第46話 コンビ結成

 自分の病室に戻った真之は、腕に刺さった点滴の針を抜く。ロッカーを開けると、中でハンガーにかけられていたのは、血で濡れたスーツに、血で固まったYシャツ。着るのに抵抗がないわけではないが、今は贅沢を言っている場合ではない。それに、モタモタしていると、病棟の看護師に見つかってしまう恐れがある。胸と腹に刻まれた銃創は塞がれているとはいえ、完全に治癒されたわけではない。動くたびに激痛が走り、額には脂汗が浮かぶ。それらを無視して入院着を脱ぎ捨て、スーツに着替えていく。


「お、おいおい。こんなヤバいときに、そんな身体でどっかに行くつもりなのかよ?」


 窓際に座って真之の帰りを待っていたハヅキが、不安げな声をかけてきた。真之は呼吸を荒くしながら、静かに頷く。


「もしかして、大和を助けに行くのか?」

「はい」

「嘘だろ、馬鹿じゃねえの? そんな身体で何ができるんだよ」


 ハヅキの口調は、底なしの阿呆を相手にしているかのようだ。いや、事実、今の真之は正真正銘の阿呆だろう、と彼は自嘲した。半死人の状態で、自ら進んで死地に飛び込もうというのだから。


「行ったところで何もできないかもしれませんが、何もせずに待つのは性に合いませんので」


 真之の鉄面皮には変化がないが、三白眼の奥の瞳は静かな闘志に燃えていた。しばしの間、その姿をぼうっと見ていたハヅキは、やがて呆れ果てたとばかりに両手を上げた。おそらく、肩を竦めようとして、可動域の少ない人形の身体ゆえに上手くできなかったのだろう。


「お前のこと、ただのヘタレの木偶の坊かと思ってたけどよ。意外と、イノシシみたいに突っ込むタイプの馬鹿なんだな」

「そうかもしれません」


 ボロボロのスーツに着替え終えた真之は、ハヅキに向かって頭を下げる。


「自分が眠っている間、傍にいていただき、ありがとうございました。行って参ります」


 ハヅキは返事をせずに黙った後、真之に提案を言い出す。


「なあ、オレも連れていってくれよ」

「ハヅキさんも、ですか?」

「あ、『お前なんか付いて行っても、役に立たねえだろ』って顔をしたな」


 ハヅキは頭ごなしに決めつけると、自分の胸を誇らしげに叩いた。


「オレはこう見えても、妖怪の端くれだ。他の妖気や霊気を探知することができる。ある程度の距離まで近づけば、例の化け物女の気配だって分かる。それに紺様ほどの強力な妖気なら、ここからでも大まかな居場所が分かる。レーダーとして使えるだろ?」


 確かに、ヒスイの居場所が探知できるのであれば、無駄な戦闘を避けて時間をロスせずに済むだろう。これは、あくまでもヒスイのいる場所に芹那と大和がいる、という仮定の上での考え方だが。


「正直言えば、紺様に会うのは怖いんだけどよ。なにせ、お前を病院から出した、ってことがバレたら、すっげー剣幕で叱られそうだ」


 人形であるハヅキは表情こそ変化がないものの、怒りにも近い決意が漲っているように見える。


「それでも、オレだって大和や結衣のダチだ。あいつらのことは、赤ん坊のころから知ってる。オレにできることなら、あいつらを救う手助けになりてえんだよ」

「ハヅキさん……承知しました。一緒に行きましょう」

「おう、よろしくな相棒!」


 ハヅキが差し出してきた小さな手に、真之は硬い拳を突き合わせた。

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