31|ある一流少女漫画家の横顔④

 さて――

 そんなことで、怒涛の(?)1日をむかえる事になったわけですが、それを語るまえに、エリコ先生の名誉のために、まず言っておきたいことがあります。


 先生は、ドラマに登場するような、わがまま放題の少女漫画家とは違います。人気者になってテングになって「私、もう描きたくないのー!」とだだをコネて編集さんを困らせるというたぐいの人間ではありません。それだけは本当に、誤解してほしくない。


 一見すると、ラテン気質ゆえ「イケイケー!やっちゃえー!」という軽いノリで決断したことのように思えますが、エリコ先生の中では、相当な覚悟と、正義と、プライドをかけた《聖戦》だっただろうことは、彼女を少しでもそばで見ていた者ならわかることです。


 そこは、ご理解いただきたいと思っています。



               ***



「で。どーする? 押羽さん、帰る?」

「ど、どうしましょうか?」

「べつに、いてもいいよ。ぜんぜん仕事がないわけじゃないし」

「え? 仕事あるんですか?」

「あるよー」

「仕事してってもいいんですか?」

「いいよー」

「じゃあ…仕事します!」

「うん、わかったー」


 てなことで――アシスタントは続行となり、カラーイラストのお手伝いや、描きかけ原稿のアシをしたような気がします。どっちにしても仕事モードにはならず、たらたらと手伝いながら、ずっと先生とおしゃべりをしていただけという記憶しかありません。^-^;

「じゃあ帰ればよかっただろ?」と思わなくもないですが、そこにとどまった理由は3つ。


 その①:先生の大ファンだったから。

 少しでも長くおしゃべりをしたかったし、会ったとたん「さよーならー」というのでは、なんだか自分が気の毒で…。


 その②:多少なりともアシ代がもらえるから。

 金額はよく覚えていませんけど…アシスタント代の相場はだいたい1万円です。でも、その思いは5パーセントぐらいだったと思います。


 その③:先生が心配だったから。

 じつは、これが一番大きな理由でした。事情を知ってしまった以上、先生ひとりを置いて帰るわけにはいきませんでした。「帰る」「帰らない」の話をしてる間にも、ひっきりなしに編集部からの電話は鳴りつづけているし、先生としても、私(誰か)にいてほしいんじゃないかと思ったんですよね…。


 その日は、本当に、とりとめもなく、いろいろな話をしたように思います。


《心理テスト》みたいなこともして遊びました。

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「あなたは今、道を歩いています。どんな道ですか?」

 私 :なだらかで、小石がごろごろしている山道をのんびり歩いてる。

 先生:ずぅーっと先までまっすぐ伸びる高速道路をバイクで突っ走ってる!


「その道に壁が出現しました、どんな壁ですか?」

 私 :壁っていうより、滝がある感じ。

 先生:すっごく高くて巨大な、難攻不落なコンクリートの壁!


「それをどうやって乗り越えますか?」

 私 :「わー濡れちゃうー!」と言いながら突っ込んでいく。

 先生:ダイナマイトか、ロケットランチャーで破壊して突き進む!


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 本当は、もっと長いテストなんですが、すべてに置いて私と先生の答えにはギャップがありました。^-^


《道》は、そのまま、いま自分が置かれている状況をあらわし、《壁》はプレッシャーの大きさです。それをどうやって乗り越えてゆくか…という心理テスト。


 私は、ちょっと歩きづらい道だけど「まーなんとかなるでしょ♪」と言いながらのんびり歩き、壁にぶちあたったときだけ「ぎゃー大変だー!」と騒いでがんばるタイプのようです。いまも、だいたいそんな感じで生きています。^-^;


 じつは、私とエリコ先生は誕生日が一緒なんですね。似たような運命、似たような性格…になるはずが、このギャップはどうしたことでしょうか。(笑


 この心理テストは、見事に先生の生き様、そのものでした。


 高速をバイクでぶっ飛ばしてたら、巨大な壁が出現し、あわや!というときに、バイクに搭載されていたミサイルを発射! 壁は木っ端微塵こっぱみじんに砕け散り、さらに加速して突き進んでゆく! まるでアクションシーン満載のSF超大作のような彼女の心象風景が、彼女のリアルだったのでしょう。


「このまえ新連載はじめた〇〇さんはね、壁を乗り越えられなかったの。『もう、どうやっても進めません!』ってリタイヤ宣言してね…きっと、はじめての連載だから、彼女の中では、そうとうなプレッシャーなんだと思うのよね…」


 エリコ先生は、ご自分の置かれた状況もなんのその、まったく関係のない漫画家さんの心配をしておられました。そのタフさにも惚れぼれです。*^-^*カッコイイ


「でも、先生の壁こそ、普通、だれも突破できない壁ですよね? まさかダイナマイトが出てくるとは思わなかったです・笑」

「私、石橋も叩かないで、自分でぶっ壊しちゃうひとだから、なんでも破壊しちゃうのよー。イケイケーって感じー(笑)あ…ちょっとまって…! また、電話してきた! なんなのよ、もー。うるさいなー…」


 そんな、心理テストで盛り上がっている最中にも、電話は、鳴り続けていました。


「電話、出ないんですか?」

 と声をかけると、先生はにっこにこしながら、


「出ないよー。いいの、いいの。もう最初に『電話してきたって出ないからね!』って言ってあるんだから…ほっとけばいいのよ」


「ごめんね、うるさくて…」と、申し訳なさそうにいい、私は、なんといっていいかわからず、「いえいえ、私はぜんぜん…」と答えるだけです。そのときの私は、たぶん、わけがわからず混乱していたと思います。


 そもそも《プロ》は、このエッセイの第6話『私と父と漫画の〆切』でも書いてるとおり、しめきりは命をけずってでも守るものだと思っていたし…雑誌に穴をあけることはプロとして恥ずべきことで、新人ならともかくも、先生のような雑誌の看板をしょっている人気漫画家が、病気や怪我など、本当にどうしようもない理由以外では穴をあけるべきではない。毎週連載を楽しみにしているファンのためにも書くべきなのでは…? そう思っていたからです。


 そもそも、エリコ先生は、雑誌の連載自体を軽くみていたようなところはありました。雑誌に掲載されたものは、いずれ単行本になる。ずっと残りつづけるのは単行本のほうなので、そっちに重点を置いてたところはあったと思います。

 だから「連載の1回分ぐらい書かなくたって、どうってことないでしょ?」と思うのも、いまなら、わからなくもないですが…でも、彼女が描かないことによる経済的損失は、多少はあったと思うんですよね。そのへんのことは、どう思っていたのか…そこは、わかりません。(笑


「あの…そもそも…どうして編集部にアタマにきてるんですか?」

 私は、単刀直入に聞いちゃいました。で。先生はちゃんと答えてくれました。


「あのね。編集部に新入社員の女の子が入ったの」

「はい」

「このまえ編集部に行ったとき、その子を紹介されてね…彼ら、私になんて言ったと思う?」

「なんて、言ったんですか?」

「『先生、ウチの新人です。まだ右も左もわからない《ひよっこ》なんで、先生からも、良きアドバイス、ご指導をよろしくお願いしますね』…ですって!」

「ああ…」


 それをきいて、うすうす私にも事情がわかってきました。エリコ先生は、とにかく、‘なあなあ’でつながっている組織が大嫌いです。彼女が会社に就職しなかった理由のひとつには、そういう組織の《馴れ合い》を嫌悪してたから、というのがあったことを、私は思い出しました。


『上司のつきあいで飲み会したり、旅行いったり…そんなの地獄。死んでもイヤ』


 先生は、私が理解しようとしまいとにかかわらず、胸のうちを語ってくれたんです。




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