幕間

第18話 政府の動向

「この資料にある、例の巨人の正体についての記述だが、本当に間違いないのだね?」

「はい。専門家の調べによれば、一〇〇〇年前に人間を襲い、多くの村々を壊滅させた神と同一とのことです。さらに、五〇〇年前にも同様の記録が残されています」

「にわかには信じがたいな。他にアレを的確に表現することもできないのか」


 官僚の説明を聞かされた政府関係者が、苦虫を潰したように顔を歪めた。


 先日の巨人騒動について、国会では連日のように調査会が開かれていた。突然、一つの街を火の海へと変えた謎の存在を解明すべく、様々な分野の専門家達が呼び集められている。未曾有の大災害に対し、当初は地震だの季節外れの台風だのと決めつけられていたが、どれも科学的根拠には乏しい。


 謎の巨人や龍の暴れ回る姿は、マスコミ各社の報道や、個人のSNSなどを通じて映像が拡散されていた。錯乱した被災者が見た幻覚ではない、という大きな証拠であり、報道やネット上では無責任極まりない嘘や憶測が飛び交っている。


 政府は困り果てた末に、オカルト分野を取り扱う歴史家達にまで声をかけたのだ。本来ならば厳粛な国会の場に相応しくない、呪いだの怨霊だのという単語が頻繁に出てくる、珍妙な調査会となっている。出席している政治家の多くが鼻で笑っていたが、さすがにそれでは会議がまとまるはずがない。


「自衛隊や米軍の戦闘機を使っても、ほとんどダメージを負わせられなかった、という報告が上がっている。こちらの資料に書かれた内容を見給え。妖怪の女が代わりに足止めした? いつから我々は、子ども向けの低俗な特撮映画に出演しているのかね」

「それにつきましても、信じていただくほかありません。その女妖怪の映像も、映像の証拠がございます」


 資料の一部には、建宮紺という女のプロフィールが書かれている。一部の歴史家の間では、昔は神だったとさえ言われるほど、重要な存在なのだという。迷信を信じない政治家達からすれば、「株で一山当てた鼻持ちならない女」としか見ることができないのだが。


「この際、災害の正体が何だったのかはともかくとして。問題は、再発防止の対策を取ることができるかどうかだ。国民を安心させるには、政府が明確な政策を発信する必要がある」


 与党重鎮の議員が、居丈高に話を進める。彼ら与党議員としては、毎日のように「対策はまだなのか」とやかましく催促してくるマスコミに対し、うんざりしているのだ。一刻も早く連中を黙らせなければ、内閣支持率にも深刻な影響を及ぼしかねない。党内の権力闘争や次の総選挙で有利となるためにも、ここで実績を作りたいのだった。


「災害防止のために、この双子の保護が必要と先程申し上げましたが」


 官僚が疲れきった面持ちで、資料をめくる。分厚い紙の束には、宗像結衣と宗像大和の姉弟についても記されていた。


「やれやれ。数万から数十万もの市民の命が、オシメが取れたばかりの幼子に左右されるだと。馬鹿馬鹿しい話にも程がある」

「ええ、大臣のおっしゃられたことと、我々も同じ思いです」


 大物議員の意見に若手議員が追従し、頷いた。

 場の空気が白けていくのを受け、ベテラン議員の一人が官僚に指示を飛ばす。


「ともあれ、双子の身柄を拘束し、徹底的にデータを取る必要があるな。すぐに手配したまえ」

「それについてですが、問題が一つございます。先程申し上げた妖怪が、『双子を調べるにあたって、非人道的な行為をやめるように』と警告しておりまして。なかなか双子を引き渡してくれないのです」

「何をたわけたことを。我々には、国民の生命と財産を守る使命がある。仮にその女が人でないとして、そいつは『国民』ではなくただの野生動物のようなものだ。龍の血が混じっているとかいう双子も同様にな。国が希少生物を保護してやると言っているのだぞ。感謝されることはあっても、文句を言われたり指図をされたりする筋合いはない」


 ベテラン議員の差別的発言を窘める者は、この場にいない。現状では他に手の打ちようがなく、双子の身柄を手中に収める必要があることを、全員が理解しているからだ。


「神だか妖怪だか知らんが、人間社会で生きるのなら法と規律に従ってもらわねばな」


 この一年後。

 政府は霊脈の安定を図るため、国内に存在する神を管理する旨を発表した。

 人間が神の領域を踏み荒らした瞬間であった。

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