9.どちらに進んでも地獄なら ①/神685-4(Pri)-19

Interude


 森の中は既に血で彩られていた。

 無数な人間の死体が転がっている中、呆然と立っている商人服の男は今の状況をぼやいていた。


「なんで、なんで俺がこんな目に……!」


 国境都市での裏商売でそこそこお金を稼いでいる彼は心の中でぼやいた。

 三週間前までも、こんなことになるとは思いもしなかったのだ。


 国境都市の向かいにある国、ないし種族のエルフ。

 これは人間以外の全ての異種族に共通したことだが、人間社会で見られない分その希少価値は計り知れない。

 その中でも、森で密かに暮らし、顔と体も申し分ないエルフ。

 閉鎖的であるが故に、その神秘的な立ち位置はこっそり商品の価値に繋がる。

 商人がわざわざ国境都市で商売をしていたのも、もしもの当たりを引くためだ。


 エルフの奴隷とか、いくらにでも売れる。

 普段から足繁く森近くまで行き来して、もしかしての偶然を待ち望んでいた。

 そんなエルフを手に入れたのだ。

 これぞ頑張った自分に与えてくれた神の祝福だと、商人は思った。


 森の中からぴょこっと現れたそのエルフはこう言った。

 《普段からよくこの辺りまでいらっしゃってはそのまま帰ってますよね?》と。

 そうだと答えたら、色々と言われた後、人間を教えてくれと頼まれた。

 ならば街まで案内すると言った自分の言葉を真に受けて、嬉しそうに感謝までされた時には笑いを止めるのに精一杯だった。


 そして食事に睡眠薬を混ぜて眠らせた後、牢獄に入れた。

 公爵家との商談も無事に終わり、後は渡すだけだったのだ。


 なのにそのエルフが逃げた。

 いや、正確には奴らがエルフを取り返しに来やがった。

 建物の外に立てておいた専属の警備たちも全部倒されて、辛うじて生き残ったのも全員が重傷者。


『もう期限は明日、ここでエルフを捕まえられなければ俺はおしまいだ!』


 動く金も、取引の相手も、何もかも普段の商売とは桁違いだ。

 この取引の失敗は、ごめんなさいだけで済まされない。

 今まで培ってきた名前も信用も地に落ちる。


 引くも地獄、進むも地獄。

 選択肢なんて、最初から一つしかなかった。

 結局、辛うじて残っている三十人に加えて、ギルドに大金を払って秘密裏に二十人を急遽集めてここに来たのだ。


 エルフは森で強いとか言われていたが、直接見たわけでもない。

 そもそも異種族エルフなんて、わかるはずがない。

 こっちのほうがそれでも可能性があると思い、そこに賭けた。

 その結果が目の前の惨状である。


『あれもこれも全部のせいだ!』


 エルフ取引の具体的な内容を公爵家の代理人と決めていた時だ。

 それこそいきなり、何の前触れもなく現れた正体不明の男を思い出す。

 監視していた者は誰も姿を見なかったし、私達も入ってくる音を聞けなかった。

 なのにいきなり現れたの男。


 何の前兆もなくいきなり現れた正体不明の男。

 魔力の動きも見当たらず、本当に何もないところから現れた。


 それを見た他の連中が使だ何だと騒ぎ出したが、馬鹿な戯言と一蹴して牢獄に打ち込んどいた。

 取引の最終確認中だったのもあって、正体の見極めを後日にしたのだ。

 そしてその夜にエルフの襲撃があり、男はエルフと共に姿を消した。


『きっと卑怯なエルフ共の仕業に違いない。

 魔力の動きを感じなかったのも、エルフ共がそれを誤魔化す何かを使ったのだ』


 そう考えれば辻褄が合う。

 あの人間もきっとこの中に居るはずだ。

 そもそも、そんな正体不明のやつをエルフの隣においたのが悪かったのだ。


 後悔は何度しても足りない。

 ただ、後悔した時は既に遅いということは商人も知っている。

 周りには既にエルフたちで囲まれていて、逃げ場なんてどこにも存在しなかった。


「終わりだ、人間」


 そこで隊長格に見える一人が呟いた。

 でも、呟くだけで何もしてこない彼らを見て、商人は言葉を返した。


「どういう、つもりだ。なぜ殺さない」


「本件の首謀者のお前には相応しい場所で死んでもらう」


「なんだ、エルフが公開処刑でもする気か?」


 商人が冗談交じりに返したところで答えは返ってこなかった。

 そこで、囲んでいたエルフの一人が商人を気絶させ、そのまま持ち上げる。

 それを見た隊長格のエルフ――レントは、ただ静かに呟いた。


「……どっちにしろ、これで全てが片付く」


 そう、もうどちらに転んでも人間に居場所はない。

 そんなことを考えながら、レントは他のエルフたちと共に、例の商人を連れて村へと戻った。


Interude Out

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それでは、これより緊急会議を始める」


 いつも週末会議などが行われるらしい会議室で緊急会議が行われている。

 レインさんに含め、村長さん、秘書さん……それ以外にも二人。

 敵意を隠そうともしないで私を見つめるエルフと、警戒しているエルフ。

 最後に私とレミアさんの計七人だった。


 なぜ私がここに居るのかに付いては当然、村長さんの指示だ。

 レミアさんは保護者としてついてきてくださった。

 内容は、この会議で私に出す試練の内容を教えるということ。


 ただ予め聞いてはいたものの、視線が痛い。

 特にあの敵意丸出しのエルフ。

 顔も見たことはないが、私を気絶させたあのエルフのような気がした。

 ――こんな状況で何をやったら滞在を認めることになる?

 不安だけが積もる中で、村長さんは会議を進めた。


「まずはレント、例の奴らは?」


「既に討伐済みです。

 森の中までノコノコと歩いてきたので、こちらの被害はほぼありません」


「そうか、それは幸いだ。

 して、奴らが攻めてきた理由などはわかったか?」


「はい、再度エルフの女性を手に入れたかったようで。

 火も火傷の跡が残るのを気にしたとかで、森に被害はありませんでした」


「――愚かな」


 森の中までエルフ相手に何の対策もなく、そして火も付けずに入ってきた。

 ――人数を聞いたときもそうだったが、何を考えてるんだ。

 あくまでも商人が保有している個人的な私兵としては多いほうだと思う。

 だけど、エルフを森で攻めるにはどうも少なすぎだ。

 エルフを甘く見てたからじゃないと説明がつかない。


 火傷の跡を心配した?

 それは確かに、売り物として考えるなら奴隷に傷は少ない方が良い。

 でも、それで何とかなると思ったのか。

 戦略とか戦術とかはよくわからない。

 だけど、森のエルフが対処しづらいのは知っている。


 ――いや、もしくはこれしか道がなかったのか。

 どっちにしろ想像の域を超えないが、これが一番納得のいく理由だった。


「それで? 頼んだはどうなった?」


「準備は終わってます」


「よろしい、じゃあ予定通り進ませるとしよう」


「――あの、村長?

 先程から何を言ってらっしゃるのですか、予定とは一体?」


 どうやらレインさんは何も知らないようで、困惑した表情で村長さんに質問した。

 横にあったもう一人のエルフ。

 ずっと私を警戒していたエルフも同じ考えか、レインの言葉に静かに肯定してる。

 その視線を一気に受けた村長さんは――そのまま私に視線を向けながら答えた。


「それは、こちらの人間が関わってくる内容になる」


「――ということは、試練と関係があるのですか」


 その視線を受けながら何とか相槌だけ適当に返しながら考える。

 奴隷商人が連れてきた群れは既に全滅。

 何かの準備も既に整っていて、私と……つまり試練と関係がある。


「そうだ。この試練をお前が乗り越えれば村に滞在することを正式に認めよう。

 お前の滞在に意義を唱えたレント――警備隊長からも既に了承を得ている」


「――」


 因みに、その警備隊長と思われるエルフからは未だに敵意が抜けてない。

 説得力ゼロの了承済み宣言だった。

 それに、もう既に戦いは終わってるのに何を持って私の試練とするのだろうか。


 ――駄目だ、全然わからない。

 最初は攻めてくる相手を口で説得しろとか言われそうだと思った。

 でも、もう終わってるとなってはその意味もないだろう。

 本当に見当もつかない。

 ただ、先ほどから薄っすらと背筋が凍る気がして、どうも消えてくれない。


「内容は?」


「――明日の朝、今回の首謀者である例の商人に対する公開処刑を行う」


 そして、その悪寒は考えすら及ばなかった最悪の現実として、姿を表した。

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