第12話 企み

 同日、✕✕市内にある清水邸。


「くそっ、こっちはどこの知り合いの会社にも融資を断られた」

「金融機関はどうだ?」

「馬鹿野郎、こっちはその金融業で飯を食ってるんだぞ。同業者に金を貸すなんてヤツが現れたとしても、どんなでかい借りになることか!」


 中年の男が苛立ちを隠そうともせず、リビングに置かれたガラス製テーブルに拳を叩きつける。煮えたぎった感情をぶつける大声は、透明なガラス窓を突き破って邸外まで届きそうなほどの勢いがあった。

 サラ金業者の元締めをしている彼は、強引な取り立てが悪評を呼び、倒産間際まで追い込まれていた。彼だけではない。広いリビングにいる全員が、それぞれの事業の失敗や家の借金などを理由に、多額の金を必要としていた。総勢一一名。血が繋がっていない者も含め、全員が親戚関係にある。


 さらに、現在は建宮の姓を名乗っている真之の、元・親戚達でもあった。


「返すアテがないのに、金を借りるもんじゃない」


 別の男が、ソファに腰を下ろしてふんぞり返り、冷静に言葉を返す。その態度が腹立たしかったのだろう、先程から大声を出している男が胸倉を掴みそうな勢いで睨みつける。


「綺麗事を言っている場合かっ」

「返すアテがないのなら、金を搾り取ればいい。踏み倒しても許される相手から借りればいい」


 そうすることで、彼らはそれぞれの業界でのし上がってきたのだ。自分達が笑うためなら、他の誰かに地を這いつくばらせる。それを当然としていた。ところが、今度は自分達が泥を舐めるハメになりそうなのである。

 そこで、金を持っている格好の標的を見つけた。


「あの女、確か名前は建宮紺だったか。経歴については、いくら調べても正確なデータが出てこない。一〇〇年前から生きている、なんていう馬鹿げた情報まであるくらいだからな」

「だが、資産については凄まじい。把握できた持ち株だけでも、軽く五〇億を超えている。まるで、『金運の神に愛されている』かのようにな」

「長者番付に名前が書かれていそうだな。金は金持ちのところに引き寄せられていくというが」


 建宮紺と名乗る女が清水家と接触してきたのは、先日起こった謎の巨人騒動から一週間ほど経ったころのことだった。突然、真之を引き取ると言い出し、手切れ金として封筒に入った札束を差し出してきたのだ。金に困っていた清水家の親戚達は、二つ返事で頷いた。


「真之を寄越せと言われたときは、思わず小躍りしたがね。役に立たねえ貧乏神を手放せる上に、金までもらえたんだ」

「大方、ガキにしか興奮しないんだろうよ。今頃、ベッドを激しく揺らしているだろうぜ」


 男の一人が腰を下品に振る。リビングには女も数名いたが、今更気を使う必要のない間柄だ。顔をしかめるどころか、冗談に乗ろうとする女まで現れた。


 リーダー格の男が咳払いを一つし、脱線しかけた話を元に戻す。


「だが、受け取った金だけでは、我々を救うことができない。もっとあの女から金を巻き上げる必要がある」

「それで自宅に乗り込んで行って、逆に脅迫されて帰ってきたんだろ? ガキのおつかいよりも役に立たねえな」


 そう言って、男の一人が奥にいた夫婦を指差した。彼らは先日、紺に追い返された人物達だ。


「おい、言葉がすぎるだろうっ」

「はっ、事実だろうが」


 口論になりそうになるが、リーダー格の男は冷静沈着に話を進める。


「話し合いの機会を設けたところで、追い返されるだけだ。我々に残された時間が少ないが、実現可能な手段は限られている」

「あの女は、真之にゾッコンなんだろ? あいつを拉致ってくればいいだけの話だ。そうすれば、あっちもそう簡単に手出しできねえはずだぜ。その上で、交渉していけばいい。いっそ、資産を根こそぎ奪っちまおう」

「そこまでの価値が真之にあるか? あまり大金を吹っかけると、あの女が真之を見捨てかねない。それに下手すれば、警察沙汰だぞ」

「真之は俺達の言う事なら何でも聞く。そう教育したんだぜ。もし、警察が乗り込んできたとしても、『親戚のオジさんとオバさんに会いたくなって、ついてきた』って言わせればいい」


 長年、真之をゴミ屑扱いしてきた親戚達としては、思わぬ使い道に思わず下卑た笑みが広がる。


「金をごっそりいただくのは当然として、だ。あんな美人は滅多にいないだろ。裏ビデオに出演させるなり、大物政治家の愛人として送り込むなり、使い道は選り取り見取りじゃないか」

「ははっ、そいつはいい。その前に、じっくり味見しておきたいもんだ。俺達に逆らえばどうなるか、身体で教育してやろう。その方が金を引き出しやすい」


 話がまとまったところで、リーダー格の男が全員を見渡し、覚悟を確認する。


「いいか。もう後には引けない。我々は一蓮托生だ。檻に入るか、それとも皆で笑うか。我々は絶対に笑うんだ」

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