19.異なりの中で己を貫くために ①/神685-5(Imt)-9

 明るい日差しが部屋に入り、窓辺からは都市の町並みを眺められる。

 そんな部屋の一室に私はいた。


 この建物の正体は宿屋、名前は《宿やど》。

 国境都市インルー内にただ一つ存在する、エルフが運営する宿泊施設になる。

 いや、正確には、と言ったほうが正しい。

 既にレインたちがここに来た時から建物だけが寂しく残されてたらしい。


 昨日の昼過ぎから私達はこちらに来て、簡単な荷物はこちらに移してある。

 何故このようなことになったか。

 それは先日の私がこぼした愚痴が原因だ。


 《都市内で一人で動くことができない》

 その問題に対するレインの答えがこの建物だった。

 これもまたエルフが保有している建物だが、こちらのは普段使わない。

 服を着替えて裏口から出れば、私が監視団と思われることもない。


 そしてエレミア達の心配ごともこの建物があるなら別だ。

 何故なら、この建物からは誰にも邪魔されず屋根の上へ行ける。

 つまり、私のことを遠くで監視――もとい、見守ることができる。

 本来は森の中で、木々の枝に飛び移ることも可能なエルフだ。

 建物の屋根なんて問題にもならない。


――――コンコンコン


『あーゆーむー、起きてる?』


「ああ、今出るよ」


 扉の向こうから聞こえるエレミアの声を聞いて部屋の外へと出る。

 そこには監視団の服装の上に弓と矢筒を掛けているエレミアが居た。

 武器を持っている、普段見慣れない彼女の姿は思ったよりも様になっている。

 ドアを開けてはボウっとしてしまった私に、エレミアは可笑しそうに笑った。


「ふふっ、どうしたの? そんなほうけちゃって」


「いや、悪い。今まで君のそんな姿は見たことがなかったからな」


「私が戦う理由はなかったからね。こう見えても弓の腕前は良いほうだよ?」


 そう言いながら手だけで弓を構えるポーズをとるエレミア。

 簡単にとってみせる姿勢からも手慣れているのが目に見えていた。


「そういえば、エレミアも魔術を使えるんだよね?」


「使えるよ、エルフなら誰しも魔術の才能があるからね。

 普段なら射程外の獲物を狙い撃つ時とか魔術を一緒に使ったりもするし」


「なるほどね……」


「――その分、姉さんの剣の腕前は残念なところがあるのですが」


「エリア! それは今言わなくても良い……どうしたのその目の隈は!?」


 横から入ってきたエリアは普段通りの格好だった。

 でも、流石に目の下の隈は誤魔化せない。

 あくびまでしながらこっちに近寄るエリアはエレミアの言葉にも怠そうに返した。


「監視団では夜中に集中できなかったのですが、ここは違いますからね。

 少し夜更かししました、眠くはあるのですが中々実りある時間でしたよ」


「実りのある時間でしたよーじゃない!

 もう、村に居るときから夜にはちゃんと寝なさいって言ったでしょう!」


「ここ最近は溜まってたもので、つい」


 この二人の掛け合いもいつもやっているかの様に自然なものだった。

 そこで、私がいつも一対一で彼女たちと会話していたことにようやく気づく。


 そっか、私もまた、彼女たちのことを何も知らなかったのか。

 私との関係だけが全てじゃない。

 そんな当たり前のことを、この世界で始めて認識した気がした。

 いつものことだが、人間関係が一番むずかしい。


 ――その意味では、彼女たちにはどんなに感謝してもしきれない。

 でもその事は口にせずに、別の話題を振ることにした。

 ここで言うのは流石に恥ずかしい。


「エリアは、今日ずっとここに居るんだよね?」


「その予定です、そうじゃなかったら夜更かし出来ませんでしたし。

 そもそも私に弓を使いこなすほどの腕力はありません。

 自分からこの事を口にするのは癪ですが、もう少し体が育たないと」


「でも、基本的にエリアは家にこもりっぱなしでしょ?

 大きくなっても結局は弓よりは魔術を使うんじゃないかしら」


「まあ、否定はしません。

 予め魔法陣を準備しておけばそれでもいけるでしょうし――

 ああ、そう言えば忘れてました。

 アユムさん、これを受け取ってください」


 エリアは巻かれている二枚の葉っぱを取り出してこちらに渡してくれた。

 外見だけみたら、特筆することもないただの葉っぱにしか見えない。

 でも今の渡しには葉っぱがまとっている緑と赤のオーラが見えている。


「これは――魔法陣が描かれているものなのか?」


「そうですね、魔力も十分に満たされてるので破るだけで発動します。

 これならアユムさんでも十分に扱えるでしょう。

 緑の方は周りにちょっとした突風を起こし、赤は正面に炎を起こします。

 赤い方は使い所に注意してください。

 溜まってる魔力も一週間くらいは持つでしょう」


 魔力が満たされた魔法陣。

 私が魔術を使う一番の近道だろうと最初から話がされていた方法だ。

 魔力を含めることができる、かつ簡単に破れる何かに魔力で陣を描く。

 正確には陣を描くよりは通路を設置すると表現したほうが正しいらしい。


 これなら例えマナーの適応力が無くても魔術を行使することができる。

 でも、最初は流石にみんなから反対された。

 マナーを感じることも見ることも出来ない状態では危険だということだった。

 マナーを見れないということは、行使された魔術も見れないいことになるから。

 最悪、自分が使った魔術に自分がやられる可能性すらある。


 それ以外でも、魔法陣に詰められたマナーもずっと残ってるわけじゃない。

 ある程度の期限は知れても、結局は目視で確認するほうが確実だ。

 既にマナーが失われている魔法陣を頼りに動いて、取り返しのつかないことになる可能性すらあるのだ。

 そんなあれこれの危険性が、イミテーの祝福でクリアされた。

 そういう意味ではイミテーに――いや、フォレストに感謝したほうが良いのか。


『そうですよ! 私があの二人から祝福をもぎ取ったのですから』


 名前を考えたからか即座に反応するフォレストを無視する。

 ここ最近学んだ事になるが、いちいち対応してると話が進まない。

 後でまとめて愚痴を聞いてあげるほうが色々と便利だ。

 私に脳内彼女なんていない、いないったらいない。


『もう酷い、私も構ってくださいよ!

 こんな健気な神がどこにいるって言うんですか!』


 健気すぎるから逆にイメージがガタ落ちなんだけどな。

 まあ良い、頭の会話よりは眼の前で私をじっと見つめているエリアにお礼から。

 というか、会話中に割り込まないでほしいな。


「ありがとう、ちょっとドキドキするな」


「魔法の勉強する時、凄くキラキラしてましたもんね。

 実際に使えないとわかった瞬間、一気に目から光が消えていきましたが」


「えっ、なになに? そんなことがあったの?

 なんか普段の姿からは想像できないんだけど」


「まあ……私にだってそういう時くらいはあるさ」


 いや、予想はしてた。

 それこそこの世界に飛ばされる前からずっと。

 私が異世界に行ったからといって魔法を使えるとは限らないとは考えてた。


 それでも、異世界で一番夢見たものであった。

 なのに現実を押し付けられたらそりゃ、多少は凹む。

 予想できたとしても衝撃を受けない訳ではない。

 あくまでも備えをしているだけで、その破壊力が減るわけではないから。


「まあ、この魔方陣はありがたく使わせてもらうよ。

 ――今日、監視団からはジャスティンさんが来るんだっけ?」


「うん、その予定……というか下でもう待ってる」


「それを先に言ってくれ」


 てへぺろと舌を出すエレミアを見てため息を一つ。

 そして、眠たそうに手を振るエリアに挨拶をそこそこにして下に降りた。

 誰も居ない寂しいカウンターと食卓。

 綺麗に片付けられているその片隅に、ジャスティンが座っていた。

 自分の水袋から水を飲みながら外の景色を眺めているジャスティンは、私たちが降りてきたのを見てそこから立ち上がる。


「よう、こっちに移って調子はどうだ?」


「まあまあですね。掃除が行き届いているのは良かったです」


「一応はエルフが保有してる建物だからな。監視団が定期的に掃除はしていた」


「その辺りにも私としては疑問があるのですが……」


「疑問?」


 何故、エルフが持っている建物が未だにこの都市内に残っているのか。

 その保有権が何故、未だに維持されてるのか。

 実際に気になるところではある。

 今回の行き先で何とか情報を得られたら良いのだが。


「アユム?」


「ああ、いえ、何でもありません」


 頭にはてなを浮かべるジャスティンさんに、結局は何も言わず誤魔化す。

 疑問でしかないし、返ってくる答えもなんとなく読めてる。

 とりあえずは出来ることをやってから聞くことにした。

 そんな私を見て、エレミアが後ろからため息をついたが。

 ジャスティンさんもそこから掘り下げずに、話題を変えてくれた。


「まあ良いや、それで? 今日は結局どこに行くんだ?

 確か、監視団では入りづらいところに入るとは聞いたが」


「そうですね。

 何事もないとは思うのですが、二人には私の周りを監視してほしいです。

 多分何事もないとは思うのですが、もし何かあったらお願いします」


「いや、それでどこなんだよ」


「――ギルドですよ」


 私の言葉に一瞬、ジャスティンさんの息が止まる。

 その事からもその場所が監視団からは厄ネタだという事が伝わってきた。

 でも、だからこそもう一度、はっきりとジャスティンさんに伝える。


「冒険者ギルド。

 国の兵士以外でこの都市に存在するもう一つの戦力を確かめに行こうと思います」


 静寂だけが支配する寂れたフロアへ、私の声だけが静かに響いた。

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