6.急いでも周りを見渡して ③/神685-4(Pri)-10

 エリアの質問はおおよそ予想通りだった。

 種族周りのこと、特に人間に対しての話を聞きたがっていた。

 因みに、私という個人に関してはそこまで興味がない様子。

 なので、説明する意味も感じなかったので省いた。


 それ以外でも私から見たエルフの感想とか色々聞かされた。

 しかし、私は聞かれた物以外は答えてない。

 ただ黙々と感情抜きの事実だけを述べるまでだった。


「――なるほど、中々斬新な話を聞けました」


「そいつはどうも、聞きたいのはそれで終わりか?」


「今日準備してきた質問はこれが最後になります」


 淡々と言葉を発するエリアと、それを見下ろす私。

 私は既に席から立ち上がっている状態で彼女と会話している。

 それが何を意味するのかまでは分からないようで、特に反応はない。

 レミアさんの方も見てみたが、ただ静かにこの状況を見守っているだけだった。


「そうか、じゃあ私は失礼するとしよう」


「――このまま戻られるのですか」


「そうだが?」


「少し、話と違うのですが」


「話とは?」


「貴方が私になにか用があると、エレミア姉さんから聞いたのですが」


 それを話したのか。

 いや、頼んだのは私だし、実際に用もあった。

 そもそも話さないとエレミアから先に切り出すのも難しいか。


 まあ、聞かれて困る話でもないから良いのだが。

 逆にエリア程度に頭が回るのならエレミアから聞かなくても、今の私に必要なことくらい、わかっていても不思議ではない。


「まあ、用はあったが大丈夫だ、他を当たることにするよ」


「――それは嘘ですね」


 ここで迷わず否定するか。

 確かに経験が足りないだけで頭は良いようだ。

 恐らく私が頼みたい内容が何なのか、昨日の時点で検討が終わってたのだろう。

 だが、ここはあえて聞き直す。


「ほう、なぜそう断言できる?」


「あなたの目的は多分、今の幽閉状態を抜け出すこと。

 そのためには村に住むエルフたちの説得が必須になります」


「確かに、それは合ってる。

 でも他の当てがあるかどうかはわからないだろう?」


「時間がかかりすぎです。

 今エレミア姉さんは自由に動ける状態ではありません。

 教会への寄付担当の件でまた謹慎期間が増えたのですから。

 自分と会えたのだって、親しい仲だったからギリギリ許容されたようなものです」


 謹慎期間増えてたのか、それは知らなかった。

 いや、村長は多分私と会うのは反対だろうし当然と言えば当然か。

 逆に寄付担当を別のエルフに変えなかったのが驚きだ。


「でも駄目なわけではない、嘘は言ってない」


「――人間の時間とエルフの時間は違います。

 あなたに取っては決して短くない期間を、ここに閉じ込められたまま暮らすことになります」


「そう転んでしまったのなら、それはそれで仕方がない」


「――――何で何も、言わないのですか」


 そこで初めて、今まで直視しなかった彼女の顔を真っ直ぐ見た。

 冷静沈着だった表情はどこに行ったのか、その表情には不安の目が見える。

 白い髪とサファイアのように青い瞳が微かに震えていた。


「君、さっき言ってたね、今回の会合で私との関係を決めると」


「はい」


「その時点で、既に私と君の関係は決まったんだよ」


「――はい?」


「面と向かって他人を評価すると言ってくる人には、頼みたくないだけだ」


「そ、それは……、いや、で――!?」


「そんなこと? 今、そんなことと言ったか?」


 言葉は荒らげず、表情もうっすらと笑顔を浮かべたまま、彼女と視線を合わせた。

 得体の知らない何かに怯えるように、少し肩を竦めたように見えた。


「他人に対し、面と向かって《評価する》と直接的に言ってくるのはそういない。

 居るとするなら、人を物か資源のような道具扱いする奴らだけだ。

 出した時点でと相手に知らせる行動となる」


「――っ」


「まあ、それは別にいい。

 そういう人は多いし、みんな誰しも他人を勝手に評価している。

 大人なら誰でも知っている暗黙の了解というものだ。

 ただ、やることが同じと言っても、相手にそれを知らす必要は無い。

 それを知らした時点で、相手が《私は相手からして無価値》と思うのは当然だ」


「そ、それはあくまでも貴方の勝手な考えでは!?」


「そうだね、それを否定する気はない、偏見もあるだろう。

 何より君の指摘通り、そう余裕のある状況でないというのは確かだ」


「だったら――」


「でも駄目だ。

 言っただろ、と。

 これは損得勘定じゃない、俺が気に食わないだけだから」


「そ、そんな……」


「まあでもそうか、これは君に取っては損でもなんでもない。

 悪いなやっぱり忘れてくれ。

 無価値な人間切り捨てたからと言って損になるわけないね。

 ただ気色悪い人間の戯言とでもおも――」


「はい、そこまで!」


「痛っ」


 そこまで言ったところで割り込んでくるレミアさん。

 頭に拳骨を食らったのは流石に想定外だったけど――

 正直、このまま何も言ってこないのかとヒヤヒヤした。

 それと、思ったより力あるんですね、レミアさん。

 軽い感じだったのに結構痛い。


「先程そこまで言っておいて、結局これですか!」


「でもこっちもやられっぱなしは性に合いません。

 何より私の立場ではこうするのがベストだったんですよ。

 エレミア――いや、この村のエルフ達ならまだわかりませんけど。

 初対面の私に無茶言わないでください」


「アユム様ならもっと良い落とし所を見つけられるかと期待してたんですが……」


「買いかぶりです」


「――え?」


 私とレミアさんの会話の真ん中に挟まれ会話についていけてないエリア。

 まるで、先程のデジャヴのようだ。

 流石に今の状態では口を抑えられなかったのか、口から困惑する声が漏れたが。

 そういうエリアにレミアさんはそっと近づいて話しかける。


「エリアちゃん、アユム様は確かに色々言い過ぎた。

 だけど、そこまで間違ったことは言ってない。

 それは賢いエリアちゃんならわかるよね?」


「……はい」


「まあ、少し性格には難があるけど決して悪い人ではないわ。

 それは私も保証するし、エレミアもそうだからアユム様をこの村に招待した。

 実際に、エリアちゃんも今そう思ったからアユム様に食いついたんでしょう?」


「そ、それは……」


 そう聞かれてちらっとこっちを見るエリア。

 いや、見られても困るんだが――ああそうか。

 本人が見てるところで言うのは恥ずかしいというのか。


 でもここでこのまま場を離れたら後からレミアさんに何を言われるかわからない。

 とりあえず見なかったふりをして、視線を反対方向に回した。

 そんなエリアの反応を確認して、レミアさんは言葉を続ける。


「まあ、細かくは聞かないわ。

 聞かないけど、アユム様は少し……。

 いや、かなり捻くれてるから、率直に言わないと多分伝わらない。

 それに、ああ見えて面倒見は良いしね。

 上手く行けばエリアちゃんの良いお兄さんになってくれるんじゃないかしら」


「えっ、いや、いきなり何を言うのですか!」


「――私は突っ込みませんよ、突っ込みたいけど突っ込みませんから」


 レミアさんは流石に私のこと気にし無さ過ぎです。

 そういうのはせめて二人の時に言うか、私の耳に入らない声まで抑えてください。

 興味ない姿勢を貫いているのにわざと聞こえるように言うのは一体何なんですか。


「ほらね? こういうところ見るとまだ子供なところもあるの」


「どこかだ!

 ――ってしまった、突っ込んじゃった」


「先程から思ったんですが、レミア姉さんは彼と仲が良いんですね」


「そうね、二人きりの共同生活中というのもあるけど、普通に良い人よ。

 放って置けないという意味でも目を離せないしね……。

 それに村のみんなは敢えて無視してるけど、フォレスト様も認めた方だから」


「そう、でした」


「だから、ね?

 エリアちゃんも自分の態度が間違ってたのは知ってる。

 なら間違ったこと、悪いことをした時はそれなりの誠意を見せないと」


 そう言われ、エリアは決心したように自分の手を握りしみ、席から立ち上がった。

 じっと私を見上げる彼女。

 少し不安に見える姿だったが、それでも彼女は私に頭を下げた。


「申し訳、ありませんでした、言い訳はいたしません。

 ただ、どうか、これからも貴方にお世話になりたいと思います。

 ――駄目でしょうか?」


 ――まあ、先程の慌てぶりからもわかっていた。

 彼女はやはり、まだ幼い。

 性格の悪いところは今からでも直していけばいい。

 今まで生きた年月よりこれから生きる年月が圧倒的に長いんだ。


 周りにはエレミアもレミアさんもいる。

 今回のこの役割は別に私でなくても良かったはずだ。


 そもそもちゃんと謝ってくれた以上、問題にする気もない。

 レミアさんから言われたから、する気がなくなったのもある。


 ただ、もしそれが無かったとしてもだ。

 許しを請いながら不安に怯える潤んだ目で、自分を見上げる。

 それもまだ幼い子供が。

 それを冷たく振り切るほど、俺は冷血漢ではない。


 むしろ、ここで困ったのは私だ。

 実の所をいうと、こう、許すとか許されるとか、そういうものには慣れてない。

 本当は人の目を真っ直ぐ見つめるのもちょっとした勇気がいる。

 正直、この状態でどう返したほうが良いのがよくわからない。


「――いや、まあ、こっちこそ済まない。

 少し言い過ぎた。

 それに、もともと頼み事をしたかったのはこっちだったんだ。

 君が助けてくれるのならこっちがお礼を言うべきだ」


 結局少し遠回しに返すことにした。

 これで大丈夫なのかは流石にわからない。

 こういう友好的な状況でどう返したほうが良いのかを考える時はいつもこうだ。

 慣れないものは慣れておきたいけど、元の世界ではこんな機会はほぼ無かったし。


「はい、その頼み事というのはエルフたちの説得ですよね?」


「ううん――違ってはいないけど合ってもないね。

 そもそも説得できる問題でもないし」


「説得できる問題ではない?」


「まあ、その話は後にしよう。

 今回頼みたかったのはもっと簡単で単純なことなんだ」


「それは?」


「――とりあえずは、友達になろう。

 表現が嫌なら知り合いとかでも良い。

 君自信がまず私という人間を知ってほしい、それだけだった」


 そう、最初から用事はそれだけだった。

 大層な前置きをして、少し大事にはなったけど、結局やりたかったのはそれだけ。

 言葉での説得ではなく、心での理解を求めた。


 決して簡単な道でもなく、こっちも時間という問題は何も解決されてない。

 もしかしたら私の方が先にこの村から居なくなるかもしれない。

 そもそも心からの理解って――俺はいつからそんな夢想家ロマンティストになったんだ。


 相手を自分の舞台に引き下ろして説得するのならいざ知らないが。

 こういうやり方は慣れてないし、ぶっちゃけ元の世界ではやったこともない。


 でもまあ、あれだ。

 せっかくの夢世界ファンタジーなんだ。

 ――――こっちも、これぐらいの夢は追っても良いのはないか?


「――ほらね?

 子供っぽいし、変わった人だけど、良い人でしょう?」


「――そうですね、でも嫌いではないです」


「さっきから心外な評価が続いてるのですね。

 どの辺りを子供らしいと評価したのかが気になりますね。

 そこのところをもう少し詳しく」


「ノリノリですね、アユムさん」


 いつの間にか少し笑みまで浮かべているエリア。

 というか良かった、君は流石にさん付けか。

 ここのエルフ達、様付けが多いから困ってたんだ。

 ……ああ、いや、フォレストはエルフでは無かったか。

 この村で初めて会ったエルフはレミアさんとエリアしかいなかった。


「まあ、これからよろしく。


「はい、よろしくお願いします」


 それから、流石にそのまま自分の部屋に戻るわけにも行かず。

 夕食の時間も近づいて来たのでエリアを混ぜて一緒に食事をすることにした。

 他愛のない話を勧めながら会話をするエリアは、無表情を貫いてた最初と比べると随分柔らかい表情になった。

 色んな意味で、今回の出会いは成功的と言っても良いのだろう。


 ――この世界に来て、もう十日。

 最初はどうなることかと思ったが何とか生きてはいる。

 ベッドの上で眠れて、同居しているエルフの美人シスターもいる。


 ここだけ見るとほぼ天国だな。

 第三者として見てるのなら《リア充氏ね!》言ってやるところだ。

 いつ、この平穏が根本から崩れるかわからない不安は、流石に解りにくいだろう。


 誰にも相談出来ない不安と疑問は溜まる一方。

 だけど、今はこの場を愉しむとしよう。

 不安も疑問も尽きないけど、今だけは。

 新しい友人の前で自分の感情だけを優先したくはない。


 いつから、いつまで、いつになったら。

 弱音も全てを抑え込んで、笑いながら他愛のない話を続ける。

 《いつかは》と、自分の心をなだめながら。

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