17.悲しみから産まれるは ②/神685-5(Imt)-3
こっちからは何も言わなかったのに、自分の夫の最後の言葉を聞くルニーさん。
それに慌てた私は、何も言えずどもってしまった。
それを見てやはりと言った風に、彼女は苦笑いを浮かべる。
「娘からあなたが訪れたという話を聞いて……。
いえ、夫が消えて十日くらいが過ぎた時から、覚悟だけはしておきました。
それにあなたの態度からも、凄く苦しんでるのが感じ取れましたので」
「それは――申し訳ありません……」
「いいえ、謝る必要はございません。
あなたはやるべき事をやったまで、そうでしょ?
それと夫がやっていた仕事に関しては、ある程度の察しは付いてます。
都市の兵士や冒険者でもなく、あなたが来たのもそういう理由からでしょう」
全て正解だ、文句の付けどころもない。
夫の
これだけでも、ルニーさんがただの弱い人でないというのが良くわかる。
「特別なことは、言いませんでした。
ただ、自分が死んだことを家族に教えて欲しいとだけ」
「――彼らしいですね。そういう時くらい、愛の一言でも残してくれたら良いのに」
「ルニーさん……」
自分の手で涙を拭いながら言う彼女を見て申し訳ない気持ちになった。
何か気の利いた言葉でも付け加えたほうがよかったか。
バカ正直にそのまま伝えなくても、それくらいは出来たのではないだろうか。
そう悩んでるのが目に見えたのか、彼女は首を横に降る。
「大丈夫です、元からそういうところは鈍い人でしたし。
いつも仕事の事ばかりで……。
一ヶ月前くらいに良いことがあったと妙にはしゃいでたのは覚えてます。
そして、最後に見た夫が凄く焦っていたことも」
「それは……」
「仕事の話は何もしてくれなかったのですが、彼が商人なのは知っています。
正しい商売ばかりでもなかったのでしょう。
特にこの辺りでそこまでのものとなれば、考えられるのは一つだけです。
――本当に、馬鹿な人。そんなの、一度も頼んだことないのに」
笑顔は崩さずに、それでも涙を堪えてるのまでは隠せなかった。
言葉にも、声にも、その悲しみが漏れていたから。
聞いてる私すら胸が痛くなるほどだった。
口下手な私は何も言えずに、ただ彼女の言葉を聞いてることしかできなかった。
「私たち夫婦はここから離れた田舎出身で、彼は貧しさにうんざりしてました。
彼に危ないことはしてほしくなかったから、最初から反対してたのですが。
私の反対を振り切って商人として立ち上がり、ここまで来ました。
娘も友達が出来ても何年かで引っ越してしまうから、心細かったと思います。
彼がここに根を下ろしたのも、そこを心配しての事だと、思いたかった――」
「……」
「――すみません、みっともないところをお見せしました」
「いいえ……」
私は、早めにここを出たほうが良いだろう。
言わないといけない事を全て言ってから、彼女に悲しめる時間をあげるべきだ。
こんな姿は、第三者が首を見て良いものではない。
「それとご主人の件ですが――あの人は、私が」
「そこまでです、その先まで言わなくても大丈夫です」
そして私の罪の告白は、ルニーさんにより止められた。
いや、賢い彼女のことだ、ここまで言えばその後は予想できるはず。
なのに彼女は私の言葉の続きを聞かずに、むしろ止める。
「何故……?」
「アユムさんは、本当に優しい方ですね、まるで別世界の人のようです」
「――そんな、ことは」
そう言って軽く笑ってみせる彼女に、口ごもってしまった。
違わないとも違うとも言えずにいると、彼女は返答は待たずに話を続けた。
「村近くに魔獣が現れることも、戦争が起きるのも珍しいことではありません。
特にこの近くには常に魔獣が徘徊していて、誰しも覚悟だけはしています。
でも、あなたはそれが欠如しているように思えます。
だからこそ、そんなに悲しんでくれているのでしょう」
「覚悟していても、大丈夫になれるものではないでしょう」
「でもその分、他人の死には鈍感になるものですよ。
あなたさまのように、自分と関係ない人の死にそこまで苦しんだりしないのです」
――そういう、ことか。
この世界の人間と私の一番の違いは、恐らくそこだ。
人の死が身近になかったこと。
いや、身近にあってもこの世界ほどではなかったこと。
人を殺すためだけの事件が身近で起きる、それがこの世界だ。
私が人の死に慣れていないため、そこからの反応で優しいと言われる。
もしかしたら、私が優しいと言われ続けたのもそれが原因かもしれない。
私が、優しいはずがないのに。
「それらに付いては……黙秘いたします。
ただ、伝えるべきものはそれらが最後です」
「そうですか……ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ、申し訳ございませんでした」
ぬるくなってしまったお茶を飲み干して、席から立ち上がる。
扉を開いて出ようとする前に、ルニーさんから声を掛けられた。
「――夫の遺体は、どうなったのでしょうか」
「それは――」
そして、その質問に私は自分の浅はかさを呪った。
自分の事が精一杯で、そこを考えてなかった。
遺体の事、あの商人の遺体がどうなったかに付いて考えもしていなかったのだ。
遺族としては、遺体でも取り戻したいと思うはずなのに。
もし、フリュード村内に墓が作られたとしても、ルニーさん達が訪れるのは……。
「すみません、失念しておりました。すぐにでも確認して、再度尋ねるとします」
「ああ、いいえ、別に無理はなさらなくても――」
「無理ではありません、それに、やらないとならないものです」
「――ふふっ、本当に、優しい方ですね。
了解しました、またのお越しをお待ちしております。
次回は、娘と一緒にゆっくりお話できたら嬉しいです」
「……失礼しました」
最後の言葉に返事をせず、そのまま扉を開けて家を出た。
この家族と、また顔を合わさないといけない。
これも、また私が背負うべき罰なのだろう。
しかし、彼女から伝わったのは恨みの言葉でも、怒りの言葉でもなかった。
ただ、亡くなった人を悲しむ感情だけがそこにあった。
しまいには私に対してまで、あんな事を言ってのけた。
――――いっそ、恨んでくれたら、罵ってくれたら良かったのに。
閉ざされた扉の向こうから、微かに泣き声が聞こえる。
その悲しみをいっそ、ぶつけてくれたら。
そんな事を思うのもおこがましいことではるが。
「本当に、ままならない」
そう呟いて、家から離れエリアがいる場所へと足を運ぶ。
曲がる直前に、ルイラちゃんが走っていった方向に視線を向けてみた。
そこには家に着いた時と同じく、こちらを見ているルイラちゃんの目がある。
私の姿を確認してはそのまま立ち上がり、ここに目もくれず家まで走っていく。
それをただ眺めて、私も家から離れるためエリアが居る場所まで走っていった。
――――本当に、本当に、ままならない。
次に合う時は、どんな顔をしていれば良いのだろうか。
悩んだところで答えが出るはずもない。
戻った私の表情を見たエリアは、手を握っては静かに呟いた。
「中での会話は、聞いていました。
――美しいですね、また眩しいです、アユムさんもその女性さんも」
「いつも言ってるけど、私はそんなに眩しい人間じゃないよ」
「一人の死に
私の方は、逆に希望が見えてきました」
そういうエリアの顔は、私やルニーさんのような悲しい顔ではなく。
その言葉通り希望に満ちて、美しい笑顔だった。
「悲しむことはあっても、その悲しみを無意味なものにしてはなりません。
そして、人間が私たちと同じ怒り悲しむ生き物だとはっきり認識しました。
なら、次に活かせます、活かせるはずです」
「エリア……」
「アユムさんたちの悲しみは、必ず次へつなぎます。
私は、そのためにここに来たのですから」
そして《ここに来てよかった》というエリアに、私は何も言えなかった。
ただ心の中で、本当にかなわないと思うだけ。
でも、一つだけはっきりとわかったことはある。
この世界の人々が、ちゃんと前を歩くために頑張ってるということ。
そこに種族は何の関係もないだろうということを。
私という個人ではなく、異世界人を欲した絶対神。
イミテーが口にした資格を満たすための条件。
そして、選ばれた種族。
微かに見えてくるその輪郭は、まだはっきりとはしていない。
でも、その見えない問題の答えはきっとここにある。
そんな気さえしていた。
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