番外2.不謹慎で不器用でバカで

 初印象は最悪だった。

 そもそも人間に対して良い印象を持つというのは基本ない私ではある。

 でも、アイツとの初顔合わせと初印象は最悪だった。


 初めて顔を見たのはエレミア様を助けるために入ってる牢の隣。

 服装はこの近くでは見られないものだったが、それだけ。

 そもそも人間なぞにかまっている余裕など、当時の私にはなかった。

 エレミア様がそこでアイツを連れ出さなかったら、そこで終わった縁だろう。


 しかし、事はそうならなかった。

 エレミア様は彼を連れ出しては一緒に建物を抜けた。

 それどころか村まで連れていこうとする。

 私が止めても考えを改めないエレミア様にどれだけ歯がゆい思いをしたか。


 アユムと名乗ったその人間は常に嘘をついていた。

 言葉ではなく、言動と顔で外に出る自分を偽っている。

 なので正確には嘘の仮面をつけていたというべきか。

 おかげで何を言っても信用する気になれなかった。


 エルフは誰しも嘘に敏感だ。

 なのになぜエレミア様はこれを感じないのか。

 警戒していないからか、それともあえて気づかないふりをしてるのか。

 今でも当時のエレミア様がどんな理由でそうなさったかは疑問でしかない。

 でも結果としてアイツは村までついてきて、鳥かごの鳥になってしまう。


 アイツはなぜついてきたのか。

 本人もこうなることは気づいていたはずだ、いや気づいていた。

 なのにアイツは何も言わずについてきた。

 恨みを持っていてもおかしくないのに、それを今まで一度も口にしていない。


 村に着くまでのアイツは、ただ不謹慎だった。

 ふざけた態度に、異世界から来たという嘘のようで嘘じゃない話。

 信じないとは言ったが、それくらいの区分もつかないエルフはいない。

 アイツがついていた嘘はその顔の表情と態度だけだった。


 それからあいつの処遇が決まるまでの間、私も村に滞在することになる。

 神が直接お認めになったからか、自身の娘が絡んでいるからか、村長も周りの連中もあえて口を出さないように見えた。

 そんな状況の中、暇を見てチラッと顔を拝みに行った時、アイツは変わっていた。


 表情からも態度からも嘘が抜け落ちていたのだ。

 代わりに浮いていたのは不安と苛立ち。

 それを隠すための無表情を貫こうとしている印象を受けた。

 最初に会った時とはほぼ別人である彼の印象に少し戸惑い、結局は何も言わずに教会を出た。


 異世界から来たという言葉。

 神に認められた客人。

 しかし現実は閉じ込められたまま、不安に囚われ怯えている姿。

 恐らくここからだろう、私がアイツを同情するようになったのは。


 アイツに対する同情心を抱いた次に浮かんだのは、やはりエレミア様だった。

 エレミア様はアイツのために制限された行動範囲の中でも根気よく村のエルフたちを説得していった。

 ただ成果は著しくない、誰もが一歩引いた状態で中途半端な答えだけを口にする。

 ターリア様からも聞いたが、相当参ってらっしゃるようだ。


 しかし、私がエレミア様に行ったからといって何か変わるわけでもない。

 だからだろうか、敢えてエレミア様には連絡を取らないようにした。

 ただ滞在中に行うはずだった教会への連絡業務をエレミア様に譲っただけ。

 でもこの胸の奥を語りたがった私は、関係する人物の中でも第三者に近い人物を訪れることにした。


「っはあ―! にしても、まさかお前が私を飲みに誘うとはな」


「……そんなにおかしいか?」


「そりゃエルドやレントよりはマシだろうが、お前も硬いだろう。

 なのに俺のようなお酒好きを飲みに誘うとは、明日は雷でも落ちるか?」


「貴様は酒が好きなだけで限度は知ってるだろう、エドワード。

 それに酒は嫌いじゃない、自分の速度で飲めるんならな」


「ワッハハハ! 酒が目の前にあるってのに手は緩まんよ俺は!」


 何を言おうと笑って飛ばし、ひたすら目の前の酒を飲み干していく。

 数多いエルフの中でもこれだけ濃いエルフはまた稀だろう。

 一番エルフらしくないエルフ。

 そして本人の言う通り、私が誘うような人物でもない。


――――しかし、今回の件の関係性で見ればちょうどいい話し相手でもあった。


「お前にそこまでさせるそのアユムという人間は流石と言わざるをえんな。

 まあ俺の娘のお眼鏡にもかなったやつだ、そんなの聞くまでもないわな!」


 先日、エリアが教会に訪れては今でも頻繁に教会へ出入りしてることは人知れず噂になっている。

 教会に訪れているその理由が何なのかは言うまでもない。

 その娘の父に当たるのがこのエドワードだ。


 アイツに対して好意的でありながらも第三者の立場にある人物。

 こいつがそれだと言うのは少し癪だが、エルフらしくないからこそ都合がいいとも言えるだろう。

 私はもったいぶらずに本題に入ることにした。


「その人間のことだが、貴様はどう思う?」


「そうだな、我が娘をたらしこんだのはけしからんとしか言いようがないな。

 しかし、惚れ込むこともわからんでもない。

 なんせ俺の自慢の娘だ! 知ってるか、あの娘がどれだけ博識かを!

 それだけじゃねーぞ、最近は表情が妙に活き活きしてるというか――」


「知らんし貴様の娘自慢を聞きたいわけではない。

 ――質問を変えよう、その人間の状況をどう思う?」


「はっ、それは俺よりお前のほうが知ってるんじゃねーか?」


 エドワードは自分の杯の酒を荒っぽく一気飲みしては再度注ぐ。

 《既に知ってることを聞くなよ》とでも言いたいのか、それともただうんざりしてるのか。

 もしかしたらその両方かもしれない。

 気持ちはわかるが、こちらとしても別にそんな現状を聞いてるのではない。


「貴様の胸の奥なんぞ私が知るか、どう思うかって聞いただろうが」


「それこそ聞くまでもないだろう、誰もが同じだ。

 、それに限る」


「貴様のような変わり者でも例外ではないと?」


「変わり者だと言ったって俺がこの村に住むエルフなのは変わらない。

 娘の件で多少は他よりは好感を持ってるだろうが、俺だけでは何にもできんよ。

 結局今回の件の決着は村長であるエルド次第だ」


 先程注いだ酒を飲みながら、エドワードは続ける。

 その顔には諦めを含んだ皮肉交じりの嘲笑ちょうしょうが浮かんでいた。


「今回の件がなかなか決まらない理由は別にあの人間が悪いわけではない。

 それこそ未だに走り回っているエレミア様のせいでもない。

 理由はもっと簡単で深い。

 要は、この曖昧な状況で自分の意見を披露せず中立でいるやつらが原因だ。

 もっとも、動かないという点では私もお前も同類ではあるが」


 今回の件は、神が認めた人間の処遇を決めるというものだ。

 神が認めて、村長の娘であるエレミア様と約束でつながった人間。

 客人として迎え入れないのもおかしい話だが、そのっていうのが問題だ。


 今までの常識と現状の摩擦、どっちが正しいかの問題。

 危険で、エルフを拉致するような危険分子であると。

 約束を交わし、神に認められたの矛盾した衝突。


 考え方によってはエレミア様のように受け入れたい人もいるだろう。

 しかし誰も口にはしなかったがこれは暗黙の規則、いわばだ。

 もちろん公にはなっていない、厳密には約束でもなんでもないものである。

 しかし我々エルフには、こういった状況に対する経験が圧倒的に足りない。

 それゆえの沈黙、あくまでも現状を維持したいがための思考停止であった。


「――なら、お前はどうしたい?

 他の連中は気にしないで言うんだったらどうするのがお前の好みだ?」


 そこで切り出したのはエドワード本人の意思。

 その質問を聞いたエドワードはここ一番の呆れ顔をしながら酒を一気飲みした。


「お前本当につまんねぇことしか聞かねぇな。

 できるんなら今すぐにでも食事に誘ったわボケが、当然だろう。

 エリア抜きでも人間の客人なんて、そう来るもんじゃない。

 というか、俺に聞いた時点でお前も似たようなもんだろうが」


「私は――」


 吐き捨てるように、お構えなく入ってくるエドワードの言葉。

 そう聞かれてから、私がアイツのことをどう思ってるかを再度考えた。


 冗談以外でこちらに嘘をついたことはない。

 なのにも顔に仮面をかぶっているアイツが嫌いだった。

 人間である以前にその仮面が嫌いだった。

 だから私はアイツの顔を好かない。


 しかし、仮面が剥がれ落ちてからのアイツの顔に笑顔なんてどこにもなかった。

 そんな表情がここの出来事だけで出たにしては、あまりにも

 嘘のない真実の顔にあるのは欺瞞ではなく焦燥だけ。

 そんな表情を好きになれるはずがない。

 エルフとしてあるまじき考えだが、嘘の表情がよっぽどマシに思えた。


 嘘の仮面の裏にあるのが、必ずしも笑顔だとは限らない。

 偽らないことを基本とする我らにはわかるはずもなかった。

 監視団として人間と接している私ですらこうなら他は言うまでもないだろう。

 嘘の仮面も嫌いだが、嘘のない表情も気に入らないとは思わなかった。


 本当に、不器用な人間だ。

 元々人間というのは不器用な生き物かもしれない。

 そのせいでか、あいつが気になって仕方がない。

 放っておけない。

 私がそう思ってることを、今更ながら気づいた。


「そう、みたいだな」


「何がどうなってそうみたいなのかはさっぱりわからんが、そういうことだ。

 全く、聞き手がほしいだけだったんならもう少し酒をよこしやがれ」


「ああ、今日は大盤振る舞いだ。好きなだけ頼むが良い」


「けっ、最初からそうしろっての。

 オリヴィア、果実酒二つ追加だ!」


「はいはい、わかったから静かに飲んでよ、エリアも寝てるんだから」


 エドワードに呼ばれて冷えてる果実酒を持ってきたのは彼の妻。

 エルフらしくない夫に比べて、知的な顔立ちの白い髪。

 そんな彼女がエドワードと結婚すると言ったときは町中に衝撃が走った。

 結婚する前は、若さに似合わない知識で将来を楽しみにしていたというのに。

 ――とはいえ、私からすれば収まるところに収まったとしか思えんが。


「お前もいい加減こいつを甘やかすのをやめろ。

 娘ができてもこの体たらくでは示しがつかないだろ」


「もう諦めたわ、そういう点ではエリアが賢い娘で良かったかも。

 それよりあなたこそ酒は程々にね。

 この人は一緒に飲もうが飲まないが自分の好きなようにしか飲まないから。

 レティーアのことだから、言わなくても大丈夫とは思うけど」


「なんだかんだで腐れ縁だからな。それと今はレインだ」


 一応訂正しておいたが、オリヴィアは気にした素振りも見せない。

 むしろ彼女はこっちを責めてきた。


「村の中だから別にいいでしょうに。

 それにあの人間のこと、もう認めてるのでしょう?」


「まあ――まだ明かしてはいないからな」


「その気があるなら一緒よ一緒。

 エドワードも言ったけど、あんたは頭は回るのに融通が利かなさすぎるのよ」


「――――っは! あん? なんか言ったか?」


「なんでもないわよ」


 頭は回るのに融通が利かない、か。

 昔ながら良く聞いた言葉だ。

 今更それを指摘されたところでなんとも思わない。


 でも、アイツの場合はどうなんだろうか?

 未だ話もまともに交わしたことがない自分には判断できないところではあった。


――――しかし


 初めて出会った時も今も、自分の考えを貫こうとするきらいがあった。

 自分も閉じ込められた状態で、という。

 ましてやその理由が自分が何の役にも立たない――恩を返せないってのが理由。


 本当に、バカな男だ。

 考えれば考えるほど嫌になる。

 いったい誰に似たんだか、気に食わないったらありゃしない。

 そのイライラに自分の杯に注がれてる果実酒をそのまま一気飲みする。


「おっ、良い飲みっぷりじゃねーか、ささ、もう一献」


「はあ、あなた? 私はもう寝るけど、程々にしてよね?」


「おう、任せとけって。すぐに行くから隣は空けとけよ?」


「酒臭いからイヤ」


「へいへい、おやすみなさい」


「……バカ」


 そう言っては二階にあがっていくオリヴィアには気もせず、こっちの杯に酒を注いでは自酌してまた飲むエドワード。

 その変わらない姿に先程のイライラをぶつけてみたくなった。


「なあ」


「あ?」


「お前は、変わりたいと思ったことはあるか?」


「――ないと思うか? そしてお前から見て俺は変わったか?」


「まあ、根っこは何も変わってないな」


「じゃあそういうことだ、基本的に俺は無駄な努力が嫌いだからな」


 変わり者のエルフ、それでもエルフ。

 彼もまた、村の中では肩身の狭い立場ではある。

 エドワードがこうやって落ち着けたのはオリヴィアのおかげでもある。

 自分のことながら酒が回ったと悔やんでたら、何故か彼の言葉は続いた。


「でもな、結局みんなしてそんなもんだ。

 根っこは変わらない、変わりようがない。

 変わるのは外側だけだ、見えるものは変わっても見えないものは変わらない」


――――だから、お前もやりたいようにやれ。


 エドワードは後の言葉を続かなかった。

 ただ自分の酒を黙々と飲み始めただけ。

 それでも、彼がそう言ってるような気がした。

 私はそれを聞いて自分の杯に注がれた酒をまたしても一気飲みしては席を立つ。


「ふっ、そうか、じゃあそういうことにしておこう」


「あ? おい、まだ一つ残ってるぞ?」


「寝かしとけ、一人で空けるなよ?」


「おいコラふざけんな、せっかく持ってきたのにそのまま寝かすのかよ!?」


 好き放題言ってくるエドワード。

 私は酔いが回ってきて少し上がった気分で笑いながら話した。


「そう急かすな、今度はで飲もう」


「――けっ、しょうがねーな」


 その言葉に、文句を言いながらもエドワードも席を立っては、開けてもいない果実酒をそのまま手にとって店の裏へと足を運びながら語る。


「約束だ、今年内に連れてこいよ」


「善処しよう」


「ふん、見送らねーからな」


 そう言ってエドワードは店の裏に、私は店の外へと出た。

 やりたいようにやれ。

 言葉にしてないその言葉は、簡単なようで難しいものだ。

 私にとっても、エドワードにとっても、アイツにとっても。


 でもいつかを夢見て、それを叶えるために動くことはできる。

 道半ばで挫けるか、成し遂げるかはその次の問題だ。

 だからまずは、私も一歩を踏み出すとしよう。

 そうやって一歩ずつ進んでいくのが、人の生き方だろうから。

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