18.結果が全ての世の中でも ③/神685-5(Imt)-7
人間とエルフが、人間の家の中でお茶を飲みながら会話する。
この世界の状況から鑑みるに、これが始めてではないだろうか。
そんな考えが過ぎるほどにあっという間に時間が過ぎていく。
しばらくして用事があると言いルイラは先に席を立った。
なにやら最近、商人の勉強以外にも冒険者ギルド周りの勉強もしているようで。
勉強も兼ね、見習いで受付の仕事をやってると言う。
最後まで残念がりながら、渋々とギルドへと向かっていく。
そしてルニーさんと私たちだけが残った部屋には妙な静寂が流れた。
ルイラに父の死をただ不幸な事故で教えたことは、すぐわかった。
だからこそ、私たちもその嘘を敢えて否定しない。
でも、私……いや、エレミアが今日ここに来たのは真実を交わすため。
ちゃんと人間とエルフではない、一人と一人として向き合うためだった。
ただ、恐らくここまで思慮深い彼女なら既にわかってるはずだ。
私が、エレミアが何故ここに訪れたのかを。
だからといって言わないで過ぎるのはまた違うことだ。
言葉に出さなくてもわかってもらえる。
それでも言葉に出さないといけない物がある。
今回は、そういう問題だ。
その次を見据えるためには、これは避けて通れない。
「エレミア」
「うん、わかってる――ルニーさん。
自分が今回来たのは、ちゃんと自分の口で説明とお願いをするためです」
「……はい」
「ルニーさんの夫なる方、ライさんは私たちの村を攻め入りました。
逃げ出した自分か、あるいは代わりのエルフをさらうために。
ライさんはその過程で捕まり、私たちの村で処刑されました」
淡々と、言葉を選びながらも私情抜きの事実のみを語ろうとする。
ただ、少し声が震えているのは隠しきれていなかった。
その話を聞いているルニーさんは、ただ静かに言葉を聞いている。
処刑の話が出た時、一度だけ私を見たけどそれまで。
代わりにエレミアに視線を移して質問を投げた。
「そして、その遺体は近々こちらに送られる。
そこまではアユムさんに聴きました。
夫のことは自分としても仕方のないことだったと、思ってはいます。
――何故、貴方ではなくアユムさんが先に説明をしに来たのかは疑問ですが」
「ルニーさん、それは――」
「アユム駄目。私が話すから」
前回の私との会話では見られなかった怒りの感情が込められた質問。
そこで慌てて説明しようとするもエレミアに止められる。
エレミアは私に向けた視線を再びルニーさんに戻す。
「その事に関しては何の言い訳もできません。全ての非はこちらにあります」
「……すんなりと非を認めましたね。
なら、貴方がここに来たことが良い選択ではないというのも知ってますか?
まさか、私が夫が死んだことに何の感情も抱いてないと思ったんですか?」
「そうは思ってません」
「なら、何故あなたはここに来たのですか?」
鋭利な言葉の刃がエレミアに迫る。
そのルニーさんの言葉を面と向かって反論できない自分がいた。
全てが正論であることは言うまでもないが、私への配慮も入っていたからだ。
この人は私に責任を転嫁させたエルフに怒っている。
その怒りはもっともなことで、私も感じた怒りであるもの。
怒りが向き先が私の恩人であることだけが、私の心をざわつかせていた。
「――向き合って、その先を見たいと思ったからです」
「それで状況がより悪くなったとしても?」
「それでも立ち止まれません、立ち止まらなかった人を知ってますから」
エレミアが言う立ち止まらなかった人。
それが誰を意味するのかはよく知ってる。
でも、それは別に立ち止まらなかったのではない、後ろに引けなかっただけだ。
こんな前向きな姿勢で行った行為ではないのは、誰よりもよく知っている。
似ているようで、全く違うものだ。
エレミアは目を背けずに真っ直ぐルニーさんの視線を受け止める。
そんな彼女を見て先に音を上げたのはルニーさんだった。
「はあ、アユムさんが連れてきた時点でわかってはいたんですけどね。
この方が問題ではなかったということは。
もしそうだったら、アユムさんの態度は少し軽くなっていたでしょうし。
ここまで真っ直ぐ返されたら、流石にこれ以上は責めきれませんね」
「――ということは」
「最初から貴方にはそこまで怒ってません、ただの愚痴でした。
アユムさんはこの件で文句は言わなかったでしょうから、その代わりもですね」
「いや、別に自分も何も文句を言わなかったわけでは――」
「文句ではなく行動で示したのではなくてですか?
アユムさんの性格上、思惑に乗ってから後悔させるやり方を取りそうですが」
「……まあ、そうですが」
どこまで私という人間を見抜いてるんだろうか。
会ってからそんなに時間も経ってないのに、その観察眼には頭が上がらない。
あの商人も、きっと私と似たような感じだったに違いない。
――家族に仕事の話をしなかったのはそこにも原因があるかもしれないな。
賢いルニーさんなら、少しの情報だけでも真実にたどり着けるだろう。
ルニーさんの言葉に安堵したのか、エレミアは胸をなでおろした。
でも、どうやらまだ終わってはなかったらしい。
そんなエレミアを見て、ルニーさんが釘を刺してきたからだ。
「ただ、エレミアさん。
私の言葉がここで止まったのは貴方にも非はないと思ったからですよ?
本当にこの仕事を主導したのは別の方なんでしょう?」
「……おっしゃる通りです」
「やはりそうでしたか。
なら、この詫びはいつかその人から直接聞くことにします。
でもエレミアさん、あなたという方には好感が持てます。
こんな場所まで向き合うためだけに来る愚直な方、そう多くはありませんから」
「そこは、見本がありましたので」
「ああ、なるほどですね」
「……そんな良い見本ではありませんが」
私を真ん中に置いて、二人が私をダシにしている。
見本にしたって良いことは何もないだろうに、エレミアに悪影響が行き過ぎな気がする。
「まあ、どちらにしろエレミアさんの意気込みはわかりました。
エルフの方からこう来てくださったのは嬉しいことです。
アユムさんのお陰かとは思いますが、関係改善のきっかけになればいいですね」
「そうあれば良いなとは、思います。切実に」
そして、他愛のない会話を少し交わしながら思う。
個人一人ひとりのこうした交流は、果たしてどこまで関係改善に繋がるのか。
本当にこれはきっかけ足り得るのか。
ただ、今の私たちに出来ることはこれくらいしかない。
一つ変わったことと言えば、今度は私だけではないということ。
あの村での時と状況は何も変わってないけど、変わったものは確かにあった。
すごくもどかしく思えども、信じて進むしか無いのだろう。
その過程すらも、結果と結果のつながりであるだろうから。
無意味ではないと、信じたい。
眼の前のことだけを見て、目に見える脅威はない生活。
理解のある人々。
それで気が緩んだのが、悪かったのだろうか。
初日に感じたその視線も、自分の行動がどう映るかも考慮せずに、そう思った。
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Interude
「監視団のエルフ、その新入りと人間か」
「はい、人間の方はあの商人との商談中にいきなり現れた人間です」
旅館の一室、華やかさがある部屋で二人の人間が会話を交わす。
執事の老人から報告を聞いている貴族、ペイルは得た情報を整理していた。
「きな臭いな、あの商人が居なくなったのは自分の商品に噛まれたからか」
「そう見るのが妥当かと……あの人間も何らかの関係があるでしょう」
「そこがわからん、何時から人間とエルフは手を組んでいた?」
「……もしかしたら、エルフの計略では」
執事の老人の言葉。
確かに状況だけ見たら一理あるようにも思えるその考えをペイルは一蹴した。
「ふん、そんなバカどもなら既に滅んでる。
人間の裏切り者とか、考えすら及ばない一大ネタだ。
あんな白昼の街の中に堂々と出したりはしないだろう」
「では……?」
「知らん、気になるところではあるが後回しだ。
ただ、その人間は使えるかもしれんな。
確か最近はどっかの家に行き来してるんだっけか」
「はい、少し入れ込んだところになりますが、母娘の二人ぐらしの家です」
ペイルは少し考えるように思考を巡らすも、すぐ首を横に振る。
聞いたところ、今はまだ二回訪れただけだ。
理由をわからない以上は計画の材料には少し足りない。
「先ずは理由を探れ。
それと、あの人間の調査をしておけ。
獲物が目の前にある以上は急ぐ必要はないだろう」
「……そう長居する事も出来ませんが」
「わかっている、ベルジュ野郎にこんなくだらないことで遅れは取らない。
だからこそ、計画は慎重に進ませるべきだ」
執事の老人はこの公爵次男が理解できていなかった。
そもそもこんなことを公爵家の人間がやるべきでは無いのも知ってるはず。
ただ、老人はこの男にそれを指摘しない。
やったところで何の意味もないということを、老人はよく知っていた。
「――了解しました、引き続き調査を進めます」
なので老人は頭を垂れながら別のことを考えている。
それがこの都市にどのようなことをもたらすかは、今は誰もしらない。
Interude Out
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