28|ある一流少女漫画家の横顔①

 とつぜんですが――

 これを読んでいる作家さんの中には、プロ志望の方もおられるかと思います。


「いつか書籍化したい」

「プロ作家になりたい」

「小説だけでゴハンが食べられるようになりたい」

「先生と呼ばれたい」

「ちやほやされたい」

「直木賞・芥川賞をとって、作家の頂点に立ってみたい」


 でも、みなさん。世の中というものは《陰陽いんよう》で出来ていますから、

「イイ思い」をした人間は、同じ分だけ「ツライ思い」もするのです。

 それが世の中の不文律。


 じっさい、私のような漫画業界の片隅にいた人間でさえ『元・少女漫画家』というレッテルは、まわりの人の心を、大なり小なりざわつかせます。


「え? 押羽さん、漫画家だったの!?」

「すごーい、どんな漫画描いてたの?」

「原画がみたーい!」

「印税もらった?」

「私、〇〇先生のファンなの! 話きかせて!」


 ま、こんなミーハーなやりとりぐらいだったら、ぜんぜんいいんですけど、中には、私が漫画家だったことが発覚して(犯罪者か・笑)、ガラッと態度を変える人もいます。

 私を見くだしていた人が、いきなり優しく接するようになったり、逆に「なによ!漫画家のなにがエライのよ!」と、いままでなんでもなかった人が、ねたみか、それみか、やっかみか…いきなり喧嘩をふっかけてきたりして(もう漫画家やめてるのにね・笑)…私自身、このレッテルにふりまわされた時期もありました。それも、きっと、「イイ思い」をした代償なのでしょう。


 みなさんには、憧れの先生がいるでしょうか?

 私にはいました。

 私が漫画家でデビューするまえから、ずっとあこがれていて、

「いつか、先生のような漫画家になりたい!」と、夢を見ていたものです。


 当時、小学館漫画賞(←漫画の直木賞みたいなヤツ)を受賞し、人気絶頂で、まわりからも一目置かれていた先生は雲の上の人でした。

 その彼女の生活を、勝手に想像し、先生みたいな漫画家になれたらシアワセだろうなぁ…みんなに尊敬され、印税も入り、地位も名誉も実力も人気もあって、もうこれ以上のシアワセってあるのかなぁ…と、ぼんやり思っていたものです。


 けれど、そんな、すべてを手に入れたかに見える彼女にも、それなりの悩みはあるし、代償は払っているのです。それは、漫画界の片隅にいた私なんかより、ずっとずっと大きな代償だったと想像します。


 そんなことで――

 今回は、私のあこがれだった一流少女漫画家の横顔を、私のドキドキの思い出とともに語ってみたいと思いますので、おつきあいくだいませ。^-^



               ***



 たいてい、みなさん、そうかもしれませんが――私が小学館の『少女コミック』という雑誌に漫画を投稿した理由は、その少女漫画家がその雑誌で連載を持っていたからです。


 当時、私は、「ここでデビューできれば、いつか先生に会えるかも…!」という、淡い恋心(?)を抱いていました。そして、その夢は、あんがい早い段階で叶ってしまいました。*^-^*


 ここでは、仮に『エリコ先生』と呼ばせていただきます。


 デビューした直後から、私の担当だったO氏に「エリコ先生に会いたいなぁ…」「エリコ先生はアシスタントいるんですかねぇ?」「私じゃダメですかねぇ?」と、しつこくしつこくアピールし続けた結果、ある日、やっと声がかかったという経緯です。(O氏、はなはだ迷惑・笑)


 彼女は、そもそも、アシスタントをたくさん抱えている作家ではないんですね。作家によっては、5~6人のアシさん(←業界では省略して‘アシ’と呼びます)を抱えていないと仕上がらない、手間のかかる絵を描いている先生もいますけど、彼女の絵柄自体がシンプルで、ほとんど自分で描いて、しめきり間際にひとりかふたり…決まったメンバーが交互にやってくるという現場でした。私が呼ばれたのは、いつものメンバーが来れず、ピンチヒッターということでした。

 エリコ先生の仕事場にお邪魔したのは、そのときと、のちに2回の計3回でした。


 エリコ先生は、すでにある作品で『小学館漫画賞』を受賞していて、押しも押されもせぬ、超一流・少女漫画家さんです。それだけでも緊張するのに、私、大ファンなものだから、その緊張はハンパなかったと思います。しかも漫画のアシは、たいてい1泊2日の泊まり込みです。(4~5日かかる先生もいます)

 アシ日の前夜は、初デートの女子高生のように興奮して眠れなかったかもしれません。いや、覚えてないんですけど…。(笑


 で――当日。

 最寄の駅で電話するように編集さんから言われていたので、電話しました。


「はじめまして、押羽です! 今日はよろしくお願いします!」

『よろしくねー。で、さっそくで悪いんだけどー、来る途中でトイレットペーパーと牛乳を買ってきて欲しいんだよねー』

「はい。わかりました!」

『牛乳は、オレンジのパッケージの《農協牛乳》ね』

「あ、はい」

『よろしくー』


 はじめて交わした会話は、そんなやりとりでした。^-^

 彼女は、かわいらしいコロコロと鈴をならしたような声の持ち主で、どんな人なんだろうと期待も高まります。いや、べつに、デートじゃなんですけど。(笑


 じつは数ヶ月前に、小学館の忘年会の2次会で、遠くからお見かけしたことはあるんです。「あ、あれがエリコ先生か!いや、でも、暗くてよく見えないな…遠いしな…」ということで、あこがれの先輩を遠くからみつめる少女のように、ドキドキ・ソワソワしたまま、どんな人なのかもわからないまま、そのときは自己紹介すらできずに終わってしまいました。

 …なので、電話越しの会話だけでも、めっちゃハッピー♪


 リピートしますが、べつに、デートじゃないんですけどね。(笑



               ***



 で――私はさっそくスーパーで《トイレットペーパー》と《牛乳》を買い、花屋で《花束》を買い(←《花》買ってる時点で、相当カンチガイしてる・笑)そしてケーキ屋で《ケーキ》を買い、いざ、あこがれの地へ――!*^0^*


「えええッ!? やだぁ、すっごい荷物ぅぅーー!!!」


 先生の第一声はそれでした。(笑


 ・トイレットペーパー

 ・牛乳

 ・花束

 ・ケーキ

 ・自分の大きめバッグ(お泊り用なので)


 抱え切れないほどの荷物を両手いっぱいに持って、「は、はじめましてッ」と現れた私を見ての、ひとことでした。(笑


 オシャレな田園都市線の賃貸マンション。

『アトリエ〇〇』と書かれた玄関先の表札。

 天井まである、クローゼットのようなシューズボックスには、いろとりどりのハイヒールが棚いちめんに並べられ、いかにも『セレブ』な玄関先で、私を出迎えてくれた先生は、寝起きのままの、頭ボサボサのパジャマ姿でした。


(ギャップ、すごすぎるんですけどぉーーッ!!!)


 と、心の中で叫んだ私。


 しかし、みなさん、これこそが一流少女漫画家の姿…です!

「戦場で戦う戦士(漫画家)は、なりふりなんてかまってられるかぁ!!!」というオーラが、先生の全身から漂っておりました。これぞ、一流少女漫画家!なのであります。(笑




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