2.着いた先が居場所とは限らない/神685-4(Pri)-2
先日、例の奴隷商人から抜け出して、予め用意したという拠点で一晩を過ごした。
変わったところもない普通の寝床で、私自身も色々と疲れていたのだが……。
結論だけ言うと、そう気軽に休めなかった。
例のお隣さん、エレミアだったか。
まあとにかく、その子は自分から誘っただけあって普通に接してくれた。
ただ、その隣のレインという団長さんはどうも私が気に入らないらしい。
言葉には出さなかったが、ずっとこっちを警戒してるのが丸見えだった。
寝る時は私が一人部屋だったのだが、何とか眠ろうとする度に物音がする。
チラッと確認すると、決まってあの団長さんがこっちをガン見していた。
いくら何でも警戒しすぎだ、私は本当に何の力もない。
そして今は、何も載せてない荷馬車の荷台の中だ。
まともに眠れてないから少しでも寝ておきたいのに、揺れのせいで全然眠れない。
因みにお隣さんと団長さんは御者席に一緒にいる。
この揺れに慣れれば眠れそうではあるけど、流石に初日から慣れるのは無理だ。
酔わないだけマシと思いたい。
「アユム、そっちはどう?」
「何もないよ、眠いだけ」
「あはは……もうレインさん! あんまりアユムをいじめないでください!」
「私はやるべきことをやったまでです。
それで眠れなかったのなら、本人に悪いところがあったのでは?」
針千本の上で眠れるほど太い神経してないだけだよ!
と言いたかったがここはぐっと堪える。
まあ良い、よくはないけど、時間が解決してくれることを祈る。
そう思いながら適当に相槌を打った。
「まあ、団長さんの気持ちも理解出来ないわけではありませんが……」
「――そういえば昨日から気になってたけど、何でそういう呼び方するの?」
「ん?」
「私はお隣さんで、レインさんは団長さんでしょ? 名前で呼べばいいのに」
「……逆に聞くが、私に名前を教えてくれたことあるか?」
「――あ、なかったような……。
でもずっとレインさんと私は名前で読んでるからわかるでしょう?」
「でも私に教えてくれた名前じゃない。
だったら知っていてもそれで呼ぶのは失礼だろ」
これは元の世界からの意地のようなものだ。
他人から直接、名前を教えてもらう前には例え名前を知っていても呼ばない。
心の中で使う分には良いと思うけど、なるべく使わないようにしてる。
それで、知らないなら適当な呼び名を使うようにしていた。
それで怒る人もいるけど、名前を知らなくて呼べないのも不便だ。
私としてはこれが最小限の妥協点という感じだ。
ただ、向こうから反応がない。
そもそも私が向こうを見てないから、どんな反応をしているかは見えない。
まあ勝手に反応が戻るだろうと思って瞼を閉じる。
眠いのは事実だし、閉じてるだけでも眠気が取れるんじゃないかと期待しながら。
「じゃあ、改めて自己紹介しましょう!
そういえば私もアユムのこと名前しか知らないし。
私はエレミア・フリュード!
種族はエルフで、トレーフ領のフリュード村出身で、父は村長やってます!」
「――父が村長とかそんなk……」
「どうしてそれを明かされますか!?
エレミア様、警戒心が無さ過ぎではありませんか!?」
私が突っ込もうと思ったものをそのまま団長さんが突っ込んだ。
まあ、そうなりますわな。
それでなくても私への信用度ゼロだしな。団長さん。
「どうせ村についたらわかることじゃないですか」
「それはそうですが、村に人間が入れるわけ無いでしょう!」
「そこは説得次第だと思ったのですが」
「難しいでしょう、そもそもこいつは能力のないお荷物ですから」
中々酷い言われ様だ。
いや否定はしないけど、出来ないけど。
というか団長さん見てずっと思ってるのだが、目的の場所に着いたところで上手くやっていける自信、ないんだよな。
「どっちにしろエルフとして、言ったことを覆すことは出来ません」
「そんなの一緒に来いとしか言ってまs……。
そうだ、お前が断ればそれで問題なく事が進む、今でも断れ人間」
「言いましたよね? 行くところなんてないって。
それとも、エルフは生きていく術も持たない人間を野放しにするんですか。
うわー、人間よりひどい」
「なん、だと!? よりにもよって人間と比べおって……!」
今にも荷台の方に飛び込む勢いだが、流石に飛び込んでは来なかった。
団長さんの怒りもまあ、わからなくはないけど他の種族なんて知らないんだよな。
私としては仕方ないと言い訳をしたい。
あんな態度に対して丁寧な答えは返したくない、というのが本音だが。
「そこがわからないんだよね。
これも牢の中にいた時から気になったんだけど、何で帰るところがないの?
住んでたとことか、両親とか――あ、ごめん。
そっか奴隷で帰るところがないというのはそういうことよね」
「違う、多分その辺りには何の問題もない。
両親も生きてるし故郷が滅んだわけでも、ましてや売られたわけでもない。
ただ単に、私がこの世界のことを何も知らないというだけだ」
「何で?」
「何でって……いきなりこんな世界に飛ばされて、訳なんかわかるはずがない」
「まるで異世界から来たとでも言いたいようだな」
「多分それじゃないかと」
「――――えっ」
反応がおかしい。
元の世界ならほぼ確実に痛いやつ扱いされるだろうに。
あるいは中二病とか――まあどっちでもいいけど、驚くのはおかしいよな。
というか、私的には嘘をつくならもう少しマシな嘘を付けと言いたい。
どっちにしろ信じないな、うん、説得力皆無だ。
「アユムが異世界人……あ、そっか。
確かに名前も変わってるし、頭が回る割に常識もないし」
「――エレミア様? まさか、あれを信じるのですか?」
「逆にレインさんは信じないのですか?」
「信じるわけ無いでしょう、もう少しまともな嘘を付いてほしいものです」
ほら来た、これが正常な反応だ。
最初から信じてもらえるとは思ってないし、聞かれたから答えただけ。
なのでこの団長さんの言葉にこのまま頷いて肯定してもいい。
けど、やっぱり癪なので言い返すことにする。
「そうですね、実は家が貧しく両親もお亡くなりになられました。
それで、村中の人達にハメられて売られたんですよ。
食っていけるのもままならないくらい、貧しい村でしてね」
「ふん、そんな見え見えの嘘を信じるとでも?」
「はい、まともな嘘をついてみました」
「――ふざけてるのか」
「付けと言われたからついただけなのに……くしゅん」
嘘泣きに演技も少し混ぜてみた。
団長さんは今度こそ馬車そっちのけで飛び入ろうとしたけど、今回はエレミアに止められる。
――やばい、団長さんいじめ面白い。
「それで? 異世界人という話も嘘なの?」
団長さんを落ち着かせた後、そう聞いてくるエレミア。
私は何でもないかのように、肩をすくめながら応える。
「判断はエレミアに任せるよ。
真面目な話、前者にも後者にも出せる証拠なんてない。
頭の中を見せることは出来ないんだから」
「そっか、じゃあ異世界人ということだね」
「多分、この世界のことは何にもわかんないから、そうとも言い切れないけど」
「それならアユムの世界の事を教えて? それなら言えるでしょ?
私はこの世界を知ってるからそれが異世界かどうかはっきりわかるし」
「そう……だな、じゃあ、何から語ろうか」
そこから目的地まで、休憩もはさみながら元の世界の話をしていく。
種族や生活、言語、教育、食べ物など、話す内容は事欠かない。
途中でわからないことがあればエレミアが質問して、それに答えるという感じだ。
何回か団長さんの方で割り込んで来たけど、変わったことなく目的地に着けた。
もちろん、異世界かどうかに対する判断の結果は言うまでもない。
ただ一つ追記するとすれば。
喋りすぎた時、エレミアから渡された水袋に口を付けずに絞って飲んだのだが。
その飲み方を突っ込まれてやるせない気分になったとだけ言っておく。
「やっと着いたー!」
「座ってるだけなのに無駄に疲れた……」
「あはは、慣れてないとしょうがないかもね」
荷台から降りたそこは特筆することもなく、ただの森にしか見えなかった。
まあ、奥の方は木が多すぎて午後なのに薄暗く見えていたけど、それだけ。
周りに村は見えないし、そもそもエルフは森深くに住むと覚えている。
ということは馬車が入れるのがここまでなだけで、まだ街までは残ってるはずだ。
エレミア的にはもう着いたも同然のようだが。
「――それで、結局お前は来るのか」
「ここまで来て他の選択肢があるとでも?」
「後悔するぞ」
「まあ、予想はしています」
「そうか」
「ん? 何でアユムが後悔するんですか?」
「……まあ。すぐにわかると思います」
そう言って団長さんはそのまま森の中へと歩き出した。
エレミアはそんな団長さんを見て、頭にはてなを浮かべながら付いて行く。
私はその後ろ姿を見て、一度深呼吸をしてから追い始める。
後悔するという団長さんの言葉。
団長さんの態度を見ながらずっと思っていた不安が、裏付けされたようなものだ。
人間という理由だけで敵意を抱く団長さん。
どんな言葉を尽くしても、あの態度を崩すのは無理だと思った。
異種族が存在するこの世界は、思ったより人間と異種族が上手くやれてない。
理由なんて適当に考えただけでも幾つか出てくる、元々欲深い生き物だしな。
なのに、エレミアはそんな人間に捕まったのにもかかわらず、私を助けた。
多分、まだ若いエルフだからなのだろうけど、それでも助かったのは事実だ。
何より、結果として私はその助けを受け入れた。
なら、覚悟を決めるしかないだろう。
前もよく見えない道を、ただ前の団長さんやエレミアの背中だけを追っていく。
周りは何こともなく、鳥の鳴き声すら聞こえない。
そんな状態に違和感を感じ始めた時、いきなり二人が止まった。
何事かと思い、周りを少し確認しようと視線を動かそうとすると――。
「――動くな」
「――っ」
それとほぼ同時に首に絡まる何者かの腕。
いや、腕だけではない、この喉から伝わる冷たく鋭い感覚は、刃物の感触だ。
「アユム?! ちょっと、レントさん!」
「ご無事で何よりですエレミア様。
ただ、人間を連れてくるとは、これは一体どういうことでしょうか」
「彼は私が助けたものです。
私の名で、この村に招待したお客様です」
「――嘘では、ないようですな」
「私がこんなことで嘘を言うとお思いですか」
「いいえ、思ってないからこの人間の首が未だについているのです」
――目に入った瞬間消そうとしたのか。
ある程度は予想していたけどここまでとは。
人間と異種族の関係は、思った以上に酷いのかもしれない。
「レイン、お前が付いていながら何をしている」
「面目ない。ただ、既に約束してしまった以上、止められなかった」
「――内容は」
「一緒に来い、それだけだ」
「また、やっかいな内容だ。エレミア様、今からでも遅くありません。
約束を破棄する気はありませんか」
「私からこの約束を破棄する気はありません。それがこんなやり方でなら尚更です」
「ふむ……」
首に巻かれた腕も刃物も退かされないまま、会話は進んでいく。
――最悪の状況も覚悟するべきかもしれない。
震える心臓を何とか抑えようとする。
牢の中よりも確実でわかりやすい死が、目の前で自分を狙っていた。
「どちらにしろ、このままこの人間を村に入れるわけにはいきません」
「じゃあ、私も入りません。客人を家に入れず、自分だけ入りたくはありません」
「――仕方ありません、これが最大限の譲歩です」
後ろで何か小さい声でつぶやく声が聞こえた。
それと同時に襲ってくる睡魔。
なる――ほど、町の様子は、見せないってことか。
ま、今死ぬことはないということだし、まだ、マシと、いう、ことで……
薄れていく意識の中で、一瞬だけ名前を呼ばれた気がした。
けど、そんなこと気にする余裕もなく、やがて全ての意識が闇に落ちた。
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