16.辛くても前を、辛いから前へ ①/神685-5(Imt)-2

 世の中で起こる全ての出来事には理由がある。

 当人にとってはただの事故で、間が悪かったようにしか見えなくとも。

 その事故の原因は必ずどこかにあって、理由も存在している。


 何の理由もなく私が異世界に呼ばれたはずがない。

 生まれた意味を探すのでもなく、呼ばれた理由を探すのだ。

 呼んだやつが居る以上、思惑は必ずある。

 そう思ってここまで来た。


 恐らく、これでやっとスタートラインに立てる。

 そう思い、私はイミテーの説明を静かに待っていた。

 もちろん、視線での圧迫は忘れてない。


「ああん、そこまで見つめられるとデレちゃう」


「さっさと説明しやがれ、この駄女神が」


「イミテー! 名前で読んでよ!」


 抗議する声には何の反応も見せなかった。

 フォレストも私とイミテーが会話を始めてからは口を出してないし、

 プリエはさっきから無言で黙っているだけ。

 イミテーに答える気があるものは、今のところ存在しない。


 それを悟ったか、ため息をつきながら姿勢を正す。

 咳払いを一度して、今までのふざけた態度ではなく真剣な顔で私を見つめた。


「神暦684年の最後、虚無日の会議。

 その場で最後の議題で上がったのはオーワン様から直接挙げたものだった。

 もう言うまでも無いだろうけど、《異世界の人間をこの世界に呼ぶ》ということ。

 今考えると、ペリー辺りは妙に落ち着いてた気もする……」


「ペリーというのは?」


「審判と慈悲の神に当たります、二月担当の神ですね」


「その辺りはそう重要じゃない。

 そもそも、知ってたかどうかなんて推測でしかないからね。

 ――まあ、話を続けよう。

 当時、オーワン様も詳しい理由はまで明かしてなかった。

 ただ、のためだとだけ仰ってた。

 そう言われれば、私たちでは異見を申せなくなる」


「この、世界」


 全ての神を作ったとされる絶対神。

 恐らくこの世界すら想像したであろう神が、世界のためと言ったんだ。

 理由すら明かさず、それだけ言ったとすれば、そうなるしかないか。


「そうね、私たちでは何の反論も出来ない。

 そしてその場で決まったのは近々、この国境都市に異世界人を落とすこと。

 そして、落とされる異世界人がどういう人間になるのかだけ、明かされた」


「どういう人間? つまり、条件があったということか」


「その解釈で間違いないだろうね――その条件、聞きたい?」


「聞かない理由があるとでも?」


 まさか、この期に及んでまた条件を出す気じゃないんだろうな。

 さっきまでは全部教えてくれそうにしておいて?

 いや、十分にやりかねないか。

 心の片隅から疑惑の影が差そうとした時、イミテーは慌てて言葉を紡ぐ。


「い、いくらなんでも疑いすぎだよ、アユムくん。

 条件に関しては私とか……まあ、色んな神が初期案から意見を出して変えたよ。

 大まかなところは変わらなかったけどね」


「それで、その条件とは?」


「大きいのは二つ。

 《違う世界を夢見ながらも、現実を生きようとする》こと。

 そして《違う世界に対しても客観的な視線》を持つことだ」


「――――それは」


 違う世界を夢見ながら、現実を生きようとする。

 今の世界に絶望しながらも生きようと足掻いているということだ。


 違う世界に対しても客観的な視線を持っている。

 違う世界を夢見ながらも、それが夢物語というのを自覚しているということだ。


 夢であるからこそ、人は憧れる。

 もしもの話で盛り上がることも日常茶飯事だ。

 そんな世界を夢とわかっていながら夢見て、絶望した世界で生きようと足掻いているというのは――――


「そう、誰が呼ばれようと構わなかった。

 でも、誰が呼ばれても――――くっ!」


「――アユム様!?」


 気がついたら、体の方が先に動いていた。

 無意識の内に体が動いて、手はイミテーの胸ぐらを掴んでいる。

 後ろで聞こえるフォレストの呼び声も、今だけは聞こえなかった。


「だから貴様らは今! 自分たちの都合だけで!

 今を生きようと足掻いている人間を!

 何の了承もなしに呼び込んだと言うのか!?」


「――――」


「そういう人がどれだけ多いと思ってんだ!

 絶対俺だけのはずがない、俺でも――俺だからわかることだ!

 あのクソッタレな世界で生きようと足掻きながらも、夢を見る人間が俺だけのはずがない!」


 そんなはずがない。

 私はただ、ハズレくじを引かされただけだ。

 そんな人間はごまんといる。

 それこそ、そんじょそこら中に。


「なのに、お前らのような!

 人の頭の上で、ただ傍観してるだけの善人気取りの偽善者野郎が!

 勝手に私たちの人生を諦めさせたと、そう言ってるのか!?」


 人生なんてろくなもんじゃない。

 ああ、そうだ、その通りだ。

 現実なんてクソ食らえで、俺も異世界を夢見たさ。


 だって、誰もがそうだろ。

 学校で身をもって学んだ一般常識とはそういうことだ。

 ペンより拳が強い時代を生き抜けば、そこからはペンより肩書が強い世界だ。

 結局、我々の人生は底辺から足掻くことでしかない。


 成功する人間はほんの一握り、

 失敗は成功の母という言葉はこのためにあるのだろう。

 失敗した人間がいないと、成功した人間なんて出るはずもない。


 それでもゲロ吐きながら生きてきたんだ。

 必死に、少しの幸せでも得ようと。

 ただそうやって死んでいけたら良いと思いながら生きてきたんだ。

 それを、こんな自分勝手な理由で踏みにじられる。


 これが怒らずにいられるのか。

 これが、怒らずにいられるのか……!


「殴りたいなら――くっ!」


「アユム様! 落ち着いてください!」


「離せ、離してくれ! アイツを、何でも良いから!

 ――いや、もういっそ殺せ!

 どこまで我慢すれば良いんだっ!

 私はいつまで! いつかを待ち続けろというのだ……っ!」


 殴ったところでこの鬱憤うっぷんが収まるか。

 泣いたところでこの慟哭どうこくが静まるか。


 いつからこんなになった、いつまでこうすればいい、

 いつになったらこれが終わる。

 《いつかは》となだめる日々に、終わりは見えない。


 喉はカラカラになり、口の中からは鉄の味が染みる。

 そんな中、耳元で聞こえる涙混じりの声と共に、私の意識は闇に落ちた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Interude


 気絶させたアユムを後ろから支えて、涙を流してるフォレスト。

 アユムから殴られて倒れたイミテーは、殴られた頬をなでながら立ち上がる。

 ただ表情だけは相変わらず硬く、倒れているアユムには同情の視線を送っていた。


「フォレスト、とりあえずアユムくんは、どこかに寝かせてくれない?」


「わかりました……」


 フォレストは自身の席の近くに寝具一式を作り、そこにアユムを静かに寝かせた。

 気絶させたアユムの目元に未だ残っている涙を拭い、苦しい顔で視線をそらす。


「オーワン様は……私たちは、本当に罪深い存在です」


「否定はしないよ。

 こんなの、間違ってるのはわかってる。

 それこそ誰でも知ってるだろうね。

 ――それはあんたも同じでしょう? 素直じゃないプリエちゃん」


「な、何よ……別に、私は何とも思ってないんだから」


「――顔の涙は、拭いましょうか」


 イミテーの指摘にいつもの調子で返そうとするものの、表情までは隠せてない。

 さっきまでの表情はどこに行ったのか。

 その顔には先までの気難しさは存在しなかった。

 あるのはただ他の皆と同じように、アユムに対する同情の視線のみだった。


「本当は、私があんたの役を担うはずだったんだけどね。

 私なら、上手く演じられるだろうし」


「いや、彼には私より貴女の知恵が要るでしょう。これで合ってるのよ」


「――そういう、ことですか」


 そのやり取りで、フォレストは全てを察した。

 実のところ、最初からプリエの態度に疑問に思っていたフォレストだった。


 プリエは穀物と活力を司り、その性格は確かにアユムに見せたものと同じだ。

 意地っ張りなところもあって、自分の意見を押し通そうとする傾向もある。

 ただ、これは彼女が穀物の神であることから起因する。


 穀物を育てるのは畑仕事が一般的だ。

 畑に種を巻き、水を注ぎ、収穫祭を開き、今年の豊作を祈る者。

 その者たちこそ農夫たちであり、彼女が愛する者たちだ。

 そして、そういう者たちは皆が弱者である。

 強者に踏みにじられる雑草のような存在たちは皆、彼女の愛し子だ。

 彼女の性格はそういう者たちの鬱憤が形取られたものになる。


 そんな彼女が、今まで苦しんできたアユムに対し異常なまでの喧嘩腰けんかごし

 フォレストが普段よりきつい言い回しをしたのは、失望感からでもあった。

 でも神の根幹というのは、そう簡単に変わらないもの。

 特に彼女らは、そうなるべくしてそうなっている。


「プリエあなた、今までの行動は全部――」


「違う、私はただこの男がどんな人間か知りたいだけよ――

 例え誰が何て言おうと、私はそいつに理由もなく喧嘩を売ったうざい神。

 万が一でも余計なことを喋ったら、承知しないから」


「……わかりました」


 そう言うプリエの顔には、未だ涙の跡が残っている。

 そんなプリエを見ていられず、再び視線を後ろのアユムに戻す。


 倒れたアユムは、ただ目を閉じている。

 先までの泣き叫ぶ顔が嘘のように穏やかな顔。


 いつもそうだ。

 アユムが目を覚まさなかった時だけは、彼の穏やかな顔が見られる。

 この顔を現実で見られる日は、いつになるのか。

 フォレストには、その瞬間がどうも頭に描かれなかった。


「――本当に、これは必要なことでしょうか」


「私たちでは公平な判断が出来ない。

 そう思われたからオーワン様はアユムを、異世界人を呼んだ。

 それが全てよ、必要かどうかは私たちが判断できるものじゃないわ」


「しかしっ!」


「――それにもう、引き返せないでしょう?」


 引き返せない。

 正しくその通りだ。

 その言葉にフォレストの胸が罪悪感でいっぱいになる。


 アユムが呼ばれた理由については、直接的な言葉は何もなかった。

 なので、先程の理由を知らないというイミテーの言葉に嘘はない。


 ただ、神たち全員にはある確信があった。

 異世界人を呼ぶことになった理由というものに対して。

 それこそが、アユムのでたらめな降神が成功する理由でもあり、

 フォレストを含めたこの三柱がここまでする理由にも繋がっている。


「――とりあえず」


 重くなる思考を中断し、やるべきことを済ませるためにフォレストは動いた。

 フォレストがここに一緒に来たのは、アユムの手助けをするため。

 この場で確実に、イミテーからあるモノ――祝福を貰うためであった。

 例えアユムが倒れたとしても、それだけは取っておく必要がある。

 そう考え、フォレストは話を進める。


「イミテー、貴女の祝福をアユム様に授けてください。そしてプリエも」


「私のか……確かに、異世界人である彼には、あった方が良いだろうね」


「私のまで? 良いけど、護身とかにはあまり役にたたないよ?」


「何でも良いです、アユム様が活用できる物が増えるのならそれだけでも」


「フォレスト……」


 顔に浮かんでいるのは使命感、そして罪悪感。

 一人の人間に神が行う行為にしては度が過ぎるほどの行動である。

 しかし、この場でそれを責める者は誰もいなかった。

 プリエもイミテーも、そんなフォレストを見て苦しい顔を見せているだけだった。


「私とプリエの祝福は媒体を必要としない。

 プリエの祝福は、少し説明がいるだろうけど――」


「それは私の方から説明します。プリエも、それで良いですね?」


「まあ、良いよ。適当に渋ったと伝えといて」


 元々はイミテーだけを考えてきたフォレストだった。

 でもプリエが加わっくれるなら尚更良い。

 少しでもアユムが使える手札が増えて、その道のりが少しでも軽くなるなら。


 あの処刑が行われた時。

 その光景に誰よりも驚き悲しんだのは、恐らくフォレストだろう。


 自分の子供が主導した恐ろしい行為も。

 アユムが行ったその行為と、刻まれた傷跡も。

 どんな残酷な場面よりも惨い光景として。

 どんな衝撃的な真実より濃厚な現実として刻まれた。


 そして誓った。

 神として可能な限り、彼に干渉しようと。

 後手に回るのをやめると決めたのだ。

 彼に対しても、己を作った母に対しても。


 善人気取りの偽善者。

 ああ、その通りだ。

 彼女らは、それに何の答えも返すことができない。


――――母さま。

    本当に、これしかなかったのですか。


 何度目になるかもわからないフォレストの疑問に、答えるものはいなかった。


Interude Out

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