7.分岐点はすぐそこまで ①/神685-4(Pri)-17
Interlude
フリュードの村、会議室。
普段は静かなこの場所に何人かのエルフが集まって会議をしていた。
その週の終わりに、村の運営に関わる様々な報告が行われる会議。
必要であれば村長からの指示や他の人員へ協力を求めたりもする。
村で起こっている問題の対策などを考えるのがこの週末会議だ。
だが、それも終わりが近づいている。
会議を締めるため、進行役である村長、エルド・フリュードは周りを一度見渡してから締めの言葉を発した。
「では、他に意見も無いようなので、今週の週末会議を終わらせ――」
「――村長、少しよろしいでしょうか」
そこで手を上げたのは村の警備隊長であるレント。
普段静かな彼が会議の締め際に発言をするというのはそうあるものではない。
だけど、その会議場に集まったエルフ達は微動もせず彼の言葉を待っていた。
監視団長として会議に参席しているレインもまたそれは同じ。
いや、彼女としては来るものが来たという認識だった。
村の平和と秩序を守る彼の業務上、今どうしても無視できない案件がある。
むしろ今までよく我慢したと思っているレインだった。
『心境としては、例の事があった翌日にでも話したかっだだろうに』
彼を招いたエレミア様に最小限の義理を果たしたというところだろう。
彼がただ静かに去って行ったのなら何も言わずに流したかもしれない。
だが、今ではもう何の意味も持たない仮定だ。
レインは頭の中の考えを振り払い目の前の会話に集中した。
「何かね、レント」
「あの人間は、何時まで置いておく予定ですか?」
「教会での滞在が認められた以上、我らにそれをどうこうする権利はない」
村長のエルドも流石に予想していたようで、すかさず答えを返した。
ただ、レントもそれだけでは下がらない。
彼の職務から見てもそれだけでは下がれないのだ。
「だからあんな不穏分子を放置するというのですか?」
「エルフの約束で招いて、神がその滞在を許した――村としてはどうも出来まいよ」
エルフの約束は神聖なもの。
彼らに与えられた一種の呪縛であり、呪いとも言える祝福だ。
それ故に、エルフ達は約束で招いたという真実を無視できない。
それはある意味、神の許しよりも重いものであった。
ただ、私情抜きで回答しようとするエルド村長も、納得していないのは明らかだ。
そもそも今この場に居るエルフの誰しも、この議題に反対しようとはしていない。
この村で何の問題も起こしていないアユムは、この世界の人間の咎で魔女狩りの対象となったのだ。
「だったら神に訴え出て、その真義を問うべきでは無いのですか?」
「被造物である我々が神の真義を疑うか」
「子として疑問を持ったなら、親に聞くしか無いでしょう。
親が決めたものなら尚更です」
「ふむ……」
エルド個人としてはこの話、受けたい。
その不穏分子を村に持ってきたのは自分の娘。
その真義を一番知りたいのはエルド本人でもあった。
ただ、村の長としては簡単に許可する訳にもいかない。
この会議での決定は村の決定。村の総意ということになる。
ならば、それ相応の検討が必要だ。
それが神と教会が絡む案件であるのなら尚更。
「――今すぐそれを許可するわけにはいかない。
ただ、君の懸案もわかった。
この案件は私の方でも持ち帰り、
「賢明な判断をお願いします」
なので、この場でエルドが答えられるのはこれが限界だった。
それを知っているからレントの方もそれ以上は話さない。
他のエルフ達は何の反論もしないことで肯定の意見を示した。
「これで意見は出尽くしたと見て、本日の会議を終了する。
お疲れ様、今週もありがとう。来週もまたよろしく頼む」
「「お疲れ様でした」」
一人、二人と会議場を後にして行く。
最後に残ったのは村長であるエルド本人と秘書のノマード。
そしてこの場でただ一人、人間の彼と接点があるレインの三人だけが残っていた。
レインは何も言わず開けてある扉を静かに閉める。
完全に扉が閉まるのを確認してから、エルドはレインに質問を投げた。
「レイン、君から見てあの人間はどうだ」
「はっ、異世界人を自称するだけあってエルフを見る態度が違うのは確かです。
多くを語ったわけではありませんが、このまま置いても問題は起こさないかと」
「ほう、監視団長としてはずいぶんと好評価ではないか」
「真実を述べたまで、私見は入っておりません」
「それに関しては疑っておらん。
そもそも異世界人というのが嘘だったのなら神もお認めにならなかっただろう。
逆に、異世界人だからというのが現状に説得力がある」
同じ人間には見えるけど、この世界の人間ではない。
それでも人間、果たしてどれほど違うのだろうか。
結局のところ同じ穴のムジナではないのか。
未だにエルドはそれを懸念していた。
ただ彼を連れてきたエレミアはもちろんのこと、神官であるレミアに、今レインまでもが彼に関しては好評価を出していた。
「ノマードよ、君はどう思う?」
エルドはそこで自分が信頼する秘書であるノマードに意見を問うことにした。
この村の財政や運営に関するところまで積極的に改善していこうといている人物。
ある意味では革新派とも言える彼は今の話題に対して未だ中立を守っていた。
まあ、この案件に関しては中立というより積極的な賛成はしていない、と言って方が正しいかもしれないが。
「――話は変わりますがこの頃、エリアが教会によく出入りしているようです」
「エリアか、確かエドワードの娘だったな。
私の娘とも仲が良かった気がするが――もしかしてその線でか?」
「それもあるかと思います。
ですが、エドワードからも《娘が最近楽しいことを見つけたようだ》と嬉しそうに言ってましてね。
それを言い訳で祝い酒に絡まれました」
ノマードはその時を思い出して少しうんざりしていた。
酒は適当・適量を楽しもうというのがノマードだったのだが、単に酒が好きなエドワードと飲むといつも飲みすぎてしまう。
「単にあの人間に惹かれただけだと言いたいのか?」
「どうでしょう、自分は自分の目で見たものしか信じませんので。
知識を持つ者にとって偏見は一番の敵です。
ただ、問題を直視せずに結論を出すのだけは避けるべきでしょうね」
「――会うべきだと思うか?」
「逆に会わずに済ますおつもりでしたか。
あなたの娘たちが信じた人間です。
その判断は流石に早急すぎるのでは?」
村長に対しても歯に衣を着せない言い方。
秘書であるノマードの長所でもある。
問題は、こう返されると知っていても結構痛いというこどだが。
言葉を直接投げつけられたエルド本人はもちろん、未だ退室せずに会話を聞いているレインも、苦笑いでその光景を見ていた。
そんなノマードを一度だけ睨んでは、ため息をつくエルド。
わかってもいたし、会わないと駄目だとも思っている。
村長である自分がここまで広がった案件に対し、確認すらしないのは問題だ。
そして、それ以前に娘が連れてきた人間でもある。
村長である前に父としても、見極める必要があるだろう。
「流石にまさかとは思うのだが」
「不吉なことを言いますね、そういう場合は大概まさかの方に転ぶものです」
「――正直に言い給え、私をからかってるかね?」
「はい、中々面白かったです」
一瞬も迷わず言い切るノマードを見てもう一度、でも先より深くため息をつく。
ノマードの態度にはこの問題に対した、エルドへの当てつけも含まれてる。
今まで何もせず引きずったエルドに対するイラつきが滲み出ているのだ。
それを知らないエルドでも無い。
無いからこそ、こうもため息ばかりが増えていくのだった。
「では明日、教会に訪ねる見るとしよう。
ノマードよ、君はどうする?」
「ご一緒しましょう。
自分も判断を下さねばならないでしょうから」
「わかった。ではレイン、頼めるか?」
「了解しました。
レミアさんの方には自分の方から伝えておきましょう」
そう一礼して会議室を後にするレイン。
レイン個人としては早くこの空間から脱出したいという気持ちもあったのだろう。
中々俊敏な動きで、迷わず会議室を出ていった。
そんなレインの退室を確認してから、残った二人も会議室を出る支度を始めた。
Interlude Out
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