19.異なりの中で己を貫くために ③/神685-5(Imt)-9
横から聞こえる男の声。
皮肉が混じったその声は、私のトラウマを呼び起こす。
そして声が鳴る方に視線を向くと案の定、そこにいたのは一匹のネズミだった。
服装から顔まで、全てから真っ当な人間でないことを力説している。
「……ストラグさん、言い方には気をつけてください。
彼らがそのようなことをしたという証拠はどこにもありません」
「はっ、証拠なんてなくとも状況だけでわかるってもんだ。
あんな場所に営業をしない無人の宿屋があることからおかしい」
「単に人間たちのそういう態度を知ってるからじゃないの?
今更始めても問題しか起こらないのは目に見えてるんだけど」
「だったら店の所有権をさっさと放棄しろってんだ。
あんな店使えないのはもったいない、何なら俺様が買ってやるが」
「持ち物を無条件で放棄するとか、あんたは絶対しないでしょうね」
「当然だ、何で私が私のものを捨てないといかんのだ」
わお、素晴らしい反論だ。
ある意味、この世界で一番人間らしい俗物に出会った気がする。
なるほど、このネズミがおっさん呼ばわりされたやつか。
わかりやすくて結構だ。
最古参と言っていたっけか、なるほどこれは酷い。
わかりやすい分、対処も簡単だという点では三流も良いところだが。
しかし、こちらとしては逆に都合がいい。
細かいことを気にしないのであれば、他所の組織のこういう人間は良いのだ。
なんせ口も軽いし、プライドも軽いときた。
とりあえずは情報のためにも言葉を合わせてみますか。
「まあ、一理はありますね。
でもエルフがわざわざそんなことをする必要はあるでしょうかね」
「あんちゃんわかってないな、敵の都市中に拠点を得られたんだ。
利点がないわけがないじゃないか」
「敵と来ましたか。
人間とエルフが戦争してるという話は聞いた覚えがありませんが」
「こんな関係なら戦時じゃなくても敵同然だろうが。
エルフの野郎もこちらを消したくてしょうがないだろうよ。
なのに澄まし顔で監視団などほざきながら都市内をうろうろしてる。
――けっ、いい迷惑だ」
「おっさん、いい加減にしたら?」
流石に見かねたのか、赤い方が口を挟んできた。
見るからに喧嘩腰になっている彼女だったが、ネズミの方は気にしていない。
むしろ楽しいと言わんばかりに笑みは濃くなるばかりだ。
「いい加減にしろって何を?
全員知っている、いわば周知の事実じゃないか。
どうせやることも無いんだし、このアンちゃんにも現実を教えないと」
「やることなんて、あそこにごまんといる。
そんなに暇なら選り好みせずに働いたらどうなのよ!」
「あんなはした金で俺様の時間を買うってか、笑わせるんじゃねよ。
俺様に仕事をさせたかったら、もっと美味い依頼を持ってくるんだな」
「この――」
「そこまでですカリン、それとストラグさんも。
両者とも無駄な争いはよしてください」
二人の言い争いが過激になろうとし、青い方が止めに入った。
静かながらも場を制する声に、二人とも口をつぐみ青い方を見る。
そんな二人を確認して青い方も言葉を続けた。
「カリン、今の私達は受付です。自分から争いを起こそうとしてどうするんですか」
「で、でも――」
「わかってますが、自重してください」
「うっ……はい」
「それとストラグさん。
煽るのも、物的証拠なしの断言も、最古参の方としてはどうかと。
実際に仕事が多いのも事実です、そのような発言はご遠慮願いたい」
「へいへい、正論ごもっとも。自重はしてやるよ」
そう言いながら両手を上げるネズミと不満げに了承する赤い方。
個人的にはもう少し見ていたかったんだけど流石に無理だったか。
でも、私はまだ質問の回答を聞いてない。
ここから出るのはそこからだ。
「――つまり、私はその建物をどう捉えれば良いのでしょうか」
「エルフが保有していて、今は機能したい宿屋。
そう捉えるのが今の状況では一番無難でしょう」
「つまり、その無難という言葉はこう解釈すれば良いんですか?
先程のエルフが怪しいという発言に対して、《かもしれない》と思ってる。と」
「……その件に関しては否定も肯定も出来ません。どちらに対しても根拠が乏しい」
「でも、そう疑う時点で一つの真実だ。
そしてアンちゃんはそういうのが聴きたかったんだろう?」
そう言って再び引っ掛けてくるネズミ、ただ今回のターゲットは私だった。
ただ、面と向かって否定出来ないほどには的を射ている。
でもまあ、別に問題はない。
元からただで誤魔化せるとは思ってなかったし。
「そうですね、否定はしません。
エルフが所有する運営していない宿屋という表面上の話はどこでも手に入る。
でも、それよりはもう少し踏み込んだ話を聴きたかったのは事実です」
「だろ? 俺様の話はためになっただろ?」
「ええ、とても。
おかげさまで有意義な情報を得られました、感謝します」
「何だ、言葉だけの感謝か?」
「ストラグさん、いい加減にしたら――」
金銭でのお礼を見せろというあからさまな要求に再び飛び出でようとする青い方。
それを手で止めて、視線をあのネズミに再度向ける。
こう来てくれると私としてもやりやすい。
私はあくまで異世界に慣れてないだけで、こういう人間には慣れてるんだ。
「別に良いんですが、あなたの情報はこれくらいのやつにもお金を取るんですね。
それも、頼んでもいないのに勝手にしゃしゃり出てまで欲しがるとは。
――なるほど、冒険者でなく
「――なに?」
「そうでしょ? 私があなたに情報をくださいと言ったことがありましたか?
こちらの受付の方たちならいざ知らず……自分から勝手に入っただけでしょ?
余程お金に困ってると見える。
あそこの依頼をやってないのはただのやせ我慢か、プライドが邪魔するんでしょ」
懐から今日の情報料でもらった銀貨2枚中1枚を取り出す。
そしてそのまま、あのネズミの方に銀貨を持った右手を差し出す。
欲しかったら自分で取っていけという風に。
「そこまで救いの手を伸ばされては、私も鬼にはなりきれません。
さあ、受け取ってください。
これなら暫くは生活できるでしょう」
「こ、こ、このガキ調子に乗りやがって!」
流石に我慢の限界だったか、腰にある短剣の柄に手をのばす。
すぐにでも剣を取り出すかのように見えたネズミは、そのまま固まってしまった。
原因は知っている。
横で異様な熱気がこちらに注がれているのが、肌からも伝わってきたから。
「おっさん、その剣、抜いたら承知しないよ」
既に赤い方の魔力はいつの間に取り出した赤いワンドに込められている。
あの状態なら唱えるだけで飛ぶはず。
案の定、あちらのネズミも状況が悪いのは悟ったようで、短剣の柄に手をおいたままどうにも出来ずに固まっていた。
「そもそも、先程も無駄な争いは遠慮して欲しいと言いましたよね。
ましてやお客様相手となると、こちらも庇いきれませんが」
「――けっ、覚えてろよ」
結局はそう言って、その場から去っていくネズミ。
受付二人と、真ん中でずっと緊張していたルイラちゃんも息を吐いた。
――ここまでは、概ね予想通り。
私だけだったらわからいが、ここには私以外の人間もいる。
攻撃されそうになったら受付の二人が守ってくれるだろうと踏んだ。
まあ、円満に済ますことも出来なくはなかったのだが。
あんな態度にこっちが下げるとか、あんまりしたくない。
それに恐らくだが、ここで私が下げたとしても結果は同じになると見ている。
可能性でしかないのだけど、黒に近い灰色と言えるだろうか。
「どちらにしろ、助かりました」
「軽率でしたよ――ええっと、そういえば今まで名前を伺ってませんでしたね」
「あ、こちらこそすみません、アユムと申します。
それと……流石に引けなくてですね、性分です」
「うん、わかるよ! 私としてはスカッとしたから大満足!」
「私は、何か起こってしまわないかとハラハラしました。
ストラグさんにあそこまで言うとは、アユムさんもすごいですね」
やっと緊張が解けたのかルイラちゃんが感想を言っていた。
因みに今回は笑って適当に誤魔化すことにする。
ここで否定して、話をややこしくしたくはない。
「まあ、問題が起こるかもとは思ってたから心構えだけね。
その意味ではお二人がいて助かりました」
「受付として当然のことをしたまでです。
ただ、あなたの態度もそう褒められたものではありませんでした。
それは、わかってますね?」
「はい、わかっています」
「それと正直なところ、あなたの目的も疑問だらけです。
正確には本当の目的は別にある、と言うのが正しいかもしれませんね」
――流石にバレたか。
事情を知るルイラちゃんはビクッと反応をしてしまう。
青い方もそれを見逃さなかった。
あのネズミとの会話を聞いてれば、そりゃ明白だよな。
ここで誤魔化したら問題だけが更に増えてしまう。
「……はい、その通りです。
でも、最初の目的も別に嘘ではありません」
「まあ、そこは疑っておりません。
そもそもルイラちゃんはある程度、事情を把握してるようですし」
「えっ、あの、はい。
私も詳しいところは知りませんが、ギルドに害となる理由ではないはずです」
「私からもそれだけは保証しましょう。
自分はただ真実が欲しかっただけです」
私を庇おうとするルイラちゃんの言葉に乗っかって青い方に話す。
目を細めながらこちらを見つめてる青い方。
どうなるかと青い方を見つめてると、いきなり後ろから腕を組まれた。
「そんな堅苦しいことは別にいいでしょう!
私は最初からそんなの、全然疑ってないよ!
それよりもあの切り返しを褒めようよ!」
「カリン……あなたね――」
「ライムだって、本気でこの人が悪い人と思ってるわけじゃないでしょう!
大丈夫、この人は悪人じゃない。
私としてはこのまま冒険者登録までして欲しいんだけど」
「――全く、それはいつもの感なの?」
「正解!」
はあ、とため息を垂らす青い方。
私も今回は青い方に同情した。
いつもの、と返すあたりを見るにこれが日常茶飯事なんだろう。
「まあ良いわ、ルイラちゃんもこう言ってるし。
本当の目的も別に、悪いことではなさそうだしね」
「そう信じていただけるんなら、ありがたいです」
やっと話が片付き、赤い方の冒険者勧誘はとりあえず考えるとお茶を濁した。
身分証明にはもってこいだと思うけど、今回はな。
細かいルールや規約を、時間に余裕がある時に話し合いたい。
その後、赤い方から《リーダーの分も含めて今回の借りはどっかで返すよ!》
とか言われたので気にしなくても良いと返事しながらギルドを出た。
扉から少し離れてから、気持ち悪いほど絡みついてくる視線と悪意。
隠す気すらないそれに、つい笑いが込み上がってきた。
「中では無事に終わったんだけど……。
はっ、外でもここまで歓迎されるとは思いませんでしたよ?」
「抜かせ、俺様にそんなことを言って何もなく帰れると思ったのか」
後ろから聞こえるネズミの声に視線を動かそうとする。
しかしそれよりも早く、首の後ろから鋭い痛みと共に気が遠くなっていく。
本当に、いつも気絶ばかりだな。
そんな悠長なことを考えるほどに、今回は予想通り過ぎていた。
こんな状況なのに何も心配していない自分がいる。
これにはエレミア達がこちらを見ているというのもあるけど、今回の被害者は私だけというのが大きいだろう。
――――それが思い違いだとも知らずに、そんな馬鹿なことを考えていた。
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