27.自分らしさのために必要なものは ②/神685-6(Und)-2
夕食後の深夜。
エレミアを部屋に送ってから、ベルジュの執務室へと向かった。
今日の最後の予定、朝に言われたベルジュ本人との面談を片付けるために。
「覚えてくださったようでホッとしました。
帰ってから何も反応がなかったので、もしかしたら忘れたのかと思いました」
「忘れたのではなく、優先順位の問題だ。
そもそも、いつまで来てほしいという決まりはなかったはずだが」
「そうですね、私はただ二人で話したいと言っただけですから」
ベルジュはいつものごとく、薄い笑みを浮かべながらペラペラと話している。
まあ、そもそもあいつか私と重い雰囲気で話したことはなかった気がするが。
私は素早く用件を済ませるために、あえて視線をずらしながら話を切り出す。
「それで、話とはなんだ?」
「はあ、相変わらず冷たいですね。
私は昨日と今日、これからの計画準備のせいで、家庭の月だというのにロクに休むこともできなかったのですが。」
「その計画はお前の父である公爵と一緒に準備したのではないのか?
家族揃っての共同作業だ、どうなっても私よりはマシだろう」
私の言葉にベルジュは妙な表情で見つめてくる。
まるで、あなたがそんなことを言うのですかとでも言いたそうだ。
私はそれを受けて肩をすくめるだけだった。
――――まあ、たしかに少々不謹慎ではあるか。
「そう言われたら、私は何も言えませんが……もしかして、なにかありましたか?
どうも雰囲気が変わったような印象があるのですが」
「さあな、こちらは特に何も変わっていないのだが」
そうだ、変わったことは何もない。
私が抱えている問題も相変わらずで、私自身も今までと同じだ。
ただ、私が抱えていた悩みごとが、少しだけ前に進んだだけ。
それが小さいことではないのは知ってるが、あえて口に出したくはなかった。
まあ、このままこの話題を続ける気にはならないから本題に切り替えよう。
「まあ、そこまで家庭の月を過ごしたいのならさっさと本題に入ろうか。
私との仕事が早く終わるほど、その家族との時間は増えるのだろう?」
「増えるのは増えるでしょうが、私との会話を嫌うのは相変わらずですね。
――ふぅ、わかりました、本題に入りましょう」
そう残念がる表情を隠そうともしないベルジュだったが、私は気にしなかった。
目の前にあるこの兄貴族の家族構成は、まともに知らないわけだが。
そもそもの話として、この貴族にまともな家族愛があるとは思わない。
親しい仲ではなかったとしても、自分の家族を迷わずに切る人間だ。
もし、両親以外の家族が存在しても、政治的なものでしかないと思う。
まあ、憶測でしかないし、興味もない。
私はただ無心に、ベルジュの次の言葉を待つことにした。
「ここ数日、これからの日程に付いて父であるベルジュ公爵と議論を進めました。
おかげである程度の計画が練られたので、それの案内と説明が今日の目的です」
「――もしかしたらと思うが、この場にエレミアたちがいないのはそれが理由か?」
「そうですね、お二人がいないほうが、アユム様も困らないかと思ったので」
そう言ってベルジュは意味深にこちらを見たが、私が視線を合わすはずもない。
おそらくは晩餐会の時、私の行動を見たがための配慮だろう。
意味のない配慮であり、こちらとしてはいらない心配が頭をよぎる。
もしかしたら何かと理由を付けて、私から彼女らを切り離すとか。
それこそ、フリュードの村にいた頃の私みたいな状況を、彼女らが経験することになるのではないか。
彼女らを巡る環境に妙な既視感を覚えるのは、気のせいではないはずだ。
ただ、今それを考え出すには場所が悪い。
とりあえず、今の想定は頭の片隅に入れて話を進めよう。
「そこまでして私に頼みたい計画とは一体、何だ?」
「心配なさらずとも、そう難しいことをお願いするつもりはありません。
そもそも、そういう類の計画はアユム様が協力してくださらないでしょう。
私たちはあくまで、今の
「それさえ何とかすれば、あとはそちらが何とかすると?」
「火種は大きくするのより、起こすことが難しいものです。
それもただ作るだけでなく、こちらに有利になるよう操るのは至難の業でしょう」
要は、難しくはないが、エルフの二人がいては言うのが難しい計画ってわけか。
――ここまで聞いても見当すらつかない。
ある程度の判断はつくが、そこに彼女らが絡むだけで説得力が消える感じがした。
そして、胸の中の焦りから思い浮かんだ光景は二カ月前の出来事。
フリュード村で私が行った、試練という名前の公開処刑だった。
エルフに人間の醜さを見せるためという意味でも、正しくその名の通りといえる。
こいつらに考えというのがあるのなら、そこまでのことは提示しないだろう。
しかし、頭に浮かんだ嫌な予感を否定することも、また出来なかった。
私は外側だけでも平常心を装いながら、ベルジュに続きをせがんだ。
「それで? つべこべいわずに結論を言え」
「お望みならばそうしましょう。
こちらの要望は一つ、もうすぐ王城で行われる宴会に参加してください」
「宴会に参加……それから?」
「それだけです、それだけでも私たちの目的は自ずと達成されるでしょう。
アユム様がアユム様である限りはですね」
訳がわからない。
参加するだけで目的が達成するとは、一体私は何様だ。
それは本当に、私が受け取るべき報酬に値する仕事なのか?
なによりも、彼女らをこの場に招かなかった理由を説明できない。
そんな私の疑問に気づいたのか、ベルジュは続きを語った。
「そしてなるべくですが、エルフのお二方も一緒に参加してもらいたいです」
「一緒に? 人間たちの宴会に彼女らを招待するのか?」
「はい、その方がこちらとしても事を運びやすいので」
軽く答えるベルジュを見ながら、頭の中では様々な思考が巡っていく。
恐らくベルジュは――いや、公爵家は裏で様々な準備をしているのだろう。
外の情報が入りにくい現状だが、情報操作をしていないはずがない。
政治において、力のバランスとは小さいほころびだけでも破綻するものだから。
火種という意味合いからも、そのほころびこそ、私に求める役割だろう。
そこにエレミアたちが含まれるべき理由。
そしてここにエレミアたちが呼ばれなかった理由。
仮説を立てるには、もう少し情報がほしい。
「その宴会というのはどういうものなんだ?」
「家庭の月を迎えて、国から行う慰労会のようなものです。
ここベルバには地方から単身で赴任してる貴族も大勢いますから。
宴会の趣旨も主催も、政治的な意味合いがない軽い宴会です。
派閥に関係なく貴族が大勢集まるので、気を緩めないのは一緒ですが」
「要は、向こうの派閥の貴族も参加するということか?」
「そうですね、基本的に例外はないです」
地方から親族たちが上がってくることも多いから、結構な人数になると説明するベルジュ。
しかし、そんな説明は私の耳に入らなかった。
貴族の集まりとはそういうものかもしれないが、そんな穏やかな宴会ではない。
結局は政治力のある人間同士で行う催しであることに変わりはないのだから。
結局は政戦を行うところなのはどこも一緒。
慰労会の意味合いなんて、お飾りみたいなものだ。
そこで私は、今更な疑問に行き着いた。
私を使って、どんな案件を片付けようとしてるのか。
一度も直接聞いたことはないが、一度だけ関連する言葉は聞いている。
インルーでベルジュと取引をしたあの日、自分たちの派閥に入れと言われた時。
異種族に対する態度を考えても、自分たちに付くのが良いという風に言っていた。
「――確認したいことが一つあるのだが」
「何でしょう」
「お前らと争っている第二王子派との間で扱われてる問題は、何だ?」
「色々とありますが、その中で何を――とは、聞かないでおきましょう。
それらの中でアユム様が必要な問題はまさしくエルフを筆頭にする異種族問題。
彼らは支配、我らは共存の道を探っています」
異種族問題、なるほどそれか。
やっと最後のピースが埋められらた。
神の使徒であるエルフと共に、家庭の月に開かれた慰労会に参加する。
それだけでも私がどういう存在で、誰と一緒にいるかを証明できるということだ。
確かに私としても無理のない要求だ。
宴会の中で起こるであろうあれこれを何とか解決できれば、それで終わりだから。
問題は、その場にエレミアたちが同行する必要があるということだ。
敵しかいない場所で、そこで浴びせられる全ての視線に耐えなければならない。
それだけは、どうしても気がかりであった。
――そうか、それでこの場にエレミアたちを呼ばなかったのか。
考えの整理がある程度ついた頃、顔色を伺っていたベルジュは続きを語る。
「そう遠くないうち……正確には今週内に私たちは王城の中に入ります。
アユム様を王子様と国王陛下に謁見させて、今後の準備を進めてるために」
「その時もエレミアたちは一緒に動くのだろうな?」
「はい、町中では何が起こるかわからなかったので、なるべく建物内で過ごすようにお願いしておりますが、王城内では三人一緒に行動していただきたいです」
「王城の中でこそ気をつけるべきではないのか?」
「入ってからは皆さんの仲を宣伝することも目的の一つです。
それに、王城の中だと正面から襲ってくる輩はまずないでしょうから。
――まあ、宴会でお二方を同行させるかはアユム様におまかせします。
皆さんが一緒のほうがこちらとしては都合が良いのですが、強制は致しません。
次善策もないわけではないので、そこはお好きなようにお願いします」
そこまで言って、ベルジュは私から視線を机の上へと戻す。
自分の話はこれで終わりと言いたいのだろう。
だというのなら私もここに留まる理由はない。
そのまま後ろへと回って扉をあけながら、ベルジュに言葉を投げる。
「礼は言わない、本当にどちらでも良いだけだろうから」
「それで結構です、本当にどちらでも良いだけなので」
オウム返しのように返ってくる返事を適当に流しながら、部屋を出る。
どちらでも良いという確認まで取れた以上、交わす言葉もない。
エレミアたちが同行しなかったら、私がもう少し泥を被るだけという意味だろう。
本当にどうでも良い話だ。
ベルジュから投げられた選択肢。
エレミアたちにこれを話すかどうかすら、悩む必要がない。
すでに私はその答えを聞いて、ここにいる。
ただ、どちらを選んだとしても、その先は楽な道ではない。
それだけは、胸に重く伸し掛かっていた。
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