9.どちらに進んでも地獄なら ②/神685-4(Pri)-19
「――公開、処刑!?」
その言葉の意味に驚愕し、それを口にした人物をもう一度確認しても、開いた口は塞がらない。
それにこの衝撃は、私だけのものでもなかった。
「そこで、お前にはその処刑の執行人になってもらう」
「す、少し待ってください、村長!」
エルフの口で出たとは思えないくらいの過剰な単語に、頭の整理が追いつかない。
その言葉に異議を申し出てのは今まで何も言わず聞いていたレミアさんだった。
彼女は信じられないもの見るような目で村長を見ていた。
「公開処刑って……そんな非道な行為を、我々エルフが行うというのですか!?」
「非道? 非道とは、一体どこが非道なのだ?」
「我々エルフは争いを嫌い、自然を愛する誓約の種族です。
そんな我々が、他人の尊厳を踏みにじり、それを見せしめるような行為を――」
「他人? 何を言ってるのだ、レミアよ。
あれは人ではない、ただの怨敵だ」
「そんな詭弁を、神の前でも仰るつもりですか!?」
「――それに執行するのは我々ではありません、レミア殿。
あそこにいる人間です」
その顔には普段の穏やかな表情はどこにもなく。
村長さんを問い詰めるレミアさんに答えたのは、警備隊長さんだった。
私への視線はそのままにして、あくまでも平然とした声でレミアさんに答える。
「我々エルフがそのような野蛮な行為をするはずがありません。
執行するのはあくまで人間ですから」
「こんな行為に人間もエルフもあるわけないでしょう?!
そもそも主導しているのが我々という時点でその罪は消えない!
なぜ、それがわからないんですか?!」
「――それに、これは若いエルフ達への警告にもなる」
そして今回は村長さんが、先程までも少しだけ浮かんでいた笑みを完全に消す。
怒りすら込められているその表情で、ここでない遠くを睨みながら続いた。
「若いエルフ達は人間への好奇心が強く、それは年が重なるほど濃厚になっている。
それは何故か、奴らがどういう連中なのかを知らないからだ。
前回のエレミアの一件は全てそれが原因だ。
人間を恐れず、憎しまずに、ただ好奇心の対象として見たためだ。
ならば二度と同じことを起こさせないためにも、その認識は改善せねばならない」
「それは――!」
「何も言うなレミアよ、これは決定事項だ。
今回の一件はこの人間への試し以外にも一つ。
人間がどんな種族なのかを見せしめるためのものなのだ」
――その言葉を聞いて、一気に頭が冷えていく。
こいつらの狙いが何なのか、全てわかった。
そうか、結局、そうなってしまうのか。
体中の力も、気力も抜けていく。
せめての意地として、外側にはそれを見せず、なるべく淡々と言葉を発した。
「時間は?」
「明日の朝、朝食前の早朝になる。レインを迎えに出そう」
「了解しました――それで? 私への用件はそれだけですか?」
「そうだ」
「なら、先に失礼します――レミアさん、行きましょう」
「ですが――っ……わかり、ました」
レミアさんは何か言おうとしては、私の顔を見て結局静かに頷いてくれた。
――自分の顔を見れないということが、こんなに救いになるとは思わなかった。
なるべく外には出さないつもりでいるが、今の自分の顔は見たくない。
レミアさんを連れて会議室を出る時、誰も私たちを止めなかった。
レインさんだけはもどかしそうにしていたが、それだけだ。
あの雰囲気では何も喋れないのが当然だろう、寂しいとは思わない。
教会に帰る途中も、一言も喋らずそのまま帰ってきた。
そして村外れにある協会の前まで来た時、私はレミアさんを先に入らせた。
レミアさんはそんな私を見て何も言わない、いや、言えなかった。
「結局、これかよ」
足から力が抜けて、そのまま膝をつく。
もう、立ちたくもなかった。
私の、俺の今までの行動は、全てが無駄になった。
今回のこの試練という名の実態は結局こういうことだ。
若いエルフは人間がどういう連中なのかを知らないから。
人間がどんな種族なのかを見せしめるため。
人間が自分のために人間を殺す様を見せるということだ。
完璧だ、実に完璧なチェックメイトだ。
いや、違うな。
俺の浅はかな考えは策ですらなかった。
ここで俺がこの話を受けなかったのならそれっきり。
自分でチャンスを蹴った俺が、この村で認められることは永遠にない。
当然だ、俺が殺さずともあの商人は死ぬ。
それもありとあらゆることを言われながら、最低最悪の人間として死ぬだろう。
そんな人間と同じ人間である俺を認める?
一体どうやって?
今でもこんななのにどうやってそれを埋めろと?
受けて殺したとしても同じだ。
どの道、あの商人がやったことは消えないし、私が殺した事実も変わらない。
その代償として俺は名ばかりの滞在権を得る。
ただし、俺には自分の利益のために同族を殺した人間というレッテルが貼られる。
正確には《自分のためなら同族すら殺す》人間か。
状況がどうのこうのは関係ない。
どんな事実だろうと目の前で起きた現実より説得力あるのものはない。
つまりコウモリの逸話と同じだ。
居座ることになっても、信頼は得られない。
商人と同族ということもある。
いつか裏切るかもしれない相手を信じることは出来ないのだ。
そのまま思考が進めばもっと最悪の方向に考えが至っても不思議ではない。
「くそっ――くそっ、くそっ、このくそったれが!」
怒鳴りながら地面を殴る。
誰に対してかもわからない怒りが、ただただ込み上がってくる。
他にやりようはあったのか?
こんな状況に陥らず済む方法はあったのか?
わからない、もう、何もかもがわからない。
「俺は……俺にっ! 何をどうしろと言うんだ……っ!」
「――アユムっ!」
その時、後ろから呼び声と共に、誰かが抱きついてきた。
この声は、知っている。
そもそも、私をただの名前で呼ぶのはこの村で一人しかいない。
彼女の顔は見えなかったが、濡れ始めた自分の背中から全てを察した。
そのお陰で、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
「……なんで、来たんだ。謹慎中のはずだろ」
「バカ! そんなことどうでも良いわよ!」
「よくはないだろ。
私なんかのために、お前まで不幸になることは――」
「私が、あんたを連れてきたの!
どこか寂しそうなあんたに居場所を与えてあげたくて連れてきたの!
こんな、こんな道化のような見世物にするために呼んだんじゃない!」
聞く人の胸が痛くなるような悲鳴が聞こえる。
この悲鳴は私のものだ。
私のために、彼女が泣き叫んでいる。
私の代わりに泣いてくれる彼女を見て――救われた気持ちになった。
ああ、何だ。
そうか。
結局、私はそれが気がかりだったのか。
こんな、わけもわからない異世界に呼ばれて、何とかこの村でやっていくんだって
そこから逃げようともしなかった理由は何だったのか。
俺はそもそも、そんなにプライドが高い人間だったか?
何が《自分自身を曲げない》だ。
結局現実では曲げっぱなしだったじゃないか。
曲げたのはなぜだったか?
両親が、私が幸せになることを願ったからだ。
だから私なりの幸せを求めた過程で、余分なプライドを投げ捨てたんだ。
幸せなんて、そんな大したものじゃない。
ある程度苦労しながらお金稼いで、それで趣味とかを楽しみながら老いていく。
隣で一緒に老いてくれる人が居たならもっと良いかも知れない。
でも、そこまでは望まなかった。
ただ小さな幸せを得たくて、役に立たないプライドを投げ捨てた。
プライドなんか捨てたほうが生きやすいと言われたから。
実際に生きていく分にはそっちがずっと楽だった。
ストレスは溜まったけど、外には何の影響もない。
そうやって、精一杯頑張って生きてきたんだ。
こんな異世界に来てしまったことで全てが無駄になったけど、私が頑張ってたという事実は、他の誰でもなく私が知っている。
そう、要は今も昔も期待に応えたかっただけだ。
彼女が望んだように、私もこの場所を居場所にしたくて頑張ったんだ。
誰かに期待されることのない人生だ、応えたくなるのもおかしくはない。
自分自身を曲げたくないと頑張ったのだって、
それを演じきりたかっただけだったんだ。
そういうことだったんだと、今やっと気づいた。
「悪い、そしてありがとう。おかげで、少し楽になった」
「何がよ! こんなこと、もうやる必要もない!
アユム、私と一緒にこの村を出よう! もう準備は――」
「――駄目だよ、私はお前を村から追われる身にしたくはない」
「でもそれじゃ!」
「……けじめは、つけるさ。全てはそこからだ」
自分を抱いている手をやさしく解いて、後ろにいる彼女を見た。
泣き顔ではあったけど、あの牢獄の時よりはよっぽど良い。
どうせ、私には彼女の笑顔を守れるだけの力はないのだから。
満足の行く結果ではないが、合格点を出そう。
「明日、エレミアも来るのか?」
「う、うん、一応は……でも、アユムが望むなら!」
「駄目だ、こんな形で終わらせては何も変わらない」
「もう変わりっこないよ! それはアユムだって――」
「いや――変わりはするさ」
そのままエレミアの手を取って一緒に立ち上がる。
そこで、自分の右手の表から血が出てるのを確認した。
エレミアが気づかないようにそっと右手を後ろに隠して、言葉をかける。
「とりあえず、今日はもう帰ったほうが良い。全ては明日から決めよう」
「明日、から?」
「そう、明日無事に試練を終えれば滞在は認められるんだ。
少し出かけるとか、悪くないでしょう?」
「そう……だね。そうなれば、やっと約束通り一緒にいられるし」
涙を止めて少しだけ明るくなった彼女を見る。
それを壊さないため、私も何とか笑顔を作って、彼女を宥める。
「そうそう、悪いことばかりじゃないからさ。
他のエルフ達だって、まあ、今は悪くても時間が経てば何とかなるかも知れない。
君の自慢の場所なんでしょう、もう少し信じてあげようよ」
「そうか……そうよね!
アユムがいい人だって、一緒に過ごせばきっと皆わかるようになるはずだもの!」
「ああ、だから、明日の試練が終わったら改めて決めよう、色々とな」
「わかった……内容的に頑張れとは言いたくないけど。
もし何があったら、アユムの好きなようにしてね? 私は味方だから」
「ああ、わかった――それだけは約束するよ」
そう言って、エレミアを帰らせる。
帰りながら何度も後ろを振り向いたけど、私は何も言わずに見送るだけにした。
そして、彼女が完全に視野から消えてから教会の中に入る。
当然のように、そこでは
「……何を、なさるおつもりですか」
誤魔化すのは許さないという形相で私を見つめる彼女を見て、
私は、明日やるべきことの協力を求めるため、こう答えた。
「私という存在を刻みたいと、思ってます。
――協力していただけませんか?」
与えられた選択肢は二つ。
受けるか、受けないか。
選ばないなんて選択肢は存在しない。
そもそも人生に選ばないは存在しない。
時間は待ってはくれないし、生きていく以上は結局何かを選びながら生きていく。
それが自分の意思でなくとも、結果は何も変わらず、世間の目も変わらない。
最善の道は既に消えて、残るのは最悪と最低の二つのみ。
後悔しない道を選ぶのは不可能だ。
どちらを選んだとしても私はきっと後悔するだろう。
こんな時、一番に考えないといけないのは何か。
決まっている、一番大切な一つだけだ。
それさえ見失わなければ、答えなんて自ずと決まっている。
そこから先は、出来るか、出来ないかだけだ。
――――お前らが道化を欲しがるのな、なってやろう。
私の今までの人生で、恐らく最初で最大の道化っぷりを披露するとしよう。
私を、
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