30|ある一流少女漫画家の横顔③

 エリコ先生は、とにかく、いつも元気に明るくコロコロと笑っていて、内面に孤独を抱えているなど、微塵も感じさせないひとでした。


 だから――いまでも、本当に孤独だったのかと言われれば、さあ…どうだったんでしょうね?としか言えませんが…世の中の頂点を極めた人間は、大なり小なり、孤独を感じる瞬間というのは、あると思います。


 たとえば、自分が働いてる職場で、なにか悩み事があったとき、職場の人間同士だったら分かり合えますよね?


 女性はぜったい経験あると思うけど、「ちょっと聞いてよ!あの上司がさー仕事できないくせに、エラソーにこっちに指示だすの超むかつくんだけどー」とかいって「わかるわかるー、あいつホントむかつくよねー!」とか共感しあって、毒をはきだして「スッキリしたー!」ってこと、あるでしょ? 私もあるよ。^-^;


 たいてい、そういう時って、悩みごとを解決したいわけじゃなく、誰かに聞いてもらって《共感》したいんですよね。同じ思いを《共有》して安心したい。


 みんな同じだ。ああよかった。

 そう思うと、心もすーーっと浄化されて、明日もがんばろ!って思える。


 たいてい誰でも、まわりを見回せば、同じ境遇の人間っているものです。いまはSNSなんていう便利なものもあるわけだし、似たもの同士、意識を共有しあって「だよねー」と言い合って自分を納得させて生きてゆく。そんなものです。


 けれど――頂点を極めたひとというのは、そうそう周りに同じ境遇のひとなんていません。悩み事ができても「ねぇねぇ聞いてよ!」と言える仲間がいないというのは、なんという孤独、なんという絶望でしょうか。


 私は、そう思うんです。


 物語を創ることも、ある意味《孤独との戦い》ではあるけれど…それとはちょっと話がちがいます。


 そして――結論からいうと、私は、エリコ先生が《頂点に立つ者の悩み》をぶちまけてくれたときに、その悩みに共感できなかったということが、いまも、ちょっぴり悔しく、そしていまもモヤモヤとしていて…だから、ここで、語りたくなったのかもしれないです。


 当時の私は、30ページの読みきり作品を描くのにも悪戦苦闘し、O氏からは「きみのストーリーは起承転結じゃなくて起結だね・笑」といわていました。そんな新人漫画家の自分に、小学館漫画賞を受賞した人気作家さんの悩みなど、わかろうはずもない。


 でも、彼女はある意味とてもピュアな人だから、相手がこんな私でも、胸のうちを明かしてくれたんだと思うんです。あるいは「誰でもいいから、とりあえず話しをきいてくれー!」と、ストレスを発散したかっただけかもしれませんけれど…。


 そして、それは、3回目のお仕事のときに、驚愕のエピソードとともに明かされた真実でした。



               ***



 エリコ先生のアシに呼ばれて3回目の日――その日も1泊2日のお仕事だったので、お泊りの準備をしてゆきました。


 そのとき先生は、田園都市線にあるマンションを購入し、引っ越したばかりの時期でした。ついに、本物のセレブが住まう3階建ての高級マンションに居をかまえたのです。いや、たぶん、資産運用のためとは思いますが。^-^;


 私がびっくりしたのはエレベーターで3階に降りたとき、「ここは天空の城の庭園かぁーーッ」と思わず叫びそうになるほど、見渡すかぎり、広ぉーいお庭が見えました。よく、共有スペースとしてお庭やラウンジがついてるマンションはあるけれど、各部屋にひとつずつ、立派なお庭がついているんです!


 そりゃ、驚きますよね。とくに4畳半の部屋に一家4人で住んでた私としてみたらね。^-^;(どんだけビンボーやねん・笑)


 かたや《セレブ》。かたや《極貧》。

 まず、超一流の《プロ》と《新人》というギャップのまえに、生活レベルのギャップをなんとかしろ!って話しですよね。^-^;


 ま、それはこっちへ置いときましょう。


 で――私、エレベーターから先生のおウチに行くまでに、迷子になっちゃいまして。(笑)3階は3世帯ぐらい住んでいたでしょうか? それぞれにお庭つきで、木々が生い茂っているので、まるでジャングル。まるで迷路。


 迷ってウロウロしてたら、お庭で水撒きしてたセレブのおじさんに「ここは僕の家ですよー。お隣さんは、あっちですー」と教えてもらい、「すみませーん!」と低調にあやまり、大冒険のすえ、やっとたどり着いたというわけです。

 やれやれです。^-^;


 このときは、さすがに3回目なので、抱え切れないほどの荷物は持ってなかったですが(笑)ケーキは買ったような気がします。あまり、そのへんのことは覚えていません。


 なぜって…そのあとの出来事が、あまりにも衝撃的だったから、細かいすべての記憶がすっとんでしまってるんです。


「いらっしゃーい」とエリコ先生が出迎えてくれて、仕事部屋に案内され、仕事机の上に、自分の《漫画・七つ道具》を出して…さてと、今日は何を描くのかな?と思ったそのとき、私、気づいたんです。


「あれ…? 先生、原稿は…?」


 机のうえに、原稿がなかったんです。

 先生はニコニコしながらいいました。


「あのねー。今回、私、描いてないのー」

「…え?」

「まー、ちょっと、いろいろあってね。描くのやめたのー」

「……?」


 頭まっしろ。理解不能でした。


「でも、先生…しめきりは?」

「しめきり、明日だよ。でも、描かないのー」

「え? でも…そしたら雑誌に《穴》空けませんか?」

「空けるよー」

「描かないんですか?」

「描かないよー。べつにたいした事じゃないでしょ? 1回休むなんて」

「い、いやぁ…」

「編集部はガタガタと騒ぎすぎよ」

「で、でも、どうしてですか? どうして描かないんですか?」

「編集部の態度に、頭きたから…」

「………」


 それは、エリコ先生の、編集部に対する《抗議》でした。


 病気のためでも、怪我のためでもない。自らの判断で、編集部に対して「あんたらの編集方針はおかしいよ! まちがってる!」と意義を唱えるため、描かないという意思決定をしたということです。


 そのとき、私が思ったことはひとつでした。


(えええーーーッ!?)

(私…もしかして、えらい修羅場に遭遇しちゃったってことぉーッ!?)

(これ、ヤバくないッ!?)

(これ、現実ッ!?)

(ありえないんですけどぉぉーーーッ!!!)


 です。^-^;


 それから、まる1日…先生VS編集部の修羅場(?)に、右も左もわからない私が「ぎゃーたいへんだー」とわけがわからないまま巻き込まれ、ピリピリとした一夜を過ごすことになったという…わかりやすくいえば、そういう話なのです。


 怒涛の1日のはじまり、はじまり。(笑


 いや、そんな軽い話じゃないんですけど…ね…。




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