24|考察『君と世界が終わる日に』

 みなさま。本日も、楽しく小説、書いてますか!*^O^*


 突然ですが、《日テレ》で3月まで放映していたドラマ『君と世界が終わる日に』をご存知でしょうか?《竹内涼真》くん主演の《終末ゾンビもの》のドラマでした。私、毎週みていました。「毎週、《楽しみに》みていました」と書かないのは、それほど《楽しみ》なわけではなかったからです。(おい)


(※最近、ディスるような内容が多い気がして…そこは気をつけながら書きたいですが、もし、このドラマの大ファンだという人がいたら、この先は読まないことをおススメします。笑)


 さてさて――私が、このドラマを毎週みていた理由は、3つです。


 ◇1つ目は、単純に、ゾンビが出てくる《終末サバイバルもの》が好きだからです。バイオハザード、ウォーキングデッド、Zネーションなどなど、夢も、希望のかけらもない世界で、必死に生きる人たちの物語が大好きなのです。


 なんでしょうね。この、ゾンビと終末のベストマッチな組み合わせ!

 ずっと昔から、ゾンビもののホラー映画は数多くあったけれど、あるときから、そこに《終末》という設定がくっついて、超絶おもしろくなりましたよね。人々の興味をそそるがそこにあるんでしょうね。(そこは、あえて掘り下げませんが)


 ◇2つ目は、《日テレ》の日曜22:30枠のドラマは、いつも、なにかと話題になるので、とりあえずチェックしてるからです。(よほど、興味のない内容以外は観ています)これは、漫画家時代から身についてしまった職業病ですかね? 世の中の関心がどこに向いているのか…特に、若い世代の関心ごとに関心があって、いまの流行はやりは、とりあえず押さえておきたいという思いがあります。


 ◇そして、3つ目は、このドラマのダメだし部分を見つけて、自身の小説の作品向上に役立てたいという目論見もくろみのためです。

『 他人ひとのフリ見て、わがフリ直せ 』――ですね。



               ***



 で。このドラマ。


 いまをときめく人気俳優の《竹内涼真》くん主演ドラマにもかかわらず、視聴率は低迷していたらしいです。最終回は7.1%…以前、大ヒットした『あなたの番です』の平均視聴率は15%なので、低迷していたことは明白です。


 もちろん、コロナ過のいま、「ウィルスに感染してゾンビになる話など不謹慎だ」とか「うす暗い話は気が滅入る」とか…そういうご意見もあるようです。


 ネットニュースなどでは、《竹内涼真》くんの演技のせいになってたりして…そこはちがうんじゃないか?と首をひねってしまう私です。

 毎週、ちゃんと観てたらわかります。視聴率がのびない原因は、内容(ストーリー構成・脚本・演出)にあるのだということを。


 ここで、このストーリーが(自分的に)おもしろくなかった理由をあげてみましょう。


 その1:

「きっと、次、こういう展開になるんじゃね?」と予想したとおりの展開になってしまうこと。これを『予定調和』といって、これをやられると、ほんと、一気に興味がなくなります。


「ひとは、つねに裏切られたいんだ」と言ったのは、漫画の神様、手塚治虫先生だったでしょうか。読者が、物語を読み進む原動力は《裏切り》です。「え…まさか!?」と思いたい。そして「ああ…そうだったのかぁ!」と感嘆したいんですね。

 すぐれた物語(←あくまでも、エンターテイメント作品において、ですが)の節々には《種あかし》の部分があって、「じつは、こういうことだったんですよ!驚きましたか?」と、受け手に手の内を見せます。そのときに、受け手が「ああ、そうだったんだぁ!その展開は読めなかった!」と、その仕掛けのテクニックに感嘆し「この物語おもしろいぞ!」となるわけですね。そこに感動がくわわればおもしろく感じるものです。


 伏線をじょうずに隠しながら展開させる物語は、難解なパズルゲームのように複雑で、頭を使いますから、相当シンドイ作業だと想像するわけです。だから、逆に、なんの工夫もない物語は、作り手の怠慢を感じてしまう。ちょっとは苦しめ!と思ってしまう。そこが(自分的に)つまらなく感じてしまう要因でした。


 その2:

 すべてのキャラクターが、凡庸。(あくまでも、自分的に、です)

 私がハマる物語には、必ず「このキャラ大好き♪」と思える人物がいます。ひとり、そういう《推しキャラ》がいると、多少ストーリーがぐらついても、最後まで観つづける原動力になるんですね。


 全体的にいえることなんですけど、ここに登場する人間たちは、なんだか全員、設定がうすっぺらく感じてしまうんですね。^-^;

 どんな世界の、どんなぶっ飛んだ設定の話でも、そこに人間が登場するかぎりは、人間を描くことが命題になります。人間に対する深い洞察力が必要です。ちょい役ならともかくも、主人公やサブキャラは、リアルに生きていなければいけません。これまで、どんな生き方をしてきたか。心にはどんな傷をかかえているのか。どんなことで怒り、どんなことで笑うのか。ちょっとしたクセ。趣味。細部までつくりこまれたキャラクターは、セリフひとつ、行動ひとつが非凡で、生き生きとしているものです。


 また、すべての登場人物が生き生きしていると、そこに人間関係が生まれます。

 あのキャラとあのキャラは相性悪そう…だとか。気が合いそう…だとか。お似合いのカップルになりそう…だとか。キャラクターが勝手にひとり歩きをはじめ、いつのまにか、作り手と受け手の共有イメージになる。そうなってゆく物語が、私の理想なのです。


 この物語にも、一応、キャラ設定はあるけれど、なぜか、それが、リアルにこっちに伝わってこない。ありがちなヒーロー像。ありがちなヒロイン像。ありがちな友情。ありがちな人間ドラマ。ありがちなマッド・サイエンティスト――どこにもオリジナリティがなかったです。^ー^;

 作り手の洞察力のなさ、想像力のなさを感じてしまい、ずっとイライラしながら観てました。《竹内涼真》くんは好きな俳優さんのひとりなので、それがまた残念でなりません。優れたキャラクターを与えれば、もっともっとカッコよく輝くはずなのに…。


 その3:

 そもそも《日本人的ノリ》に違和感を感じる。


《サバイバルホラー》なのに、ちょいちょい《ホームドラマ的》《お茶の間的》な間の取りかたになっていて、そこに、すっごく違和感を感じました。そもそも、日本人って…サバイバルドラマ作りには向いていないんじゃないだろうか?と、何度も思いました。

 とくに、アメリカのゾンビドラマは、サクサク進みますからね。それに慣れてる私は、相当フラストレーション溜まったかもしれません。


 あと、サバイバルシーンのお粗末さも目につきます。

 日本のテレビには《放送コード》なるものがあって、「えげつない言葉はいっちゃダメ」「残酷シーンは15歳が見れるレベルで」とか…規制がきびしいのかな?とは思うけれど、なんだか、殺し方も日本人のお行儀よさが出ていて《突き抜けられない》ジレンマを感じました。


 たとえば、アメリカは、災害が起きたとき、すぐに暴動が起きる国じゃないですか。(笑;)スーパーマーケットなんか、すぐに狙われて物資の奪い合いですよ。しかも、昨日まで普通の主婦だったひとが、モノを盗んでいる…。

 そういうワイルドな背景があるから、テレビドラマも残酷シーン満載ですし、違和感なく見れるというのはあると思います。「じっさい、ありそうだよね!」って思う。


 でも、日本人って、災害が起きて食料がなくなっても、配給所にお行儀よく並ぶ人種です。それで、世界のマスメディアがびっくりしてたぐらい…日本人とサバイバルって似合わないんですよね。

 このドラマも、がんばってワイルドに作ろうとしてるけど、けっきょくホームドラマの枠からはみ出せない…そんな悲哀すら感じました。


 うすっぺらいキャラが、凡庸なセリフを言いながらホームドラマしているゾンビもの――その違和感。そりゃあ、視聴率も低迷するってものです。


 でも、きっと、腕のあるスタッフが集結したなら、きびしい規制がある中でも、おもしろいドラマをつくりあげるのだと思いますから、やはり、根本的にストーリーにたずさわるスタッフの力量不足…ということでしょう。


 それを裏付ける実例があります。

 横道にそれますが、おつきあいください。


 私が大好きな、アメリカのドラマ『LOST』についてです。このドラマは全米で社会現象を巻き起こしたドラマで、制作・監督にたずさわっているのが、いまをときめく『スターウォーズ最新作』の制作・監督をつとめた《JJ・エイブラムス》です。


 じつは『LOST』、最初はまったく別のスタッフチームが手がけていました。

『パイロット版』(第一話)をつくって制作側に見せたところ、その駄作ぶりにプロデューサーが業を煮やして、役者からスタッフチームから総入れ替えし、当時そこそこ売れはじめていた《JJ》に声がかかり、すべて、ゼロから作り直したのが、この『LOST』なんですね。


 設定はなにひとつ変わっていないそうです。謎の島に飛行機が墜落し、そこでサバイバルする話です。変えたのは、先住民の設定と、登場人物たちの設定ぐらいでしょうか。その同じ材料で、みごとな世界観をつくり、いままでにない斬新な、それでいて人々の心を打つ大傑作に仕上げたのです。


 要するに、同じ設定でも、作り手の手腕によって、駄作にも、傑作にもなるということのいい見本です。


 さて、それでは、内容をまとめてみましょう。


 ① エンターテイメント作品には、じょうずな伏線をしのばせること。

 ② キャラクターは細部までつくり込み、命を吹き込むこと。

 ③ どんな駄作も、工夫しだいで傑作に生まれ変わる。


『 他人ひとのフリ見て、わがフリ直せ 』


 いま一度、自分に言いきかせ、超絶おもしろいエンターテイメント作品を目指し、精進してゆこうと思いましたとさ。*^-^*


 ちゃんちゃん♪


 ※※※※※※※※※※※※※※※〔 おまけ 〕※※※※※※※※※※※※※※


 しかし、なぜか、このドラマ…シーズン2なるものが制作されています。

(いま、ふーるーにて絶賛配信中・笑)


 ま――会員じゃないので、私は観ませんが…SNSなどのコメントを読むかぎり、おもしろくなってはいないようです。が…ここでふと、押羽は、酷評している人たちのコメントを見て思いました。


「みんな、酷評すること自体を楽しんでやがる…」と。


 私の中で、つまらない《物語》は、ただそれだけのもので…それ以上の価値などないと思っていました。


 しかし、いまの世の中は、もしかして、それさえも楽しむ時代なのか?と、ふと思い、もし「なんだこの駄作!うける!笑」といって、楽しむ人間がいるのであれば、それはそれで、まったく別の価値が存在し、そのドラマに存在意義が生まれるということで…なんか、とっても不思議で、びっくりな現象だなと思ったのです。


 でも、まあ…特定の誰かを酷評して死に至らしめるイジメより、ドラマけなして憂さが晴れるなら、そっちのほうが数倍マシ…なんでしょうか?


 でも――なんか、いやな時代ですね…。


 私も「つまらない」とは書くけれど…俳優さんを「〇〇うぜえ!」「〇〇きもい!」とか書いてる人には、「それって、本当に物語の駄作っぷりに対しての反応ですか?」と、問うてしまいます。なんでもいいから、ストレスのはけ口にして誰かを罵倒する歪んだ精神…そういう人種はキライです。


 日本には、古来から『言霊ことだま』というものがある。

 誰かを悪くいえば、その言葉は跳ね返ってきて自分を苦しめることになるんです。


 お気をつけ、あそばせ。* ̄^ ̄*





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