11|『小説』にまつわるエピソード

 ※このページは、以前、「小説にかかわるエッセイを書きましょう」みたいな自主企画に参加したときに書いたものを、ここに移動させたものです。

 興味がありましたら、読んでみて下さい。^-^



               ***



 物語は、人と人がつながるためのツールです。


 以前、だれかがエッセイでいってました。『読書とは、読者と作者との、1対1のコミュニケーションだ』と。


 20代前半のころ、私は《不安神経症》のようなものになり、心が苦しくて苦しくてたまらない時期がありました。でも、それをどう対処したらいいかもわからず、不幸なことに、当時、私のまわりにはその悩みを相談できる人間がだれもいなくて、ひとりで悶々と苦しんでいたとき、一冊の本に出会いました。


 心理学者の河合隼雄さんが書いた『コンプレックス』(岩波新書)という病理学の本でした。


 それは、まさに、自分がいま、直面している問題をすらっと解決してくれるような内容で「世の中には、こんな本もあるんだ!」「自分の心なんて、誰にもわからないと思っていたけど、ちゃんとわかってくれてる人がいるんだ!」という…そんな驚きと、喜びと、なにより《ひとりじゃない》という安心感――私は、この本がこの世に存在していたことで、文字通り救われたんですね。


 そこには、けっして一方通行ではない、ちゃんと読者のことを考え、読者に語りかけるように「きみはひとりじゃない。がんばれ!」といってくれてるような愛情がありました。


 以来――私は、読書は対話だと思っています。


 文章を読みながら、作者の思いを知ってゆく。


 それは、この本のような心理学のジャンルだろうが、小説だろうが、ハウツー本だろうが、そこに作者が存在し、しっかりと意思表示をしてくれているかぎり、読者と作者は必ず1対1の関係になる。


 私は、よく《相性》という言葉を使います。


 仕事場でも、学校でも、どこにでも人間関係というのはあって、そこには必ず《相性》というものがあって、初対面のときから馬があう人もいれば、何年つきあってもかみ合わない人もいる。


 読者と作者の関係もそうだと思うのです。


 本屋さんで、ちらっと立ち読みをして、2~3行読んだだけで「あ…この人の文章は読みやすい!」とか「あ、この人の問題意識、自分と一緒だ!」とか思ったことありますよね? それは、すべて自分と作家との《相性》がいいからだと思うんです。


 思えば、私の心を救ってくれた河合隼雄さんは、もしかしたら相性がよかったのかもしれません。それは、本当に、心を通わせあえる《ともだち》と同じ存在でした。



               ***



 私が、物語(小説)を書くうえで、いちばん肝に銘じているのは――けっして、自分の物語にはウソをつかないこと――です。


 自分がちょっとでも「ん?この展開ヘンだな…」とか「このセリフおかしいな?」とか、なにか違和感を感じたら、それをクリアできるまで、なんども、なんども書き直します。


 それは、読者(自分という読者も含めて)に対して誠実でなければ、自分が書く意味がないと思うからです。ちょっとでもウソが入ったら、その物語は、自分の物語ではない…。

 読者が自分の物語を見つけてくれて、気に入ってくれたとしても、そこにウソがあったら、自分と読者は出会えないんです。



               ***



 以前、私は少女漫画を描いていました。


 じっさいは、それほど好きでもなく(…かといって『嫌い』ということでもなかったとは思いますが…)とにかく、後半は『仕事だから描いている』という感じで描いていまして、そこそこ人気が出はじめたとき、読者が「いいね! 面白いね!」といってくれても、「あ、そうなんだ? こんなのが受けるんだ…」と、自分自身は、どこか覚めているというか…読者と一緒になって「ね! いいでしょ、いいでしょ! 面白いでしょ!」と、読者と手をとりあって喜べなかった…。


 そのことに気づいてしまったからやめたというのもありますが、そのなんともドライで空虚な読者との距離感が、私のモチベーションをあげる原動力をうばっていたような気がします。


 でも、いま――ここで書いてる小説は、本当に、大切な物語です。

 たまにコメントをもらったりすると、とんでもなくうれしいし、「ね!そうでしょ!? いいよね、いいよね! 最高だよね!」と、一緒になって喜べる。


 この感覚は、思えば、私が、ずっと求めていたものでした。


 これこそが、読者と作者の理想的な関係だと、私は思うのです。

 だから、作者としての自分は、ぜったいに手を抜きませんし、出会えた読者には、感謝の気持ちしかありません。


 つながれた喜びは、何物にも変えがたい《宝物》なのです。


 そういう物語を、私は死ぬまで書き続けていきたいです。       

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