14.次へ繋ぐ道標を求めた ②/神685-5(Imt)-2

 神官さんに案内されたのは馴染みのある教会の一室。

 少しだけ室内の雰囲気は変わっていたが、殆ど同じ作りであった。


 そして、私たちは神官さんに状況を説明する。

 エルフの村での細かい出来事などは適当に誤魔化して、処刑の件は省略した。

 神官さんも何かの事情があるのだろうと察したのが、詳しくは聞いてこなかった。


「そうですか――やはり、貴方が異世界人の方だったのですね」


 ただ、事情を伝え終わった今、神官さんの言葉がどうも引っかかった。

 今から私がやるであろう質問まで含めて、激しい既視感を覚える。


「というと?」


「実のところ、自分もその神託を受けてたんですよ。

 《異世界人を名乗る人がここに来れば降神の場に通せ》とですね」


 ――ここでもか。

 もし、あの時の私がエレミアを付いていかなかった場合の話になるのだろう。

 果たして選択肢として、それを選ぶ確率がどれだけあったかは疑問だが、それこそわからないものだ。


 まあ、でも一つだけ安心したことがある。

 この神官さんもレミアと同じ神託を受けていた。

 つまりは同じ内容の神託が人間とエルフ、両方に伝わったというのはそれだけでも大事なファクターになる。

 だって、その時の選択は神もどう転ぶかわからなかったということだからだ。

 それと――――


「それで、その神託は今も継続中ですか?」


「そうですね、取り消すという話は聞いておりません」


 やはりか。

 ――正直、既に私に関する情報が伝わっている可能性も考えてたんだけど。

 この神官さんの反応を見るにそれも違うようだ。


 私が異世界人と明かした時も驚いた反応だったし。

 恐らく《異世界人》というキーワードから忘れてた神託を思い出したんだろう。

 私だったとしても今更感が凄いと思う。


 まあ、どちらにしろ未だその神託が健在だというのなら好都合だ。

 今回はこちらにも理由がある。

 どうしても会わないといけない理由があるのだ。

 この世界の在り方について、問いたださないといけない


――――問いただす、か。


 そこで後ろを振り向いたら、エレミアが前の方をぼーっと見つめている。

 心ここにあらずの表情で、何かを考えているようだった。

 都市内に入ってからどこかぎこちない姿が目立っている。

 これはエレミアだけでなく、レインを除いた全員に言えることだが。


 エレミアとも実のところ未だちゃんと話し合ってない。

 村では気がついてからも治癒に専念してたので私は私で不自由してた。

 それでか、彼女からは特に何か言われなかった。

 起きた時に時間を作って話そうと言うのも、あやふやになっている。


 このままで、良いのだろうか。


 いや、良いはずがない。


「――エレミア」


「――ん!? 私呼んだ!?」


 他のことを考えてたのか、心ここにあらずなエレミアはびっくりしながら答える。

 後ろのレミアとエリアも、私がエレミアを呼んでからこちらを見つめていた。

 レミアは教会に入ってからは落ち着きを取り戻したように見える。


 それはエリアも同じだったのだが、正直に言ってよくわからない。

 横から見たらこれが緊張してるのか、ただ考えるのに夢中なのかわからなかった。

 多少は馴染んだ空気である教会に入って、思考を巡らすのに集中してる気もした。


 まあ、良い。

 わからないのなら話そう、何も恐れなくても良いんだ。

 先ずは一歩を踏み出せ。

 そこから全てが始まる。

 もうわかりきっていることを迷うな。


「レミアとエリアも――私が降神の場から戻ってきたら、色々話し合わないか?」


「話し合い?」


「色々とね、話し合いたいんだ。

 ――悪いが、付き合ってくれないか?」


「アユムが悪いと思うことは無いよ……」


 まるで、悪いのは自分だとでも言いたげな反応。

 それを見て、エレミアの気持ちが少しだけわかった気がした。

 だったら尚更、話さないといけない。


「レミアとエリアは、大丈夫?」


「私はいつでも大丈夫です」


「考えてることはわかりますが私は――いや、まあ良いですけど」


「――ありがとう」


 私はその答えを聞いてから、すぐさま立ち上がる。

 そして視線を前に戻し、神官さんを見据えた。

 人の良い笑顔を浮かべたままこちらのやり取りを聞いていた彼。

 彼は私が立ち上がるのを見て、釣られたように立ち上がっては言った。


「今から行くのですか?」


「はい、お願いします」


「了解しました、こちらです」


 そう言って降神の場へと向かう神官さんを追う。

 そして部屋を出ようとする直前に、一度だけ振り返る。


「――行ってきます」


 突然の私の挨拶にエリアは首を傾きながらも普通に挨拶を返す。

 エレミアもそれは同じだった。

 でも今回のこの挨拶は彼女らより、別の人を意識して送ったものだ。


「あ……」


 レミアは私の挨拶を聞いて、驚いたように目を見開く。

 エメラルドに似た緑の瞳が少し揺らぐのが見えた。

 でも、すぐにその揺らぎは消えていた。

 代わりにいつもの笑顔といつもの声色で。


「行ってらっしゃいませ、アユム様」


 互いが、かつて言いそびれた言葉を口にした。

 その言葉をしっかりと聞いてから、私は神官さんを早足で追っていく。

 神官さんは私が止まるのを見て待ってたようで、視線の先で待っている。

 神官さんは追ってきた私を見て、歩くのを再開しながら言った。


「――優しい方ですね、エルフが人間に心を開いたのも頷けます」


「優しくありませんよ、当然のことをしているだけです」


 優しさではない。

 今の私たちの関係は優しさではなく、罪悪感によって繋がれた関係だ。

 否定的な感情で繋いだ手が、肯定的な関係であるはずがない。

 この関係はいずれ、私たちで直接解く必要がある。


「当然ですか――なるほど、確かに貴方は異世界の方だ。

 どんなに彼女らに友好的な人間でも、それをすんなり言える人は稀でしょう」


「どういう、意味でしょうか」


「言葉通りの意味ですよ。

 未だ大半の人間たちは、彼女らに拒否感があるでしょうから」


 神官さんの顔は、こちらから見えない。

 声も今までと何ら変わりない優しい声のように聞こえる。

 にもかかわらず、どこか説明しきれない違和感を感じていた。

 何の反応も返さない私を無視して、彼は自分の言葉を続ける。


「まあ、神職に就いている自分には縁のない話です。

 ただ、貴方がエルフの村で過ごしたのなら嫌でも壁を感じたはずです。

 ――先程の説明で言わなかったことが、それに当たるのでは?」


「それは――」


「ああいいえ、別に答える必要はございません。

 私は

 神があなた方をお客として認めるのなら、私には何の異議もありませんよ」


 まるで、神が認めなかったら既に追い出したと言わんばかりの言動だ。

 ――どうも引っかかる。

 吐いた言葉もそうだが、このウィナーという神官は異質だ。

 レミアを初めてあった時もこれほどの違和感は感じなかったのに。

 なによりも、初対面から思ったけど、この人の態度には


「その言葉を否定はしません。

 ただ貴方の言葉を聞く限り、人間もエルフに恨みを持ってるように聞こえますが」


「そうですね、正しい思考を持ってるようで何よりです」


「じゃあ、その理由を聞かせてもらえますか?」


「――――それは止めておきましょう。

 その腕輪からは相当な神力が感じられます。

 私も、フォレスト神の前でエルフの悪口を言いたくはありません」


 一度もこっちに視線を向けず、前だけを見て話す彼。

 聞こえる声はただの一度もブレることなく、淡々と言葉を発している。

 その声と姿を後ろから見ていた私は、ひたすら不気味だと思った。


「――ここになります」


 そう会話しているうちに、降神の場に続く階段の前までたどり着いた。

 フリュード村の教会と同じく、真っ暗な闇だけが階段の先に続いている。


「細かい説明は必要ですか?」


「いいえ、要りません」


 この神官さんと仲良くする気はない。

 正確に言うと先程の会話でなくなった。

 そのまま階段を登ろうとすると、神官さんの方から愚痴を言ってきた。


「おや、冷たいですね。私は貴方に何の悪感情もないのですが」


「どうでしょうか。私はその笑顔の裏が気になるのですが」


「ふふ、そう来ましたか。そういう貴方は中々わかりやすいですね」


 今度は私の方が背を向け、神官さんが私を後ろから見る。

 その神官さんの顔を見てはいないが、今の私は確信できた。

 きっと、笑っているのだろう。


「――言いたいのはそれだけですか」


「おっと、怒らないでください? 私はまだ何もしていません」


「まだ、というのは何かするつもりということですか?」


「はあ――本当、警戒心の強いお方だ。

 そんなにあのエルフたちが気に入ったのですか?」


 でもなく、か。

 本当に、どっかで聞いたような言葉だ。

 ここが人間たちの都市だというのを嫌でも実感させる言葉だ。


 神職の人でもこんななのか。

 或いは、ただレミアが変わってただけなのか。

 今となってはわからないことだが、一つ確かなことはある。

 この神官さんは――――信用できない。


「答える義理はありません、勝手に思ったらどうです?」


「ではそうするとしましょう、引き止めて申し訳ございません」


 その言葉を聞いて、迷わず階段を登っていく。

 後ろなんて振り向かず、真っ暗な闇の中を登っていく。

 一ヶ月前と何も変わってないのに、気持ちだけが熱に浮かされている。

 先程の会話で自分が興奮している反証でもあった。


『気持ちはわかるけど落ち着いてくださいね?』


 そこで、頭に響くフォレストの声を聞き、少しだけ熱が冷める。

 確かに少し頭に血が登りすぎていた。

 自分の会話を振り返ってみると完全にこっちが負けてる。


『あんな会話に勝ち負けなんてあるんですか?』


 先に頭まで血が上った人が負け。

 私は結構最初の段階から興奮してたから完敗と言える。

 それと、これは常識だよ。

 言葉での戦いはいつもこうだから。


『ううん、そうなんですか――聞いてみれば、そんな気もしますが』


 どこか思い当たる節でもあるのか、妙に歯ごたえが悪い。

 まあ、別に良いだろう。

 それよりもこの暗闇の中は二回目なのに全く慣れない。

 相変わらず人の不安を煽るような場所だ。


『そうですね、完全なる神の領域を再現するための場所ですので。

 なるべく光が入り込まないような作りになってます。

 その所為で余計にそう感じるのかも知れませんね』


 神の領域――ああ、あの木の葉で出来たフォレスト空間のことか?

 つまり、実際にあのような空間がどこかに存在していて、それを降神の場に映してるのか。


『厳密には少し違うのですが、その認識でも間違ってはいません』


 厳密に――いや、詳しい原理は別に良いか。

 気にはなるけど今この場で大事なのはそれよりもこれから会う相手のことだ。

 受け答えなどは結局、いつものものになるだろうけど。


 今から会う神は、どんな神だ?

 確かに今月はイミテーの月、空想を司る神だったか?


『イミテー、五月を担当する神で探求と空想を司る神になります。

 彼女自身も少し――いや、かなりの面倒くさがり屋ですね。

 一応、念のために連絡はしておきました、自分の世界には入ってないでしょう』


 面倒くさがり屋……っていうかまた女性なのか?

 確か先月のプリエとかいう神も女性で――君も女性、だよね?


『神は基本的に無性ですよ。

 性別があるように見えるのは、神は人が描く姿によって姿が決められるからです。

 女性しか無いのは単に、それが人の描く姿だということですね。

 種族の神はその種族を産んだ母という意味合いも大きいのですが』


 ――まあ、それは確かに、そう言われたら納得はできる。

 神の外見が女性しかないという言葉は流石に驚いたけど、わからんでもない。

 種族の母ということも、人が女性の神を描くのも。


 外見が美しいとかの理由ではなく、この世界は神が現世に関わる世界だから。

 厳格で厳しそうなイメージの男性よりは少しでも慈悲ある外見を選びたいだろう。

 その元は何一つ変わらなくても。


「――と言ってる間にもう着いたか」


 会話しながら来たからか、思ったより短く感じた。

 相変わらず自分の声が余計に響いて聞こえる場所である。

 見るものもない場所なので、そのまま迷わず祭壇の前まで行く。


 さて、どんな言葉で呼べば良いのか。

 祈らなくても出てくるのはフォレストで経験済みだ。

 今回は出ないと困るのはこっちだからアレだけど、祈るのは別問題だし。


『そうですね、ありのまま言っちゃっても良いと思います。

 神は心を読めるのです。

 上手く隠してもお見通しですし、率直な気持ちをぶつけてください』


 そうか。

 神の保証が得られたのなら遠慮する必要はないか。

 すぅっと息を吸っては、吐き出す。

 と言っても、流石には叫ばないがな。


「今ですね、自分の鬱憤は行き場を失って溜まりっぱなしです。

 でもそれは貴女に対してのものではないので自重します。

 ただ、代わりに幾つか答えてください。

 貴女の母なんでしょう? 私をここに呼んだのは。

 なのにその本人が引きこもってるなら、子の貴女達に責任を問います。

 拒否権はありません――三つ数えるまで出ないと、出てくるまで暴れます」


『えっ』


「さあ、い――――ち、にぃ――――、さ――――」


――――全く、清々しいほどに率直で傲慢な人間だね


 最後の三を数えようとしたその時、目の前で光が弾けた。

 咄嗟に目を閉じた時、聞こえてきた神経質な声。


『え? この声は……?』


 そして、頭から響くフォレストの声。

 ――予想はしてたけど、簡単にはいかなさそうだ。


 もう少しだけ、イージーモードになってくれたら駄目なのか?

 泣き言も気軽に言えないこの状況に、少し泣けてきた。

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