第25話 奇襲(後編)

「はい、犯人のうち数名は、現在意識不明です。はい……それと」


 護衛官の一人が警察署と連絡を取る。監視カメラが宗像家の周辺に配備されているので、もうすぐ応援の警官や救急車も来ることだろう。他の護衛官が救急キットを取り出し、銃弾を浴びた襲撃者の手当を行なっていた。こちらが怪我を負わせたのだから妙な光景ではあるが、そのまま放っておくわけにもいかない。


 真之は、襲撃者の応急処置をしている護衛官の傍らに立つ。


「助かりそうですか」

「助かるも何も。俺が撃った銃弾は、こいつの太ももを、ほんのちょっとかすっただけだよ。こいつは、撃たれたショックで気絶しただけだ」

「あの混戦で、わざとギリギリで弾を外したわけですか」

「へへっ、いい腕前だろ?」


 そんな護衛官の軽い調子の笑みに、真之は安堵と拍子抜けが入り混じった息を吐いた。

 それから彼は、家の中からロープを持ってきて、自分が倒した襲撃者の手足を縛る。手錠をかけないのは、それを護衛官達が誰ひとりとして持っていないからだ。神柱護衛官は神の護衛が最優先であり、警察官でありながら逮捕権が与えられていない。


「連中の正体は一体何だったのでしょうか」

「こいつらはおそらく、礼賛神徒(らいさんしんと)だろう」


 真之の疑問を受け、先輩護衛官の男が忌々しげにため息を吐く。その名称の意味は真之も知っていた。


 礼賛神徒とは、一〇年前の霊災をきっかけとして生まれた市民団体の名称だ。人間は神を畏れ敬うことが当然であり、神を制御することはおこがましい、という考えのもとで活動を全国各地に展開している。彼らに言わせれば、神を信奉することこそが国を安定させる道であるという。犯罪まがいのデモを起こして警察と衝突し、逮捕者まで出るケースが後を絶たない。霊災で神の恐ろしさを知った国民の中には、その考え方に共感する者が少なくないようだった。

 最大の問題は、彼らの崇める神が霊災を引き起こした怨霊である、ということだ。霊災が起こったのも、人間の驕りに対して神が怒ったからだ、と主張している。礼賛神徒からすれば、怨霊を封じ込めている結衣と大和は、まさに不倶戴天の敵といえるだろう。


「休日になると、この白鱗神社にもデモ隊が押し寄せてきやがる。俺達護衛官は、その対処も仕事のうちってわけだ」


 先輩護衛官が吐き捨てるように言った。真之は、低く芯の通った声で質問を投げかける。


「これまでにも礼賛神徒は様々な事件を重ねていましたが、ここまで過激な行動はあったのですか」

「少なくとも姫と王子に対して、ここまで派手に危害を与えようとすることはなかった。どうも連中は理性のブレーキがぶっ壊れて、行動がエスカレートしているみたいだな。社会と折り合いをつけようという気がないのかね」


 過去にも、ある国会議員が礼賛神徒の活動を抑制しようと動いたことがあった。対する礼賛神徒は、その議員の自宅住所をネット上に公開し、徒党を組んで議員やその家族に対して暴行を加える、という事件を起こしたのだ。そういった非社会的な活動を重ねたことにより、公安からは監視対象団体に加えられている。

 今回の事件をきっかけにして、礼賛神徒がますます過激化する恐れは十分にありえる。神柱護衛官にとっては頭の痛くなる話だ。


「あの、皆は大丈夫?」


 そこへ、不安げな表情を浮かべた結衣が声をかけてくる。真之の右肩を見上げ、大きな瞳に悲痛の色をにじませた。


「さ、真之さんっ。血! 肩から血が出てるよ!」

「え? ああ、これですか」


 右肩の痛みは麻痺しつつあり、右腕にも力が上手く入らない。


「それって、さっき私を庇ってくれたときの傷だよね? 早く手当てをしないと!」


 結衣が慌てふためき、襲撃者の応急処置をしている護衛官から、救急キットを借りに行く。大和も真之の肩の高さまで飛んできて、心配げに「キュイ……」と鳴いた。


 そんな双子の反応が、真之には理解できなかった。彼がこの怪我を負ったのは、あくまでも仕事をこなした結果にすぎない。二人は無事で、他の護衛官にも特に怪我はなかったのである。この場を無事に乗り切ることができた。二人が彼を心配する必要はどこにもないのだ。


「大丈夫ですよ。大した傷ではありません」

「大したことあるでしょっ。矢が刺さったんだよ」


 冷淡さすら感じさせる真之の態度に、結衣は心配を通り越して怒ったようだ。噛みつかんばかりの顔つきで、救急キットから止血用パッドを取り出す。


 その仲裁に入ろうと、先輩護衛官が顎髭を撫でながら笑いかけた。


「大丈夫ですって、姫。こいつの頑丈さは尋常じゃないんですよ」

「でも」

「まあ、一応この後、病院には行かせますんで」


 そうこうしているうちに、救急車とパトカーのサイレンが近づいてきた。


「真之さん、ほんとぉに大丈夫なの?」


 しつこく尋ねてくる結衣に対し、真之は律儀に「はい」と返す。こんなときに頼りがいのある笑顔を見せてあげれば、彼女達も安心できるのではないか。そう閃いた真之は、微笑みを形作ろうとする。が、唇の端が引きつり、ナタを振りかざす夜叉のごとき形相になった。


「キュイッ!?」


 それを見た大和が、宙に浮かんだまま仰天する。結衣も、不意打ちをまともに食らい、艶のある長い黒髪を震わせた。


 自らの策が裏目に出たことを悟った真之は、若干項垂れながら詫びる。


「あ……申し訳ございません。笑ってみせるつもりだったのですが」

「え、今のって、笑ってたの?」

「はい」


 素直に謝罪する真之の鉄仮面じみた顔を見て、結衣と大和は互いの顔を見合わせた。

 そうして、同時に笑みを吹き出す。


「ぷっ、ふふ」

「キュキュイ~」


 真之としては、なぜ笑われたのか分からない。先程から、この双子について理解できないことばかりだ。


 結衣は緩んだ口元を手で押さえ、優しい視線を真之に向けてくる。


「真之さんって変な人だね。紺さんが言ってた通り」

「紺――義母は何と?」

「不器用で、自分の気持ちを出すのが苦手だ、って。そこがまた可愛いとも言ってた」


 あの馬鹿狐……と胸中で毒づきながら、真之は弁解も反論もできなかった。彼自身、不器用であることは自覚していたからだ。


(これでは、子ども扱いをやめてくれ、と紺に言っても当分はダメそうだな)


 気恥ずかしさと情けなさで、ため息をこぼしそうになる。


「キュ、キュキュキュイ」

「うんっ。そうだね」


 大和が小動物のような鳴き声で、結衣と何やら楽しげに話している。結衣も笑顔で頷き、彼の頭をそっと撫でた。

 それから、揃って真之の方に顔を向ける。


「『さっきは何度も驚いてごめんなさい』って、大和が言ってる」

「結衣さんは、大和さんの言葉がお分かりになるのですか?」

「うんっ。他の動物の鳴き声の意味は全然分からないけど、大和の言葉だけは自然と頭に入ってくるんだよ。これも双子だからなのかも」


 結衣はそう言いながら、自らの頭に生えた角と、大和の小さな角を順に撫でた。

大和が、右前足を真之に向かって差し出してくる。先程までに比べ、警戒心が薄れているのが見て取れた。


「キュイ」

「『これからよろしく』って言ってるよ」


 結衣の通訳を聞いた真之は、無表情を崩さず、無骨な両手で大和の小さな右前足を優しく握る。


「こちらこそ、よろしくお願い致します。お二人とも」






 その後、真之達は駆けつけた警察の事情聴取を受けた。

 拳銃を発砲した件については、緊急事態とはいえどもさすがに問題なしとはいかず、拳銃を使用した護衛官は警察署に連れて行かれた。だが、おそらく任務上の正当防衛として認められるだろう、と地元の警察官は言ってくれた。


 気絶させた礼賛神徒達は、逮捕されることとなった。神(正確には半神だが)に危害を加えようとした罪は重い。他にも何か事件を起こす計画はないのか、と厳しく尋問されることになるという。


 真之は念のために病院に行った。検査の結果、大事には至っていないという。呆れ顔の医師の話によれば、鋼の鎧じみた筋肉のおかげで、矢が致命的なまでには深く刺さらなかったのではないか、とのことだ。真之が唯一心配だったのは、矢尻に毒が塗られていた可能性だが、その危険もクリアされた。


 二人も神柱護衛官が抜けたため、応援の護衛官が急遽、派遣されることになった。今回の事件を受け、志堂市で最も重要なポジションにいる双子には、護衛官の数が増員されることになったらしい。結衣は少し遅刻することになったが、無事に登校した――と運転手役の先輩護衛官から真之の携帯電話にメールが届いた。

 病院を出た真之も、すぐに結衣の通う学校へ向かうつもりだった。が、スーツの右肩に血が染み付いているため、そのままの格好で行くわけにもいかない。そう判断して、一度自宅に戻ることにした。


 紺にこのことを知られることが、重大な問題である。彼女に頼めば、この程度の傷は容易に治癒してもらえるだろう。それでも、気が進まない。義母に余計な心配をかけたくないのは勿論だが、それ以上に彼女の性格ならば、


「なぬぅっ! 真之に傷を負わせるとは許せん輩じゃ!」


 などと怒り狂って、礼賛神徒のアジトを襲撃しかねない。


 恐る恐る自宅に入ると、紺は買い物にでも出かけているのか、家を留守にしていた。ほっと一息つきながら、真之は替えのスーツに着替える。


(紺には、今晩帰宅してから説明しよう……)

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