第52話 紺に見守られて

 その場の後処理については、動ける特殊部隊の隊員達に任せることになった。残念ながら、潜伏していた礼賛神徒の半数近くを取り逃がしてしまったが、中核メンバーの芹那を逮捕できたのは大きな成果といえる。ヒスイについては取扱いが厄介なので、紺の力で強制的に眠らせた。最低でも半日は起きないらしい。


「キュイ、キュイ」


 ケージから出てきた大和が、心配げに上目遣いをしてくる。


「大和さん、お怪我はないようですね。良かった」


 真之は紺と大和をスーツの内に入れ、バイクに再び跨がろうとした。しかし、ボロ雑巾同然となった肉体が、それを許してくれない。指先に力が入らず、アクセルを回すことさえできそうになかった。


「その傷じゃ、無理だ。病院まで送っていこう」


 別場所から駆けつけてきた応援の特殊部隊員が、助け舟を出してくる。丁重に断ろうとした真之だが、活動限界はとうの昔に超えていた。仕方なく隊員の提案に甘えて特殊部隊の車両に乗り込み、病院へと連れて行ってもらう。課長から借りたバイクについては、忘れずに保管を頼んでおいた。


 大至急で車を走らせること、一〇分。

 戻ってきた病院では避難民の数がさらに増えており、駐車場にまで溢れ返っていた。人混みをどうにかかき分け、病院の中に入る。その際、疲労困憊の身体がぶつかり、傷口から焼けるような激痛が生じたが、我慢するしかない。

 どうにかエレベータで最上階へたどり着くと、再び警備員に捕まったものの、すぐに病棟内に入れてもらうことができた。


「建宮、無事だったようだな」


 VIP病棟のフロアで待機していた課長が、真之のもとに駆け寄ってきた。真之の傍らから大和の首が出たのを見て、胸を撫で下ろしながら長い息を吐く。ここで待っている間、気が気でなかったのだろう。


「お前の大立ち回りについては、現場にいた特殊部隊を通じて連絡を受けている。よくやったと褒めるべきか。無茶をしたと叱るべきかは分からんがな」

「叱るべきじゃ、全くっ」


 真之の右肩の上に乗った紺が、険しい声をあげた。結局、言いつけを守らずに派手に闘った息子に対し、どうしても納得できないようだ。

 

 課長の案内で病棟の奥へと向かい、数ある個室のうちの一室に入る。

 そこにいたのは、ベッドに寝かされて苦しそうに悶える結衣だった。

 彼女の身体は弱々しい光に包まれているが、いつ消えてもおかしくなさそうなロウソクの灯火のようだ。幼い顔は血色が悪く、口に装着された人工呼吸器が何とも痛々しい。ベッドの脇に設置されたバイタル計測器は、不安定なリズムで音を刻んでいる。

 結衣から発せられる光は、『霊脈の鍵』が内からこじ開けられるのを、どうにか耐えている証拠だ。それでも、限界が間近に迫っているようだった。

 ベッドの傍に立つ白衣姿の初老の男が、自身の無力さを嘆くようにバイタル計測器を見つめていた。おそらく、彼が結衣の担当医なのだろう。


「キュイッ!」


 大和が心配そうな声をあげ、結衣の傍らに寄る。自身の顔を彼女の頬に重ねると、彼の全身からあたたかな光が宿った。結衣のものとは違う、生命力を感じさせる光だ。大和の光が結衣の小さな光と混ざり合い、一つの大きな力となって個室内を優しく覆っていく。


「これは……!?」


 双子の起こす奇跡を見るのは初めてなのだろう、担当医が驚愕の声を漏らす。

 それは命の火か、それとも志堂市の地を流れる霊気の息吹か。

 二人の様子を見守る真之は、どこかから鍵の締められる音が聞こえた気がした。

 すると、結衣の瞼がゆっくりと開き、弟の顔へと朧気な視線が向けられる。


「やま、と。ぶじだったんだ、ね……」

「キュイッ」


 口元を薄っすらと緩ませる結衣の頬を、大和が労るように舌で舐める。

 結衣のバイタルが少しずつ安定を取り戻していくのを見て、担当医の男が硬かった表情を緩める。


「予断を許さない状態ではありますが、ひとまずの峠は超えたかと思われます」


 医師の言葉に、真之は安堵の情が胸を浸していくのを感じた。


(良かった、お二人が無事に再会できて、本当に良かった……)


 それから、傍らの課長に現在の状況について尋ねる。


「各地の『楔』についてはどうなっているのですか」

「急ピッチで新しい『楔』を運び入れ、とりあえずは問題ないレベルまで修復が完了しているらしい。後は、この二人が『霊脈の鍵』を完全に締めることができるかだ」


 真之達にしてやれることは、もう残っていない。後は信じるほかないだろう。

 課長は、気遣うように薄く微笑み、真之の肩に手を置いた。


「お前は今度こそもう休め。足がふらついているぞ」

「はい……」


 さすがに、これ以上の無理はできそうにない。真之は力なく従い、個室を後にした。

 フラフラと頼りない足取りでエレベータに乗り込む。自分の入院している病棟までたどり着いたところで限界に達し、壁にもたれ掛かりながら倒れた。半死人の身体にいくら鞭を打っても、立ち上がってくれない。

 そこに通りかかった若い女性看護師に発見される。


「あ、建宮さんっ、探していたんですよ! 今までどこに行っていたんですか。誰か、車椅子を持ってきて!」


 ご立腹の看護師に肩を貸してもらい、車椅子に乗せられる。そのまま病室へと運ばれ、ベッドに寝かせられた。

 紺が優しく寄り添い、人形の手を息子の広い胸板に押し当てる。


「ほれ、じっとしておれ」

「あんたは、まだハヅキさんの身体の中にいられるのか?」

「だいぶ妖力を節約しておったが、そろそろ限界が近いようじゃ。残りカスの妖力を使って、できる限りの治癒をしてやろう。応急処置にしかならぬがな」


 胸に温湿布を貼ったようなあたたかさを感じながら、真之は問いを投げかける。


「本体のあんたはどうなっているんだ?」

「分身のワシと本体のワシは、意識が繋がっておらぬ。ゆえに、向こうの状況までは分からぬよ。まあ、おそらく何とかやっておるじゃろうて」


 本当は紺のことが心配でたまらないのに、酷使しすぎた真之の身体は休息を欲していた。彼の意思に反して瞼がゆっくりと閉じ、ガソリンの切れた車のように身体の自由がなくなっていく。

 ああ、ダメだ。まだ奮闘している紺の状況が知りたい。

 意識が遠のいていく中で、紺の慈愛に満ちた声が耳元にそっと置かれる。


「うむ。今は眠るとよい。説教については、本体のワシに任せるとしよう……じゃから、必ず生きて戻るのじゃぞ、本体のワシよ」

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