29|ある一流少女漫画家の横顔②

 エリコ先生の人柄は、私の担当O氏からも、いろいろ聞いていました。


「彼女は、あまり漫画家っぽくないんだよねぇ…少女漫画家にはめずらしいタイプじゃないかなぁ…」


 もちろん、少女漫画家といっても、いろいろな人がいますけど、共通イメージとしては、天然で、控えめで、文学少女っぽい…そんなイメージでしょうか? あるいは、ドラマに出てくるような、華やかでオシャレなイメージでしょうか?


 エリコ先生も、戦場(しめ切り前)でなければ、かなりのオシャレさんです。

 でも、ひとつ、まったく少女漫画家らしくないのは、その性格でした。


「私、よく、ラテン系っていわれるー。すっごいサバサバしてるし、白黒ハッキリしてないとダメなタイプなんだよねー」


 手元をインクで汚し(笑)しゃべりしながらも、原稿用紙にペンをさっさと走らせてゆく姿にほれぼれしながら、その速度についてゆくだけで必死な私。^-^;


「押羽さんは、どこに住んでるのー? お父様が亡くなられたってきいたけど、大変だったねー。じつは私の父も、亡くなってるのよー」

「わぁ、そーなんですね!」

「…でね。そのとき、ちょうどイトコが出産したのー。片方が死んで、片方が生まれたのー。これって、すっごいことだよねー。私いま、すっごい光景をみてるなーって思ったよ! 世の中って、そーゆーことよねー!」

「うんうん、そーゆーことですね! すごいですー!」


 なにが、そーゆーことなのか、よくわからないまま…彼女の弾丸トークにつきあい、その合間に出される指示――「ここ、こんな感じのイス描いてー」「ここの背景に教室描いてー」「ベタぬってー(黒く塗りつぶす作業)」とかを、必死でこなしてゆきました。


 私、じつは、ひとつのことしかできないタイプです。

 作業するときは無言になるし、おしゃべりするときは手が止まってしまうタイプ。

 …なので、両方をいっぺんにこなすエリコ先生の頭脳はどーなっているのだ!と驚愕しつつ、これが「ラテン系」のゆえんかーーーッ!と思い、


 なるほど! たしかに、他の漫画家とは、ちょっとちがう…いや、だいぶちがう!

 読書もたくさんするのでしょうが、おとなしやかな文学系女子のイメージとはかけ離れた、まさに『ラテン系』『イケイケ』、ご本人いわく…


「私、石橋は叩かないタイプなの。叩かないで突き進んで『しまったぁぁーーッ、壊れてたぁぁーーーッ』といって川に落ちるタイプよ・笑」

「へぇぇ…!!!???」


 まさに、そんな人でした。(どんなひとだ・笑)


「うちのアシの子ね。ずっとヘンなヤツに付きまとわれてたの。よくいるでしょ?負のオーラ漂わせて『私をかまってくれなきゃ死んじゃうから』って脅してくるひと」

「ああ…いますね! 困っちゃいますよね…」

「だから、私、言ってやったの。『そんなヤツにかまうな!』って。『そんなヤツ、けり倒して無視してろ!』って。どうせ、あいつら死んだりしないからね? そんなヤツにエネルギー吸い取られて、彼女が元気失ってしまうのって、すっごく腹が立つでしょー。ぜったい、まちがってる!」


 エリコ先生は、とっても情熱的なひとでした。

 そして、とっても情が深く、感受性が豊かなひとです。


 おそらく、漫画家…というか、作家のような表現者でなかったら、世の中生きづらいだろうな…というタイプのひとです。


 彼女は、とても繊細な…心がヒリヒリするようなリアルな物語を描く漫画家さんです。はじめ、彼女に会ったときは、「え? この気さくで明るくてコロコロ笑うひとが、あんな繊細で感受性が爆発してるような作品を描いているんですか!? ほんとうですか!?」と思ってました。


 けれど、彼女を知れば知るほど、彼女の中身と、作品のイメージがぴったりと合わさってくる。これは、ほんとうに不思議な体験でした。


 彼女が漫画家になろうと思ったのは、お父様が亡くなられて、とつぜん、一家に財政の危機がおとずれたからだと、エリコ先生はおっしゃいます。


「うちの父、〇〇の先生だったの。(※ある伝統芸能のエライひとでした)父が亡くなって『いったい明日からどうやって食べていけばいいのー!?』って思って…母は『私、お洋服屋でもはじめようかしら?』ってトンチンカンなとこ言ってるし『だったら私が漫画描いて稼ぐわよ!』って…それで、漫画家になったのね」

「そ、そんな理由で…?」

「そうよ。だって、食べていくにはそれしかないじゃない? 世の中は弱肉強食よ。あっという間につぶされる。生きるために漫画家になったのよ」

「へぇ…すごい…」


 彼女がもともといた世界が、どんな世界だったのかは、わかりません。

 エライ先生だった父。その一家の長女として生きてきた人生は、ただの下町の貧乏人の娘だった私には、わからない重圧があるのかもしれません。


 貧乏人はビンボーに慣れてるせいで、お金がなくても生きていけることを知っているけれど、裕福な世界で生きてきた先生は、もしかしたら、貧乏=死、ぐらいに思っていたかもしれませんよね。(笑


 でも、それで、漫画家になって、人気作家になって、漫画賞までとってしまうんですから…才能やセンスは、貧乏だろうがお金持ちだろうが、まったく関係がないということですね。その人の物語センス、感受性、情熱…そういうものがあるか、ないか…それだけです。


 そんなこんなで――私の、記念すべき、第一回目の《怒涛の》アシスタント業務は、無事終了いたしました。


「終わったー!」というタイミングで、先生の担当でもあるO氏がやってきて、リビングで、活字になった《セリフ》を貼り付ける作業をせっせとしていました。(※そういえば、あの作業…いまだになんて呼ぶのか知らんがな・笑)


 で。

 O氏が差し入れてくれたケーキ(またケーキだ!ケーキ三昧だ!笑)を、エリコ先生とほうばり、また、ぶっ飛んだエピソードを私に語ってくれて、その日は終了。


 ちなみに、ぶっ飛んだエピソードとは――たとえば…。


 ・過去、『ちょんまげバー』で出会った男とつきあった話。

 ※『ちょんまげバー』とは、イケメンがすっぽんぽんで出迎えてくれて、ぺ〇スを客の頭に「ちょんまげー!」といって乗せてくれるバーのことです。いや、私、知らんけども!^-^;;;


 ・過去、陰キャラ《東大生》とつきあった話。

 ※最終的に先生はにキレて、そのへんにあった漫画の七つ道具を、にぶん投げて「帰れぇぇッ!!!」と一喝したそうです。カッコイイ!*^-^*


 さすが、超一流の少女漫画家さんは、恋愛経験も豊富なのです。


 ちなみに、先生が漫画賞をとった作品は、過去、自分が恋愛で傷ついて、その心を救うために描いていたのだと、そのとき私に話してくれました。


「あの作品は、先生にとって《リハビリ》だったんですね…」

 というと、先生は深くうなずいて、

「そう! 本当にそうだったの! リハビリよ、リハビリ…しんどかった思いを、全部あの作品に込めたかった。吐き出したかったの…」


 思えば、私が少女漫画家に向いてなかったのは、あまりにも恋愛経験が浅く、しんどい思いをしていなかったせいかもしれません。それほどに、作家にとって《経験》はなによりの財産です。楽しかった過去よりも、つらく、やりきれない過去にこそ価値がある。それを昇華させることで、作家は本物の《作家》になり、その《作家》がつむぐ創作物に《チカラ》が宿り、人々の心を動かす物語ができあがる。


 過去の失敗や、失言、後悔、失望、絶望…そういうものにこそ意味がある。


 それを知ることが、まず、作家になるための第一歩なのかもしれません。



               ***


 さて。

 そんなことで、怒涛の1泊2日のアシスタント業務は、無事におわりました。

《トーク》と《作業》の二刀流ができない私には、大変な1日でしたけど、先生との会話…先生の中にある情熱や正義や、なにか言葉では表せないほどのカッコイイ生き様は、私の心に刻まれました。


(いつか、こんな人に私もなりたい…)


 それは、いまも変わりません。

(いや、ちょんまげバーには行きませんけど…ね)^-^;




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