10.刻め ②/神685-4(Pri)-20
Side By エレミア
目の前で血まみれになって息を切らす彼を見て、胸が引き裂かれそうになった。
あの時、私が彼を助け出さなかったのなら、今より良い未来が待っていたのでは?
私があの時、彼を助けたのは本当に正しい選択だったのだろうか?
後悔しないと思ったその選択は、ただの傲慢でしかなかったのかもしれない。
色んな考えが頭を巡って、自責の念は未だ消えない。
でも、そういう考えは彼の悲鳴にも似た叫びによって全部飛ばされた。
そして彼が自分の腹に剣を突き刺そうとした時、体は自然に彼の方に向かった。
「アユム――!」
人混みの中をかきわけてやっとたどり着いたそこで、アユムは既に倒れていた。
その地面は、既に真っ赤に染まっている。
いつの間に駆けつけたレミアお姉ちゃんは回復魔術を掛けていて、その周りをレインさんが見張っていた。
レインさんと視線を合わせ、小さく頷くのを確認して、私は彼の元へ駆けつけた。
「お姉ちゃん、アユムは!?」
「出血が激しい、今のままでは腹に刺さった剣も抜けられない。
まずは教会に運ばないと……」
「私に手伝えることは!?」
「彼は魔術でこのまま運ぶから、とりあえず運ぶのを手伝って。
私だけでも大丈夫だとは思うけど、一人だと安定しないと思うから」
「わかった!」
アユムはいつの間にか気を失っていた。
苦痛で気絶したのか、お姉ちゃんがわざと気絶させたのかはわからない。
どちらでも納得できるくらい、腹に刺さった剣は痛々しく見えた。
貫通した背中から出ている剣には誰のかもわからない血で真っ赤に染められてた。
普通ならばこのまま即死してもおかしくない傷。
そしてそんなアユムの状態とは別に、この状況を認めない人達がいた。
「何をしているんだ!?
レミアにレイン、自分から命を断つようなやつを何故助ける!?」
「村長、今は――」
「人を助けるのに理由なんてあるわけないでしょ!」
怒鳴ったのは父である村長で、何かを言いかけたのは秘書のノマードさん。
でも、そんなことは自分の耳には入らなかった。
本当にあの人には今の光景がただの自殺に見えたのか。
それが、その言葉が、どうしても我慢ならなかった。
「彼が私たちに何をしたの!? 彼はただ歩み寄ろうとしただけ!
私たちに近付こうとしたのが、そんなにいけないことだったの!?
私たちが人間を嫌ってるのを知りがならも歩み寄ろうとしたのよ?
それが何でこんなことにならないといけなかったわけ!?」
他人に己の罪を代わりを背負わせるような行為をして、それに嘆いた彼。
その彼を助けることにさえ、理由を求めないといけないのが、私たちだったのか。
何時から私たちは、ここまで残酷な存在になったのか。
「自分で命を断った? 父上、いや村長!
あんたには本当にこれがただの自殺に見えるの!?
何時からそんな節穴になったのよ!?」
「どっちにしろ、今は村の行事中です。いくらエレミア様でも――」
「黙るのはそちらです、レントさん。
今から……いいえ、最初からこの人の身柄は教会と、神が預かっています。
あなた達には最初から、手出しする理由も権利も存在しません」
警備隊長として場を仕切ろうとしたレントさん。
その声はレミアお姉ちゃんにより中断された。
今のお姉ちゃんは、その身からフォレスト様の神力を表す温かい緑色の光が全身を包んでいて、とても神々しく見えている。
でもその声色は普段の姿からは想像できないほど冷たいものだった。
「詳しい話は後にします。
ただ、私の行動を妨害するのなら、それ相応の覚悟を持ってください」
「――っ」
言葉だけの威圧。
その見えない圧力にレントさんは後ろに一歩引き下がった。
神が預かった人、そして相応の覚悟。
つまりは神の怒りを買うことを覚悟しろという言葉だ。
私もここまで怒ったお姉ちゃんは見たことがないけど、その気持ちは痛いほど共感できた。
「エレミア、手伝って。一刻も早く彼の身を教会まで運ぶよ」
「うん……アユムは、大丈夫だよね?」
「絶対、助ける――助けて、一発殴らないと気が済まない……!」
「それは、同感かな」
お姉ちゃんの助けるという声からは、どこか涙を堪えてるようにも聞こえた。
……お姉ちゃんとレインさんは他と違ってどこか落ち着いている。
その動きが早かったことからも、これが予めアユムが仕込んだことだと言うのは何となくわかった。
私にだけこれを教えてくれなかった理由が気になる。
だけどもし、これを事前に知ってたとしても大丈夫なはずがない。
レミアお姉ちゃんのその声は、自分の無力を嘆く後悔から来てるのかもしれない。
「レミア、私は予定通りここで後始末をする、それと私の分も残しとけ」
「了解しました――よろしくお願いします、レインさん」
私は最大の注意を払いながらアユムの身を浮かせ、教会方向に動かせる。
前の道は既に開かれていて、道を開けた人たちは誰も口を開かなかった。
――言いたいことも、やらないといけないこともある。
でも、今はそれよりも彼のことだ。
彼はお姉ちゃんから掛けられている回復魔術と、彼の右手首にある緑の腕輪で全身がお姉ちゃんと同じ緑の光に包まれていた。
心なしか穏やかに眠っているようにも見える。
――彼が、この世界でこんな表情を他の人に見せたことがあっただろうか?
いつもどこか一歩引いた態度で、笑うのはいつも苦笑い。
軽く笑うことはあれど心からの笑顔は見たことがないように思えた。
そもそも、私はこの村に来てから彼の顔を見たことがあまりない。
私が連れてきて、私が面倒を見ると決めたのに。
私の都合で、その全てを彼自身に任せてしまった。
これではエルフ失格、堕ちてしまっても文句は言えない。
でも、もうそんな一切合切は無視することにした。
二度とこんな彼の姿を、何も知らず見てるだけとかもうゴメンだ。
――そうよ、エレミア。
自分が言った言葉には責任を取らないと。
彼は彼が出来る全てを、本当に全てやった。
ならば今度はこっちの番だ。
私を仲間外れにした理由が、今からの私の行動とは真逆の目的だとしても。
私に何も言わずやったのはアユムだし、これでおあいこだ。
『全ては明日から決めよう』
昨日、私が帰る前に私に言った言葉。
そう、全てはここから、今この瞬間から決めよう。
そしてもう一度、交わそう。
互いが今度こそ間違わないように。
それが、私が彼に出来る精一杯の誠意だ。
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