27.自分らしさのために必要なものは ①/神685-6(Und)-2

 自分らしさというのはひどく曖昧なものだ。

 誰も自分がどう振る舞うのが自分らしいのかをわからない。

 なぜなら、自分にとってそれは理論や理屈ではないからだ。

 説明を求められたところで、説明できるようなものではない。


 自分の心が動く方向へと体を動かすことが自分らしさにつながる。

 それ以外に、人は自分らしさを実感できる方法がない。


――しかし、そこに他人ひとが絡んだ時、自分らしさが変わってくる。


 他人ひとの目に映る自分と、自分が思う自分。

 そんな他人ひとの気持ちを悟ろうとする自分と、本当の他人ひとの気持ち。

 私一人が決めていた《自分らしさ》の定義は、もはや一人の定義ではなくなる。


 本来、自分らしさというのは自分一人が決めるものだ。

 そのたっだ一つの真実が変わるわけではない。

 それがゆれているというのなら、そのゆれている原因もまた一つ。

 自分自身がゆれているからに他ならない。


 解決策は二つ。

 向き合うか、切り捨てるか。

 両者のどちらも選ばず、先延ばしするという選択肢もある。

 そして、私は今までずっと逃げの一手を選んでいた。

 もう逃げることができなくなった今となって、その重い腰をあげたということだ。


 考えれば考えるほど嫌になる。

 動こうとした時はいつも遅く、亡くした時間は決して戻らない。


――――でも、それでも、動けるようになったなら。


 仮住まいのベルジュの屋敷、自分の部屋の隣にあるエレミアの部屋。

 すでに時間は遅く、もうすぐ夕食の時間になる。

 こういうことを言い出そうとすると、余計な雑念が体を鈍らせる。

 ただノックをして、確認をするだけの動作すらも気軽にできないくらいに。


「……ふぅ」


 一つ深呼吸をしてから、静かにコンコンとノックをする。

 何か語りかけるべきか、うじうじ悩んでると結論が出る前に部屋の扉が開かれた。


「はい、どなた――アユム?」


「うん……私だよ」


「……どうしたの? なんか普段と雰囲気も違う気するけど」


 そういって心配しそうに聞いてくるエレミアの顔をこちらからも覗いてみる。

 どこか疲れてる顔色に、ズキンと胸が痛む。

 そりゃそうだ、監禁されてるわけではないが彼女らは今、気安く動けない。

 彼女らにとってここは、私にとってフリュードの村の教会と変わらない。

 その事実を改めて思い知って、さらに気持ちが重くなった。

 こうなるまで気づかなかった自分の節穴にも苛立ちが募る。


「まあ、少しね。エレミアと話したいことがあって。

 いや、曖昧な時間帯だから夕食の後とかでも構わな――」


「――ううん、いいよ。そんなのよりこっちが大事だと思うから」


 エレミアは扉を完全に開いて、私が入れるように道を開いてくれた。

 そのまま部屋の中に入ってからも、導かれるがままに椅子に座る。

 エレミアは部屋内に常備されていたお茶を煎れてから向かい側へと。

 目を上げて正面を見ると、そこにはエレミアがこちらにお茶を差し出していた。

 お茶を受け取りながら、真正面から彼女と対峙したことがないことに気づく。


 そもそも、目を合わすことを好まない私だ。

 いつも視線をずらして、他人の視線を見ないようにしている。

 彼女らはいつも、私を真っすぐ見てくれてたはずなのに。

 しかし、こんな風に向きあったことすらないのは、言い訳のしようもない。


 なら、しようもない言い訳はしない。

 こぼした水同様、過ぎ去った時間も取り戻すことはできない。

 進むべき道をわかってるのなら、覚悟を決めて進むのみだ。

 私はもう一度、深呼吸をしてエレミアに恐る恐る口を開いた。


「実は、これからのことを話しに来た」


「うん」


「それと、いくつか詫びなければならないこともある」


「そうなんだ」


「まずは……そうだね、私が思う現状を話したい」


 淡々と語る私とそれを合いの手を入れながらも黙々と聞いてるエレミア。

 どこまでも平坦な彼女の反応に、止まりそうな言葉を必死に紡いでいく。


「私はこの世界の絶対神、オーワンに会うため、ここに来た。

 政治の道具に利用されることを承知で、それでも何とかできると自惚れながら。

 しかし、実際の私は私の想像より幼稚で、私の想像通りのバカだった」


「……」


「政治だ、ある意味、人間の汚いものが全て集約される塊のようなものだ。

 その中心地に君たちエルフを一緒に連れていくというのが、何を意味するのか。

 来る前に気づくべきだった、知ってたならもう少し何かが変わったかもしれない」


「――でも、それはアユムの目的に必要なことなんでしょう?」


「私の目的と、私が守りたいものは同一にならない。その優先順位もまた、変わることはない」


 そうそれらは変わらないものだ。

 どんな状況になっても私の原風景は変わらない。

 だから、ここから私が語るのは人としての欲と、正直な気持ちだ。


「エレミア、この前の晩餐ばんさん会の時、私はを演じた」


「うん、それはわかっている」


「そして、この前、レミアに言われたことも考えてみたんだ。

 ことも嘘と言える行為なら――行動そのものの嘘も君らは見抜いてるのではないかとね」


 私の言葉に、エレミアは何も言わなかった。

 肯定も否定もせずにただ、聞いてるだけ。

 その態度こそが、私の確認への回答とでもいうかのように。

 だから私は、言葉を待たずに続いた。


「それで、さ、それらに思い至った時に、私が最初に考えたのは何だと思う?」


「私達が、君自身の足枷に思えた――違うかな」


 間髪容れずに入ってきた言葉は、そのまま私の心臓をえぐる。

 普段なら何があっても否定しただろう。

 そもそも彼女がこういう話題を出さなかったはずだ。

 だから私は、その事実を噛み締めながら重くうなずいた。


「否定はしない、その考えがあったのは確かだから。

 人間の本能という名の醜い損得勘定が、最初にその答えを出したよ。

 ただそれは一瞬だ、結局それはそのまま反転したから。

 こんな場所だとわかっていながら、無責任に君たちを連れてきた私を恨んだ」


「うん、アユムはいつも自分自身を恨んでるからね。

 他人への恨みも苛立ちも君は自分ひとりの中で終わらせてしまう

 ――横でそれを見てる、私たちの気も知らないで」


 今までたまっていた恨み言を、避けることもできずに受け止める。

 避けないため、避けるという選択肢をつぶしたこの場所で、受け止める。

 受け止めながら、進めために閉じろうとする口を無理やり開く。


「今までだったら、私はこのまま何も言わず、いつも通りに動いたと思う。

 いつも通り、君たちには何の相談もせずに、自分勝手な道を進んでただろう」


 平然を装いながら喋る自分の声は自分でもわかるくらいに震えていた。

 ドタドタしく、すぐにでも縮まりそうな声を必死に絞り出す。

 そんな滑稽な私を、彼女は何も言わずにただ聞いていた。


「でもここ最近、色々聞かされて、思い知らされたんだ。

 このまま引きずったって良いことなんてない。

 それを知らないわけでもないのに、逃げるだけでは悪い方にしか転ばないとね」


「そう……じゃあ、どうしたいの?」


 口がうまく動いてくれない。

 胸の鼓動がやけに大きく聞こえて、弾けそうになる。

 言ってしまえばそれで終わりだというのに、一瞬で終わることなのに。

 なぜ、こんなにも私は緊張しているのだろう。


 いや、答えは知っている。

 怖いのはいつも、自分自身以外の何かでしかない。

 今の緊張も、今まで逃げてたのも、その元は恐れからくるものだ。

 前に進むため、これからの道を迷わず進むため、この一歩を離さないといけない。


 何度目かもわからない深呼吸をして、私は、自分の願望を口にした。


「これから先、私は仮面をかぶって自分の性格を偽らないといけない。

 もしかしたら、今までとは違い自分だけの利益のために嘘を付くかもしれない。

 ――それでも私は、エレミアたちと一緒にいたい」


 そういう行為を見ること自体が彼女らには辛いことになるかもしれないのに。

 エレミアはいまだに私との約束で縛られ、逃げることもできないのに。

 自分の欲のために、私は彼女に無理を強いろうとしていた。


「だから、だからっ――」


「私たちの目の前でこれからもっと嘘を付くけど、それでも付いてきてほしい。

 ……そう言いたいのかな?」


「……私だけの欲を言えば」


 どうしても言えなかった最後の一言を先んじてエレミアに言われる。

 それに私は、あくまでも自分だけの話であることを明言しておく。

 エレミアの要望次第では、一緒にいたいというのは諦める。

 いや、やっぱり彼女らは私と一緒にいないほうが――


「――はあ、アユムったらまどろっこしいのよ。

 もったいぶるだけもったいぶって何を言うのかと思ったらそれなの?

 それと、待ちながら顔色がどんどん悪くなってるし」


「えっ」


 しかし心配していたのとは逆に、エレミアの態度は軽かった、いや軽くなった。

 緊張して損したとでも言いたげに話す彼女の姿からは余裕すら感じられる。


「本当に今更すぎるのよ、アユムって本当に人付き合いが苦手なんだね」


「否定は、できないけど……今更って?」


「言葉通りよ、今更となって嘘がどうのこうの言われてもね……。

 アユムって、村にいたころもそれに準ずるものは何度もやったでしょう?

 前回も、前々回も、今までアユムが真実のみで対処したこと、ある?」


「ない、かもだけど、それでも君たちの前では――」


「なるべく自制して、内側をさらけていた……でしょう?

 確かに、嘘の大きさに違いはあるかもしれない。

 でも、本来のあなたの態度ではなかった時点で、それも立派な嘘でしょう?」


 そうなってしまうのか。

 嘘そのものを嫌うエルフだから、何かを偽った時点で嫌悪感は一緒ということだ。

 それが本来の自分の、仮面をかぶった偽りの態度だとしても。

 エレミアはそんな私を見て、ため息をこぼしながら


「私は、アユムがそんなに身構えてるから、もう森に帰れと言われるかと思ったよ」


「……本当は、それが君たちにとって良いんじゃないかって思っている」


「バカね、私の幸せも、私のやりたいことも、私しかわからないことよ?

 一緒にいたいと言ってくれたのは、素直に嬉しいけどね」


「でも、それで良いのか?

 これから先、この王国の首都にいるともっと辛くなるのではないのか?」


「アユム、それも今更だよ。君と一緒に過ごしたのもあれこれ二カ月は経ってるんだから」


 エレミアは軽く微笑んでいる。

 その自然な笑顔を見て、自分の体の緊張も解かれていく気がした。

 そんな私を見て、エレミアは言葉を続ける。


「嘘に対する嫌悪感は変わらないし、好きにはなれないと思うよ。

 でも、私はもはや何も知らないエルフじゃない。

 人間がどういう生き物で、どんな行動を取るのかを私は学んだ。

 そしてアユムが、君がどういう人なのかもね」


「今まで君たちに見せたのは弱く皮肉な私で、私が嫌う私の姿だ。

 それすらもある意味、偽りだというのなら君が今まで見ていたものは――」


「――それでもその根っこは変わらない、良くも悪くもね」


「たとえ、私が仮面をかぶったとしても、か?」


「そう、だって、アユムがかぶったのは仮面だけだから。

 どんなに汚くなっても、その根が無事なら、最終的には正しい行動を取る。

 そう信じてるし、それに他でもないアユムだもの。

 君が嘘を付いたという理由だけで君から離れようとは今更思わないよ」


――――だから、あなたはあなたらしく振る舞えば良いのよ、今からでもね。


「は、ははっ」


 そう返してくるエレミアを見て、乾いた笑いが口から溢れる。

 全てが私の早とちりで、勝手な偏見だったと言われた。

 ああ、なんてバカだ、なんてバカなんだお前は。


「ははっ、ははっははははっ!」


 本当に愉快だ、ああ愉快過ぎてたまらない。

 これだから一人で完結して、賢いツラ晒してるやつにろくなもんはいない。

 久しぶりに胸の奥がスカッとする気持ちだ。

 こんな感情を味わったのは何年ぶりだろう。


 私はしばらく笑ったあと、席から立ち上がる。

 エレミアも私が立ち上がるのを見て、同じように立ち上がった。

 私はエレミアを真正面から、目と目を合わせながら語った。


「エレミア、ありがとう。これでもう迷いはなくなった」


「どういたしまして、役に立てたようで何よりよ。

 これからも何かあったら、一人で悩まないで必ず相談してね?

 アユムって、妙なところですごぉくバカになるんだから」


「バカって……まあ、甘んじて受けようか、たしかに私はバカだ。

 こんな簡単なことで恐れるくらいにはね」


「わかってるようで何より、じゃあ、食事に行こうか? 遅くなったけど」


「そうしよう」


 そう言いながら、エレミアは扉を開けて私を待つ。

 そんなエレミアを見て、私は彼女が開けてくれた扉をくぐりながら、静かにつぶやいた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 自分らしさは自分が決めるもの。

 自分という人間は、他のあらゆる原因でゆれるもの。

 それでもゆれないものがあるのなら、ゆれないと知ったのなら、もう迷わない。


 全てが片付いたと一安心しながら、食堂へ向かう途中。

 そこでふと、一つ忘れていることがあるのを思い知る。


――そういえば、アイツとまだ会っていなかったか。


 今日がすぎるまで、終わらせないといけない最後の仕事。

 大した用事ではないが、先までの私なら困ってただろうけど、今は違う。

 食事を済ませて、さっさと片付けよう。

 まあ、急ぐ気は全然ないけどな。

 それくらいに自分の足取りは、久しぶりに軽く、余裕に溢れていた。

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