第21話 再会は台無しに
白鱗神社。
竜ヶ峰駅から徒歩で五分ほど離れたところに、その神社は建てられていた。
寂れた住宅地の真ん中にある、鎮守の社と呼ばれる緑の木々に覆われた土地。入口の鳥居をくぐって参道を進むと、古い木造の拝殿がある。
真之がここに来るのは、一〇年ぶりだ。当時の記憶と変わらない神社の姿に、思わず感慨深くなる。
本殿の脇から続く細い砂利道を少し歩いた先にあるのは、洋式の一軒家だ。真之が事前に入手した情報によると、神社とは不釣り合いな外観のその家は、一〇年前に建築されたものであるらしい。豪華とまではいかないものの、庭付きの立派な家で、白塗りのブロック塀によって防壁のように囲まれていた。
(紺の名を汚さないよう、仕事を頑張らなきゃな)
義母と警護対象は昔馴染みだ。真之が現場でミスをすれば、彼女にも迷惑がかかるだろう。真之は深呼吸を数回して、気合を入れる。
家に近づくと、門の前に黒スーツを着た男が二人、門番として立っていたのが見えた。隙が見当たらないのは、訓練と実戦を重ねた証拠だろう。彼らは真之の姿を捉えると同時に身構えた。それも一瞬のことで、すぐに警戒を解き、気安い笑みを投げかけてくる。
真之は男達の正面に礼儀正しく立ち、丸太のように太い腕で敬礼をしてみせた。
「建宮真之巡査です。本日七時より、半神二名の警護の任に当たるよう辞令を受けました」
「その悪党面を見るのも久しぶりだな。話は聞いてるよ。今日からよろしく」
真之にとって門番の男達は仕事の同僚であり、顔見知りの先輩である。精神、肉体共にタフな人材が求められる仕事なので、彼らが真之を恐れることはない(初対面のときには驚かれたが)。男達のうちの片方が、家の玄関の扉を親指で指した。
「姫と王子は、中にいる。挨拶してきな」
「はっ」
敬礼を解いた真之は、男達の間を通るようにして門を抜け、玄関の前に立った。緊張はするが、ここまで来て逃げるわけにもいかない。深呼吸一つした後、玄関の扉をできるだけ優しく開ける。
「御免下さい」
真之は重低音の声を張り、玄関の中に踏み入った。家の中は落ち着いた雰囲気で包まれており、インテリアの類もほとんど置かれていない。あまり派手に飾ることを好まない家主の性格なのだろう。
(結衣さんと大和さんか。お会いするのは一〇年ぶりだな)
初めて会ったのは、真之が小学生のときだ。結衣と大和はまだ三歳だった。どれだけ立派に成長したのか、彼も楽しみなのだ。
少し間を置くと、廊下を挟んだ奥のドアがゆっくりと開いた。
「キュイ~」
可愛らしい鳴き声と共に、蛇のような生き物がドアの奥から顔を出す。
頭には二本の小さな角を生やし、長い口に鋭い牙を備えている。体長は一メートル程度といったところか。全身が純白の鱗に覆われており、胴には小さな鉤爪を持った前足と後ろ足を二本ずつ生やしていた。さらに、その生き物は翼も生えていないのにフワフワと宙に浮いており、口にプラスチック製と思しき皿を咥えた格好だ。
言うなれば、東洋の竜という表現が近い外見の持ち主である。
(大和さんだな。一〇年前は手のひらサイズの体長だったのに。随分と大きくなられた)
昔の記憶と照らし合わせ、真之は時の流れにしみじみと感じ入る。
「キュ?」
小型の竜――大和は、玄関に立つ真之の存在に気づくと、長い首を傾げる。視線を彼の足から順に上げていき、顔に至った。それと共に、藍玉のような可愛らしい眼が大きく見開かれていく。
真之は、直立不動で敬礼をする。
「お久しぶりです。覚えていらっしゃるか分かりませんが、自分は――」
「キュイーッ!?」
大和はプラスチック製の皿を落とし、天敵に遭遇した小動物のように叫ぶと、その場でトグロを巻いて震えだした。どうやら、怯えさせてしまったらしい。真之がどうしたものかと悩んでいると、細く綺麗な響きを持った少女の声が、大和が出てきた奥のドアから聞こえてきた。
「どうしたの、大和。そんな悲鳴をあげて。お客様に失礼でしょ」
続いて奥から姿を現したのは、白いエプロンをつけた一人の少女だ。
歳は一三。くりっとした大きな目に、愛嬌のある顔立ちの持ち主だった。背は低めで、大和の肩にも届かない。癖のなく瑞々しい黒髪は腰まで伸び、肌は新雪を思わせるほどに美しい。体つきはまだ成長途中といったところで、女性らしい柔らかさよりも華奢さが目立つ。
何よりも目立つのは、耳の上辺りから生えて後ろに伸びる、一対の長い角だ。人間にはない神秘的な魅力を持つそれは、少女が人間ではない証ともいえた。
半神。
龍神と人間の間に生まれた少女。おそらくは彼女が結衣であろう。
(こちらもあんなに小さかった子が、可愛らしく成長なさったな)
真之は思わず感嘆の息を漏らしそうになる。
結衣らしき少女は申し訳なさそうに頭を下げ、真之の顔を見上げると、
「ごめんなさい、ええと、どちらさ――きゃあぁぁっ!」
驚いてその場に尻もちをついた。
本日だけでも何度目かの悲鳴を受け、真之は軽い頭痛に襲われた。自身の顔が持つ威力が凄まじいことを、改めて思い知らされる。いっそ、整形手術で無難な顔に変えた方が良いのかもしれない。
「驚かせてしまって、申し訳ございません。自分は、怪しい者では――」
真之が慌てて弁明しようとすると、結衣と大和の顔はますます恐怖の色に染め上げられていく。完全に逆効果だ。
そこへ、悲鳴を聞きつけた門番の男達が、玄関の扉を開け放って乗り込んでくる。
「何がありましたか、結衣さん、大和さん!」
血相を変えた同僚の男達に対し、結衣は小さな弟を庇うようにして抱きしめている。
その有様と、彼女達の視線の先にいる真之を、男達は交互に見やった。すぐに事態を把握したらしく、真之に向けて同情の視線を送る。
「なるほど、建宮を見て腰を抜かした、というわけか。朝っぱらから、こんな殺人鬼みたいな面の男がいきなり家に押しかけてきたら、ショックを受けるわな。こりゃ、お前を一人で行かせた俺達にも責任がある」
ひどい言われようであるが、実際にこうも怯えられているのだ。真之としても、現実を受け入れるしかない。
「……先輩方。自分は、顔を隠した方がよろしいのでしょうか」
「あー、そうだな。縁日で買える子ども向けのお面でも買え」
真剣に質問をする真之の肩を、男達はからかうように軽く叩いた。それから、安心させるために優しい声音で結衣と大和に触れる。
「大丈夫ですよ、二人とも。こいつは昨日お話した、新入りの神柱護衛官(しんちゅうごえいかん)です」
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