」


「合わないで済むという選択肢は初めからなかったではありませんか。

 今までアユム様と会っていなかっただけでも、幸運だったと思いますが」


「幸か不幸かまではわかりませんが、まあ出会ってしまった以上は仕方ありません。

 ちょうど私たちとすれ違ってくれるのが最善だったのですが」


「それが無理だということを、ベルジュ様もすでにお分かりでしょう」


「もちろんわかってますが、希望的な観測というやつですよ」


 こちらには見向きもしないで話し合う二人。

 それを聞いてようやく状況を理解する。

 私は向こうからこちらへと歩いてくる二人の姿を確認した。


 神官服の老人と、貴族のような服の男性。

 遠見で姿ははっきりとしないが、あれに該当する人物を最近聞いていた。

 ここ数日の間に一番聞いた、第二王子派の人間たち。

 今の反応からしても恐らく間違いないだろう。


「そんなわけでアユム様、本番前の練習試合です。

 どうすれば良いかは覚えてますよね?」


「基本相手しない、返事は最小限に、他は臨機応変で」


「完璧です、アユム様は私の後ろにいてください。

 それと、申し訳ありませんがお二方は顔を隠していただければ」


「見せても構わないのではなかったのか」


「構いはしませんが、正面から見せるのは取っておきたいので」


「……二人とも、大丈夫か?」


「大丈夫、これくらいは」


 そう言ってはフードで顔を隠す二人を見て、複雑な気持ちになる。

 ただ、私はそんな自分の感情を心の仮面で覆い隠す。

 ここで隙を見せると、これからのことにも影響してしまう。


 準備を整える内にか目の前まで近づいてきた二人。

 微かな緊張は胸の奥に隠し、平然を装い微かな笑みを浮かべる。

 近づいた貴族風の男は、まずベルジュに向けて挨拶をした。


「お久しぶりです、ベルジュ・フラーブ。

 こうして王城内でお見えになるのはいつ以来でしょうか」


「最後にお会いしたのは収穫祭記念の宴会でしたから、二カ月ぶりですね。

 お久しぶりです、シエガ・エドウィン。それとグスタフ主教」


「久しぶりにお見えになりますな、ベルジュ殿、それとロゼさん。

 こうして互いが平穏無事な姿でお会いできるとは、これもまた神の恩恵でしょう」


 第二王子派の筆頭、エドウィン侯爵の息子、シエガ・エドウィン。

 ジェネシスの主教を名乗る老人、グスタフ主教。

 首都ベルバで私が相手しないといけない、不本意な政敵たちとの初邂逅かいこうだった。

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