32|ある一流少女漫画家の横顔⑤

 おそらく、ですけど――

 先生は、そのときの言葉に反応したわけではなかったと思います。


 いままでの「ん?」という違和感の数々が、先生の中で蓄積し、ついに爆発してしまったという事でしょう。


『 先生、ウチの新人です。まだ右も左もわからない《ひよっこ》なんで、

  先生からも、良きアドバイス、ご指導をよろしくお願いしますね…  』


「私、それ聞いて、もう本当にアタマきちゃって。なんで私が、編集部の人間を《ご指導》しなきゃいけないわけ? 私を、なんだと思ってんの? 私は作家よ? 良質な物語を世に残すために、死ぬ気で作品を作ってるの。あななたちサラリーマンとは土壌もちがうし覚悟もちがう。それ、わかって言ってるの?って」

「なるほど…」

「彼らは、はき違えてるのよ。本当にあなたたちは、世の中にとって大切な物語を、世に送り出そうって気概きがいはあるんですか?って話よ。日頃から、なあなあで生きてるから、そういう言動になるの。これはね。『その姿勢をあらためなさい』っていう、私からの《忠告》よ」

「そういうことだったんですね…」

「そういうことよ!」


 組織というものは、ずっと長く続けば続くほど、馴れ合いが生じます。


 出版社も組織のひとつ。

 編集さんもサラリーマン(会社員)です。


 あるとき、打ち合わせで編集部にいったとき、担当のO氏が《労働組合》の腕章をつけていたことを思い出します。《春闘》の時期だったように思いますが、それを見たとき「彼もサラリーマンなんだなぁ…」と思い、『一緒にいい作品をつくる』という思いは同じでも、私はギリギリの崖の上を歩いていて、彼は安全なハイキングコースを歩いている…そんな距離感があったように思います。


 でも、べつに、それが悪いとは思っていません。漫画家は作品に命をかける。それを横からサポートするのが編集さんの役割りだからです。距離はあっていい。


 だから「編集さんも命をかけろ!」とは言わない代わりに「漫画家をサラリーマンと一緒にするな」ということを、エリコ先生は言いたかったんだろうと思います。


 私は、ホテルで働いていました。

 ホテルマンもサラリーマンです。

 組織の中で働くということの大変さは、よくわかります。

 ひとりひとりの信念や、ビジョンがあっても、まずは仲間同士で連帯を組まなければ《事》は進みません。それが組織。組織が《馴れ合い》体質になってゆくのは、ある意味しょうがないことです。


 おそらく、エリコ先生に言った『良きアドバイス、ご指導をよろしくお願いしますね』という言葉は社交辞令で、きっと他の漫画家さんにも、軽いノリで言ってたんだと思いますし、言われて「はぁ!?」と思った先生もいたのでしょうが、エリコ先生ほどピュアでも、情熱的でも、覚悟もなかったために、これまで、ずっと編集部の体質はうやむやのまま流されてきたということでしょう。


 エリコ先生は、ある意味、時代の《革命児》だったのだと思います。


 ここまで、真正面から、ド・ストレートに《抗議》をしてくる漫画家がいなかったから、馴れ合い体質はそのまま継続され、それも社員同士で馴れ合ってればいいものを、別枠で生きている――命削って作品を描いている漫画家にまで、そのノリを要求するのは、やはり、まちがっていると…これ書きながら、いま、やっと、私もわかってきました。(笑)そういうことだったのよね。うん。うん。^-^;


 エリコ先生は《ピュア》すぎたんです。

 そして、作家として《正直》すぎた。

 そして、若すぎた。


 これが、大御所のベテラン作家だったら「フフフ…また、そんなこと言って。新入社員を育てるのはあんたたちの役目でしょう? ちゃんとしなさい!」と、やさしく、きびしく、諭していたかもしれません。


「いま連載してる作品ね。そんなに人気がのびてないの…」

 とつぜん、先生はいいました。


「え? そーなんですか?」

「ちょっと《少女》が読むには難しいテーマにしちゃったから、理解できないんだと思う。だから、ファンの子にはこう言ってるの。『いま、わからなくても、いつかきっとわかるときが来るよ』って。私は、そういうものを描いてるつもりだから…」


 きっと、先生自身も、もしかしたら葛藤があったのかもしれません。

 編集部からは、「もっと売れる作品を!」という要求もあったようです。


「でもさー、あの、少女漫画特有のノリってあるでしょ? シリアスにいきなりギャグはさむやつ…あれ、私、死ぬほどキライなんだよねー」


 それは、王道の少女漫画によくある技法(?)のひとつです。


 シリアスな内容でも重くなりすぎないように、主人公が白目むいて倒れたり…ギャグ要素を入れてトーンを明るくする技法です。(※『鬼滅の刃』は少年漫画ですけど、あれを思い浮かべてもらえば、わかりやすいですかね?シリアスとギャグのバランスで成り立っている作品のことです)


「編集部は、そういう要素をふんだんに入れて、少しでもとっつきやすいようにしろっていうわけ。でも、そんなことしたら、自分の作品じゃなくなっちゃう。私は、小手先だけの小細工をしてまで、読んでもらおうなんて思わない。良質なものには、そんな小細工はいらないの。そして、私は、良質なものをつくっているつもりだから!」


 エリコ先生は、そう言い放ちました。


 なんてカッコイイんでしょう。*^-^*


 そして、本当に、それは良質な作品だったのですから。


 でも、たしかに、大人の恋愛要素もあって…私には、胸をうつ青春ストーリーでしたけど、10代の子供にはわからなかったかもしれません。


 雑誌に作品を載せるということは、とても窮屈なことです。


 おそらく…プロの世界で、本当に自分が描きたい世界だけを描いている作家さんは、そう多くはないはずです。どこかで妥協し、少しでも読者が興味を引くような内容に寄せて描くのは、プロとしてあたりまえ。読者に喜んでもらって、なんぼの世界です。

 それでゴハンを食べているのですから、あたりまえなんですが…そこは、みなさん、それぞれジレンマがあって、それぞれに苦しんでいることだと思います。


 私が漫画家をやめた理由のひとつには、そういう…「この雑誌の色はこうだから、それに合わせて描いてください」という枠組みの狭さに呼吸困難を起こしたからというのがあります。


 作家の《ひらめき》というのは、ジャンルを超えたところで起こります。


 いま、私はここで『サクラ・イン・アナザーワールド』という《SF冒険ファンタジー》を書いていますけど、そのジャンル自体が好きだから書いてるわけではありません。初期騒動で生まれた世界がSF冒険ファンタジーだっただけのハナシです。


 でも、それも、作家によって、器用にジャンルのど真ん中に寄せられる人と、こだわりが強く《わが道をゆく》人と、それは様々だと思います。それは、才能うんぬんの話ではなく、タイプが違うという、ただそれだけの話だと思いますが。


 とにかく、エリコ先生は、こだわりが強い作家だったということでしょう。



               ***



 さて――

 それから、その日の夜を、どう過ごしたのかは…記憶がとんでいてわかりません。

 夜明け近くまで、おしゃべりをしてたような気もします。


 それから、寝て…寝てる間にも電話は鳴りつづけ…ってか、電話をずっとかけ続けるって、ある意味すごくないですか?(笑


「出ないからね」と宣言しているにもかかわらず、ずっとかけ続けるその執念!(笑


 で――たしか、朝だったと思います。ついに編集部の人間が2~3人…先生のマンションまで来ちゃいまして…(たしか、編集長もいたのかな?覚えていないんですけど…笑)

 そこまでされたら、顔を出さないわけにはいかず…編集さんとエリコ先生は玄関先で、なにやらやりとりをしていました。


「ほんとに、うるさいッ! もう、うるさくて、うるさくて、すっごい迷惑だったんだからッ!」

 と、先生の声だけが、私がいる仕事部屋までひびいてきました。


「押羽さんも、アシで来てるのッ! すっごくうるさかったって彼女も言ってる!」


(えええーーッ…もしかして、私、巻き込まれてますかぁーーーッ!?)(笑


 で。話がついたのか、つかなかったのかすら、よく覚えていませんが…彼らは早々に帰ってゆきました。やれやれです。


 それから、先生はゴルフの《打ちっ放し》に行くというので、お供しました。

 ゴルフ練習場でテキトーに遊び、そこで軽くランチを食べて、そこでお別れです。


「先生…がんばってくださいね…」


 私は、それしか言えませんでした。


 先生は、あいかわらず、何事もなかったような涼しい顔で、私の心配を受けとめているのかいないのか…


「ありがとー。じゃあ、またねー!」


 と、手を振って帰ってゆきました。


 まだまだ、このあとも、きっと、ひと波乱も、ふた波乱もあるんだろうなぁ…と思うと、後ろ髪をひかれる思いではあったんですが…でも、こんなにタフな先生なら、きっと大丈夫…とも、思ったり、思わなかったり…。



               ***



 それから数週間後――

 自宅に届いた《少女コミック》に、先生の作品は掲載されず、


『 エリコ先生がご病気のため、休載します。 』との文字が…。


 そこで、私は気づきました。


 あ…そうか! いままで、たま~に見かけた《ご病気で休載》というお知らせ。

 もしや、みんな《ご病気》ではなかったんだな!?と。(笑

 この怒涛の1日で、私が学んだのは、そんなことでした。


 そして、先生が《穴》をあけたそのスペースには、アマチュア漫画家さんの作品が載ることになり、アマチュアの彼女は予期せぬデビューに「えええ、マジでー!」と嬉しい悲鳴をあげたとか、あげなかったとか…。(※こういうときのために、編集部には何本か《読みきり漫画》のストックがあります)


 で。余談ですが。じつは、このときのアマチュア漫画家さん…数年後には作品がテレビアニメになるほどの大人気漫画家に大化けしました。ぜんぶ、エリコ先生のおかげです。(笑)まー、世の中って面白いですよね、本当に!^-^


 で。エリコ先生は、連載が終わると同時に、他の出版社に移っていかれました。そこでも、大ヒット作を描き、いまも、青年誌の方で活躍されているはずです。


 彼女のカッコイイ生き様は、いまも、私のお手本です。


「信念を曲げるな!」

「不条理なことにでくわしたら、命がけで戦え!」

「この世は弱肉強食、死ぬ気で生きろ!」


 いまも、先生の声が聞こえます。


『 難攻不落の壁は、ロケットランチャーで破壊して突き進むのよッ! 』

『 イケイケーーーッ! やっちゃえーーーッ! 』


 はい。

 押羽、精一杯、がんばります。^-^




 ちゃんちゃん♪




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