25.他人の気持ちは他人しか知らない ①/神685-6(Und)-1

 整頓された道路と白い壁、華やかな服装の人々。

 並ばれている家――屋敷と呼ぶのが相応しいであろう建物がいくつもある。

 それだけではない、遊べる場所というのが少なかったインルーに比べ、ここには劇場や図書館など、遊ぶための施設も存在していた。

 極めつけは、都市の最奥に雄々しくそびえ立つ王城だろう。


「ここが首都ベルバか」


 海外へ行ったことはないから、こういった城を実際に見たことはない。

 見てきた中で一番似ているといえば、やはり姫路城とかになるだろうな。

 でもそれは和式だ、西洋の城とは趣も方向性も違う。

 そこでふとエレミアたちを見ると、やはり驚きは隠せてないようだ。

 まあ、このあたりを見るのは彼女たちも私も変わらない。


 再び視線を窓の方へと移し、流れ行く町並みをひたすら眺める。

 現在の目的地は首都内に存在するフラーブ公爵家の屋敷。

 首都内に入ったらすぐに公爵家に向かうというのはあらかじめ知らされていた。

 こちらでの住処もそこになると言っていたので、こっちも選択肢はないのだが。


 家庭、いまだに頭の片隅から離れない言葉だ。

 6月になってみると余計に気になる。

 そして――エレミアたちのこともずっと気がかりになっていた。


 ここはエルフが住んでいた森ではない。

 彼女らが住んでいた、あのフリュードの村ではないのだ。

 私の場合、今では手も触れられない場所ではあるが、彼女らは違う。

 少し遠いだけで、会おうと思えば今から向かっても今月中に間に合うだろう。


 もし、私が自分の家族のことをずっと考えてたから、気を使ってくれたのでは?

 私のせいで彼女らは、自分の悲しみを吐き出せずにいるのではないかと。

 前回のダークエルフの一件以来、それが頭から離れずにいた。


 聞く、べきだろうか。

 自分のことは語らないのに、私はそれは聞くのかと自虐する。

 私が聞いたら彼女らは何て答える?

 そりゃ決まっている、大丈夫だと、自分が決めた道だと返すだろう。

 わかりきっている言葉を聞くことに、果たして意味はあるのか。


「――――ふぅ」


 そこで、レミアが一つため息をこぼした。

 ため息につられて動かした視線の先では、レミアがジト目でこちらを見ている。


「レ、レミア?」


 レミアらしくもないその表情につい、言葉がどもる。

 これはバカでもわかる、不満がある表情だ。

 レミアがここまで自分の感情を顕にしたのを、私は見たことがない。

 

「アユム様、私たちに何か、言いたいことはありませんか?」


「言いたい、こと?」


「はい、言いたいことです」


 まさか、先程までの考えがバレたのか。

 いや、どちらにしろここで嘘はつけない。

 そもそも聞きたいと思ったのは事実だ。

 聞かされてしまった以上は、これを我慢する必要はないだろう。


「……レミアやエレミアは、故郷が恋しくないのかなと」


「それだけですか?」


「言いたかったことは、とりあえず」


「ああそうですか、じゃあこっちから聞きます。

 ――何をそんなに黄昏れてるのですか、アユム様」


「それを、聞くのか」


 お互いが気まずくなるだけだと思って口を閉じていた言葉たち。

 それらを何の遠慮もせずに入ってくるレミア。

 そんなレミアの質問にどう返すべきかと迷っていると、レミアは次の目標へと言葉の向き先を変えた。


「それとエレミア、あなたはアユム様に言いたいこと、ない?」


「わ、私!? さ、先程の質問の返事……じゃないよね」


「私が知ってて聞き返すのを一番嫌ってるのは知ってるよね?」


「は、はいっ!

 お姉ちゃんと同じく、アユムの暗い表情の理由を聞きたかったです!」


「よろしい、やはりいい子ねエレミアは。じゃあアユム様、お返事は?」


 笑顔で圧迫してくる強気なレミアに、エレミアは恐縮していた。

 これはアレだろうか、怒っていると見ても良いのだろうか。

 いや見るも何も怒っている、現実否定はやめておこう。

 でも、今までずっとこうして見て見ぬふりをしてきたのに今更なのか?

 そんな私の考えを読んだのか、レミアは首を横に振りながら語った。


「違いますアユム様、見て見ぬ振りをしてたのではなく、ただ我慢してたのです」


「我慢……というのは、聞くことをか?」


「いいえ、アユム様の嘘をです」


「私の嘘、か」


「口が動かないからといって、それが嘘にならないとは思わないでくださいね」


 ああ、そういうことか。

 言葉だけではなく、虚ろな行為そのものも嘘として見るということか。

 ――参ったな、ということは彼女らは常に我慢していたことになる。


「別にそれで私たちを気にする必要はありません。

 エレミアも、アユム様が自分なりに考えての嘘であることは知っています。

 あなたがそんな不器用な存在であることを知らない私たちではありませんから。

 ただ、いい加減こちらの堪忍袋の緒が切れました」


 レミアは真っすぐな目でこちらに視線を合わせてきて、私はそれを避ける。

 いつも他人の目というのは苦手で、ましてやこういう状況なら言うまでもない。

 答えない私の代わりとでもいうように、レミアは自分の言葉を止めなかった。


「あなたの考えはわかります、いつもの自己満足という名の自己犠牲でしょう。

 それはあなたの美徳ですが、同時に欠点でもあります。

 思うことがあるなら、口を開いて声を出してください。

 あなたがそのように壁を作ってしまうと、こちらも近づけません」


「自己犠牲だなんて、そんな尊いものではないよ」


「でも壁を作ったことも、声を出してないのも事実でしょ?」


「……それについては認めるけど」


 認めながら考えるのは、これらの質問の返し方。

 どう答えるのが良いのか――いや、どう答えるべきなのか。

 レミアが本気だというのはわかる、こんなにも踏み入ってきたのだ。

 エルフである彼女がここまでやるのは、それだけ鬱憤が溜まっているということ。

 恐らくは今回の件だけではなく、今までの全てが蓄積された結果だろう。


 答えるのは簡単で、話すのも簡単だ。

 嘘も何も必要ないこの場では、胸の奥を吐き出すだけで事足りる。

 今この場だけを考えれば、それが一番簡単な解決策だ。

 しかし目の前の人は、この場だけを考えて行動できる人ではない。

 その根本、問題の底の底にある原因は、私の考え方に他ならない。


「じゃあ、先ずは声を出してください。

 いつまでも胸の中に秘めていないで、口の外にまで出してください」


「私は――」


 どう答えるのが良い?

 ここでその場しのぎだけの回答で済ませて良いのか。

 どう考えても答えは出ず、時間だけが無情にも過ぎ去っていく。

 一瞬の静寂が場を支配する狭い馬車の中。

 その静寂を破られたのは案外と簡単で、あっけないものだった。


「皆さま、歓談中に申し訳ありませんが、屋敷に到着しました」


 開かれた扉からはいつものメイドさんが顔を出した。

 メイドさんの言葉にレミアはため息を小さく吐いて、フードを被る。


「続きは後でやりましょうか。アユム様も、良いですね」


「あ、あぁ……」


 締まらない返事だったが、レミアは気にせず馬車を降りる。

 エレミアはそんなレミアを見てぎこちない笑いをこぼしては、先に降りると言っては私を通り過ぎてレミアに付いていった。

 自然と残るのは私とメイドさんのみ。

 こっちも体を起こして動きたいのだが、こちらをまっすぐ見てるメイドさんの視線が気になった。


「……何か」


「いえ、特には。ああいう方が近くにいるのは幸福なことだと思っただけです」


「それは、言うまでもないことです」


「そうですか、さすがは使徒様です――おっと、口が過ぎました」


 何をどう思っていればそこでなんて言葉がつくのだ。

 どう考えても皮肉にしか聞こえない。

 言い返す気にもならなかったので、無視してそのまま立ち上がり馬車を降りた。

 そこからはメイドさんの案内に従って公爵家の屋敷内へと足を運ぶ。


 三人ともそれぞれ、並んでいる三つの部屋に案内されて、今は個室の中。

 屋敷の中もそうであったが、部屋の中にも華やかな装飾が数多く飾られている。

 さすがは貴族の屋敷というべきだろうか、私としてはどうも落ち着かない。

 ただまあ、先程の城を見てからだと少し曇れて見えるというのが本音だ。

 これが本当に、王にも匹敵する権力を持つといわれる公爵家の屋敷なのだろうか。


「この屋敷はベルジュ様に与えられた別荘になります。

 皆さまはこれから夕食まで荷物を解いたり、旅の疲れを癒やしてくださいませ。

 夕食にはフラーブ公爵との晩餐ばんさんが予定されてます」


 そう疑問に思ってると、私を案内して未だに退室せずにいたメイドさんが答える。

 考えが口から漏れていた――ってことはないと思うのだが。

 単純に考えたらタイミングだろうけど、あのメイドさんのことだ。

 もう、このメイドさんのことは一々突っ込まないほうが良いかもしれない。

 だから私は細かい質問よりも話を進める方へと進めることにした。


「フラーブ公爵というのは現公爵、要はあいつの親ということですか?」


「そうなります、ベルク・フラーブ公爵様ですね」


 ベルク・フラーブ……それが現公爵の名前か。

 どことなくベルジュと名前が似ているのは、恐らく狙ってるのだろうな。

 だとするとあの弟の方は――いや、やめとこう、もう終わったことだ。

 私がそいつに同情する理由もなければ、必要もない。


 とにかく、現公爵ともなるとさぞ偉いだろうな。

 そしてまた、うまいはずだ。

 私なんかがいくら頭を回しても、あっちの口車に乗ればそれまで。

 今日の夕食は、なるべく少なめにしたほうが良いだろう。


「……その場には、エレミアたちも?」


「もちろん、お二人とも大事なお客様ですので。

 少なくとも公爵家の方々があなたに敵対する行動は取るはずがないでしょう」


「そう、ですね」


 喉元まで出かかった言葉をそのまま飲みほして、肯定だけを返した。

 あまりにもこちらに合わせてくれるから、どうしても忘れそうになる。

 目の前のメイドは決してこちらの味方ではないということを。

 それとなくこちらの懐の中に入ってくるのも、裏がないとは言い切れない。


 メイドさんは私の態度で何かを感じたのか、目を閉じて考え込んでしまう。

 何が引っかかったのかは聞かなくてもわかる、こちらの考えを読まれたのだ。

 私は口に出したことのない考えを、自然と読み取ったのだ。

 もしかして、本当にこちらの考えを読んでるのだろうか。


「――仕方がありませんね。

 少々不本意ではありますが、こちらの情報を提示しましょう。

 このまま疑心を抱かれてはこちらの目的にも支障が出ます」


 そして、次にメイドさんが放った言葉は、またしてもこちらの考えを読み取ったかのようなものであった。


「目的、とは?」


「それを明かすためには先ず、こちらの素性を明かす必要があります。

 遅くとも明日には明らかになると思いますが、少し早くても問題はないでしょう」


 メイドさんは、そう言っては一度、自分の姿勢を直す。

 彼女自身は何も変わってないと言うのに、それだけで周辺の空気が変わるような錯覚がした。


「ケイジ王国、沈黙の賢者であらせられるボアード様の従者、ロゼと申します。

 此度は神の使徒であるアユム様の観察とお世話をするために派遣されました」


 豪華な扉の前で、白黒のメイド服のスカートを両手の指でそっと取り、挨拶あいさつをしながら、彼女はそう優雅に自己紹介をしてみせる。

 その様は、メイド服が立派なドレスに見えるほど美しく見えた。

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