18.結果が全ての世の中でも ②/神685-5(Imt)-7
「あらアユムさん、いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
商人の家に着くと中には前と同じテーブルにルニーさんが座っていた。
ルイラの姿は見当たらない。
まあ、いきなりエレミアと一緒に入るのもあれだったから、エレミアには扉の前で待機してもらっているが。
「今日来られたというのは、遺体の件でしょうか?」
「それもあります」
「それも……?」
「――先ずは、遺体の件から報告します」
遺体の報告はすぐに終わった。
後ほど監視団の人から棺と共に遺体が渡されるということを伝えるだけ。
ルニーさんも安堵の表情を浮かべては私にお礼を言っていた。
もちろん、私の反応は言うまでもない。
お礼を言われることは何もやってないんだ。
「それとですが、実は、今日は紹介したい人がいます」
「紹介したい人、ですか」
「はい……エレミ――」
『あ……ちが……あやし……じゃない』
エレミアを呼ぼうとした時、突然聞こえる慌てるエレミアの声。
そして、今この場にはいないルイラのことが頭によぎる。
もしかしたら――
「母さん! この人が家の前で妙なことしてる!」
「だから、私は怪しい人じゃないって!」
そう言って入ってきたのは案の定、ルイラとエレミアだった。
報告を早めに終わらせてすぐ呼ぶ予定だったから、ないだろうと思ったのに。
これは少し失敗したかもしれない。
――簡単な自己紹介までは、ルイラのいないところで済ませたかったのだが。
そんな私の考えは知らずに、ルニーさんは入ってきたルイラを宥める。
「ルイラ、お客様もいるのに失礼でしょう?」
「お客様って……あ、貴方は――」
そこで、私とばったりと目が合う。
びっくりした表情を落ち着かせ、ルイラはいきなり身だしなみを整え始めた。
――なんで?
正直、一番心配してたのは他よりもルイラの反応だったのに。
何と罵られるか心配しながら来たのに、思ったのと態度が全然違う。
戸惑いながらも何とか外には無表情を貫きながら、ルイラの言葉を待つ。
そして聞こえた言葉は、私を更に戸惑わせるものだった。
「あ、あの、先日は申し訳ございませんでした!
それとありがとうございます――父さんの遺体を回収してくださって」
「えっ……?」
「母さんに聞いたんです、父さんの仕事関係の方だと。
不意の事故に遭った父さんの
何を、言ってるんだ。
私はそんな大層なことは何もやってない。
そこまで考えてルニーさんを見ると、彼女はただ穏やかに微笑むだけだった。
――そうか、そういうことか。
本当に参った、あの商人もルニーさんには頭が上がらなかっただろう。
儚いように見えるその中身はしとやかで、本当に強い女性だ。
元の世界でも、ここまで母性を感じさせる女性と会ったことはなかった。
エレミアを紹介するにあたって、少しだけ安心できた気がする。
嘘を付くのは好きじゃない。
でもこういう嘘なら、乗るしかなさそうだ。
「当然のことをしたまでだよ――それよりも、ルイラちゃんは強いね」
「はい?」
「連絡を受けて間もないだろうに、もう元気じゃないか。
私なら数日は家に籠もっていただろう」
「前々から父さんに言ってたんです、もし何かあったら私が母さんを守るって。
だから、落ち込んでばかりいられません。
これからは、私が母さんを守らないといけませんから」
異世界って、これが普通なのか?
なんで子供がこんなにも大人顔負けすることばかり言うのだ。
エリアもそうだが、ルイラちゃんも負けてない。
いや、ルイラちゃんの場合はルニーさんの教育の賜物かもしれない。
そんなことを考えてると、マントで耳と服装を隠してあるエレミアが私を見た。
そして、何も言わずに一度頷いてみせるエレミア。
――そうだね、これなら心配なさそうだ。
私はルニーさんの方を見つめ直して先程の続きを話す。
「ルニーさん、この人が紹介したかった人です――エレミア」
名前を呼ばれたエレミアは被っていたフードを外す。
マントは脱いでないから、監視団の服装までは見えない。
でもエルフの特徴であるその耳が彼女の種族を代弁していた。
ただ、ルイラちゃんは驚いたように見えたけど、ルニーさんは通常運転。
恐らくは私が紹介するまでの前振りの長さと態度から、検討は付いてたんだろう。
エレミアは二人の顔を一度、目に留めてからルニーさんに向けて自己紹介をした。
「始めまして、エレミアと申します」
「始めまして、ルニーと申します。エルフの方と会えるとは思えませんでした。
――ほら、ルイラも自己紹介しないと」
「え、エルフ……でも母さん、エルフだよ!?」
「エルフである前にエレミアさんでしょ。アユムさんからの紹介もあるから大丈夫」
「うっ……ルイラ、です」
「うん、よろしくね」
ルニーさんは流石というかやはりというか、何のこともなく挨拶を受けた。
でもルイラちゃんだけは、凄く戸惑っている。
大人でもなく、まだ幼いルイラちゃんまでもがエルフを見て戸惑う。
そこで先日、あの神官が言っていた言葉が脳裏に浮かんできた。
【未だ大半の人間たちは、彼女らに拒否感があるでしょうから】
最初聞いた時は、精々は少し年がある方たち限定だと思ってた。
でもこれは違う、ルイラちゃんまでもがそういう反応なのは違和感がある。
これだとまるで――――まさか、そんな。
そこで、ルニーさんにこれを聞くべきかを悩んだ。
恐らくだがこれはこの世界の人間の常識に入るもの。
聞いたからには怪しまれるかも、一瞬そう思った。
そこで自分の今までの行動をふと省みる。
――それで出た結論は、本当に今更なことを心配したということだった。
「ルニーさん、ルイラちゃんがなんでこんな反応を見せるのか教えて頂けますか?」
「アユムさんこそ何を言ってるんですか、エルフですよ!?」
「ルイラ――ごめんなさい、うちの娘が」
「いいえ……それは、良いのですが」
予想してはいたけど、本当にそうだとは思いたくなかったのだが。
こうなれば疑う必要もなさそうだ。
人間の方にも、エルフを嫌う何かしらの理由がある。
それもエルフが人間を嫌うのと同じく、それこそ種族全体に。
少しの戸惑いと期待を込めて、ルニーさんを見て再度聞く。
「理由は、あるのでしょうか?」
「――そんな大した理由ではありません。
本当の理由はわかりませんが、国からの人という方たちが言いふらしてますね。
エルフは過去、人間を裏切った裏切りの種族だと。
彼らが誓約の種族と言われるが、結局は建前だけの話に過ぎないと」
「それは――本当に国からの人なんですか?」
「名前は明かしてませんが、決まった時期に来られる人がいます。
詳しい素性は明かしませんが、国の歴史のことを色々教えてくれますね。
教会は歴史を教えないし、話も説得力があるので疑ったりはしてません」
国からの人と自称するものが、国の歴史を教える。
教会で歴史を教えないのは妥当だと思う。
歴史なんて、どちらの視線で見るかによって善悪が変わるものだから。
平等であることを基本としている教会では教えたくても無理があっただろう。
そう見ると、国から歴史を教える人が派遣されるのはわからんでもない。
ただ、なぜ素性も明かさないでやってるのか気になる。
エルフのことを悪く言いふらしてるのも、そこに理由がありそうな気がした。
「そうですよ、これは常識ですからねアユムさん?」
「悪いね、常識に疎い人間なんだ。
でも、君の目の前にあるお姉さんはそんな人じゃないよ、私が保証する」
「で、でも」
「私はアユムさんを信じます。
貴方がそこまで言うのなら、きっとそうなんでしょう」
「母さん……」
そう言って、先程まで座っていたテーブルにコップを三つ並べるルニーさん。
その表情には前のような悲しみは見えない。
――本当にかなわないな。
これが全部演技だと言われても、今の私は信じないだろう。
それくらいに彼女は覚めている人だ。
本当に、あの商人には勿体無い女性だと思う。
「まあ、とりあえず座ろうか。ルイラちゃんも、先ずは接してみないか?
他人の受け売りだけで人を評価するのは、やってはいけないことだよ?
君がもし父と同じ商人になるつもりなら尚更だ」
「……そうですね、確かにその通りです。
すみませんでした、ええっと、エレミアさん、でしたよね?」
「さん付けよりは、お姉ちゃんとかで呼んでほしいな!
でも、先ずは座ろうか、アユムも早く! 折角のお茶が冷めてしまう!」
「はいはい、わかったよ」
そして、ルニーさんとルイラちゃん、私とエレミアの四人でのお茶会が開かれる。
交わされる内容は当たり障りのない会話……というかエルフの説明が主になった。
人間とエルフの関係には敢えて互いが口にせず、会話を楽しむ。
ちょっとした不思議空間の出来上がりだった。
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