第2章 自由の意味

11.進んだ先にあったもの ①/神685-4(Pri)-27

 薄っすらと意識が目覚め始める。

 何か気怠いと思いながら目を開けると、そこには綺麗な青空が広がっていた。


 ――――青空?

 未だ寝ぼけている頭を左右に振りながら、体を起こして周りを見渡す。

 地面代わりの馴染みのあるでかい木の葉を見て、やっとここがどこかを把握した。


 フォレストに招かれた例の場所だ。

 何で私はこんなところで寝ているんだろう。

 疑問ではあるが、とりあえずはと思い立ち上がる。


 確か、最後の記憶は処刑後の切腹、厳密には切腹とは少し違うけど。

 多分、その後はレミアさんにより教会に運ばれたはずだ。

 ということは――ここは教会なのか?

 それと、あんなに深く刺さったのに今は何の痛みも感じられない。


 そこでやっと自分の体を確認した。

 すると、なぜか体は裸状態。

 腹には痛ましい傷跡がそのまま残っていたけど、痛みは感じられなかった。


「一体どうなってるんだ、もしかしてまた別の異世界じゃあ――」


「――起きましたか」


 そこで聞こえて来たのはこの空間の主であるフォレストだった。

 やっと馴染みのある声が聞こえたことで胸をなでおろす。

 状況は未だわからないことが多いけど、何とかなりそうだ。

 でも、気絶して起きたら神の領域というのは――あれ?


「もしかして、私死んでたりしますか?」


「そんなことさせるわけがないでしょう!」


「フォレス――っ」


――――パシッ


 フォレストの怒鳴り声と一緒にお見舞いされたビンタ。

 ヒリヒリと焼けるような痛みと、フォレストの今にも泣きそうな顔が胸に刺さる。


「なぜ、叩かれたかわかりますか?」


「――わかってはいます」


「そうですかじゃあ言ってみてください、告解こっかいの時間です。

 今ちゃんと言えたら自分は許してあげます」


 叩かれる理由なんて一つしかない。

 流石にそれくらいは把握している。

 自分の無力を認めての選択だったし、私もそんなことしたくはなかった。

 言い訳をするつもりもないし、ましてや許してもらえるとも思ってない。

 でも求められるのなら答えるしかないか。


「――勝手にあんな自殺紛いのことをして、皆に迷惑をかけました。

 自分の無力を理由に、恐らくその場の全員に深い傷跡を残したと思います。

 そして全て承知の上で、私はそれを行った。

 許されたいとは思いませんが、罰は甘んじで受けましょう」


「それだけですか」


「それだけです」


「……私のことは、最後まで言わないのですね」


 結局、フォレストが気にかけていたのはそれだった。

 ――実は、彼女の物言いからもそう言ってほしいのかなとは思った。

 それに、確かにあの状況はフォレストを頼りたくなる状況でもあった。

 でも、頼ったところで現実は何も変わらない。


「――

 貴女の言葉ですよ、頼ったらその時点で互いが困る姿しか想像できませんが」


 神の行動について堅実な考えを持っている彼女だ。

 私がその処刑の前に相談したとしても、良い返事は得られなかったはずだ。

 いや、何かしらの返事をもらったとしても結果的には何も変わらなかっただろう。


 その時点でやれるのと言えば、神が認めた人間というのを再確認させるくらいだ。

 神からそう確認させる言葉を聞かれたら、村長さんも強行は出来なかっただろう。


 そのまま無条件で滞在権を得られたかもしれない。

 でも、私の目的はあくまでも神抜きで私を認めさせることだった。

 何よりこれは私だけの目的でもない、フォレストの目的でもあったはず。

 全て無駄になったからといって、そこで神を頼ってしまったら本当に私の今までが無駄となる。


 ――まあ、処刑の執行が決まった時点で既にそうなったようなものか。

 それでも、そこまで事が進んだのなら処刑後に言うのが効果的だ。

 私がそこで自害したから、フォレストの宣言にはその罪悪感だけ力が宿る。

 賢い彼女がそれをわからないはずがない。


「そう、ですね、否定はしません――でも、わかるでしょう?」


 だからこそ、フォレストがここまでの態度を見せるのは予想外だった。

 わかるでしょう、と聞かれてもわからないものはわからない。


 いい顔はしないだろうと思っていた。

 でも言ったところで彼女は下手に動けないし、結果も変わらない。

 結局、彼女に言ってもそれはただの愚痴――にしかならないけど。


「ひょっとして、私があなたを頼らなかったのが気に入らないんですか?」


「そうです、いくらなんでも私を頼りなさすぎです。

 今までずっと神殿という住処も提供してたのに。

 今回の傷もその腕輪がなかったら本当に危なかったんですよ」


「腕輪……ああ、そう言えば」


 はめてる感覚があまりないものだから忘れてた。

 一度も外したことがないので、未だ右手に付けられている蔓の腕輪。

 今の裸状態の体でも、腕輪だけは付けられたままだった。


「その腕輪の治癒力は大したものではありませんが、私の神物です。

 私の力でその治癒力を飛躍的に上げることもできます。

 より効果的に私の力を行き渡らせるようにすることも可能なんですよ。

 もし今回、それがなかったら出血を抑える前に出血死してました」


「それらについては……、感謝の気持ちしかないのですが」


「ですが?」


「元々、神頼みはしないことにしてるのもありますが。

 神に頼りたくなるのはいつもどうしよもなくなった時だけです。

 喋ったところで――いえ、これは良いです、さっきも言いましたし」


 この神の心がわからない、矛盾してる。

 私のことを心配してくれてるのはわかるけど、神は神なんだ。


 《神は多くを語らず、現実にもなるべく干渉しない》。

 この言葉を彼女は否定しない、だからこそ私は彼女を神だと認めたんだ。

 その境界線を彼女がちゃんと意識してるのを私が確認したから。

 何回考えても彼女に対する私の行動は常識の内だったと思う。

 でも、私の反応が気に入らなかったのが、フォレストはもどかしいように自分の胸を叩いた。


「だから、それが頼ってないことだと何回言えば――いや、もう良いです。

 あなたの頭がオリハルコン並に硬いというのはよくわかりました。

 なので再発防止のために、二つの罰を与えます」


「――罰?」


「一つ目はその腕輪に私との通信機能を追加します。

 降神の場でなくとも私と会話が出来るようになりますので、それで週一回は近況報告をお願いします」


「罰……?」


「うるさいです」


 中々謎な罰だ。

 罰と書いて対策と読みそうな感じの内容なのもそうだけど……本当にわからない。

 もしこれが初対面の人だったら警戒レベルMAXにして拒絶しただろう。


「……まあ、良いです。二つ目は?」


「最後の二つ目は私に対する敬語禁止です。さん付けも無しにします」


「――――えっ」


 何だって。

 いきなり何を言ってるのだこの神は。


「えっ、じゃあありませんよ! 猫かぶってるの丸見えなんですから!

 心の中では私に対してさん付け無しのタメ口でしょう!」


「いや、猫かぶってる気は全然……」


「だから言い訳! アユム様が大好きな結果で話しましょう。

 今の状況では言い訳にしかならないし、罰は甘んじて受けるんでしょう?」


 そこまで言われたら、こちらとしては何も言えない。

 まあ、冷静に考えれば言い訳になるのか、物凄く不本意だ。

 私としては猫かぶってるというより、線引きのつもりなのだが。

 どちらにしろ、罰とまで言われたら従わざるを得ない。


「――はあ、わかった。これでいいか、フォレスト」


「よろしい、やっとらしくなりましたね」


「らしいって何だ……そこまでお前と会話してないだろう」


「ほら、もう態度がガラリと変わりましたよ? やっぱりそっちが似合ってます」


 そう言って、なぜか胸を張っているフォレスト。

 マジでわからん。

 何かスッキリしたような顔してるけど、こっちは共感できないぞ。


「――そんなに変わるか?」


「180度ではなくとも100度くらいは印象が変わりますね」


「微妙な数値だ……」


 まあ、でもこれでやっと機嫌が治ったようだ。

 これで先からずっと気になってとことを聞ける。


「それで、私は今どんな状態なんだ?」


「あ、アユム様は今、精神だけここにいる状態です。

 傷がひどすぎたので、教会に運ばれた時点で精神をこの領域に封じ込めました」


「え……? じゃあ今は?」


「とりあえず大丈夫なところまでは来たので、そろそろ実体に精神を戻そうかと思って起こしました」


 薄々感づいてはいたけど、やはりそういうことか。

 私の体のことはそっちのけで文句ばっかり言ってくるから、恐らく大丈夫なんだろうなとは思っていたけど、とりあえずは無事のようだ。


「とにかく、今から体に精神を戻します。

 私の罰はちゃんと遂行してください。それと、まだ前座ですのであしからず」


「まあ、覚悟だけはしておくよ」


 そう言ってから、意識がどこかに引っ張られる気がしてきた。

 これが体に戻る感覚だろうか。何とも形容しがたい感覚だ。

 内側だけ引っ張られてるけど、痛みとかは感じない。


 なによりも、起きれば罰が待っているというのにそう悪い気はしなかった。

 元の世界でもこんな経験なかったからかな。

 誰かが心配して、怒ってくれるというのは思ったより気持ちのいいことだった。

 自分の意識が真っ白になっていくのを感じながら、そんなことを思った。

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