29.割り切れない夢の中で ③/神685-6(Und)-7
「じゃあ、先に寝ます」
「わかった、ゆっくり休んでね~」
母の笑顔を後にして、部屋に入る。
時間はいつの間に11時30分を切っている。
本当に昔と変わらない、満たされた一日だった。
父とおしゃべりをし、同じ部屋で時間を過ごす。
夜になって母を向かいに行き、一緒に外食。
家についてからも三人で映画を見ながら雑談を交わす。
大したことのない、尊い一日が過ぎた。
しかし、それも終わりが近づいてきている。
スマホに表示されたタイマーも三十分を切っている。
それを確認してから私は早々に話を断ち切り、部屋に入ったのだった。
三十分がもったいなくも感じたが、その時間を惜しんで最後までお二人と一緒に過ごすのも怖かったのだ。
最後の瞬間に、周りがどう崩れ落ちるのか検討すらつかなかったから。
お二人が崩れ落ちる姿をこの目に留めることが怖かったゆえに、部屋へと逃げ込んだのだ。
そして三十分を待たずに、自分から引き金を引いてしまえば、衝撃は少なく済む。
そう思いながら目を閉じ、この世界を見ているはずの誰かに声をかけた。
部屋の外へ漏れることのないように小さく、それでもはっきりとした声で。
「もういいだろう。
私はこれらが崩れ落ちるのを待ちたくはない。
この時間が終わってから、夢から覚めるのかそれとも別の場所に行くのかはわからんがな。
しかし、どっちにしろ覚めるのなら、この辺で終わらせてくれ。
偽りの世界で、私を慰めるための世界は、もう十分だ」
目を閉じたまま、時間だけが過ぎていく。
周りに音は聞こえず、この世界に私一人だけが存在する気分がした。
静寂が支配する世界。
目を閉じてるせいで、状況が読めずにぼうっと立っている私。
そうしてる内にふと、気づいた。
まだ部屋の外で写っているはずのテレビの音が、何も聞こえないということを。
「つかの間の夢は、どうでしたか?」
「――ああ、十分に楽しんだ」
聞こえてくる声はしとやかで和やかな女性の声。
フォレストの声が一瞬だけ思い浮かんだが、母性を感じさせるという点ではフォレスト以上だ。
目を閉じたまま聞こえる彼女の質問に、私は彼女こそ先程の世界を作った張本人だと確信した。
静かに目を開け、目の前に広がる光景を確認する。
少し前にインルーで訪れたルニさんの家を思い出させる部屋。
今まで見た神の領域の中では一番庶民的な風景だった。
「はじめまして、アユム様。ウンデと申します」
「……やはり、あなたが家庭の神なんですね」
最初からの予想があたったというべきか。
今までのパターンなら、どこかで神と接触するだろうとは考えていた。
このベルバのの教会は役に立たないというが、首都である以上はなにかのそういう施設はあるだろうと。
そこでこの神力であふれる王城と、先程の世界。
家庭の神ならではの演出と言えるだろう。
「まずは、謝罪から申し上げたいです」
「何に対してですか?」
「この都市に存在する教会らの特殊性で、あなたが私と接触することが遅れてしまったこと。
こんな異世界になんの同意もなくあなたを呼んでしまったこと。
何よりも、先程の夢以外であなたにしてあげられることがないことに対してです」
「――フォレスト以来、こんなに丁寧な神様はまた初めてですね」
フォレストを除外すれば、人間の教会で出会った神は全員で三柱。
その中では一番、第一印象が良い神であった。
フォレストを含んだとすればギリ半分だが、果たして残りの神はどんななのか、少し気にはなる。
それと謝罪の内容も的を得ている。
私が残念がるところ、気に入らないと思うだろうというところに対し、謝罪から入ったのだ。
こうすれば、私はそれに対して怒りを散らすのに抵抗ができてします。
何より、 教会らの特殊性という言葉からは意図された配慮を感じた。
「イミテーそういうところ、あまり気にしませんから。
プリエは……本人が望まないので、私からは何も言いません」
「……なんか含みのある言い方ですね」
「直接、明かす気はありませんが、あなたには少し気づいてほしくてですね。
こう言えば、あなたなら気づいてくれるでしょう。
何より、考えをまとめるにはこういった方が好みでしょう?」
やはり、ただものじゃない。
私という人間を自分なりに分析して、私が楽な方法で情報を提示している。
パソコンで私が直接、情報を探れるようにしたのもそんな理由だろう。
そこには感心したが、一つ気になる点がある。
パソコンを用いての百科事典。
そして今までの会話と行動。
イミテーが推測をもとに仮定したのより、遥かに具体的な感じがした。
というか、ある種の計画性まで感じられる。
夢の中の百科事典だけ考えてもそうだ。
今までの会話で、神々が私が元いた世界を知ってるというのは推測できていた。
しかしそのやり方、私にパソコンを使わせて検索をさせるという方法は、そうそう考えつくものではない。
もちろん、これもあくまで推測でしかないのだが――
「その通りです、私はイミテーやフォレストよりはより具体的な――いいえ、確かな情報をもっています」
「……迷わず肯定されましたね。
ということは、私の目的が叶うのもあとわずかだというのですか?」
「それは、あなたの選択次第でしょう」
否定はしないか。
私がこの世界に落ちてからおおよそ三カ月。
三カ月、短いといえば短いし、長いといえば長い時間だ。
まさか、オーワンは私が今頃ここで自分を訪れることを予想したのだろうか。
「どうでしょう。
少なくともお母さまからそういう言葉をいただいたことはありません。
私の今の行動は、お母さまの思惑の内に入ってるかも知りませんが」
「どういう意味ですか?」
「私があなたのことを詳しく知ってるのは大した理由ではないんです。
お母さまにあなたのことをしつこく問いただしただけですから」
家庭の神の説明はこうだ。
神である自分が考えるのは、常に家庭を成し、家庭を守ることにあると。
その家庭を成す一人の人間を、神の意志だけで無理やり連れてくることは、あってはならないと。
そういう風にオーワンに反発し、説明を要求したということだ。
イミテーに聞いたのとは少し違った。
イミテーは確か、母の言葉なら無条件で従うという感じだったのだが。
「それも間違っません、実際に全てはあの方が望んだ通りになりますから。
実際に、私の反抗が実を結んだなら、あなたがここに来ることはなかったでしょう」
「それも、そうですね」
結果は変わらなかったが、家庭は省略されたものだったということか。
イミテーが家庭の神の行動を知らなかったという仮定もあり得るが、結論はそれだった。
こうなれば、私も目の前の神に悪い感情を抱けるはずもない。
いくら相手が神で、私をこっちに招き寄せた側だとしても、私のために弁論してくれた相手に恩知らずなことはできない。
「ふふっ、ありがとうございます。
ただ、私としては何も変わらなかった以上、そう恨み言を言われるのも仕方ないと思ってます。
――それと、いつまでそう家庭の神、家庭の神と呼称するおつもりですか?
他の子達には敬語もなしではありませんか。
私はもとからこうですが、アユム様は楽にしてください、私もそっちが気楽です」
「……はあ、少し気まずいな」
彼女の態度もそうだが、先程の夢の世界は本当にためになった。
そういう彼女――ウンデに気楽にため口をするには少し拒否感がある。
フォレストを目の前にした時もここまでではなかったのに。
そう考えると余計に気まずくなって、頭をかき視線をそらしながら口を開けた。
「じゃあ、用は済んだのか?
私の方はすでに百科事典で色々と疑問は解消された状況なんだが」
「あら、まだ残ってらっしゃるんでしょう?」
「どうせゴールが目の前なら、当事者に直接聞くさ」
「確かに……なら、私の方からは以上です、私の祝福はすでに与えましたので」
一体いつの間に……という疑問は、すぐさま消えた。
具体的な時間はわからんが、私のウンデの領域内にしばらく滞在していたはずだ。
祝福を与える気があったなら、いつでもできただろう。
そう考えをまとめると、待っていたかのように、ウンデはほほ笑みながら私に語る。
「私の祝福はあなたの道を切り開く力は持っておりません。
ただ、あなたが足を止め、温かい思い出を振り返る時、その手助けとなるでしょう。
そして、現実であなたが手にした力を、より確固たるものにしてくれるはずです」
「神の使徒……か、望んで得た呼び名じゃないんだが」
「だとしても、あなたが単独で行使できる一番強力な力でもあります。
あなたの家庭に戻るためなら、使えるものはすべて使いませんと」
「――随分と過激だな、家庭の神にしては」
「家庭を守る母は、そのためなら何だってするものです」
ウンデの言葉が終わって、すぐさま世界はまばゆい光を放ち始めた。
それに芽を摘むり、再び開けたそこは、すでに寝る前まで私がいた寝室の風景になっていた。
「……最初から最後まで、いきなりすぎるだろう」
夢の世界も、こうやって自分の領域から追い出すのも。
言うことも特になかったし、別に構いはしないのだが……。
「先程の言葉遣いといい、本当は結構わがままなのか?」
まあいいさ、気持ちをすり替えよう。
目的地に付く前の、ここ一番の山場だ。
今までは目的地についてからのことを悩んだ。
なら、今からは今からの問題を片付けよう。
私はすぐさまベッドから立ち上がり、動く準備をしはじめた。
異世界人として生きるのは 琴張 海 @pocoman
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