21.因果は混ざり結果へと ①/神685-5(Imt)-9
このまま見逃すわけにはいかない。
その言葉を聞いてエレミアが弓を構えたまま慌て始めた。
「ア、アユム? どういうこと?」
「このままエルフが我慢して現状維持だなんて、私は納得しない。
何のために私が、私たちがここまで来たんだ。
痛みを抱えてでも前に進むためでしょうが」
「それはそうだけど――それとこれはどういう関係があるの?」
「後で説明する――何よりアンタはすべて知った上でそう言ったんだろ?」
そこで私が見据えるのは貴族のほうではなく、ネズミの方。
いつものように笑ってみせるも困ってる感情を隠し通せずにいた。
「けっ、さすがは人間か。
平和ボケしているエルフどもなら上手く誤魔化せると思ったんだが」
「エルフは平和ボケしてるのではなくて、人間の悪意に慣れてないだけだ」
「どっちも関係ない。くそ、こうなっては割に合わないんだが」
「ど、どういうことだ!? 説明しろ!」
突然の出来事、裏切った私への憎しみ。
それらが混ざりあってまともな思考が追いついていない貴族はネズミに怒鳴る。
ネズミの方はそんな貴族にもどかしいように答えた。
その姿には今までの形のみの礼儀すら入ってない素の態度が出ている。
「はあ、今この状況を見られて一番困るのは俺たちなんだよ貴族の坊っちゃん。
くそ、俺としたことがとんだハズレくじを引いてしまった」
「エルフが公爵家の私に楯突こうと来ただけ、どうとでも――」
「違うでしょ、今回のあんたの目的はエルフのみでもなかったから」
「それは――」
「そう、貴様らは欲張りすぎたんだよ」
今回の被害者となるのは二人。
人間である私と、エルフであるエリアだ。
片方だけだったらどうにかなったかもしれないがこうなると状況は変わってくる。
監視団はもちろんのこと、ギルドもただでは済まないだろう。
前後関係が明らかになれば、空中分解扱いになってる冒険者の件も浮かんでくる。
貴族は貴族だからどうなるかわからないが、あのネズミは確実にアウトだ。
ギルド側の人間――あの受付のような冒険者がこの現場を見るのみ。
それでチェックメイトだ。
一つ問題があるとすればギルドの、それもあの受付のような模範的な冒険者にこの光景を見せる必要があるということだが……。
「――そういうことね、ギルドの冒険者にこの状況をそのまま告発する。
近くまでならエリアの魔術でこの場の状況を映せるから」
「……それだけが問題だったけど、おかげで何とかなりそうだ。
念のための確認だが、エリアは今の状態でも魔術を行使できるのか?」
「必要となるのは集中する時間だけです、手足の自由は関係ありません」
「こっちが黙って見ているとでも――っ」
ネズミは叫びながら体を動かそうとするも、自分の顔近くを通り過ぎた矢に動きが止まった。
代わりにネズミの頬にはかすったところから一筋の血が流れる。
驚いている間にエレミアは既に次の矢を弓に構え終えていた。
その流れるような動き。
そして照準の正確さにはネズミもそうだろうが私も驚いている。
今まで一度も見たことのないエレミアの姿がそこにはいた。
「それこそこっちの台詞、甘く見ないでもらえるかしら。
身内を拉致られて穏やかにいられるほど間抜けていないの。
次動いたら足に風穴が空くよ」
「へ、へっ、良いのかよ。
一歩間違えれば人間とエルフの戦争にまで広がるぞ?」
「それが嫌なら動かないことね。
こっちも今の関係にはいい加減うんざりしてるの。
アユムの言う通りだわ、現状維持なんてまっぴらごめんだよ」
「――くそっ、余計な入れ知恵しやがって」
その言葉と共に形勢は決まったようなものだった。
それとエルフは別に馬鹿でも何でもない。
私はきっかけを提供しただけで、決めたのはあくまでもエレミアや他のエルフだ。
余計とか言われるのは正直気に食わない。
でもあえて無視して貴族の方に視線を向く。
うつ伏せたまま何かをつぶやいている顔は正常なものではなかった。
その表情は私への裏切りからか、それともこの状況に対してか。
先程までの威勢と態度からは想像できない姿だ。
貴族はそこでふと、私の視線に気づいたのか顔を上げ私を見た。
怒りから無表情に、無表情から笑みへと変わるも、不気味さはただ増していく。
何かに取り憑かれたようなその笑みはとても正気には見えなかった。
私の視線に釣られ横を見たネズミが戸惑いながら漏らすようにつぶやく。
「お、おい、公爵さん大丈夫か?」
「――ぁ」
「ああ? 聞こえないぞ」
「――このまま、終わらせてたまるか!
私を誰だと思っていやがる、私はペイル・フラーブだ!
フラーブ公爵家の人間の私が、このまま終わると思ったか!?
終われない、終わってはいけない、そんなの許されるはずがない!」
まるで訴えるかのような慟哭。
射抜くような視線は真っすぐ私に注がれている。
公爵家の人間。
それがどういうものかは知らないし、貴族の世界なんざ知る由もない。
ただ今まで見たり読んだりしたもので判断するに、一般的な家庭ではないはずだ。
家族ですら利益のためなら敵となり、裏切る。
本当にそんな環境の中で生きたかもしれない。
ただこれは私の憶測でしかない。
どうやってもあの貴族の心理を理解することはできないだろう。
でもあの表情から感じられるものは、ひどく馴染みのあるものに感じられた。
それでだろうか。
嫌な汗が背中に流れるのを感じながらも、敢えて言葉を投げてみた。
「――何に対してそんなに怒っているんだ、どう転ぼうとあんたは助かるだろうに。
まさか裏切られたのが気に入らない?
それとも私のような平民に泥を付けられたのが気に入らないのか?」
「けっ、貴様らなんぞにわかるはずもない。
本当に何の対価もなく助かると、そう思ってるのか?」
「それは――」
もし、ここで助かったとしても誰かはここでの真実を知ることになる。
人間世界でエルフの位置があくまでも中立。
つまり敵対関係ではなく、それが国上層部の総意だとするのなら、これは公爵家を攻撃できる口実となりえる。
そんな人間は公爵家でどんな扱いになるのだろうか。
私が騙したのは事実だし、心情を察することは出来た。
しかし――
「――興味ないな、貴様が惨めになるってんならむしろ好都合だ」
「ああ、そりゃそうだろうな。だから悪あがきはさせてもらう」
「それを、私が許すとでも思ってるの? 動いたらそのまま射抜くから」
そこで今まで聞いていたエレミアが会話に入ってきた。
弓を構えたまま、狙いを貴族の頭につけて話すエレミア。
しかし貴族はそんなことに懐のものを取り出す。
とっさに狙いを手の方に切り替えるも、矢を放てずにいた。
貴族がその手に持っているのはまたしてもスクロール。
先程見せた隷属用のスクロールではないのは明らかだった。
隷属用のスクロールよりも派手な紙はもちろんだが、それを外側には別の魔法陣まで描かれている。
外側の白い魔法陣が中身の赤いマナーが漏れないように囲んでいる。
その魔法陣を見てネズミもエレミアもどちらも息を呑んだ。
「封印の魔法陣で封印されても外に漏れようとする赤い火のマナーって――」
「どう考えても護身用の品じゃね……あんた、自爆でもする気か!?」
「公爵家の人間は常に自分自身を殺す手段を携帯している。
手段は時と場合によるが、今回はエルフが絡んでるのもあってこれを持ってきた。
あのユグドラシル特製スクロール、建物周辺は軽く吹っ飛ばせるだろう。
もし爆ぜれば全員まとめてあの世行きだ!」
「ユグドラシルの――まさか、あの爆弾魔か!?」
ネズミがユグドラシルというのに心当たりがあるのか驚き出した。
爆弾魔ときたか、聞くからに危ない匂いがプンプンする。
実際にもうエレミアの弓は気にもせず横の貴族に訴えかけた。
「そんな物騒なもんで俺様まで巻き込む魂胆か!
前回のは都市外だったから良かったけど、今回は都市内でそれもギルド近く。
今回ばかりは既に誤魔化しきれない状況にまで来ている。
ここでそんなの使ったら、あんたの公爵家の顔に泥を塗ることになるんだぞ!?」
「どの道、このまま助かっても全てを失うのは目に見えている。
どうせ失うんだ、私の顔にならないのなら泥だろうと血だろうと構うか!」
「くそったれが、このまま死んで溜まる――」
「おっと動くなよ、そっちのエルフもだ。
もしその弓を射つんなら即座にこいつを発動させる」
「くっ、俺様としたことがとんだハズレくじ引いちまった。
――やはりエルフの一件で手を引くべきだったか」
その言葉に一瞬視線がネズミに向いた。
そうか、やはりあいつか。
フリュードの村を襲おうとした冒険者を集めた人間。
ギルドに悟られずに冒険者を集めるには同じ冒険者が良いだろう。
薄々だが、こいつしかないだろうとは思っていた。
ただ、問い詰めるには今の状況が悪すぎるから後回しにする。
視線を再度戻して、貴族の方を向く。
最初に見えた理知的な雰囲気はどこにもない。
興奮して、手には爆弾を持ちながら、これが当たり前だとでも言うような姿はあまりにも無様。
醜さだけで語るのなら隣のネズミといい勝負だった。
いや、ネズミの方はそれでもまだ常識的か。
貴族なだけあって、一般人のそれとは歪みの次元が違うとも言えるだろう。
どっちにしろいい迷惑だ。
迷惑で不愉快だ。
一番不愉快なのは全てを巻き込んで自滅しようとするあの行動。
本当に大嫌いで、見るに堪えない。
「それが貴様の本性か、反吐が出る」
つい口から溢れた本音は当然のことながら貴族の耳にも入る。
でも何を思ったのが、貴族は例の不気味な笑みを浮かべながら私に語りかける。
「くっくっく、どうだ?
今からでも貴様が私のものになるのなら、これは使わないであげるが」
「はぁ?」
「なぁに、貴様を持って帰ればこれくらいのことはどうとでもなる。
神の使徒という肩書きは今の勢力図を大きく変動させるだろう。
私がここで捕まり助かった後も、契約さえ残っていれば私の地位は揺らがない」
――結局はそう来るか。
こんな状況で、そんな行為をした今もその脅迫まがいの交渉をするのか。
本当に気に食わない。
自分の命まで掛けながらやってることがセコすぎる。
「貴様はなぜか他人の気がしない。
私を欺くための演技だとはいえ、考えにもない行動とは見えなかった」
「――」
「実際に思ったことはあるんだろ?
周りの連中を裏切って自分の得るものを
考えてなかったとしても、そうやって裏切られた経験がないと出ない行動だ」
確かに、その指摘は的を射ている。
裏切られたから裏切る、裏切られる前に先手を打つ。
裏切られたくないから。
理由に関してはともかくとして、考えたことも行動したこともある。
別にそれを否定する気はない。
「私もそうだ、少し早く産まれたからって全部あいつに持っていかれた。
いつまでも影に潜んで怯える生活、周りの連中はみんな敵だ。
私が存在を証明するために、全てを奪ったあいつを見下してやるために。
私はこんなところでくたばるわけにはいかない!」
こいつと少しだけ違うところがあるとすれば家族には少し恵まれた。
味方と呼べる人は最低でも二人いた。
もしその二人がいなかったのなら、今の私はもう少し病んでいたかもしれない。
そういう意味では、目の前の貴族のことも少しだけ理解できる。
でも理解と納得は違う。
そもそも理解したからってなんだ。
現にやつは私の、俺の周りを傷つけた。
俺はどうでもいいけど、俺の周りを傷つけたやつを許す気は毛頭ない。
俺は今にも興奮したまま喋ってるやつを直視しながら言葉を――
「それがど――――」
「――いい加減にして!」
――続けなかった。
後ろから聞こえた声。
視線を向くとそこには今まで見たことのないエレミアの顔がいた。
目じりを険しく吊り上げて、歯を食いしばり、正面の貴族を睨んでいる顔。
彼女が俺のために怒ってくれているという、初めて見る姿がそこにいた。
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