22.望まない環境の変化はいとも容易い ①/神685-5(Imt)-19

 何もしなくても時は無情に流れる。

 私が休んでいても世界は回り、知らないところで変化していく。

 この世界に呼ばれた時のように、それこそ眠ってる間にも世界が変わる。

 望もうとも、望まなくとも。


「アユム、今日はどうするの?

 流石にそろそろ連絡したほうがいいとは思うんだけど……」


 確かに、いい加減に連絡しないとまたここまで入り込むかもしれない。

 横で心配そうに見つめるエレミアを見て、ため息をつきながら答える。


「出るよ、いつまでこもってるわけにもいかないからね」


「えっと、なにか被る? それとも屋上からこっそり行く?」


「そうしたい気持ちは山々だけど……どっちみち避けては通れないから」


 軽く《宿り木》を出る準備をして心配そうなエレミアと一緒に建物を出る。

 そして、出た扉の前で待っていたのは――


「使徒様! 使徒様だ!」


「使徒様が出られたぞ!」


「おおっ、使徒様、どうか我々に祝福を与えてくださいませ……」


「使徒様、今年の豊作をよろしくお願いしたく……」


「今回の研究はうまく行きますように、イミテー様によろしくお願いします!」


 使徒様、使徒様と押し寄せてくる、民衆の姿がそこにいた。


********


「やっと来ましたか、随分と消耗したようですね」


 民衆の群れをなんとかくぐり抜け着いた場所は私たちが捕まってたあの建物。

 あの事件の、今はいない例の貴族が泊まっていたお偉いさん専用の宿だ。


 その宿で私を待っていたのはその貴族の兄、つまり兄貴族だ。

 事件の後始末のすべてに関わった人物でもある。

 今までエルフの拉致に関連していた商人と都市内の役人たちの摘発と後続措置。

 それによって予想される被害と、対策の準備。

 そして――


――――私が神の使徒として崇められるようになったことまでも。


 だからこそ、まるで自分は関係ないとでもいうようなその言い方が引っかかった。

 引っかかった、けど。


「――そんなことより、用件の方を片付けたいのだが」


「おや、冷たいですね。もう少しゆっくりしていらしても大丈夫ですよ?」


 個人的な被害はあったものの、結果としては何も悪くない。

 この都市限定ではあるが、ギルドとエルフは協力できるようになった。

 すべてが見返りを求めての行為であったとしても感謝するべきだろう。


 しかしそれはそれ、これはこれだ。

 恨み言は言わないにしても、気に食わないのはしょうがない。

 自分の家族を自分の手で殺したのも、人を食ったように見える立ち振る舞いも。

 何もかもが気に入らなかった。

 初対面でも敬語すらつける気がしなかったから未だにため口で通してる。


「エレミア様とは先日ぶりですね。その際はご協力、ありがとうございました」


「いえ、両者の関係が改善されるのなら、いつでも呼んでください」


「これは心強い、ぜひとも頼りにさせていただきます」


 エレミアとも親しく話し、礼儀を守っている。

 そういうところを見ると確かに弟とは確実に違うタイプであることがわかる。

 ある意味、人間たちの中では異質とも言えるだろう。

 それに貴族というのは国の偉い人間、政治家と一緒だ。


 気を抜いてはだめだ。

 一番恐ろしい人間というのは、常に笑ってる人間である。

 そんな私の態度に、兄貴族はため息をついては視線をエレミアに向ける。


「――睨むのはいい加減やめてもらえますか、アユム様?」

 

「あんたに様付けされるほどの人間ではない。それと、これが素なんで」


「はぁ、全くわかりやすいですねアユム様は」


 そう言いながらも、表情は一向に変わらない兄貴族。

 ニコニコと笑いながら履くため息にはついイラッとしてしまう。

 もちろん本人はそれに気づいた様子もなしに、近くのテーブルに私達を案内した。

 私もそれに黙々とついていき、出されたお茶を飲みながら話し合いが始まる。


「まあ、先ずは前回の後処理の現況から――といってもすでにエレミア様から聞いてますよね?」


「ああ、全ては都市内の兵、そしてそのトップの市長の責任として収まると聞いた」


「仰る通り、まあ今までのエルフとの関係に限定した話ではあります。

 実際に奴隷として売られてしまったエルフに関しては未だ調査中になりますね。

 最小限でも中央――王国首都付近にこのあたりの話は上がってすらいないです」


 監視団とギルドと兵士との三つ巴の状態だった時とは比べにならないくらい進んでるし、こちらとしては圧倒的にいい方へと転んでる。

 この兄貴族が間に立ってくれただけで話の進みもすごく早くなった。

 何より、力をもった権力者というだけで一般の兵士たちが協力的なのも大きい。

 自白もあったし、逆に市長への告発も多かったらしい。


「まあ、自白したのは良い判断ですね。

 私は基本、情け容赦はかけませんが降伏した人間には普通に優遇いたしますので。

 下手に隠してバレた場合、本人とその家族の死刑は免れないでしょう」


「――もしかして、貴様の弟にしたことはこのためか?」


「いえ? まあ効果がなかったとは言いませんが、無くても別に変わりませんよ」


 着いて早々にやらかしたのが自分の弟の首を落とすという行為。

 いらないと思った途端、笑顔で人を殺せる人間。

 今は味方してくれてるけど、いつどうなるかなんでわからない。

 この人間味のなさが、私の中でこの兄貴族に対する信頼を薄くしている。


 ただ、ここからその問題を引き出しても話が脱線するだけだ。

 結局は他人であり他所の家の事情である。

 私はあえて話題を戻しつつ話を進ませた。


「まあいい、それで市長はそのまま首都へお呼ばれでこちらには新しい人が来る。

 都市を出た商人と売られ先に関しては今調査中ってことでいいよな?」


「そうですね、監視団の方々から資料はいただいております。

 あの状況下で都市からも出ずによくここまで資料があるとは感嘆しています。

 ですが、古い情報もあったりするのでこちらはせめて生死だけでも確認する形をとりますということで落ち着きました」


 これで長く続いた監視団の一番の課題に光明が見えた形になる。

 ギルトとも今回、連携をとったことで前例ができたのは大きいと思う。

 結果万々歳のハッピーエンドな状況ではある。

 しかし、私にとってはおそらく今からか本番だろう。


 目の前においてあるお茶を一口のみ心を落ち着かせる。

 そして兄貴族の目を見てはっきりと聞いた。


「前回の続きだ。

 貴様は、私に何を求めている? 何を求めて神の使徒なんで肩書きをつけた?」


 兄貴族は来るものが来たとばかりに、視線を避けずそのまま受けては答える。


「――まあ、そうですね。

 といってもアユム様ならすでにある程度の予想はついてらっしゃると思います。

 で、答えも勿論決まってらっしゃるのでしょう?」


「否定はしない」


 貴族というのは政治家だ、自分の益にならない行動はしない。

 そしてこの短い間にも広がってる神の使徒の噂。

 都市のトップがいきなり降ろされたという大事件でも混乱が少ないのは、これにも原因があったりするのだ。


 真実と嘘が混ざっているこの噂とはこういうものだ。

 《神の使徒が降臨され、光の柱とともに啓示をくだされた》というもの。

 あくまで噂であるため啓示の内容はそれぞれだが、エルフ絡みの問題が多かった。

 そして啓示を受けた兄貴族がそれを実践してるといった話である。


 流した人間が誰かなんて、聞くまでもないだろう。

 ならあの弟と兄貴族が欲しがってるのは類似してると見ていいはずだ。

 だったら私の答えなんて最初から決まってるようなもんだった。

 恩はあるから、完全に否定する気はないというのはあるのだが。

 その心理を読んだのかはわからないが、兄貴族は答え代わりに質問をした。


「ズバリと来ましたね。まあ、なのでこちらから先に答えてもらいたいです」


「何を?」


「あなたが求めてるもの――まあ、神の使徒の件に関しては置いときましょう。

 ただ、肩書き以前に祝福を受けてらっしゃるのは事実です。

 そんなあなたが何の理由もなく、エルフと一緒に行動してるはずがない。

 何かしら――神も力を貸したくなるような理由があるのかもしれない。

 その目的が何なのかを知りたいのです」


「そして、それに関するものを取引条件に出そうってことか?」


「あわよくば、そう思ってます」


 兄貴族の言葉を聞いて、しばし考える。

 正確には考えるふりをしていた。


 実はすでにここまでは読んでいた。

 何かしらの取引をしたいといってもあっちは私に対して何も知らない。

 人の性格や行動など、表側に出る結果はわかってもそれだけだ。

 そりゃそうだろ、この都市に来てから一度も口にしたことはないから。

 私が異世界人ということを知ってるのもエルフとあの神官くらいだ。

 取引がしたいなら、そう来るだろうとは思っていた。


 問題はここから。

 真面目に話そうとすれば異世界人というのから明かさないといけない。

 しかし、この真実を果たして目の前の貴族に教えていいものか。

 この世界に対して無知であることを、晒してしまったいいのか。

 今後が見えない中で、兄貴族との会話で決めようと思っていたが答えは出ない。


 どう考えても、信頼はできない相手だ。

 手元の札が少ない今、取引的にはこっちが優位だとしても弱点は晒したくない。

 でも今後の動き方にも悩んでいた頃だ。

 そのためにもう一度、イミテーと直接会おうと思ってるくらいには困ってる。

 しかし逆を言うと、まだ追い詰められてはいない。

 困ってるけどそれまでだ。


――――だったら


「……アユム」


 そう考えたとき、横から私を呼ぶエレミアの声が聞こえた。

 真剣な顔からも、何の話をするかは想像がついている。

 私はあえて何とは言わず、聞き返してみた。


「エレミアは、賛成かな?」


「正直、アユムの考えはわかるよ。

 でも――どちらにしろ人間の味方は必要だと思うの、特に今回の件を見てもね」


「確かに、これからもこういう問題が起きないとは限らないよな」


「信頼はできない、けど誠意は見せてもらってる。

 だったら、もしも危険を恐れて切るというのはよくないんじゃないな」


 信頼と信用は別物って話か。

 確かに取引相手としては優秀だとは思う。

 まだ実際にどういうものが要求されるかもわからない状態だ。

 それに私の推測だと、ほぼ確実に人間の都心部に入る必要があると見た。

 貴族、それも公爵クラスが協力者となると心強いのは間違いないだろう。


 まあ、契約条件で縛れば後ろから刺されることはないだろう。

 でも危惧してるのは、また完全に別の個人的な問題ではある。

 いや、個人的な問題だけあるのもないのだけど――でもそうか。


 どっちみち、エレミアたちと離れることは想定してない現状だ。

 そう考えると王国の首都へと何の計画もなく入るのは避けるしかない。

 危険がすでに隣り合わせになるんだとしたら、話してみる価値は十分にあるか。


「そう、だな。とりあえず話だけしてみるか。

 ただその前に――あんたに2つ明言しておきたい」


「何でしょう」


「一つ、私がここで言ったことは全部、他言無用でお願いしたい。

 もしものことがあったらまず先にこちらに相談すること。

 そしてもう一つ、これは釘を刺す意味だけど、私はここで真実しか言わない」


「――そこまでの真実、ですか」


「それで?」


「乗らない選択肢はありませんね」


「そうか」


 未だに悩みはある。

 それでも掛けるしかないのなら――腹を括ろう。


「私は……私の目的は――――」


 どこまで私が頭を使っても、これをメインにする人間にはかなわないとも思う。

 どれだけ利用されすぎないようにと思っても、うまく使わされる気もする。

 果たしてどこまでできるか、不安要素しかない。

 人間付き合いもうまくない私には荷が重いとも思ってる。


 ならばどうするか。

 相手にもほどよい条件を出しながら、益も手に入る目的、真実は何なのか。

 もし受けるとなったとき目的をどう答えるか。

 悩んだ結果、出た答えはこれだった。


――――絶対神、オーワンに会うことだ


 嘘のない、いわば結果だけの真実を出すことである。

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